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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
121/346

お仕置きのお時間を予告しますのでお覚悟を




 明るい日差しを感じて、蘇芳はゆっくり瞼を開いた。

 まだぼんやりとしながらも、ゆるゆると起き上がる。


「あ! 蘇芳くん、おはよう……と言ってももうお昼だけどね。御加減はいかがかな?」

「……紫殿?」

「紅ちゃんに頼まれて君の看病をしていたんだ。はい、目覚ましにレモン入りのお水」

「ありがとうございます」


 蘇芳は差し出された杯の水を一気に飲み干した。喉が大分乾いていたようだ。


「ちょっとごめんよ――」


 紫はそう言いつつ、蘇芳の身体に巻き付けられた包帯を少し解いて、身体を確認する。


「うんうん、流石だね。傷は全部完治しているみたいだね。痕も残ってないよ」

「よく寝ましたからな」

「ホント、よく眠っていたよー! 深夜のちょっとした騒動にも気付かずに起きなかったくらいだもんねー。よっぽど身体のダメージが酷かったんだよ」


 紫が心配そうに声を上げたが、蘇芳はそれよりも「深夜の騒動」の方が気になり、ハッとする。


「何かあったのですか!?」

「ああごめんごめん、そんな心配しなくても大丈夫な事だから」


 蘇芳を宥めつつ、紫は説明する。


「神子ちゃんが神術を使って大分神力を消費しちゃったんだけど、そのおかげでね――」


 ――とその時――。


「ふっざけんなああああああ!!」


 目の覚めるような怒鳴り声が蘇芳の部屋まで聞こえてきた。

 そして、蘇芳は気づく。


「……あの声は……!」


 目を見開く蘇芳に紫はにっこりと笑う。


「さて、蘇芳くんに問題です。生活管理部である僕が君のお世話に専念している間、一体誰が給仕を勤めているのでしょうか?」

「……まさか!」


 蘇芳は寝台から降りて、立ち上がった。

 しかし、紫が蘇芳を制止する。


「……蘇芳くん、その前にお着替えしようね」


 そう言いつつ、紫は蘇芳に着替えを差し出した。


 蘇芳は己の格好を改めて見た。

 下衣は穿いているが、上半身は包帯を巻き付けただけの姿であった。逞し過ぎる筋肉が(血の滲んだ)包帯をはち切れんばかりに引っ張っている。


「……ですな」


 蘇芳は少し顔を赤くさせて、紫が差し出した着替えを手に取った。




 紫に連れられ、蘇芳はやってくる。賑やかな声が聞こえてくる食堂に。

 扉を開けた紫に続いて、食堂に入ると、そこには大勢の人間と神がいた。


 紫と一緒に入ってきた蘇芳の姿を見た男神達が声を上げる。


「おお! 蘇芳! 起きたか!」

「おーい! 誰か、紅ねえを呼んでこーい!」


 火蓮とまだらの声を聞いて、空と鞠がすぐさま駆けつけた。


「蘇芳さん! 身体はもう大丈夫っすか!?」

「スオーさん、Are you all right?」

「ああ。心配をかけさせてすまなかった」


 蘇芳はそう言って、空と鞠の頭を撫でてやる。

 いつも通りの蘇芳の様子に空と鞠は安心したように笑った。


「あ、そうだ。蘇芳さん、昨日から全然ご飯食べてないからお腹空いているっすよね?」


 空の一言に空腹を自覚してしまったせいか、ぐうううう、と間抜けな音が響き渡った。

 蘇芳は思わず顔を赤く染めた。


「Oh、スオーさんVery very hungryデース!」

「まずは腹ごしらえっすね!」


 空と鞠に手を引かれ、蘇芳は食堂の端の席に座る。


「蘇芳さんと言ったらまずはこれっす! 山盛り丼ご飯っす!」

「ミソSoupもイツモよりBig sizeデース!」


 空と鞠の手により、ドン! ドン! と丼の器が二つ並んだ。付け合わせで漬物もきちんと添えられている。


「おい、傷の回復には肉だろ、肉!」


 火蓮が豚の生姜焼きを置く。


「ほっけは酒の当てにピッタリだぞ」


 そう言って大きな魚が載った皿を置くのは、まだらだ。


「食物繊維も取るべきだ。野菜も食べてくれ」

「畑の肉と呼ばれる大豆も身体に良いから納豆を置いておくよ」

「美容にはヨーグルトと果物の組み合わせがオススメだよ!」

「やっぱり唐揚げだよな!」


 神の手により次から次へと並べられる料理の数々に蘇芳は困り果てる。


「いや、あの、皆様、気持ちは大変ありがたいのだが……」


 その時だ。


「皆様ぁ?」


 柔らかな口調でありながら、凍てつくような声に神々がビクリと肩を揺らす。

 振り返ればそこに氷の微笑みを湛えた紅玉が立っていた。


「病み上がりの方の胃袋にいきなりそんなにたくさん入れたら逆に毒です。少しは考えましょうね」

「「「「「……す、すみません」」」」」


 神々とて悪気があったわけではないとわかっているので、紅玉は氷の微笑みをすぐ引っ込めた。

 そして、蘇芳の前に粥と吸い物を置く。


「少し長めに炊きましたので、大分緩いお粥かと思いますが、それでも重ければ言ってくださいまし」

「ありがとう。頂きます」


 蘇芳は両手を合わせると、粥を一口食べる――程よい塩味と滑らかな喉越しと温かさが身に沁みていく。


「……うまい」

「良かったです」


 久々に食べ物を口にしたせいもあるのだろう。蘇芳はどんどん粥を頬張っていく。

 食欲がある蘇芳を見て、紅玉はほっと息を吐いた。


 もぐもぐと食べる蘇芳を微笑ましく思いながら、紅玉は紫の方を向く。


「紫様、蘇芳様の看病、ありがとうございました」

「いやいや、紅ちゃんこそ食事の準備引き受けてくれてありがとうね」

「いえ、こちらとしてはお仕置きも兼ねておりますので、喜んで引き受けましたので」

(お仕置き?)


 紅玉の言葉に、吸い物を啜りつつ、蘇芳は内心疑問に思っていると――。


「やいやい! お待たせしやがったなぁ!」


 その大声に振り返った蘇芳はそれを見た瞬間、思わず「ぶほっ!」と、吸い物を吹き出してしまった。紅玉が慌てて「あらあらあら」と、蘇芳の顔を手拭いで拭う。


 蘇芳が見たもの――それは、女性物の可愛らしい裾飾りのついた真っ白な前掛けを付けた轟であった。

 そして、その手には盆に載せた丼の数々。


「へいっ! ご注文の醤油ラーメン! 味噌ラーメン! とんこつラーメン! 塩ラーメンでござる! 美味しく召し上がりやがれ!」


 言葉遣いがおかしい。その上、ドンドンドンと卓の上に叩きつけるように丼を置いてしまったせいで、汁が飛び散っている。

 当然ながら――。


「「「「「だめーーーー!」」」」」


 朔月隊からダメだしの声が上がる。


「何でだよ!?」

「言葉使いが最低や」


 と、美月。


「器の置き方もぜ~んぜんダメ~」


 と、幽吾。


「やり直し」


 と、ズバッと文。


「ふっざけんなよ! てめぇらのワガママにいつまで付き合わせるつもりだ!?」

「んもう、轟君、これは我儘じゃなくて、オ・シ・オ・キ」


 世流が色っぽく片目を瞑って言う。


 怒りがさらに増しそうな轟を右京と左京が宥める。


「まあまあ轟様、もう一度我々が指南致しますので」

「もう一度やってみましょう」


 そして、右京と左京は完璧な美しい所作と言葉使いで轟に手本を見せる。轟も双子の後に続けて言う。


「「お待たせしました」」

「お待たせしやがりました」

「「こちら醤油ラーメンでございます」」

「こちら醤油らーめんでごさいまする」

「「お熱いのでお気を付けてお召し上がりください」」

「おあちぃから気ぃ付けて召しやがりください」


 何度でも言おう。言葉遣いがおかしい。


「ばーか」


 と、冷たい視線の美月。


「ば~か」


 と、笑って幽吾。


「【ぶわあーか】」


 と、止めに文。神力を込めた言霊でより強力に。


「俺様をおちょくるのもいい加減にしろおおおおおお!!」


 怒り狂う轟を双子が「まあまあ」と慌てて押さえていた。


 そんな朔月隊のやり取りを見ていた蘇芳は微笑ましく思いながら呟く。


「……なるほど、あれがお仕置きか」

「はい、お仕置きです。ふふふっ」


 紅玉もまた心底楽しそうに笑っている。


「……無事目を覚ましたのだな」

「ええ。今度こそ、もう『大丈夫』ですわ」

「……そうか」


 そう呟きながら蘇芳は轟を見る。

 何があったのかは紫から多少聞いたが、快活に叫ぶ轟の姿を見て、蘇芳もまた「大丈夫」だと思った。


「ああ、そうですわ」


 紅玉は思い出したかのように蘇芳の方を向くと言った。


「蘇芳様も後日お仕置きですからね」

「……はっ!?」


 まさか矛先が自分にも向くとは思わず、蘇芳は目を白黒させる。


「当たり前ですわ。ホウレンソウを怠って、皆様に心配かけさせたのですもの。当然お覚悟いただきますわよ、ふふふっ」

「う……うむ……」


 紅玉の微笑みは美しいとは思うが、後ろに漂う黒い何かが恐ろしく、蘇芳は思わず曖昧に返事をしながら粥をもぐもぐと咀嚼して誤魔化した。


 するとそこへ――。


「まあまあ紅ちゃん、蘇芳さんの事は少し大目に見てあげなよ~」


 相変わらず真意の読めない笑顔でやって来たのは幽吾だった。

 手には何が紙のようなものを持っている。


「どうも蘇芳さん、紅ちゃんをダシに脅されていたみたいだし」

「……はい?」


 首を傾げる紅玉の前に、幽吾は持っていた紙を広げた――それは辰登から送られてきた脅しの手紙と紅玉が写っている数々の写真だった。


「それはっ!!」


 蘇芳は慌てて写真と手紙を隠そうとするが――。


「まあ、わたくし……」


 先に紅玉にそれを取られてしまう。


「いくらヤツの尾行に気づいていたとしても、これだけ写真撮られ放題はないでしょ」

「あらいやですわ……これなんて、現世でてっちゃんといる時の写真……本当に現世まで追いかけてきたのですね、あの人……そちらは本当に全然気づけませんでしたわ……」


 紅玉は寒気がする程、気味が悪くなってしまう。そして、同時に浮かんだ思いは罪悪感――。


「……つまり蘇芳様にあんな酷い怪我を負わせてしまったのは、わたくしのせいですね……」

「紅殿のせいではない!」


 悲しげな紅玉の言葉を蘇芳はすぐ否定し、紅玉の手を掴んだ。


「そもそもの原因は俺の一族のいざこざだ。むしろ貴女の方が被害者だ」

「蘇芳様……」

「だから、自分を責めないでくれ」

「……はい」


 柔らかく紅玉が微笑んでくれたので、蘇芳はほっと息を吐く。


「でも、紅ちゃん。いくら迷信と言えど、昨今はプライバシー関係とかに問題あるし、神域で真名を知られる事はあんまり縁起良くないし、気を付けてよ」


 幽吾のその言葉に紅玉は微かに肩を揺らした。


「はい」


 紅玉の笑みがやや強張っている事に蘇芳は気づく。


 しかし、それを指摘するより先に、紅玉が蘇芳に言う。


「あ、蘇芳様、わたくしからのお仕置きはなしでも、晶ちゃんからはあるようなので、どちらにしてもお覚悟を」

「え? 水晶殿?」

「ええ、めちゃくちゃ怒っていましてよ?」


 そう言って紅玉が見つめる先を蘇芳は見る。

 そこには可愛らしい顔を酷く歪ませて蘇芳を睨みつけている水晶がいた。背後に漂う白縹の神力の渦が、いかに水晶が怒っているかを表している。


「……じ、自分……何かご不興を買っただろうか……?」

「晶ちゃんも心配だったのですわ、蘇芳様のこと」


 紅玉はそう言うが、蘇芳は全くそんな風には思えなかった。


(あれはまるで仇を見るような目だ!)


 思わず恐怖に身震いをしてしまう。

 身体が冷えていくのを感じ、蘇芳は慌てて吸い物を流し込んだ。


 すると、幽吾が蘇芳に言う。


「あ、そうそう。蘇芳さん、もう体調は問題ない?」

「ああ、大丈夫です」

「それなら丁度いいや。実は、この後朔月隊で辰登の尋問するんだけど、蘇芳さんも参加する? 聞きたい事、言いたい事、いっぱいあるでしょ?」

「!」


 辰登にはどうしても聞いておかなければならない事がある。それが確認できるまで蘇芳は安心できなかった為、その申し出をありがたいと蘇芳は思う。


「参加させて欲しい」

「うん、いいよ。ゆっくり食べてから、あとで庭園の方に来てね」


 ひらひらと手を振って去っていく幽吾を見送っていると、隣に立つ紅玉が難しい顔をしている事に気付く。


「……紅殿?」

「わたくしは……反対ですわ」

「え?」

「蘇芳様を、あんなに残酷に傷つけた最低な人間と会わせたくありませんわ」


 両手を握り締め、唇を噛み締めながら静かに怒っている紅玉の姿を見て――蘇芳は思わず嬉しくなってしまう。

 自分を想って、怒ってくれる紅玉の姿が嬉しくて堪らない。


(だが……俺は辰登に聞かなければならないんだ……貴女の為に)


 蘇芳は辰登から送られてきた手紙の一文を思い出す――「女の秘密が明かされたくなければ、大人しく指示に従え」――。


(貴女すら知らない、貴女の秘密を守る為に、貴女自身を守る為に、俺は……)


 蘇芳は紅玉の握りしめた手を取ると、優しく握った。


「紅殿、ありがとう……そして、すまん」


 蘇芳のその一言に、困ったように微笑んだ紅玉を――蘇芳は堪らず抱きしめたくなってしまった。




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