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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
120/346

別れ、目覚め、そして諦め




 水晶は水色の瞳をカッと見開いた。


 部屋中に白縹の神力が満ち溢れる――!


「【霊魂解放】!!」


 白縹の光が山吹色に爆ぜる鬼火達を包み込み、その魂を繋ぎ止めていた鎖を断ち切っていく――やがて山吹色の爆ぜていた鬼火が青白くなっていく――。


『ありがとな、神子様』

『身体には気を付けてな』

『紅玉に……気を付けろって言っておいてくれ』


 そんな言葉を最後に、三つの鬼火達は今度こそ天へと浄化されていったのだった――。


 そして、部屋中を満たしていた白縹の神力が消えた。


「……ふ……ふみゅ……ちゅ、ちゅかれた……」


 ぺたりと力なくその場に水晶が座りこんだ瞬間、今まで同じ部屋にいた幽吾は驚いて飛び起きた。


「えっ!? 晶ちゃん……何してるの?」


 幽吾の声に、世流達も次々と目を覚ます。


「――へっ!? な、なに!? 晶ちゃん!?」

「……ううん……? まだくらいぞ……」

「天海様、起きてくださいませ」

「…………ぐぅ」

「文様、無視しないで起きてくださいませ」


 すると、バタバタと大勢の足音が聞こえてきて、バンと大きな音を立てて客間の扉が開かれる。


「神子!!」

「晶ちゃん!?」


 客間に飛び込んできたのは槐と紅玉だった。


「お前さん、神術使ったじゃろう? 神力の消耗を感じて慌てて飛んできたわい」

「晶ちゃん……! 貴女、一体何をなさったの!?」


 怒る紅玉を余所に、水晶はニヤリと笑う。


「ふっふっふ……晶ちゃんを崇め称えたまへ」

「一体何の話ですか!?」


 紅玉が問い詰めようとした次の瞬間――。


「……べ、に……」

「っ!?」


 聞き慣れた声に驚いて顔を上げれば、寝台の上で起き上がっている轟の姿があった。その目は虚ろではなく、きちんと紅玉を見据えていた。


「と、どろきさ……?」

「……幽吾に世流、天海……うわ、双子に文までいるのかよ……」


 そんな轟の声に、客間にいた朔月隊全員も驚きに目を見開く。


 気づけば客間の入り口に美月や焔、空と鞠もおり、轟は恥ずかしげにガシガシと頭を掻いた。


「美月に焔……ああ、空に鞠まで。俺様すげぇだっせぇ……」


 そう言いつつ、轟は寝台から降りた。


「と、轟……あんた……!」


 美月が何か言おうとする前に、轟は頭を深く下げた。


「ごめんっ!! 心配かけた!!」


 轟のはっきりとした声の謝罪に、美月だけでなく、その場にいた朔月隊全員が驚く。


「……でも、もう大丈夫だから」


 轟はゆっくりと顔を上げた――その顔は涙に濡れていたが、晴れやかな笑顔だった。


「……ありがとう、お前ら……ずっと傍にいてくれて」


 轟のその言葉を聞いた瞬間、美月と天海が轟に突撃していた。


「ばかっ!! あほっ!! ばかあほっ!! 轟のあほんだらあああああああああ!!」

「……っ……よかった……っ……よかった……っ!」


 美月は泣き叫びながら轟の身体に何度も拳を入れ、俯いて轟の腕を掴む天海の足元には涙が零れ落ちていた。


 人目も憚らず泣いている幼馴染二人に轟は動揺を隠せない。


「な、泣くなよ……怒れよ」


 年下の幼馴染を必死に宥めていると――。


「轟君」


 名前を呼ばれ、そちらを向くと、幽吾と紅玉、そして涙を零している世流が並んでいた。


「おかえり、轟君」

「おかえりなさいませ」

「おかえりなさいっ……」


 その言葉に、轟はまた泣きそうになった。


「……っ……ただいま!」


 涙を堪え笑う轟に、世流が飛び付いて泣きじゃくった。幽吾も轟に近づき、轟の肩を叩いた。


 大勢の人間に囲まれて笑う轟をしばらく見守っていた紅玉だが、身体の向きを変えて、未だしゃがんだままの水晶の元へ行く。


「さ、貴女は部屋に戻ってお休みしますよ」

「うみゅ」


 すると、槐と空が割って入る。


「紅ねえ、それは儂がやっておくぞい」

「そうですよ、先輩。俺達にお任せっす」


 しかし、二人の申し出に紅玉は首を横に振った。


「いえ、ここはわたくしにお任せくださいな」

「でも……」


 紅玉を気遣う空の言葉を愛らしい声が遮る。


「――お姉ちゃん」

「はい?」

「だっこ」


 紅玉に両腕を伸ばしてせがむ姿はまるで幼子のようだ。


「もう、仕方のない子ですね」


 そう言いつつも、紅玉は優しい目で水晶を見つめると、その華奢な身体を抱え上げた。


「それじゃあ、槐様、空さん、鞠ちゃん、皆さんをよろしくお願いしますね」

「まったく、神子は本当紅ねえが好きじゃのぅ」

「後の事はお任せくださいっす」

「ショウちゃん、Good night」


 そして、紅玉は水晶を抱えたまま客間を後にした。




 客間を出ると、廊下には誰も出ておらず静まりかえっていた。

 水晶が神力を大量に消費する程の神術を使って、気付かない神ではないだろうに――きっと皆、感動の再会を果たしている朔月隊に気遣っているのだろうと紅玉は思った。


 神々の心遣いに感謝しながら、紅玉は仄かな月明かりが照らす静かな廊下を進む――。


「……晶ちゃん」

「うみゅ?」

「ありがとうございました……轟さん達の事」


 「達」――すなわち和一、雄仁、剣三も含めてだ。

 紅玉はすぐに気付いた。轟の傍から決して離れなかった三つの鬼火がいなくなっていた事に――そして、その事に水晶が大きく関わっている事に。


 紅玉の言葉に水晶はしばらく黙っていたが、口を開いた。


「……多分、にーちゃん達には足りなかったんだよ。ちゃんとしたお別れの時間が」

「……そうですね」


 あの時、轟は妖怪の先祖返りとしての真の力を発揮してしまったせいで、反動で三日も眠りについてしまった――だから、三人を見送る事ができなかった。それが、轟の中での後悔の一つになってしまった事は否定できない。

 轟に代わり三人の遺体を見送った紅玉だったが、未だに轟の目覚めを待つべきだったと何度も思っていた。


「……だから、本当にありがとうございます……轟さんを、和一さん、雄仁さん、剣三さんを救ってくれて」

「ふっふっふっ……崇め奉れ」


 眠そうな顔をしながらも誇らしげに笑う妹に、紅玉は思わずころころと笑ってしまう。


「…………ねえ、お姉ちゃん」

「はい?」

「お姉ちゃんは、ねーちゃん達が死んだ時、どうやって克服したの?」


 紅玉は思わずヒュッと息を呑み、立ち止まった。


「……ふふふ、克服なんてちっともできていませんわ。時々思い出しては何度も泣いてしまいますのよ」


 実際先日、泣いたばかりだ――蘇芳に縋りついて。


「克服なんてできません……できるわけありませんわ……」


 自嘲するように苦笑する紅玉に水晶は問う。


「じゃあ、お姉ちゃんはどうやって受け止めることができたの?」

「そうですね……」


 そう呟くと、紅玉は再び歩き出す。

 そうしてしばらく考えて、ある事が思い浮かんだ。


「……蘇芳様のおかげかしら」

「すーさん?」

「蘇芳様は……わたくしが悲しみのあまり、心を病んで倒れてしまった時、ずっとわたくしの傍にいてくれて、必死になって支えてくださったのです。心も身体も弱ってしまって、いっそ生きることを放棄しようとしたわたくしを決して見捨てず、ただ傍にいて、手を握ってくださった」


 思い出すのは温かなぬくもりと「生きてくれ」と何度も懇願する悲痛な声――。


「それだけでどれほどわたくしの力になったことか……死を願っていたわたくしが生きたいって思う程の力になりましたの」

「…………」


 やがて水晶の部屋へと辿り着いていた。

 扉を開け、部屋の中に入ると、水晶を寝台の上へとそっと寝かせる。


 とろりと眠たそうな瞳の水晶の頭を撫でていると、水晶が小さな声で呟いた。


「ふ、みゅ……やっぱり、すきじゃん……すーさんのこ、と……」

「……ふふふ、そんなにわたくしバレバレ?」

「うみゅ……ばればれ……だよ…………」


 それを最後に水晶は瞳を閉じると、静かな寝息を立て始めた。

 水晶が眠りについたのを見ると、紅玉はしっかりと布団をかけてやった。


 そして、小さな声で呟く――。


「…………好きですわ……あの方の事を……好きにならない方がおかしい程に惹かれていますわ」


 思い浮かぶのは、仁王のような大きく逞しい身体を持ちながら、穏やかに微笑む蘇芳色の髪を持った心から信頼する先輩の姿だ――。


「…………でもね、この想いは決して告げてはいけないの。わたくしにはそんな資格ありませんし、なにより……この恋は決して実らないのよ、晶ちゃん……」


 それは諦めの言葉だった――涙が一筋零れ落ちる。


「だって……あの方の想い人は……灯ちゃんなんだもの」


 紅玉の独り言と涙は暗闇に消えていった――。




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