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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
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鬼の先祖返りの異能の覚醒




 それから轟の記憶は曖昧だ――。


 ある日は紅玉が顔を見に来てくれた。


「ねえ轟さん、実善さんが轟さんの事が心配で、神域警備部に異動をしてくださったのですよ。轟さんと同じ特別班の配属になったそうですわ。ほら、轟さん、実善さんとも仲が良かったでしょう? 実善さん、轟さんの事を待っていますって。本当はわたくしも神域警備部に異動したいところですが……あっ、実は、わたくしの妹が神子に選ばれまして。今度、是非紹介させてくださいな。我が妹ながら、なかなかの麗しい容姿を持っている子でして――」


 そう話す紅玉の話に、轟は返事すらしなかった――否、できなかった。

 ただぼんやりと空を見つめるだけ――。


 そして、思う。


(何であいつらは来てくれないんだろう……あいつら、どこに行ったんだろう……)




 別のある日は世流が来てくれた。


「ねえねえ、轟君。ようやっとね、遊戯街のお仕事がね軌道に乗って来たのよ。前の娯楽街と違って、しっかりした決まりを作って、安心安全の街だから心配しないでねっ。あっ、今度うちのお店にも遊びにいらっしゃいな。轟君ならいつでも歓迎よんっ」


 そんな話を聞きながらぼんやりと思う――。


(そういや、あいつら、遊戯街がちゃんと出来上がったら行きたいって言ってたな……今度一緒に行こうって誘おう……でも、あいつら、まだ帰ってこない……どこいっちまったんだ……?)




 日にちも時間も曖昧な頃、幽吾が来てくれた。


「いやあ、参ったよ~。絶賛入職直前シーズンで人事課の仕事が鬼のように忙しくってさ~。来るの遅くなっちゃった、ごめんね~。実は今年の就職試験、僕が実技試験の担当でさ~、やっぱり事前にちゃんと実力は見ておきたいでしょ~? だから、地獄の番犬使ったのに、人事課全員から超怒られて、意味分かんないよね~! あっ、でも、その中でもちゃんと生き残った轟君の幼馴染君は流石だよね~。えっと、確か天狗の先祖返り君。ちゃんと来年度の就職内定済みだから安心して。もうちょっとで会えるよ~」

「…………てん、ぐ?」


 微かな声でそう言った轟に幽吾は驚く。


「…………あいつ、くるの?」

「う、うん。来る、来るよ」


 幽吾が珍しく焦ったような声を出していて、轟は思わず首を傾げる。そんな轟を見て、幽吾は更に驚いた様子だった。


「うん、わかった。なるはや――いや待って、今すぐ、今すぐ幼馴染君を連れてくるから待っててくれる?」


 その言葉に轟ははっきりと頷いた。


 慌てて飛び出していった幽吾の背中を見送りながら、轟はぼんやりと思う――。


(あいつが来るのか……あいつらに紹介してやらねぇとな……あれ? 俺、あいつらに誰のことを紹介するって約束していたっけかな……)


 それを思い出そうとすると、頭の中に靄がかかったように霞む。


(だめだ……思い出せない……まあいいや……ああそれよりあいつだ……あいつすげぇ人見知りの恥ずかしがり屋だからな……しっかり面倒見てならないと……)


 そう思った時だった。


「へえ、人見知りで恥ずかしがり屋の幼馴染?」

「それって女子ですか?」

「それとも男子ですか?」

「……え?」


 轟は顔を上げた。

 すると、そこには和一、雄仁、剣三がニヤリと笑って立っていた。


「よっ! 轟!」

「やっほ! 轟!」

「おっす! 轟!」

「わいち……ゆうじん……けんぞう……?」


 いつもの笑顔、いつもの賑やかな声、いつものようなからかうような口調――間違いなくそこには大事な仲間であり友人である三人の姿があった。


 そう、あれは全部悪い夢だったのだ。

 鬼の先祖返りの真価を発揮したせいで、今の今までずっと悪い夢を見ていたのだ。

 そうに違いない。

 だって三人は目の前でこうして元気に笑っているではないか。


「和一! 雄仁! 剣三! お前らどこに行っていたんだよぉ!?」


 轟は笑った――瞳の端に少し涙が光っていた。




 やがて幽吾は戻って来た。紅玉と天狗の先祖返りの幼馴染を連れて。


「よぉっ! 久しぶりだなぁ!」


 轟はニカッと笑って手をひょいっと上げた。

 そんな轟の様子に天狗の先祖返りは驚いてしまう――聞いていた話とはあまりにも違い過ぎたからだ。

 戸惑いながらも轟に言う。


「……久しぶり。思ったより元気そうだな……えっと……」

「あ、俺の仮名は轟だ。真名よりずっと気に入ってる。おめぇの仮名は?」

「天海だ」

「そっか! よろしくな、天海!」


 変わりない――あまりに変わりない轟の様子に天海は首を傾げた。

 隣にいる幽吾の話では、轟は心を壊し、塞ぎこんでいると聞いていたのに――。


 しかし、そんな天海より驚いていたのは、幽吾と紅玉の方だった。

 つい先程までまるで生きた屍か人形のような状態だったはずなのに――。


 そう訝しげに思っていた二人は気づく――轟の周りを浮遊する山吹色の三つの火の玉の存在を――。

 幽吾と紅玉は火の玉を見つめた。


 すると、轟が言った。


「あ、そうだ。お前に紹介しておくな。こいつら、俺のダチで同じ班の仲間の和一と雄仁と剣三」


 轟がそう言って見つめる先にいたのは、あの三つの火の玉だった。


 天海は目を見開き、口元に手を覆って紅玉は驚く。


「……まさか……」


 幽吾はそう呟いて火の玉を見た。


 三つの火の玉は山吹色の火の粉を散らして爆ぜる――申し訳なさげに、まるで話を合わせてくれと言っているかのように――。




 そして、その後の鑑定で判明した。

 轟が覚醒させたのは鬼の先祖返りの真価だけではないと。


 「鬼火」という死した魂を封じ込める異能も覚醒させていたのだ――。




**********




 紅玉の口から語られた轟の過去――それはあまりにも辛く悲しいものだった。


 轟の過去を初めて聞いた焔は目を見開き、文もまた珍しく驚いた表情をした。

 大筋を知っていたはずの空も鞠も右京も左京も瞳を潤ませ、世流に至っては両手で顔面を覆って泣いていた。幽吾が慰めるように世流の肩を撫で擦る。


 ふわり――と、紅玉の元に、三つの鬼火が近寄った。

 鬼火達が心配そうに揺らめいた事で、紅玉も己の瞳から涙が零れていた事に気付く。

 紅玉は心配させまいと無理矢理微笑んだ。


「この鬼火は……轟さんの大切なお友達であり、わたくしの同期……和一さん、雄仁さん、剣三さんという職員の魂なのです。轟さんの異能によって鬼火となった」


 山吹色の轟の神力に染められた鬼火が爆ぜる。


「でも、鬼火となった彼らが現われた事で、轟さんはみるみる元気になっていきました。轟さんにとって、この鬼火こそが現実だったから……だから、わたくし達は本当のことを話せなかった……でも、いつか本当の事を話さなくてはいけない。そうわかっていたはずなのに……いつの間にか三年も経ってしまっていたのです」

「……そう、だったのですか……」


 焔はそう言う事しかできない。きっと自分が紅玉と同じ立場だったら、本当の事を轟に話せなかっただろう――そう思ったからだ。

 しかし――。


「……無理矢理でも、ちゃんと現実分からせてあげるべきだったと俺は思うけど」

「文!!」


 あまりに直球な文の言葉に焔は諌めるような声を上げる。

 だが、文は自分の言った事を撤回しない。


「いつまでも現実に目を背けたままでは前向いて歩けないでしょ。実際、現実から目を逸らし続けていたせいでこんな事になっているんだし」

「……っ」


 正論過ぎる文の言い分に、焔は何も言い返せなかった。


「……ええ、文君の言う通りですわ。わたくし達が甘かったのです。いつかは真実を話さないといけない日がくるとわかっていたはずなのに……轟さんの笑顔がまた失われると思うと、どうしても怖くて……」


 轟を思うからこそ、優しい嘘にずっと付き合っていた――しかし――。


「でも、結局轟さんを更に苦しませることになってしまいました……っ」


 紅玉の瞳からポロポロと涙が零れ落ちていく。

 両手で顔を覆って泣き出してしまう紅玉に、空と鞠が咄嗟に駆け寄り、両脇から抱き締めた。


「先輩、泣かないでくださいっす」

「ベニちゃんのセイじゃないヨー」


 未だに泣いている世流の肩を撫でながら、幽吾も悲痛な面持ちで轟を見る。


「情けないね……こういう時、どうすればいいのかわからないなんてさ……結局僕らも現実を見れていなかったんだよね……」


 幽吾がぽつりとそう呟くのを見て、文は溜め息を吐いた。


「まったく……轟はやっぱり馬鹿で阿呆だね」

「文! さっきから言葉が過ぎるぞ!?」


 焔が怒ったように声を上げた――しかし――。


「こんなに馬鹿で阿呆で現実を見られない甘ちゃんなのに、決して誰にも見捨てられず支えてくれる人がたくさんいることに気づけていないなんて。馬鹿だね、そして阿呆だ」


 文のその言葉に焔は目を見開いた。


「文……」

「……勘違いしないで。俺は心配なんてしてないよ。早く起こしてぶっ飛ばしたいくらいなんだけど」


 そう言いつつも、文もまた轟を心配しているのだと、焔は思った。


「相変わらず素直じゃないな、文」

「焔、煩い」


 すると、美月が笑う。


「せやねっ。文君の言う通りやね。起きたら思いっきり殴り飛ばしたる!」


 美月の言葉に天海もクスリと笑った。


「だな」


 そして、文は紅玉と幽吾と世流に言った。


「……だからさ、あんた達ももう背負わなくて大丈夫だよ。轟にいい加減現実を見せるべきだと思う。心配しなくても、朔月隊はみんなお節介だから、なんとかなるでしょ」


 文の言葉に幽吾は微笑んだ。


「うん、そうだね……ありがとう、文」

「……別に。俺は厳しい正論を述べただけだし」


 そんな文の態度にクスリと笑いつつも、幽吾は決意する。


「轟君に本当のことを話していこう。今度は……きっと大丈夫だよ」


 幽吾の言葉に紅玉も涙ながらに頷く。


「はいっ、はいっ、今度はもっとしっかり轟さんを支えてみせますわ」


 世流も涙を拭いながら微笑む。


「その代わり報酬はたんまりと請求しないとねっ」

「もう、世流ちゃんったら」


 紅玉がころころ笑う一方で、右京と左京は浮かない顔をしていた。

 そんな二人に空は首を傾げて尋ねる。


「うっちゃん、さっちゃん、どうしたっすか?」

「……僕らには、その資格がありません」

「そもそも、轟さんがこうなった原因はあの女にあるから――」

「Stop!」


 双子の前に鞠が両手を突き付けて話を止めた。


「ウッチャン、サッチャン、ワルくないデース!」

「そうっすよ! それに、うっちゃんとさっちゃんがいなかったら、轟さん絶対寂しがるっす!」

「「……ですが……」」

「『でも』も『ですが』も禁止っす!」


 そして、空は右京の頬を、鞠は左京の頬上に引っ張る。


「ほら! 二人とも笑って笑って!」

「Smileデース!」

「「ひゃ、ひゃい」」

「轟さんを支える為にも二人の力は絶対必要っす!」

「Yeah! デスデース!」


 そんな空と鞠に、右京と左京はようやっといつもの穏やかな笑みを取り戻していた。


「「ふふふ、はい、全力で頑張ります」」

「その意気っす!」

「ガンバリマショー!」


 そんな四人のやり取りを見守っていた紅玉は柔らかく微笑んだ。


 そして、まだ意識を失ったままの轟に近寄り、冷たいその手を握った。


「ねえ、轟さん、聞こえていますか? 貴方にはこんなにも多くの仲間がいるのですよ。どうか早く元気になって起きてくださいまし。皆様、貴方の事を待っていますわ」


 轟は――返事をしない――まだ深い眠りについたままだ。

 しかし、それでも朔月隊は轟の目覚めを信じていた。




 そんな朔月隊の様子を、部屋の隅で水晶がじっと見つめていた――。




 結局その後、轟が目覚める事はなく、気づけば夜更けだったという事もあり、朔月隊全員が十の御社に宿泊する事になった。

 二部屋ある客間の内の一部屋は焔と美月の女性陣が使用し、残りの男性陣六名は轟が眠る客間の床に布団を敷いて寝ると決めた。

 これに紅玉が、焔と美月を自分の部屋に宿泊させて、空いた客間で泊まるよう提案したが、それを幽吾達自らが却下した。


 轟を一人部屋に残していけない――男性陣全員同じ意見だった。


 そして、幽吾達男性陣は客間に布団を敷き、雑魚寝をした。それはまるで合宿のような和気藹々とした光景である。


 紅玉と焔と美月の女性陣三人が、男性陣を羨ましく思ってしまったのはここだけの話――。




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