鬼の先祖返りの悲劇
※残酷・流血表現あります
邪神との戦いは予想以上に困難を極めた――。
何故なら邪神を祓う事ができるのは神子と神のみ――しかし、多くの神子が邪神と戦う事を恐れ、我が身と神を守る事に徹し、御社に籠城してしまったのだ。
神子が戦わねば邪神は祓えず、減る事はない。しかし、「藤の神子乱心事件」のより神域は穢れが増えてしまい、邪神は次々と発生していく。
増えていくだけで減らない邪神――そして、その結果、悲劇が起きた――。
雄仁は邪神の群れに銃弾を撃ち込んでいく――!
しかし、退けるだけで消滅はしない。邪神の群れが再び立ち上がって向かってくる。
しかし、神子が来る気配はない。
「なんで!? なんで二十一の神子、出てきてくれねぇんだよっ!?」
「雄仁、堪えろ! 御社落とされたらそれこそ一貫の終わりだ!」
和一はそう叫びながら、邪神の群れに鉄槌を振るった――「グシャリ!」と邪神は潰されるも、再生して立ち上がる。
「くそっ! キリがねぇよ!」
「剣三! 口動かす前に手ぇ動かせ!」
轟は剣三の神術の援護を受けながら、邪神へ突撃していく――金棒を振って、振って、振りまくって、邪神を叩き潰す。
邪神の再生は和一よりも時間がかかっているようだ。
しかし、鬼の先祖返りで体力が底無しの轟でも、疲労が見え始めていた。
それでも轟は諦めず、仲間達に向かって叫ぶ。
「おめぇら耐えろ! 神子が出てきてくれたら形勢は必ず逆転できるっ!」
轟は再び邪神の群れに突撃して金棒を振るっていく――。
しかし――。
「うわっ!? うわああああああああああっっっ!!!!」
「雄仁っ!!??」
雄仁の叫びに振り返ると、いつの間にか邪神に回り込まれていた事に気付く。
そして、轟の目に飛び込んできたのは二匹の邪神に首を噛まれて血飛沫をあげて倒れている雄仁の姿――轟はカッとなる――!
「てんめええええええええええっっっ!!!!」
雄仁に圧し掛かっていた二匹の邪神を力任せに殴り飛ばす――!
その直後――。
「とっ、轟っ!! ぐああっ!! やっやめろおおおおおっっっ!!!!」
「和一! があっ!! ぐああああああああっっっ!!!!」
和一と剣三の叫びも聞こえ、轟はハッと顔を上げた。
見れば、和一と剣三に邪神が群がり、二人の身体を喰っており、二人の身体から血が噴き出していた――。
「ああああっ!! ああああああああっっ!! ああああああああああっっっ!!!!」
轟の咆哮と共に山吹色の強大な力の渦が吹き荒れる――!
そして、その場に現れたのは山吹色の波動を纏った巨大な鬼だった。
鬼は膨大なその力で邪神を屠る、屠る、屠る――!
大きな拳で、太い足で、邪神達を潰していく――!
地は抉れて揺れ、その震動は二十一の御社まで届いていた――。
しかし、それでも二十一の神子は出てこようとしなかった。震えながら、ただただひたすら己の身と愛する神々の無事だけを祈り続けた――。
そんな二十一の御社の入り口で、双子の兄弟が鬼の怒りの咆哮を聞いて、涙していた――。
巨大な鬼の出現を見た紅玉と蘇芳は、嫌な予感に駆られ、現場へと急いで向かっていた。
そして、二十一の御社の付近で、紅玉は轟を発見した。
「轟さんっ!!」
「っ! 紅! 助けてくれっ!!」
轟に駆け寄った紅玉はヒュッと息を呑んだ。
「なあ止血ってどうすりゃいいんだよ!? 和一も雄仁も剣三も出血が止まらねぇんだよぉっ!!」
轟は両手を血で真っ赤に染めながら、必死になって三人の蘇生をしていた。
しかし、和一と雄仁と剣三の血塗れの変わり果てた姿を見て、紅玉はすぐ気づく――三人はもうすでに息が無い事に――。
しかし、それでも轟は手を止めない。
「おい! 和一! 雄仁! 剣三! 邪神は退けたから! なあっ! 目ぇ開けろって!」
「とど、ろきさん……」
「こいつらすげぇ頑張ったんだよ! なんとかしようと必死になって戦ってくれたんだよ! でも、邪神が多すぎて! なのに神子は来てくれなくて!」
「轟さん……っ……」
「血が止まらねぇんだよ!! なあ! 紅! どうすればいい!? こいつらを助けてくれよ!!」
「――轟さんっ!!」
「っ!」
両肩を掴んで叫ぶ紅玉の顔を轟は見た――涙で濡れてぐちゃぐちゃだった。
紅玉は震える声で首を横に振って言う。
「ごめんなさいっ……ごめんなさい……っ! もう……っ!」
「……は……?」
紅玉の言葉に轟は未だに地面に倒れている三人を見た。
全身血塗れでピクリとも動かず目も虚ろで何も喋らない――それは紛れもなく亡骸だった。
轟の瞳から涙が溢れ出す――ぼろぼろ零れて止まらない。
「あ、ああ、あああっ!! やだ!! いやだぁっ!!」
轟は紅玉の腕を掴んで叫ぶ。
「俺様こいつらの事を守るって約束したんだ!! 俺様はこの班の班長だ!! 班長が諦めてどうすんだよ!? 諦めねぇ!! 俺様は諦めたくねぇ!! いやだ!! 絶対にいやだっ!! だってこいつらに言いたいことがいっぱい!!」
「轟殿!!」
低く鋭い声が蘇芳のものだと気付いた瞬間――。
「――すまん」
轟は首に衝撃を感じ、意識を飛ばした――。
目を覚ますと、轟は寝台の上にいた。
寝台から起き上がってはっきりしない頭でぼんやりと思う。
(俺様……何していたんだっけ……?)
身体のだるさを感じながら、必死に記憶を呼び起こす。
(確か……そうだ……邪神と戦闘していて、それで……)
轟の頭に仲間三人の血塗れになった姿が蘇り、轟はハッとする。
「和一! 雄仁! 剣三!」
寝台から飛び降りて、部屋の入口へ向かおうとしたその時――部屋の扉が開かれ、部屋の入って来たその人物と鉢合わせになった。
「よう、目を覚ましたようだな。鬼の先祖返りの轟」
程良く筋肉のある長身の身体に無精髭にボサボサの赤銅色の髪、やや太めの眉と金色の瞳を持つこの男性は、轟もよく知る人物だった。
「え……八の……神子……?」
八の神子こと金剛の登場に轟は混乱した。
しかし、金剛は至って普通に轟の背中を叩きながらに声をかける。
「具合はどうだ? 随分大暴れして邪神を殲滅させてくれたみたいで、おかげさまで助かったぞ」
さり気無く金剛に部屋の中に連れ戻され、挙句椅子の上に座らせられ、轟は思考が追い付かない。
「な、なあ、おい――」
「どうやらお前さんは妖怪の先祖返りとしての真価を発揮したみたいでな――その代償みたいなんだが、お前さんは随分と長い眠りについていたんだよ」
「……は? 眠り? どんだけ?」
「驚かないで聞いて欲しいんだが、三日眠りこけていた」
「みっ、三日ぁっ!?」
予想以上の日数が経っている事に轟自身も驚きが隠せない。
「お、おい、邪神との戦闘はどうなった!?」
「ああ、安心しろ。神域は無事守られた。無事に新しい神子が選ばれ、神域に蔓延っていた邪神を全て祓うことができた。だがそれには神域管理庁に勤めるお前たちの力があってこそだ。よくやってくれた」
金剛はそう言って、轟の頭を撫でる。
「腹が減っただろ? 今、美味しいもん作って持ってきてやるからさ」
「な、なあ、おい!」
「何が食べたい? 和食、洋食、中華――」
「ま、まだ聞きたい事が――」
「大人しく待っていろよな――」
「おっさん!!」
轟の叫びに金剛は溜め息を吐く
「……人におっさん呼ばわりされるのはイヤなんだがねぇ……」
「お、俺の……! 俺のダチ! 仲間! 和一と雄仁と剣三はどこ行ったんだよ!?」
金剛はしばらく黙っていたが、轟としっかり目を合わせると言った。
「亡くなった」
「――っ!!??」
「殉職だ……誇りある死だ」
「……う、そだ……!」
「嘘じゃない……今回の事件で多くの職員が殉職した。皆、邪神に喰われて遺体すら残らなかった者もいる。その中で遺体が残った君の仲間達は運が良かった方だと言える……いや、君のお陰だ、轟」
「お、れ……?」
「君が仲間の最期を守った。君が仲間の身体を守った。そのおかげでご家族に遺体をお返しすることができた。彼らのご家族は皆、君に感謝していたよ」
「…………」
「最期を見送れなかったことは悔やまれると思う。だが、君は班長として十分責務を果たした。あの状況下で生き残るのは非常に困難だった。仲間の生きた証を守ったんだ。君は――本当によくやった」
「…………」
「君は、君自身を誇っていいんだ、轟」
轟の耳に最早金剛の言葉など届いていなかった。
もうこの世に和一も雄仁も剣三もいない――。
眠りについていたせいで最期を見送れなかった――。
それ以前に班長として三人を守り切れなかった――。
大事な友との約束を守れなかった――。
あまりに辛すぎる現実が、轟の頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱していく――。
「何が誇っていいだっ!? 何が誇り高い妖怪の先祖返りだっ!? 何が班長だっ!? 俺はっ! ダチ一人も守れなかった! 約束も守れねぇ最低野郎なんだよぉっ!!」
泣き叫ぶ轟に、金剛は至って冷静に声をかける。
「落ち着け、轟。現実を見るんだ」
「うるせぇっ!! 俺はっ!! 俺はぁっ!!」
「どんなに泣き叫んでも、彼らは決して帰ってこないんだ」
「――っ!!」
突き付けられた現実が――轟の心を突き刺した――。
「ああ――ああああっ――ああああああああああっっっ!!!!」
轟の慟哭が御社中を響き渡り――聞き付けた紅玉と蘇芳が部屋に駆け込んできた。
「轟さんっ!!」
紅玉は泣き叫んで床に額を打ちつけている轟に駆け寄る。轟の額から血が噴き出していた。
「止めて轟さん!! 止めてぇっ!!」
「やだああああっ!! ああああああっ!! うわああああああああっっっ!!!!」
紅玉が必死に止めるも、轟は錯乱状態のまま己を傷つける。
蘇芳はギッと金剛を睨みつけ、胸倉を掴んだ。
「兄貴! 何をした!?」
「……いつまでも現実から目を背けるわけにはいかねぇだろ……真実を話したまでだ」
金剛の言う事は正論だろう――だがしかし――。
「兄貴、忘れないで欲しい。彼は、轟殿はっ――まだ十代の青年なんだぞ!?」
十代の青年に、仲間の死は――あまりに残酷すぎる現実だ。
それを受け入れる心が、悲しみと責任で、最早ボロボロだった。
未だ慟哭している轟の姿に、金剛は少し後悔した。
「……そうだったな……悪かった」
そして、金剛は轟に手を翳し、神術を発動させる――。
そして、轟の意識は再び途切れた。