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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
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鬼の先祖返りの大切な仲間達




 轟は紅玉と同じ三年前に神域管理庁に入職した。

 「妖怪の先祖返り」は神域管理庁に入職が決められており、轟もまた高校卒業して神域管理庁に入職した――当時十八歳の若者である。


「俺様は誇り高き妖怪の血を引き、鬼の先祖返りとして目覚めた轟様だ! お前ら、よろしくな!」


 神域警備部の新入職者の自己紹介にて――轟は実に強気な態度で他の新入職者達の前で堂々とそう言った。


 轟のあまりにも強気な態度に新入職の誰もがポカンとしていた――そして、誰かが吹き出した。


「『俺様』だってよ!」

「何が誇り高き妖怪の血だよ!」

「バカみてぇ!」


 一気に轟を嘲笑する声で満ち溢れた。

 そんな同期達の様子に轟は眉を顰める。


(……チッ! どいつもこいつもイヤなヤツばっかだな!)


 轟は心の中で毒づきながらドカリと椅子に座った。


 普段なら言い返しているところだが、この後新人の実力を見る新人同士の実技戦が予定されているのだ。


(俺様を馬鹿にした事後悔させてやる……)


 轟が内心ニヤリと笑っていると、轟の肩をちょんちょんと叩いてくる人物がいた。

 振り返ればそこにいたのは緑混じりの漆黒の髪を持つ和一と名乗っていた男性だった。


「なあなあ、言い返さなくていいのか? すごい馬鹿にされてるぞ」

「あ? ああ、いいんだよ。ああいうのはほっとくに限る」

「へえ、意外と心広いのな、お前」


 そう言って轟の近くまで寄って来たのは、毛先だけが橙色に染まった髪を持つ雄仁と名乗っていた男性だ。

 雄仁の言葉に轟は得意げにニヤリと笑う。


「後でボッコボコにブッ飛ばせばいい話だろ」

「わお、こいつ、狭いよ。心がめちゃくちゃ狭いよ」


 そう言ったのは、髪の毛の右半分が水色に染まった剣三と名乗っていた男性だ。


 すると、和一と雄仁は顔を見合わせて面白そうに笑って言った。


「なあなあ、よかったら、そのボコボコ計画に俺を混ぜてよ」

「俺も!」

「おっ、じゃあ流れで俺も」


 何故か剣三も手を挙げる。


「あ? 何でだよ」


 轟の問いかけに三人はニヤリと笑う。


「君、めちゃくちゃ強そうだから」

「きっと君が全員本当にブッ飛ばしてくれそうだから」

「つまり、俺ら楽できそう」

「根も葉もねえなっ! おいっ!」


 それを言うなら、身も蓋もないである。




 これが轟と和一、雄仁、剣三の出会いだった――。


 ちなみにあの後、四人で他の同期全員をボコボコにした。




 その実力が認められ、轟達は「特別班」という神域全体の見回りを行なう班に配属になった。新人でも有能な職員しか配属を認められない班である。


 この結果に和一、雄仁、剣三は轟に礼を言った。


「いやぁ、轟班長を味方につけて正解だったよ~」

「轟班長のおかげで将来安泰だよ~」

「じゃ、仕事も一人で頑張ってね、班長!」

「おめぇらも真面目に仕事しやがれっ!」


 吼える轟を見て笑いながら、三人は言う。


「ウソウソ!」

「ジョーダンだよー!」

「機嫌直してよー!」

「フンッ!」


 自分をからかうような動機の態度に轟はムッとしてしまう。




 だが、轟は、本当は嬉しかったのだ――「妖怪の先祖返り」という普通の人間とは違う己を受け入れて、気兼ねなく話してくれる三人の友人ができて――。


 嬉しくて、嬉しくて――大切にしたのだ――三人の事を――。




 そんなある日の事――秋の宴の催しで急遽神子管理部の新人職員達と模擬戦を見世物として行なう事になった。

 そして、そこで波乱は起きた。


 雄仁が禁止されていた飛び道具を使用してしまったのだ――対戦相手の〈能無し〉に向けて――。


 模擬戦の後、轟は班長として雄仁を問い詰めた。


「おい、雄仁……何であんなことをした?」


 雄仁はしばらく黙っていたが、正直に答えた。


「だって、〈能無し〉のくせに轟の攻撃から逃げてて、ムカついて――」

「ムカついたからルール違反したってのか!? 〈能無し〉だからってムカついたのか!? だったらおめぇは最低だ! 見損なったぞっ!」


 轟は曲がった事が大嫌いだった。雄仁もそれを知っているからこそ、己のした事が赦されないと分かったらしい。


「ご、ごめん……」

「謝るのは俺様じゃねぇっ!!」


 すると、和一が轟と雄仁の間に入った。


「まあまあ轟、実は雄仁の気持ちがわからないではないんだ。俺も同じこと思ったし」

「――はあ!?」

「……実は俺も」


 和一だけではなく、おずおずと手を挙げた剣三も同じ事を言い出し、轟は頭がカッとなる。


「おめぇらっ!!」

「うんまあそうなるよな。でもとりあえず、ちょっと俺の言い訳を聞いて、轟」


 轟を宥めながら、和一が言葉を続ける。


「轟は何とも思わねぇの? 神域警備部の新鋭のお前が〈能無し〉如きに負けるのが悔しいと思わねぇの?」

「負けることはもちろん悔しい――けど、〈能無し〉云々は関係ねぇだろ」

「でも、〈能無し〉のやつ、轟の攻撃避けてばっかで全然立ち向かってこないし、卑怯でイライラした」

「……それは否定しねぇ」


 剣三の言葉には素直に同意する。


「〈能無し〉って、もうすでに神に嫌われているからどんな手を使っても勝とうとする卑怯者だって聞いて、それで俺……」

「そんな噂話信じたのか!?」

「う、うん……」


 項垂れる雄仁に轟は言う。


「そんな根拠のねぇ噂話なんか信じるんじゃねぇ!」

「っ!」

「そいつが本当に噂通りのヤツかどうかなんて、自分の目で見ねぇと分からねぇだろうがっ!」


 轟の正論に、雄仁はぐうの音も出なかった。


「じゃあさ、轟は〈能無し〉の事知っていたの?」

「ああ、前からちょっとな。でも、見ていりゃ噂なんて馬鹿げているってすぐ分かったな」


 轟のその言葉に剣三は驚くばかりだった。

 頭に血が上りやすい轟ではあるが、いざという時は冷静に周囲をきちんと目を向ける事ができるとは――轟よりも年上なのに少し恥ずかしくなってしまう。


「回避はあの女の戦法だ。あの女、攻撃回避が得意らしい。攻撃を回避する事は戦法であって卑怯じゃねぇだろ。くそっ! 悔しいけど、まんまと嵌められた」


 結局、紅玉との模擬戦は決着がつかず引き分けとなった為、轟は「次こそぜってぇ勝つ!」と紅玉に宣戦布告した。それほどにまで悔しかったのだ。


 和一は思い切って尋ねる。


「ね、ねえ、轟……轟は〈能無し〉の事どう思っている?」

「あ? 〈能無し〉って言われているのが訳わかんねぇくらいにあの女、すげぇ仕事できるぞ。っていうか働き者で努力家だな。俺様は嫌いじゃない。よっぽどあの女を〈能無し〉呼ばわりして、あの女に仕事を押し付けている輩の方が『能無し』だっつうの! 真面目に仕事して、しかも努力してるやつは例え〈能無し〉であろうとも神に嫌われていようと、俺様は認める」

「…………」

「…………」

「…………」


 轟のしっかりした意見にしばらく呆気にとられていた三人だったが、三人は程同時に地面に正座をし、頭を下げた。


「「「轟! 申し訳ございませんでした!」」」

「はあ!? だから謝るのは俺様じゃねぇって!」


 ギョッとする轟に三人は言う。


「いや、俺はこの班の顔に泥を塗った! お前みたいなすごイイ班長に恵まれたこの班に汚名を着せた!」

「俺も同罪だ!」

「俺も!」

「でも、お前のおかげで目が覚めた! だから、俺、謝ってくる! 〈能無し〉――じゃなくて、紅玉に!」

「俺も謝ってくる!」

「俺も!」

「待て待て! おめぇら!」


 今にも駆け出しそうな三人を引き止めながら、轟は言った。


「謝罪するなら、俺様も行く。止められなかった班長にも責任はあるだろ」


 轟のその言葉に三人は顔を輝かせ、轟に抱き付いた。


「轟ぃっ! 流石我らが班長!」

「大好きだぁっ!」

「愛してるぅっ!」

「だああっ! 気持ち悪りぃ! やめろっ!」


 そう言いながらも轟はじゃれついてくる三人を振り払おうとはしなかった。




 そうして、轟は和一と雄仁と剣三を連れて紅玉の元に謝りに行った。

 三人の誠心誠意の謝罪に紅玉は快く許した。しかし、三人が謝罪している間、紅玉の背後に立っていた蘇芳は仁王のような憤怒の形相だった為、三人は本当に心の底から反省と後悔をしたという。


 後に三人はこう語る――視線だけで殺されるかと思った――と。




 紅玉と和解した後、術式研究所の事件に轟達も関わる事になり、紅玉を手伝う事になった。

 神域警備部の新鋭の特別班という事もあり、術式研究所への突入及び研究員達の捕縛は実に迅速であった。


 轟達四人だけであっという間に研究員達が捕縛されていく様を、紅玉と幽吾はただ見守るだけであり、思わず拍手をしてしまう程だ


「いやぁ、流石は警備部尖鋭の特別班の新人だね~。僕らの出番はないようだね~」

「はい、流石でございます」


 研究員達を全員捕縛し終えた頃、和一が叫んだ。


「おい、轟! ここは俺らに任せて、お前達は先に行け!」

「おう! 任せたぞ! お前ら!」

「「「了解!」」」


 三人が勇ましく敬礼したのを見ると、轟は紅玉と幽吾を振り返った。


「よし! 幽吾、紅、行くぞ!」

「はーい」

「皆様、ありがとうございます!」


 先に進んでいく轟に三人は叫ぶ。


「足引っ張るなよ! 轟!」

「転ぶなよ! 轟!」

「ドジ踏むなよ! 轟!」

「うっせうっせ!」


 そんなやり取りを見ていた紅玉は思わず笑ってしまう。


「ふふふっ、相変わらず仲がよろしいのですね」

「――ったく、あいつら」


 そう言いつつも、最早名物化としていたやり取りに、轟もどことなく温かさを感じていたのもまた事実であった。




 そして、この任務が轟班にとっての最初で最後の一番の大仕事だったのかもしれない……。




 「藤の神子乱心事件」が起きた事により、神域中で大量の邪神が発生するという危機的状況に陥っていた。

 神域管理庁中央本部の命により、邪神掃討作戦が実施される事になり、神域警備部の職員や神子管理部でも戦闘能力の高い職員が総出で、邪神との戦いに先陣を切り、神子を補佐する事になった。


 轟班は勿論の事、幽吾や蘇芳、紅玉もその作戦に参加した。

 そして、作戦開始の前に職員達の士気を上げる為に藤の神子の悪行をその身を呈して止めた聖女が演説をする。


 しかし、和一も雄仁も剣三も、聖女の演説などそっちのけで紅玉の方をチラチラと窺っていた。


「紅玉……大丈夫かな……」

「なんかぶっ倒れたって聞いたけど……」

「顔色、まだ悪くね?」


 紅玉は少し顔色が悪いように見えたが、その目は真っ直ぐ前を向いている。隣に立っている蘇芳が紅玉を気にかけているようだから、大丈夫だろうと三人は思う。


 ふと三人は、珍しく演説を静かに聞いている轟に気付く。しかし、その轟は黙って聖女の演説は聞いているものの、その目は酷く冷ややかなものだった。


「轟、どうかしたか?」


 和一の問いかけに轟は――。


「……俺様、あの女あまり好かねぇ」


 はっきりそう言う轟に雄仁も剣三も目を見開いてしまう。


「珍しいな。轟がそんな事言うなんて」

「あー……でも、あの聖女、紅玉に対してやたら辛辣だったよな」


 すると、三人はピンとする。


「はっはーん」

「なるなる」

「へえ~」

「……なんだよ、気持ち悪い顔して」


 訝しげに見てくる轟の右肩を和一が叩く。


「轟くーん、叶わない恋はしない方が身のためですよ~」

「は?」


 今度は左肩を雄仁が叩く。


「轟くーん、神域最強の蘇芳さんに敵うわけないでしょ~」

「あ?」


 そして、極めつけに剣三が轟の背後から両肩を叩く。


「諦めなさい。同情の余地なし」

「……あー……」


 三人が言わんとしたい事を轟は察した。


「おめぇら、変な勘違いするなよな。それに俺には婚約者がいる」

「はっ!?」

「はあっ!?」

「はあああああ~~っ!?」


 その言葉に三人は思わず大声を上げる。


「どういう事だよ野郎てめぇ!? そういう事はきちんとホウレンソウしろよなぁっ!?」

「襟を引っ張るな、剣三! 伸びるだろうが!」


 忘れているようなので再度説明するが、現在聖女の演説中である――四人揃って、聖女に「お静かに」と窘められてしまった。


 しかし、声を潜めながら和一が轟に言った。


「おい、轟。仕事終わったら話聞かせろよ、婚約者のこと」

「あ? そんなん聞いて楽しいか?」


 雄仁と剣三も声を潜めながらはっきりと言う。


「楽しいに決まってるっ」

「全力で遊んでやるっ」

「おめぇら……」


 やがて演説が終わり、各自解散となり持ち場へ向かう事となった。


 轟達も指定された御社方面へと向かい始める。

 その道中、和一が言った。


「あ、でも、気を付けろよ――『俺、この戦いが終わったら婚約者と結婚するんだ』っていう台詞は死亡フラグだぞ」

「物騒なこと言うなよ、おい」


 呆れる轟の肩を叩きながら雄仁は言った。


「だから、俺らが轟の事しっかり守ってやるよ!」

「そうそう。その婚約者さんの為にもな!」


 剣三もニカリと笑って言った。

 しかし、轟は――。


「馬鹿言え。俺様はこの班の隊長だぞ」


 そして、己の胸を叩いて轟は宣言する。


「班長の俺様がおめぇらの事を守ってやんよ!」

「よっ! 班長!」

「それでこそ我が班長!」

「頼りにしてますよ! 班長!」

「おう! 俺様に任せておけ!」




 しかし、この時の会話が、轟を戒めるきっかけとなってしまった――。




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