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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
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目覚めない鬼の先祖返り




 客間の扉を二回叩くと、中から現れたのは幽吾だった。


「やあ紅ちゃん、目を覚ましたようで良かったよ」

「ご心配おかけしてすみません……」

「いや、僕の方こそごめんね。あの堅物部長があそこまで暴走するとは思わなくてさ……」

「幽吾君どいて!!」


 そう叫びながら、幽吾を押し退けて抱き付いてきた人物に紅玉思わず目を剥いた。


「世流ちゃん!」

「紅ちゃん! ああもうよかったわーっ! 無事で!」


 そう言う世流の後ろからもう一人顔を覗かせた。

「紅玉先輩……!」

「天海さん……!」

「よかった。無事に目を覚まして」

「貴方も御無事で……!」

「俺は妖怪の先祖返りですからあの程度……」


 それでも紅玉の最後の記憶では天海も韋佐己の攻撃を受け、倒れていたのだ。無事が確認できてホッとした。


 すると――。


「まったく、紅さんはそうやってすぐ無茶して。あいつ、心配でその内胃に穴が開くよ」

「まあ! 文君」

「ウチもおるで」

「美月ちゃん!」

「「紅様、御加減はいかがですか?」」

「右京君に、左京君も」

「紅玉先輩、もう動いても大丈夫なんですか?」

「焔ちゃんまで」


 紅玉と一緒にやって来た空と鞠も含めて、客間に朔月隊全員集合となっていた。


「……皆様、まさか轟さんを心配して?」

「ま、いじられポジションがこんなんじゃ寂しいからね……」


 幽吾がおどけたように言うが、心配そうな表情をしていた。他の者達も同様である。

 そして、紅玉もまたそれは同じだ――。


 水晶が言った。


「ほら、似た者同士」

「ふふふ、本当に」


 紅玉は寝台を見た――三つ鬼火に寄り添われて、轟が横たわっていた。

 寝台へ近寄り、轟の顔を見る。眉が悲しげに下がっていて、頬には乾いた涙の痕が残っていた。

 いつもは強気で快活な轟のそんな表情を見てしまい、紅玉は切なくなってしまう。


「まだ……意識は戻らないんだよね……轟君のことだから、身体へのダメージは問題ないとは思うけど……やっぱり問題は……」


 幽吾の言葉に紅玉は続けて言う。


「心の方……ですよね……」


 三つの鬼火がふわりふわりと漂う。


「……この中で、この鬼火のことを詳しく知らない人は?」


 幽吾がそう問うと、文と焔だけが手を挙げた。


「軽く話を聞いただけ。轟に鬼火のことを聞くなとか」

「私もだ」

「天海君と美月ちゃんは、あの時はまだ就職していなかったけど……幼馴染だから知っているのよね?」


 世流の言葉に天海と美月は頷く。


「……だけど、一目見てすぐわかった……轟が心を病んでしまっていることに」

「え? 普段から煩いだけのようにしか思えないけど?」


 無遠慮に言う文を焔が「こら」と言って諌める。


 すると、美月が言った。


「……ウチら、幼馴染やから細かいことまでわかるんやけど……轟、一部の記憶失くしているんや、心のダメージ深すぎて」

「「っ!?」」


 美月の言葉に文と焔は目を剥いた。


「ウチと天海のことは覚えていたんやけど……轟の婚約者に関する記憶は綺麗に抜け落ちているんや」


 しばしの間――。


「こっ、婚約者ぁっ!?」

「わあ、焔、典型的なイイ反応ありがとう」


 顔を赤く染めている焔の横で文が溜め息を吐く。


「そりゃ驚くでしょ。こんな女っ気のないがさつ鬼に婚約者だなんて、どんな鬼嫁なわけ?」

「わあ、文、辛辣~」


 すると、美月は疑問に思った事を口にする。


「ところで空きゅんと鞠ちゃんは知っておったんやな、轟のこと」

「おっす。俺達、三年前にはすでに神域にいたっすから、実際に元気を失くした轟さんにも会っているっす」

「Three years agoのジャシンいっぱいもオボえてマース」


 空と鞠の言葉に文は思い出す。


「ああ、そう言えば、空のお母さん、前の二十二の神子だっけ」

「おっす。だから俺達もお母さんとお父さん達と一緒に邪神祓いに出てたっす」

「Yeah! ハルmom、strongデシター!」


 鞠のその言葉に、紅玉と世流と幽吾も思い出していた。


「思い出しますわね……邪神相手に鉄の棒を振り回して倒し――お祓いになるその姿。大変お美しかったです」

「子連れで竜神使いの女総長って呼ばれていたわよね」

「うんうん。邪神、ぼっこぼこのフルボッコだったよね~」


 三人の言葉に空の母を知らない者――美月と文は思わず思ってしまう――。


((それってヤンキー……))


 美月と文が黙ってしまったのを見て、焔は慌てて話題を変えようと右京と左京を見た。


「え、ええっと……確か、右京君と左京君も確か神子のご子息だったな。もしかして二人も邪神祓いに一緒に出ていたから轟の事を知っていたのか?」

「「……いえ」」


 普段温和な右京と左京のあまりにも冷たい声に焔は目を剥いてしまう。


「……すみません。母と呼びたくないのであの女と呼ばせてもらいますが、あの女は確かに神子です」

「ですが、我が身可愛さに邪神と戦わなかった出来損ないの神子でしたので」


 右京と左京の母へ冷たい言葉の数々に思わず焔は何て言えばいいのか分からず言葉が詰まってしまう。


 しかし、同時に元神子である焔は事の重大さに気付いていた。何故なら右京と左京の母が本当に二人の言う通りの神子だとするならば――それは大問題なのだから――。


 右京と左京は言葉を続ける。


「邪神を祓う事ができるのは神子と神のみ」

「只の人間は例え〈神力持ち〉であったとしても抑える事ができるだけで滅ぼす事は出来ない」

「しかし、あの女は我が身と自分が愛する神々だけを守る為、御社に厳重に結界を張って籠城したのです」

「そして、結果あの女を守る為に必死に戦っていた職員達を見殺しにしたのです。挙句、助けを求めに来た職員も中に入れようとしませんでした」


 右京と左京は思い出す――強い結界の向こう側で必死に神子に助けを求める職員達の叫び声と邪神に喰い殺される瞬間の断末魔を――耳を塞いでも、あの時の声が耳に残って離れない――。


 すると、右京と左京は丸ごと抱き締められていた――ふわりと甘い香りが漂う。


「うっちゃん、さっちゃん」

「「……世流様……」」

「アナタ達に責任は一切ないわ。気負わないでね」

「「……はいっ……!」」


 右京と左京の目から涙が一筋零れていた。


「世流君の言う通りだよ、右京君、左京君。悪いのはそうやって保身に走った神子達……及びそうしていいと許可した中央本部にある」

「……ちっ、また中央本部」


 幽吾の言葉に文が舌打ちをした。


「そして、そのせいで三年前に起きた邪神大量発生時に多くの職員が亡くなった。そのほとんどが邪神に身体を喰い尽くされて遺体も残らなかった……神域史上凄惨な事件だったよ……」


 当時を知る者も、当時を知らない者も、幽吾の言葉を聞いて黙ってしまう――それほどまでに幽吾の言葉には重さがあった。


「……そして、そこにいる鬼火はその時の被害者なんだ」

「えっ?」


 幽吾の言葉に焔は三つの鬼火を見た。


「それは一体どういう事なんだ?」


 焔の言葉に紅玉が答えた。


「それも含めてお話しますわ。轟さんに何があったのかを……あの鬼火の三人の事を……」


 これから始まる紅玉の話に全員耳を傾ける。


 三つの鬼火の爆ぜる音が聞こえるほど静かな空間で、紅玉は話し始めた――。




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