目覚めた紅玉と満身創痍の蘇芳
紅玉は意識を浮上させた――目を開けるとそこは見慣れた己の部屋の天井だった。
(……あ、ら、わたくし……)
記憶を思い起こそうと瞬きをすると――。
「っ、お姉ちゃん!」
「あっ、ベニちゃん!」
「先輩! 起きたっすか!?」
目の前に水晶と鞠と空の顔が覗き込んできていた。
そして、紅玉は思い出す。自分は先程まで坤区の第三部隊の詰所にいたはずだと――神域警備部の部長である韋佐己からの罰を受ける寸前だったと――。
それなのに――。
「……わたくし……いつの間に御社に……」
「獣組さん達の転移神術で帰ってきたっすよ。蘇芳さんが先輩を抱えて戻ってきたっすから驚いたっす」
「蘇芳様……!」
血塗れで満身創痍だった蘇芳の姿を思い出し、紅玉は慌てて起き上がるが、まだ頭がふらついているようで身体が揺れた。
「先輩! まだ無理しちゃダメっすよ!」
「デース! ベニちゃん、ゼンゼンおっきないデース! マリたちWorryシマシター!」
「ごめんなさい、心配かけてしまって……でも、もう大丈夫ですわ」
そう言って立ち上がろうとする紅玉を小さな手が押し止めた。
「! 晶ちゃん……!」
「……っ……ば、かぁ……!」
水晶の瞳から大粒の涙がボロボロと零れていく。
「お姉ちゃんのばかぁっ……!」
そんな水晶に紅玉は一瞬目を瞠ってしまうも、困ったように笑ってしまう。
水晶に泣かせる程不安にさせてしまった事を心苦しく思いながらも、そんな妹が愛おしくて堪らない。
「……心配をかけて、本当にごめんなさい……ほら泣かないで」
紅玉はそう言って、水晶の頭を撫でながら、手拭いで涙を拭ってやる。
すると、水晶の瞳からますます涙が勢いよく零れていく。
「ひっ……うっ……わあああああっ!! お姉ちゃんのばかあああああっ!!」
堪え切れず大声を上げて泣き出した水晶は紅玉の腰に抱きつき、ぼろぼろと涙を零す。そんな水晶の頭を紅玉は優しく撫でてやる。
「ごめんなさい、ごめんね、晶ちゃん」
「ひっく……ひっく……」
「ほら、お姉ちゃんはもう大丈夫ですから。ねっ?」
「う、うぅっ……おね、っちゃん……っ……」
そんな仲睦まじい姉妹の様子を空と鞠はニコニコしながら見守っていた。
すると――「ドタン!」――と廊下から何やら騒がしい物音が聞こえ始める。
四人が首を傾げて、廊下の方へ耳を済ませていると――。
「蘇芳! お前さんも安静じゃ!」
「まだ傷が完全に塞がっていないんですから!」
「ああああ引き摺られる~!」
「誰か手を貸せぇっ!」
「止めろ止めろっ!」
そんな言い争う声がどんどん近付いてくると思った瞬間――。
「バンッ!」――部屋の扉が勢い良く開かれ、何人もの神を引き摺っている蘇芳が現われた。
「蘇芳様……!」
「っ! 紅殿!」
紅玉の声に振り返った蘇芳は紅玉の姿を認めると、引き摺っている神を振り払い、紅玉の元へ駆け寄っていく。
すると、今さっきまで自分の腰に抱きついていた水晶がいなくなった――と思った瞬間、紅玉は蘇芳の両腕に抱き締められていた。
「っ!!??」
思わず目を剥く紅玉の身体が更にきつく抱き締められる。
「ああよかった……! 目を覚ましてくれて……! 息はあるのはわかっていても、貴女が目を覚ましてくれるまでは生きた心地がしなかった……っ!」
酷く安堵した声を零しながら蘇芳は両腕に力を込め、艶やかな紅玉の髪に頬を寄せる。
「うみゅ……晶ちゃん達の事は眼中にないようだ」
「Wow……Passionate……」
「ま、鞠ちゃん! 前が見えねぇっす!」
そんな声を上げながら、鞠に両目を手で隠されている空がジタバタと暴れた。
すると、しばらく硬直していた紅玉が我に返った。
「すっ、すおうさまっ! はなしてくださいましっ!」
「あ――ああああっ!? すっ、すまん!」
蘇芳も我に返ったのか、すぐさま紅玉を解放した。
そして、紅玉は改めて蘇芳を見た。
身体中包帯でぐるぐる巻きだ。しかもその巻かれている包帯は血が滲んで僅かに赤味を帯びている。
紅玉はキッと蘇芳を睨んだ。
「そんな大怪我されている状態で走らないでくださいましっ! 傷口が開いたらどうするのです!?」
「す、すまない……!」
紅玉のその言葉にその場にいた誰もが内心思った。
(((((抱き締められた事に関しては何もツッコまないんだ)))))
しかし、紅玉の言う事もまた尤もだと神々は思った。
代表して槐が紅玉に言う。
「紅ねえ、もっと叱ってやっとくれ。蘇芳のヤツ、傷がまだ塞がっていないというのに、ロクな手当てもせずに放置しようとしていたんじゃ」
「……深い傷はもう癒えております故、問題ありません」
「出血はまだ止まっておらんじゃろう!?」
槐の言葉に紅玉は蘇芳を睨んだ。
「……蘇芳様?」
「う……」
「……そんな重傷の状態でわたくしを抱えて帰ってきたのですか?」
「…………これくらいの傷程度なら問題ない」
もう一度言う。蘇芳の身体は包帯でぐるぐる巻きだ。そして、その包帯には血が滲んでいる。
紅玉はカッとなった。
「問題だらけです! わたくしには無茶をするなと言いながら、貴方は無茶ばっかりではありませんの!?」
「俺にとって、これは無茶ではない」
「無茶ですわ! あんなに酷い目に遭っておきながら!」
「頭さえ潰されなければ、俺は自分で怪我を治せる」
「今も満身創痍ではありませんか! 説得力皆無です!」
「だから、こんな傷、すぐに治る」
「傷付いてからでは遅いですわっ!!」
言い争う紅玉と蘇芳を交互に見つめながら、水晶と空と鞠はオロオロとしてしまう。神々も冷や汗をかいて事の行く末を見守る事しかできない。
「傷付けば痛みが伴います! 痛みが無いわけではないでしょう!?」
「我慢できる程度だから問題ない」
「我慢がいけないと申しているのです!」
「食事をして休めばすぐに治せる」
「では今すぐお休みになって!」
「休むのは貴女が優先だ」
ぶちっ――紅玉の頭の中で何かが切れた。
「――わかりましたわっ!!」
紅玉はそう叫ぶと、蘇芳の腕を思いっきり引っ張って寝台の上に押し倒し、蘇芳の身体の上に圧し掛かり、目を見開く蘇芳を睨みつけた。
「でしたら一緒に休みましょう! 蘇芳様もわたくしも休めて一石二鳥ですわっ!!」
「はっ!?!? ベっ!!??」
「「「「「きゃああああああああっっっ!!!!」」」」」
女神達の狂喜乱舞する黄色い声が部屋中に響き渡る。
「紅ねえ大胆っ!」
「紅ねえかっこいいっ!」
「紅ねえ素敵過ぎるっ!」
そんな女神達の叫びも無視して、紅玉は蘇芳を起こすまいと身体を全身で押さえつけながら言う。
「眠れないのなら子守唄も歌って差し上げますわ! さあ寝てくださいましっ!!」
「わっ、わわわっ、わかった! わかったわかった! わかったから! ちゃんと休むから! だから自分の部屋で寝かせてくれっ!!」
蘇芳が真っ赤な顔をして観念したので、紅玉は蘇芳を解放し、男神達に蘇芳を託した。
「よろしくお願いしますわ。蘇芳様がきちんとベッドに寝るまでしっかり見届けてくださいましね」
「「……うっす」」
男神二人はよろよろとしている蘇芳を両脇から支えながら連れていく――そして、ボソリと呟く。
「いくら蘇芳のためとはいえ、あそこまでするとは……」
「紅ねえは侮れないな……」
そして、真っ赤な顔でぐったりとしている蘇芳を見て、言った。
「おい、大丈夫か? 蘇芳」
「……あ、あたまが、くらくらする……」
「……丁度いいからしっかり寝て休め」
男神に引き摺られるようにして運ばれていった蘇芳を見送ると、紅玉は空と鞠を見て、言った。
「さて……空さん、鞠ちゃん、わたくしが意識を失った後の事を何か聞いていませんか?」
紅玉の質問に空は頷く。
「おっす。実はさっき幽吾さんが十の御社に来て、報告を受けたっす。第三部隊の後処理はもうすでに終わらせてきたらしいっすから心配しないでいいとのことっす。それで轟さんの事っすけど……」
「っ! 轟さんは今どちらに!?」
「実は轟さんは先輩達と一緒に来て、今は十の御社の客間で寝かせているっすけど、全然目を覚まさないっす……」
「――っ!!」
空の言葉を聞いた紅玉は寝台から飛び降りた。
「客間に――!」
「先輩! 先輩! 落ち着いてっす!」
「ベニちゃん、Hair setシマショー! ボサボサデース」
今にも飛び出していきそうな紅玉を空と鞠が押し止めた。
そんな紅玉を見て、水晶は溜め息を吐く。
「うみゅ、どいつもこいつも似た者同士か」
「……え? 似た者同士?」
鞠に髪を梳かれながら紅玉は水晶を見た。
「うみゅ、百聞は一見にしかず。はよ支度整えんしゃい」
水晶の言葉に紅玉はある予感が過ぎっていた。




