迎え
残された者達は思わずポカンとしてしまう。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「え、え? な、なんだったの? あのおじさま」
世流の声に全員思考を取り戻していく。
「ま、まあとにかく……僕らにはやることが山積みだね。蘇芳さんに暴行を働いた残り二名に関しては――第三部隊、君達に任せよう」
「わかった」
幽吾の言葉に砕条は頷いた。
「あ、の、兄さんは……」
星矢は未だ鼻から血を流して倒れている辰登を見ながら言った。
「これはダメ」
幽吾ははっきりと告げる。
「禁忌を犯しているからね。もう二度と会えないと考えておいてね」
「……わかり、ました……」
星矢は顔色を悪くさせたまま頷いた。
そして、幽吾は術式を発動させると、地獄の門を召喚する――扉が開き、中から恐ろしい形相の鬼神が現われた。
気絶したままの辰登の足を掴むと、まるで物のようにずるずると引き摺って、地獄の門に中へと連れていく。
そして、扉は「バタン!」と大きな音を立てて閉じられた。
星矢はただその恐ろしい光景を見つめる事しかできなかった。
そんな星矢の肩を砕条がポンと叩いていた。
「さて、これで犯人確保は出来たとして……」
幽吾はそう言いつつ、蘇芳の方を向いた。
「えっと、蘇芳さんはもう大丈夫なの?」
「ああ。自分のことはお気になさらず。もう動ける」
そう言いつつも満身創痍ではあるが、紅玉を一人抱えてもしっかりと自分の足で立てているようではあった。
幽吾は少し心配に思いつつも言う。
「そう……じゃあ、紅ちゃんのことよろしく」
「ああ」
「ってなると、一番の問題は……」
幽吾はそちらの方を向いた。
「轟っ! 轟! 轟!!」
「轟君! ちょっとしっかりしなさいよ!」
未だ倒れたままの轟の身体を天海と世流が揺さぶっていた。
轟は二人の呼びかけに反応する事が無い。目は開いているというのに、その瞳に光が無く虚ろだった。
身体よりも心に深い傷を負っているようだ。
そんな轟を見て、幽吾が悔しげに顔を歪めた。
「……余計なことをしてくれたよ。あの堅物部長」
「すまん……父が……」
「いや、そもそも呼んだのは僕だし……いつかはちゃんと話さないといけないとは思っていたけど……こんな形じゃ、ね……」
幽吾はそう言いながら、轟の周りを心配そうにしながら漂う三つの鬼火を見つめた。
すると、そこへ――。
「おっ! いたいた!」
そんな声が響いた瞬間、蘇芳達の目の前に予想外の人物達が現われた。
「遊楽殿、真心殿に万華殿、深秘殿まで……!」
「よっ、蘇芳」
現れたのは獣組と呼ばれる十の御社の神々の四名であった。
「皆様、何故ここが……?」
驚く蘇芳の言葉に答えたのは真心だ。
「我々は神ですよ。神力を辿る事など容易いものですし、それに私は狛犬の神。蘇芳さんや姉君の匂いも簡単に探れます」
流石は神である。語られる離れ業に思わず感心してしまう。
「神子様が突然泣き叫んで紅ねえの行方を捜すものだからね……何かあったのだろうと思って飛んできたわけだよ」
「蘇芳さん、神子はあなたの事も心配していましたよ。勿論、ボク達も」
「……そうでしたか」
深秘と万華から語られる話に蘇芳は申し訳なく思った。
恐らく水晶は鋭い直感で姉の危険を察知したのだろう。泣き叫ぶ程にまで不安な思いを水晶にさせてしまい、心苦しくなる。
「ご心配をお掛けして申し訳ありません」
蘇芳と紅玉の無事が確認できたので、獣組四名は安心したように微笑んだ――が。
「それで、何故蘇芳さんはそんなに血塗れなのですか?」
鋭く尖った牙を見せながら真心が言う――怖い。
「何故紅ねえは気を失っているのですか?」
孔雀石の瞳をギラリと光らせながら万華が言う――やはり怖い。
「そして何故こんなところにいるんだい?」
象牙色の長い髪をうねうねと怪しく靡かせながら深秘が言う――物凄く怖い。
「おうおう、小僧ども、何があったのか説明をしてもらおうかぁ?」
白と銀の輝く長い尻尾の毛を逆立たせながら遊楽が言う――最早恐ろしさしかない。
四名の神々の怒気に中てられた第三部隊の職員達は、最早地に座り込んで震える事しかできなくなっていた。
「あ~あ、神様を怒らせちゃった~。僕、し~らな~い」
神の怒りを鎮める事など、只の人間に出来るはずが無い。幽吾は端からお手上げだ。
「み、皆様、落ち着いてくだされ……!」
一方、蘇芳はなんとか獣組の怒りを鎮めようと説得するが、獣組は貸す耳など無いようだ。
「まあ黙っていたところで、我々神には全てお見通しですからね」
「何があったかなんて言われなくてもボク達には分かっていますよ」
「さて、僕ら神の怒りを買えば、一体どんな不幸が降り懸るか……」
「一遍体験してみるかぁ~?」
その瞬間、第三部隊の職員達全員が地面に額を擦り付けた。
「「「「「申し訳ありませんでしたああああああ!!!!」」」」」
見事綺麗に揃った土下座である――だがしかし、それで獣組の怒りが治まる事はない。
「私達に謝られたところで何の意味もないと思いますが?」
「反省の意思が全く見られないようですね」
「ほら! もっと地面にめり込む程頭を擦りつけて!」
「腹の底から声出せやぁっ!」
獣組の凄みに第三部隊が更に震え上がる。
そんな様子を幽吾と世流は愉快そうに見ながら言った。
「わ~い、ざまあみろ~」
「いいわよぉっ! もっとやっちゃいなさ~いっ!」
「み、皆様、もうその辺で……!」
一人獣組を宥めようとしている蘇芳に対し、獣組が言う。
「いやいや、これくらいしないと神子様は許すはずがないよ」
「今回は特に姉君が関係してしまっていますしね」
「ちなみにこう言って脅せと命令されました」
「『おめぇらの大事なとこちょんぎるぞ!』ってな」
(神子おおおおおおおおおっっっ!!!!)
思わず天を仰ぎ内心叫んだ蘇芳の横で、幽吾と世流は腹を抱えて爆笑していた。
「まっ、冗談はこれくらいにしておくとしてだ……紅ねえより厄介なのは、そいつかな?」
遊楽はそう言って轟を見た。
未だ目が虚ろなままの轟の周りを三つの鬼火が浮遊している。
そんな轟に駆け寄り見た深秘は言う。
「とりあえず十の御社で休ませた方がいいね。こちらで預かっても?」
「あっ、いや、しかし……ご迷惑なのでは……」
深秘の言葉に天海が申し訳なさそうに答える。
しかし、そんな天海に真心と万華が優しく言う。
「御社は清廉な気で満ちた場所です。彼の心も少しは落ち着くかもしれません」
「勿論、そこの鬼火達も迎え入れましょう」
「……っ、感謝します……!」
天海は深々と頭を下げた。
そして、真心と万華は轟の両脇を抱え、持ち上げる。
神々に運ばれているというのに、轟はだらりと身体から力が抜けたままだ。まるで糸の切れた人形のような轟を天海は心配そうに見ていた。
そんな天海に幽吾が言う。
「天海君、君も一緒に行っておいで。ここは僕らに任せて構わないから」
幽吾の言葉に一瞬天海は迷うものの、首を横に振る。
「いや、俺はここの後処理をしなければ。もしかしたら辰登が禁術をまだ隠しているかもしれない。ちゃんと探知して確認するのが俺の仕事だ」
「うん、わかった」
如何なる時も私情に左右される事無く、任務を遂行する――職員として当然の行動だが、その当然の行動が時として難しいものだ。
冷静な判断を下した天海に、幽吾は感心していた。
すると、遊楽が言った。
「よし、御社に帰るぞ。神子が待っているからな」
そして、遊楽は術式を書いていく――あっという間に美しい紋章と祝詞を書き上げると、神術が発動する。
蘇芳や紅玉、轟を抱えた真心と万華、深秘の身体を白と銀の光が包み込んでいく。
光に包まれていく蘇芳に向かって、天海と幽吾と世流が叫ぶ。
「轟の事、よろしくお願いします!」
「後で僕らも十の御社に行くから!」
「紅ちゃんの事もよろしくね!」
三人の言葉に蘇芳は大きく頷く。
そして、遊楽の神術の光に包まれ、蘇芳達は第三部隊の詰所から転移した――。