制裁、その結末
韋佐己の言葉に轟は動揺を隠せない。
「な、にいって……?」
「貴殿はそれが受け入れられず心を病み、異能を開花させた。己の都合のいい異能を。貴殿は友人らの魂を封じ込め、己の支配下に置いたのだ」
「ふ、ざけたことを言ってんじゃねぇぞ! 和一も雄仁も剣三も生きている! さっきも蘇芳の危機を知らせに来てくれたんだぞ!?」
「鬼火は主人の意に反さなければ自由に行動ができるからな。そして、鬼火となった魂と会話できるのは鬼火の異能を持つ貴殿だけだ」
「さっきから鬼火鬼火って! あいつらは生きている!!」
金棒で韋佐己の身体を弾き、距離を取りながら轟は思い出す。詰所の裏口で会った三人の姿を。
いつものように轟の事をからかいつつも、心配しながら見送ってくれた友人達の姿を。
しかし、それでも韋佐己は言葉を並べる。
「彼らの死が認められないから貴殿はそう思い込んでいるのだ」
「だからあいつらは生きてるって! 死んでなんかいねぇっ!!」
「都合の良い夢は矛盾を生むものだ。では、貴殿に問おう。彼ら三人の姿は三年前と何一つ変わっていないのではないか?」
その言葉に轟は息を呑んでしまう。
言われてみれば確かにその通りだと――友人達三人は新人の頃と何ら変わりない姿をしていた。
入職当時二十二歳だった彼らも三年も経てば二十五歳。多少は大人の貫禄が出てきても可笑しくはない。自分だって二十歳を越え、大人らしさというものが顕著になってきたのだから。
それなのに、友人達三人は新人らしさが溢れる若々しい姿をしていた。そう、出会った当初、自分より年上だったはずの彼らは今でも年上でなければならないはずなのだ。
だが、三人はどう見ても二十歳を越えた自分と変わりない容姿をしていた――。
それは何故か……?
その疑問に答えたのは韋佐己だった。
「彼らの時はもう止まっている。否、彼らの時は三年前で終わっているからだ」
「……う、そだ……っ!」
「いい加減、現実を見よ。鬼の先祖返り」
「うそだっ! うそだぁっ!!」
「ならばその目で見るがよい。現実と真実を」
韋佐己は轟の髪を引っ掴むと、無理矢理天へと顔を上げさせた。
轟の目に飛び込んできたのは、己の神力と同じ山吹色の炎を纏った鬼火が三つ――そして、ぼんやりと透けて見えたのは、己の友人達の姿だった。
「あ……な、んで……おまえら……」
「彼らはもう死んでいるからだ」
その言葉に轟の頭の中で記憶が巡る――。
仲間達と切磋琢磨し合った楽しかった頃の記憶と――。
ボロボロになり果て、血塗れになり動かなくなった友人達の姿の記憶が――。
ぐちゃぐちゃに混ざり合い、受け止めきれない衝撃が轟の心を破壊していく。
「韋佐己部長! もう止めてください!」
珍しく大きな声を上げた幽吾に韋佐己は冷酷に言う。
「妖怪の先祖返りである彼にはまだこの神域で役に立ってもらわねばならない。いい加減目を覚ましてもらわねばならない」
「だからって――」
もう轟の耳には韋佐己の声も幽吾の声も聞こえなくなっていた。
「ああああああああああああああああああっっっ!!!!」
両手で頭を抱え、髪を振り乱し、大声で叫び、現実を拒絶する。
「嘘だあっ!! 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だああああああっっっ!!!! あいつらは生きている!! 生きているんだああああああっっっ!!!!」
そんな轟を見た韋佐己は呆れたように溜め息を吐いた。
「……弱き者め」
そして、容赦なく轟の鳩尾に拳を入れ、轟を庭の彼方まで殴り飛ばす――!
呆気なく地面に叩きつけられた轟は悲鳴を上げる事無く、その場に倒れ込んでしまった。
「轟君!!」
「轟さん!!」
世流と紅玉が真っ青な顔をして轟へと駆け寄った。
鬼火もまた轟の周りを心配そうに漂う。
一方幽吾は韋佐己を睨みつける。
「韋佐己部長、やり方が残酷です。彼は朔月隊の一人。余計な手出しをしないでください」
「そうやって甘やかすからいつまで経っても現実を受け入れられぬのだ。それに彼もまた私の部下だ。第一に『影の一族』と無関係の者達を巻き込む自体、あり得んと思うのだがな」
「…………」
しばし幽吾と睨み合っていた韋佐己だが――。
「さて、残り一人……」
そう小さく呟いた瞬間、幽吾の目の前から韋佐己が消える――。
紅玉はハッとしたが、避ける間もなく吹き飛ばされていた――!
壁に激突する!
「あぐっ!」
気づけば目の前に韋佐己が立ち、紅玉の喉元を握って持ち上げていた。
「あっ――うっ――!」
「「紅ちゃん!!」」
幽吾と世流の叫ぶ声が聞こえるが、紅玉は苦しさに足をばたつかせ、もがく事しかできない。しかし、首に絡みつく指が緩められる事はなかった。
紅玉の首を握る手に力を込めながら、韋佐己は告げる。
「貴殿には不法侵入に加え、傷害罪もあったな」
「――ぅぁっ――」
最早反論の余地もない。息もできず、ただもがくだけ。意識が徐々に遠のいていく――。
「やめてぇっ!! 紅ちゃん!!」
「韋佐己部長! やめてください!」
ついには怒鳴り声を上げた幽吾だったが、韋佐己に聞く耳などなかった。
「何人たりとも違反は違反だ」
韋佐己は大きな拳を握り締めた。
「神域警備部部長として、制裁を下す」
「やめてええええええっ!!」
その瞬間、突風が吹いた――。
韋佐己は驚きに目を開く事しかできなかった。
気付いた時には己の左腕の義手が無くなっていたのだから――義手の残骸となった部品の一部だけがぶら下がっている。
韋佐己は振り返った。
そこにいたのは、紅玉を大事そうに抱え、韋佐己の義手を握り潰していた蘇芳だった。
全身傷だらけではあるものの、鮮やかな赤い神力を迸らせ、金色の瞳を光らせて韋佐己を睨みつけているその姿は、まさに仁王か軍神か――。
幽吾も世流も天海も砕条も星矢も驚きにただただ目を見開くだけだった。
「っ――かはっ! げほっ! ごほっ!」
息を吹き返し噎せ込む紅玉に蘇芳はハッとする。
「紅殿!」
「――す、お……」
ぐったりとする紅玉を抱き締め、紅玉の頭を優しく撫でながら蘇芳は言う。
「苦しい思いをさせてすまなかった……どうか今はこのまま休んでくれ……貴女の事は俺が守るから」
その声に紅玉は安心し、大きな身体に身を任せると、意識を手離した。
紅玉がちゃんと呼吸をしているのを確認しホッとすると、蘇芳は韋佐己を睨みつけた。
そして、韋佐己の義手をぐしゃりと踏み潰すと低い声で言い放つ。
「親父――紅殿を傷付けると言うのなら、俺は全力でそれを阻止する。その為ならば俺は力を使うことも躊躇わない!!」
その姿はまさに仁王。ただ目の前の大切なものを守ろうとする恐ろしくも勇ましき戦士だ。
「………………」
「………………」
しばし無言のまま睨み合っていた両者だったが――。
韋佐己が向きを変え、蘇芳に背を向けた。
「……制裁は十分実施した。後の事は貴殿らに任せよう。第三部隊への処罰は追って音沙汰を待つように」
それだけ告げると、韋佐己はあっという間に去っていった。