本当の極秘情報
日本語って難しい……。
そんなお話
紅玉の作戦がうまくいき、思わずほくそ笑みながら幽吾は言い放つ。
「君が本当の術式研究所の生き残りだ。神域警備部坤区第三部隊所属、辰登――八大準華族『山の一族』の三男坊」
紅玉の前で膝を着いたまま、砕条の部下――辰登は顔を青くさせていった。
そして、星矢もまた顔を青くさせていた。
「兄さん……!? 兄さんが、何故? どうして……!」
混乱する星矢を砕条が制止していた。
幽吾は辰登の前まで来ると、辰登を見下して言った。
「君は弟さんの活躍を間近で見ていて、弟さんに激しい嫉妬と憎悪を抱くようになった。だから、この禁術が書かれたノートを彼の部屋に隠したんだろう? 星矢さんに罪を擦り付ける為に」
「あはは……ははは……」
世流もまた眉を顰めて辰登を軽蔑したように見つめると言う。
「お兄さん二人からも聞いているわよぉ。出来の悪いもう一人の弟について……一族の中でも大して身体は大きくないし、強くないし、頭もまあまあ普通だし、秀でたとこのない出涸らしだって。唯一、お父さんの不満のぶつけ役として役に立っているから助かっているって喜んでいたわよ」
一瞬、辰登の顔が歪んだのを見て、世流は畳み掛ける。
「そのお父さんに本家出身の超エリートの蘇芳さんと比較されまくって不満を爆発させちゃったってとこでしょ。蘇芳さんに逆恨みもいい所よ」
「い……」
辰登は立ち上がると、笑ってみせた。
「いやだなぁ、何の冗談ですか? 俺が術式研究所の生き残りとかどうとか」
「……ふーん、あくまで否定するんだね」
「当然じゃないですか。俺は禁術か書かれているというその本も知りませんし、術式研究所とは何の関係もありません。それに、その矢吹のメモに書いてある生贄候補が俺だっていう証拠がどこにあるんですか? 俺はたまたま矢吹とは同じ区の職員だったから知り合いだっただけですって」
ここまで来ると往生際の悪さもなかなかなものだと世流は思う。
「じゃあ、アナタは禁術を使った事がないと言うの?」
「当たり前ですよ! 何でそんな恐ろしい事……! それに俺は大した神力も無いので、禁術なんてとてもじゃないけど使えませんよ! まあ、星矢なら〈異能持ち〉だから使えるかもしれませんけど」
「貴様!!」
怒鳴る砕条を幽吾が手だけで制する。
「はははっ、砕条さん、怒らないでくださいって。だって俺は悪くねぇですもん。それとも禁術使いが俺だって言う証拠があるんですか?」
「ぐっ……!」
すると、紅玉が辰登の前に立ちはだかった。
「では、蘇芳様をあんな残酷に傷付けたのも、貴方の意思ではないと?」
「ああそうだよ。言ったろ? 俺は上の命令で動いているって。上とはつまり星矢副隊長の事さ」
「っ、兄さん……!」
「辰登! 貴様ぁっ!」
辰登の言葉に星矢は愕然とし、砕条は怒りを抑えきれない。
紅玉は辰登を睨みつけたまま言葉を続ける。
「何故、蘇芳様にあんな酷い事を?」
「さあ? 動機は副隊長に聞いてくれ。と言っても復讐だろうな、きっと」
「では蘇芳様を、手紙を使って呼び出したのも星矢さんのご意思ですか?」
「そうだよ」
「手紙の内容はどういったもので?」
「さあ、知らねぇな。俺は中身を読んでいないからな」
「その復讐を果たす為に、わざわざ御社に直接手紙を届けたのも星矢さん自身だと? 副隊長自ら?」
「ああ……それは俺が。上司の仕事を担うのが部下の仕事だろ」
星矢は信じられないと言った表情をして首を横に振るばかりである。
「では、貴方は何故手紙を届けるのに神獣連絡網を使用しなかったのです?」
「はあ? お前は馬鹿か? そんな事に神獣連絡網使ったら、神獣から天罰下るからそれを回避するのは当たり前だろ。一発で星矢の作戦がバレちまうだろうが」
「つまり……そんな事が悪意ある事だと知っていたという事ですよね?」
「仕方ねぇだろ。上司の命令だったんだから。俺は従うしかなかったんだよ」
辰登がそう言うと、紅玉はにっこりと微笑む。
その紅玉の笑顔を見て、辰登は訝しげに眉を顰めた。
「……なに笑ってんだよ?」
「つまり貴方は『神獣連絡網を悪事で利用すれば神獣から天罰が下る』という事をご存じだった――という事ですわね?」
「ああ?」
まだ紅玉の意図がわかっていない辰登に紅玉は説明を始める。
「先日、汚職を働こうとした職員が懲戒免職処分となりました」
「……それが何だよ?」
「この事実は極秘にされている情報でございます」
「だから、何だって言うんだよ? 汚職と俺は関係ねぇだろ。ていうかそんな極秘情報をこんなところで流していいのかよ」
しかし、紅玉は気にした様子もなく、微笑んだまま言葉を続ける。
「実は、本当の極秘情報は『汚職を働いた職員の懲戒免職処分』の事ではなく、『職員の汚職が公になったその経緯』の方なのです」
「…………は?」
「あら、まだお分かり頂けません? では一から丁寧に説明させて頂きますわね。ある職員がとある上層部の職員へ賄賂を渡す為に神獣連絡網を利用しようとしたところ、神獣から天罰が下されたのです。この一件で職員の汚職が判明し、職員は懲戒免職処分となったというものです――さあ、お分かり頂けまして?」
「…………そ、れが?」
「『神獣連絡網を悪事で利用すれば神獣からの天罰が下る』という情報こそが本当の極秘情報ですわ」
「――っ!!!!」
紅玉のその言葉に、辰登は己の失態にようやく気付き、みるみる青褪めていった。
そして、その話を聞いていた周囲の人間達は驚いたように辰登を見た――唯一幽吾だけはニヤリと笑っていた。
紅玉は更に辰登を追い詰めていく。
「神域警備部坤区第三部隊の辰登――貴方はこの極秘情報をどこで仕入れたのですか?」
「い、いや……し、神獣連絡部の部長に聞いて……」
「部長の雛菊は、わたくし以外にこの話をしていないと明確に証言をしましたわ。先程確認済みです」
先程、雛菊に連絡を入れていたのはその確認であった。
辰登はさらに顔を青くする。
「ふ、副隊長、せ、星矢が、教えて……!」
「この情報を知っているのは、汚職事件の処理に当たった中央本部人事課の職員である幽吾さんと神獣連絡部部長の雛菊と雛菊からこの話を直接聞いたわたくしの三名だけです。星矢さんが知り得るはずがありません」
紅玉に悉く論破され、辰登はしどろもどろだ。
そんな辰登に紅玉ははっきりと告げる。
「では、貴方の代わりにお答えしましょう。貴方がこの極秘情報を知ったのは、九日前、皐月の十一日の茶屋よもぎにて。神獣連絡部部長の雛菊とわたくしの会話をこっそり盗み聞きしていたのでしょう? 神術を使って己の身を隠して」
「なっ!? 気付いていただと……!?」
紅玉の言葉に辰登は驚きを隠せない。
そんな辰登に紅玉は淡々とその理由を述べていく。
「わたくしは〈能無し〉でございます。神力がない代わりに、神術が効き難い体質ですので、貴方の隠密神術にもすぐ気付けました。ちなみにその神術を天海さんに探知して頂き、すでに『神域警備部坤区第三部隊の辰登』が使用したものであると判定を頂いております」
紅玉の言葉に天海は頷く。
「あの時、紅玉先輩から連絡を貰ってすぐに駆け付けたから、神術の名残をうまく探知できた。辰登……あなたが使用した神術で間違いない」
天海の証言に辰登は歯を食いしばった。
この辰登の不可解な隠密行動の件もあり、紅玉は前々から辰登にも疑念の目を向けていた。
「十六夜の会」の帰りに砕条と星矢と会った時に蘇芳の名が出た際、二人の後ろに控えるようにして立っていた辰登の顔が激しく憎悪を湛えた歪んだ顔になっていた事に気付き、辰登への疑念が更に深まった。
そして、矢吹の手記を再び確認した際、紅玉は辰登こそが「生け贄候補その三」であり「術式研究所の生き残り」ではないかと考えるに至ったのだ。
すると紅玉は溜め息を吐いて、幽吾の方を見た。
「それにしても……幽吾さん、貴方の意地の悪い思惑に雛ちゃんを巻き込まないでくださいまし。雛ちゃん思いっきり勘違いしていましてよ」
「いやあ、ごめんごめん。まさかそんな勘違いを起こしているなんて」
紅玉は雛菊の話を聞いただけで幽吾の真意を察した。
「神獣連絡網を悪事の為に使用すれば、神獣の天罰が下る」
この事を敢えて公表せずにいれば、悪意を持って神獣連絡網を使おうとした者に神獣からの天罰が下り、悪事は未然に防がれる上に、悪事が明らかになるという一石三鳥だ。
しかし、雛菊には幽吾の意地の悪い真意を察する程、心が捻くれていない。
雛菊が極秘情報だと思っていたのは「汚職を働いた職員が懲戒免職処分になった事実」の方だった。
そして、「それ」が極秘情報であるかのように紅玉に話してしまったのだ。
しかし、これが――。
「ま、結果オーライだったわけだよね。それで生き残り君に誤解を与えて追い詰める事ができたんだし~」
「……そうなのですが……そうなのですが……」
そうではあるのだが、紅玉はいまいち納得がいかず、思わずムッとなってしまう。
しかし、今は幽吾を責めるより優先すべき事が目の前にある。
「さてと……」
紅玉は再び辰登を見るとはっきりと言った。
「さあ、これでも言い訳をなさいますか? 神域警備部坤区配属第三部隊隊員、辰登!」
ちょっとしたロジックっぽさを目指してみました。