朔月隊の裏舞台
実は、朔月隊は裏でこんな動きをしていました。
まだらと珊瑚の大喧嘩の後、紅玉は轟を呼び出して、急遽、神域図書館の歴史史料室の更に奥の禁書室へと向かった。
矢吹の手記に、気になる項目が書いてあった事を思い出したからだ。
轟と二人で「術式研究所による三十五の神子、二十二の神子の子息誘拐事件」の証拠や資料がまとめられた箱を引っくり返し、それを探す――。
「――あったぞ」
轟はそう言って、紅玉にそれを渡す。
それは被害者である三十五の神子と二十二の神子の子息に関する情報などがびっしりと書かれた書付だった。
そして、紅玉はその中のある項目を見る――「生贄候補」という悍しい言葉から始まるその情報を――。
「……轟さん、これを見てください」
紅玉が指差す場所を轟は見て、目を剥いた。
「生け贄候補その三、『八』の血族の男、術式研究所の資金を援助してくれる男――っておいこれまさか……!」
轟の声に紅玉は頷く。
「『八』の血族と隠されて書いてありますが、恐らくこれは八大準華族の事でしょう。その下にも『四』の血脈と書いてありますでしょう? これは四大華族の事だと思います。八大準華族は四大華族の分家で遠い親戚ですもの」
「なるほどな」
「そして、術式研究所の資金援助をしていた方なら、術式研究所から己の痕跡を消す為に帳簿から自分が援助した金額の記述を抜く事も頷けますわ。勿論名簿の方も」
「逃げ足だけはしっかりしていたってことだな」
「ですが、流石に矢吹のこの手記までは知らなかったのでしょう。何せこれは矢吹個人のものですから」
「なるほどな」
そう呟きつつ、轟はもう一度矢吹の手記を見る。
「……にしてもここに書いてある事は砕条にも星矢にも当て嵌まらねぇ内容だな……神力量は大した事なくて、兄弟の悪口ばかり言う、人間としても男としても底辺……うっわ、ひでぇ書かれっぷり」
「……確かにそうですわね」
砕条には悪口を言う兄弟はいなく一人っ子のはず。
そして、星矢は〈異能持ち〉であり神力量は大した事ない――わけがない。
「もしかして、違う八大準華族とかじゃねぇだろうな……」
そうなれば、調査はまた一からやり直しである――しかし――。
「…………もしかして…………」
紅玉は一つ思い当たる節があった。
そして、紅玉は世流に連絡を入れる――調べて欲しい事があると――。
*****
世流からの返事が来たのは、轟に抱えられて蘇芳を救出する為移動している最中だった。
あの時、轟の後方から物凄い速さで飛んできたのは、ひよりだったのだ。
「ひより!」
轟だってなかなかの速さで走っているというのに、それに追いつけるとは――流石は神獣である。
ひよりは紅玉の掌に収まると言った。
『ヨルからのデンレイです』
その言葉に紅玉は迷わず伝令を受ける。
「もしもし? 世流ちゃん?」
『紅ちゃん、ごめんなさいっ!! 遅くなっちゃって!! よりにもよって、あの馬鹿兄貴二人揃って、昨日の夜に違反しやがったモンだから、証言取るのに時間がかかっちゃって!!』
その話だけで、今の今までどれだけ大変だったか大体想像がついた。
『でも、わかったわ! 星矢さんのもう一人のお兄さんのこと! もう~~~っ! よくよく考えてみればもっと早く分かった事なのにぃっ! ワタシったらどうして気付かなかったのかしらっ! 悔しいっ!』
ひよりから世流の悔しがるキイキイと甲高い声が聞こえてくる。
「おい、世流、御託はいいからさっさと報告寄越せ!」
「星矢様のもう一人のお兄様、その方はどちらの所属で?」
『……神域警備部坤区第三部隊所属よ』
「……やっぱり」
その一言で紅玉は確信した――術式研究所の生き残りの正体を。
それは世流や轟、天海も同じようだった。
『もしもし~? 紅ちゃん? 轟君? 天海君?』
「幽吾さん!」
ひよりから聞こえてきたのは幽吾の声だった。
『何があったかは天海君から聞いたよ。蘇芳さんの救出、気をつけてね。それで、ついでと言ってはなんだけど、第三部隊の詰所で大暴れしてくれないかな。僕と世流君も今から第三部隊の詰所に向かう。それで、術式研究所の生き残りの物的証拠を見つけておくから』
「大暴れって何すりゃ……」
『とりあえず第三部隊を壊滅させる勢いで全員ボッコボコにしちゃえば?』
「あらまあ、なんて大胆」
しかし、結果、紅玉が第三部隊を壊滅させる勢いで屠ってしまったのだが――。
「……おい、幽吾、俺様なんかイヤな予感がするぞ」
『ん? 轟君のいつもの勘?』
「わざわざ自分の痕跡を消し去る逃げ足だけはしっかりしている奴だぞ。その物的証拠ももう処分されているか、全然知らない場所にしまってあるとかしてるんじゃねぇ?」
『なるほど……その発想はなかったな』
「うーん」と考え出す幽吾に紅玉は言った。
「幽吾さん、もしもの時に備え、こちらも先の先の手を考えておきましょう」
『ん? どういうこと?』
「皆で集めた情報で追い詰めて、生き残り自ら語って頂くのです」
そして、紅玉は大胆な作戦を語り出した――。
*****
紅玉が大立ち回りをしていたその時、幽吾と世流は詰所内の捜索をした。
そして、その結果、轟の勘は的中し、物的証拠である禁術の紋章が記された綴じ本は容疑者である辰登の部屋ではなく、彼の弟である星矢の部屋にあった。
しかし、これこそ辰登の罠であると、幽吾と世流はすぐに見抜いた。
何故なら辰登は弟である星矢を憎んでいるのだ。
かつて兄と共に蔑んでいた弟が、今や自分の上司――果たして自尊心の高い辰登が許せる事であろうか――否、心の奥底で嫉妬や憎しみを抱いているに違いない、と二人は思った。
辰登はその事で兄二人に馬鹿にされ、父にも怒鳴りつけられていたらしい――と、例の兄二人が証言をした。
世流は思う。辰登を凶行に駆らせたのは、彼の父や兄も原因であるに違いないと。そう考えると、辰登が憐れだと思ってしまった。
しかし、だからと言って、彼の行ないを赦すわけにはいかない。
かつては幼き星矢を、そして今は蘇芳を、彼は残酷に傷つけているのだから。
だが、物的証拠が星矢の部屋から見つかった以上、辰登を追及できない――。
そこで利用したのは矢吹の手記だ。
己の事を悪く書かれている上に、その命まで利用しようと画策していた矢吹の手記を読み上げれば、自尊心の高い辰登は何らかの反応を示してくれると思ったのだが――。
結果、面白いほどうまくいったのだった。