表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
106/346

怒りの大立ち回り

※注意※

流血表現・残酷表現あります。


戦闘シーンかありますので、読みにくいかもしれません。



 轟に抱えられながら、紅玉はひよりを使って伝令をしていた。相手は雛菊だ。


「――そうですか。あの話はわたくし以外にはしていないのですね」

『うん。紅にならいいかなぁって思ったんだけど……やっぱりまずかった?』

「いえ……ですが、もし今後似たような事があれば、まずは幽吾さんにではなく、わたくしにご相談くださいね。では――」


 伝令を終えた紅玉に轟が尋ねる。


「おい、一体何の話だ?」

「こちらの話です。あまりお気になさらずに」

「ふーん……おっ、着いたぞ!」


 そう言って、轟が着地した場所は――案の定、坤区の第三部隊の詰所だった。そして、そこはその裏口らしい。人通りが少なかった。

 続けて天海も地に降り立つ。


 すると、轟は手を挙げて声をかけた。


「おう! 和一に雄仁に剣三! 紅を連れて来たぞ!」

「遅せぇぞ、轟!」

「鈍間だぞ、轟!」

「もっと速く走れよ、轟!」

「うっせうっせ! 超全速力で走って来たっつうの!」

「「「馬鹿! 静かにしろって!」」」


 三人は轟の口を塞ぎつつ、中の様子をこっそりと伺う。


「今なら人もいない! 大丈夫だ! 早く行け!」

「蘇芳さんは詰所の地下の尋問部屋にいるはずだ! 建物の裏手だ!」

「見つからねぇように気を付けろよ!」

「わーった」


 そして、轟は紅玉と天海を振り返った。

 二人は不安げな顔をして轟を見つめていた。


「蘇芳は地下の尋問部屋だ! やべぇ予感がする。行くぞ!」

「はい」

「ああ」


 そして、三人は裏口からこっそりと詰所の敷地内に足を踏み入れ、目的地を目指す。


 大和皇国伝統の建築物の平屋を横目に庭を突っ切り、最短距離で建物の裏手へと回る。

 そして、土足のまま無遠慮に廊下に上がると、地下に繋がる鉄の扉がそこにあった。扉には錠がかかっていた。


「おっしゃ!」


 轟は両拳の骨を鳴らすと、錠に手をかけた。


「ふんっ!!」


 轟が思いっきり力を入れると、錠はあっさりと真っ二つに割れてしまった。

 そして、鉄の扉は開かれ、地下に繋がる階段が現われる。


「行くぞ」


 轟の声に紅玉と天海は黙って頷き、素早く階段を下りていく。

 降りた先にあったのは冷たい石の壁と鉄の柵にはばまれた狭い牢獄だ。


 そして、漂う空気に轟は顔を顰めた。


「……ひでぇ血の臭いだな」


 轟だけではない。紅玉もその血の臭いに気付いていた。

 そして、恐ろしい予感に全身が震え出す。


「尋問部屋……あそこだな」


 轟は通路の一番奥にあった鉄の扉の方へずんずんと歩いていく。

 そして、轟は鉄の扉に手をかけ、一気に開けた。


「なっ!!」

「――っっっ!!!!」


 驚きに目を見開いた轟に続き、部屋の中を覗いた紅玉は息を呑んだ。


 そこには壁に磔にされ、何本もの刀に全身を突き刺された血塗れの蘇芳がぐったりとしていた。


「蘇芳様っ!!!!」


 叫ぶような声を上げながら紅玉は蘇芳の元へと駆け寄る。そして、血で汚れる事も厭わずに蘇芳の顔に触れた。


「蘇芳様っ!! 蘇芳様っ!? 蘇芳様ぁっ!? お願い!! 返事をしてくださいっ!!」


 泣き叫ぶような悲痛なその声に蘇芳はゆっくりと目を開けた。


(……べ、にどの……)

「何故!? どうしてっ!? どうしてこんな目にっ!!」


 泣き叫ぶ紅玉の後ろに轟と天海の姿が見えて、蘇芳は泣きたくなる程安堵した。


(ああ……紅殿……貴女が無事で……良かった)


 声が出ない代わりに蘇芳は紅玉に微笑んだ。

 その反対に紅玉は号泣をしていた。


「いやあっ……! 蘇芳様、お願い死なないでぇっ……!」

「おい、紅っ! 落ち着けって! ちっ……神力封じの拘束具かよ……おい天海! 早く鍵ぃっ!」

「――持ってきた!」


 取り乱す紅玉を一旦蘇芳から引き剥がすと、轟と天海は蘇芳を磔にしている手錠や鎖の鍵を外していく。

 やがて「ガチャン」と重たい音を立てて、蘇芳を拘束していた全ての物が取り外された――蘇芳の身体が倒れないように轟と紅玉で支える。


「おっし! これで異能は発動するはずだ!」


 しかし、蘇芳の身体には刀がまだ突き刺さったままだ。


「……刀を抜かないと、いくら蘇芳先輩とは言えど傷は塞がらないだろう……」

「仕方ねぇ……おい、蘇芳! 聞こえるか!? 痛むとは思うが、刀を抜く! 我慢しろよ!」


 轟の言葉に蘇芳は頷いた。


「よっしゃっ! おい、天海、俺様が蘇芳を押さえておくから、お前が刀を抜け!」

「わかった!」

「紅も蘇芳の事、しっかり押さえておけよ!」

「は、いっ……!」


 そして、轟は蘇芳を仰向けに寝かせると、蘇芳が暴れないように両脚をしっかりと抑えつけた。

 紅玉は懐から手拭いを取り出すと、蘇芳の口に挟ませ、蘇芳の右手を握り、己の頬を寄せる。


「す、おうさまっ……ごめんなさい……痛いでしょうけど、我慢してくださいねっ……」


 ボロボロと自分の為に泣いてくれる紅玉を見て、蘇芳は思う。


(ああ……なんて綺麗なんだ……)


「いくぞっ!」


 天海がそう声をかけ、刀を素早く引き抜いていく。

 その度に身体から血が溢れ、鋭い痛みが走る。


「うぐっ――ぐぅぅっ――ぅぅぅっっっ!!!!」


 紅玉の手拭いを噛み締め、暴れそうになる四肢を必死に抑えながら痛みに耐える。


「蘇芳様っ、蘇芳様ぁ、ごめんなさい、ごめんなさい、頑張って……っ!」


 己の手を握り締める小さな手のぬくもりに蘇芳は意識を必死に集中させる――そして、紅玉の手を握り潰さないように握り返す。


「よし、これで全部だ!」


 天海は喉に突き刺さった最後の一本を投げ捨てた。


「おっしゃあ! 脱出するぞ!」

「蘇芳先輩、痛むと思いますが、堪えてください」


 蘇芳の左側を轟が、右側を天海が支えて、蘇芳を運ぶ。

 紅玉は三人を先導していく。


 地上へ続く階段を上り、鉄の扉を開けて外に出た――。




 その瞬間、紅玉は息を呑んでしまった。


「おっと!? こんなところで何しているんだ!?」

「管轄外の部署に勝手に忍び込むとは、これは立派な不法侵入だよなぁっ!?」

「おめぇら全員言い逃れはできないぜ!」


 そこに立っていたのは、かつて自分に襲いかかって来た砕条の部下の男達三人だった。

 三人の声が響いた瞬間、蘇芳はハッとして男達を見た。そんな蘇芳の様子に轟も天海も察する。


 蘇芳を残酷に傷つけたのは、この男達三人だと――。


 轟は怒り心頭で叫んだ。


「おめぇらこそ、言い逃れできると思ってるのか!? 蘇芳を地下の部屋に閉じ込めて、こんなにボロボロになるまで傷つけて! 立派な犯罪だぞ!? 最低だな!!」

「俺達は上の命令でその男に罰を与えてやっただけだ!」

「砕条隊長を馬鹿にした罰と職務放棄をしていた罰だ!」


 その言葉に天海も言い返す。


「あれは砕条隊長に非があったという事で決着はついているはずだ。蘇芳先輩に非はない。言いがかりだ」

「うるせぇっ! 上の命令だって言ってんだろ!? 俺達下っ端には逆らえねぇから仕方なく、そいつに罰を与えていただけだ! 俺らは悪くねぇからな!」


 無茶苦茶な事を言う男達に轟も天海も嫌悪しかなかった。


「それに、どうせそいつは化け物だ!! どんなに傷つけようが、勝手に治るだろ!? 気にする方がおかしいだろ!? そいつ、刀を何本刺しても死ななかったんだぞ! ホント恐ろしい化け物――」

「――黙りなさい」


 凛とした氷のような冷たい声に、その場にいた全員が凍り付いた。

 轟と天海は目を見開いて目の前に立つ彼女を見て、彼女と対峙していた男達は一瞬怯んでしまう。


 そこには漆黒の瞳に絶対零度の怒りを湛えて男達を睨む紅玉がいた。


「蘇芳様を侮辱する事は誰であろうと赦しません」


 紅玉は武器珠から脇差を取り出すと、腰に携え、男達を更に鋭く睨みつける。

 背筋を真っ直ぐ伸ばし、前を見据える紅玉の背を見て、蘇芳は思う。


(なんて……美しい姿……)


 冷たい威圧を放つ紅玉に男達はたじろぎつつも睨み返す。


「お、お前、立場わかってるのか!?」

「無断に神域警備部の詰所に入り込んだ罪は重いんだぞ!?」

「罰はきっちり受けてもらうからなぁっ!!」

「――そんなことはどうでもいいです」

「「「ど、どうでも!?」」」


 紅玉は鞘から脇差を抜くと、その切っ先を男達に向けた。


「蘇芳様をこんなにも残酷に傷付けた貴方達を、わたくしは絶対に赦さない! 成敗します!」

「ハッ! やれるもんならやってみろ!」

「敵襲! 敵襲!!」


 男の呼び声にバタバタと第三部隊の隊員が一気に集まり、気づけば合計十人の隊員に紅玉達は囲まれる。


「神域警備部の詰所に無断で立ち入った違反者だ! 捕えろ!」

「八大準華族に楯突くヤツらだ! 全力で潰して構わねぇ!」


 命令を受けた隊員達は躊躇う事無く、武器珠から各々の武器を取り出す。

 太刀、脇差、両手剣、斧、槍、弓、銃――様々な武器が紅玉達を狙う。


「轟さん、天海さん……蘇芳様のことお願いします」


 紅玉は大量の敵を真っ直ぐ見据えながら、持っていた脇差を鞘に収め、武器珠に仕舞う。


「かかれぇっ!!!!」


 その合図で七人の隊員達が紅玉に襲いかかる――!


 足を踏み込み、真っ先に斬りかかって来た太刀使いと脇差使いの二人の脇を一瞬ですり抜ける――目を見開く一人の脇腹に肘を、一人の向こう脛を蹴り――まずは二人の隊員があっさり倒れる。


 その直後、突っ込んできた槍の襲撃を紙一重で避け、一気に間合いを詰める――驚く槍使いの首に手刀を一発入れる――槍使いもその場で倒れ込む。


 ひゅっと音がし、紅玉が伏せると、矢が一本、二本と目の前に突き刺さる――避けながら移動すると、銃声が鳴り響き、紅玉の背後を銃弾が掠める――矢の攻撃も止む気配はない――しかし、それでも紅玉は跳んで伏せて身体を翻し物影に隠れながら、矢も銃弾も避けていく。


 すると、紅玉のゆく手に一際身体の大きい両手剣使いと斧使いが立ちはだかった――ブォンブォンと大きく風を切る音と大きな刃が紅玉を襲う――しかし、動きは遅く、紅玉の素早さに敵うはずもない――武器が振り下ろされるところを見計らい、紅玉は間一髪で避けると一気に足を踏み込み、二人の隊員の喉元に手刀を入れた――身体の大きな隊員二人も仰け反って仰向けに倒れてしまう。


 紅玉は廊下から庭に目を向けた――そこには弓使いと銃使いの隊員が顔を真っ青にさせて立っていた。


 紅玉は庭に下り、一気に間合いを詰めていく――銃使いが焦ったように銃を乱れ撃つが、紅玉は左右に動きながら避けた――やがて弾切れになったところで――紅玉は一気に銃使いに間合いを詰め、銃を持っていた腕を蹴り上げる――そして、銃使いから弾を奪うと、宙を飛んでいた銃を捕らえた――それを見た弓使いと銃使いは更に顔を青くした――そして、弾の込めた銃を二人に突き付けると、紅玉は言った。


「武器を捨てて地に伏せなさい」


 二人の隊員に逆らう術など最早なかった。


 たった数分で、神域警備部の隊員をあっさり地に沈めた紅玉に主犯の男達は焦り出していた。


「な、何なんだよ……! 神域警備部をあんな……!」

「あいつ、〈能無し〉だろ!?」


 紅玉は三人の男達を睨むと、武器珠から脇差を取り出し、鞘から抜く。その刃がきらりと光る。


「ひ、怯むな!! かかれぇっ!!」


 男達は太刀を握り締めると、一気に紅玉に襲いかかった――!


 男達の攻撃を脇差で受け止めては去なし、受け止めては去なし、受け止めては去なし――時々蹴りも入れる――そして、一気に足を踏み込んで、一人目の脇腹に、二人目の肩口に峰打ちをして、叩きのめした――悲鳴と呻き声を上げて、二人の男は倒れてしまう。


 そして、残されたのはただ一人――。


「ふ、ふざけんじゃねぇぞ! 〈能無し〉!!」


 刀を振り上げて襲いかかる男の脇腹、肩口――そして、最後に額にビシッと手刀を入れる――全身の痛みと眩む頭に男は膝を着くが、喉元に突き付けられた切っ先にハッとする。


 そこには冷たく睨みつけた紅玉が立っていた。


「そこまでです」


 そう宣言する紅玉に、男は悔しげに歯軋りをした。


 そんなあっという間の大立ち回りに、天海は拍手喝采、轟はニヤリと笑い、蘇芳は安心したように息を吐く。

 そして、蘇芳は改めて紅玉を見遣る。


 凛とした眼差しと勇ましいその横顔に、蘇芳は思わず見惚れてしまう。


(紅殿……)


 自分の為に涙を零し、激しく怒り、凛と戦ってくれた紅玉に、蘇芳は愛おしさが込み上げ、思わず頬が綻んでいた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ