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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
104/346

幸せを拒む姉と幸せを願う妹




 紅玉は自画自賛しながら仕事をしていた。


 今朝、蘇芳と顔を合わせても平静でいられた己を全力で褒めてあげたいと思った。


 昨日、蘇芳といろいろあって、改めて蘇芳への想いを自覚した紅玉だったが、爆発しそうな想いを抑える事ができていた。


 これも幼馴染のおかげである……と、紅玉は心の中で両手を合わせて感謝した。


(でも……)


 それよりも紅玉には気になる事があった。


(蘇芳様……今朝の様子がおかしかったような……)


 「おはよう」と挨拶した際も、食事の際も、出かける際も――。


(どことなく強張った表情をなさっていたような……)


 あと、いつも以上に過保護に「十分気を付けるように」だとか「外出時は周囲の警戒を怠らないように」など忠告をしてきた事も不可解である。


(どうか……なさったのかしら……?)


 出掛ける際の蘇芳のぎこちない笑顔が蘇ってきて、紅玉は不安に襲われる。


「先輩!」

「ベニちゃん!」


 思考の海に潜っていたせいで、可愛い弟分と妹分に話しかけられて、紅玉は肩を揺らしてしまった。


「この書類の記入の仕方について教えて欲しいんすけど」

「マリ、ケッカイPatrol goしてキマース!」

「ああ……はい。鞠ちゃん、よろしくお願いします。では、空さん、書類の記入の仕方を教えますので、こちらに」


 そんな紅玉の様子を、水晶はジッと見つめていた。




 神子の日課業務の一つに、「太陽の恵みの儀」というものがある。

 これは太陽が空高く昇っている時間帯に、神子が「祈りの舞台」で太陽から神力を補給為に行なわれる大事な日課だ。

 同時に「祈りの舞台」にも神力の補充をし、「祈りの儀」に備える。


 「祈りの儀」とは異なり、ほんの一分程の簡単なものだが、初夏が過ぎ、徐々に強くなっていく太陽の日差しは、身体の弱い水晶にとっては少々辛いものがあった。


「うみゅ~~~疲れた……」


 案の定というか、水晶は神力の補充を終えると、「祈りの舞台」の上でしゃがみ込んでしまった。


「お疲れ様でした、晶ちゃん」


 そして、紅玉は水晶を抱え上げると、すぐに木陰まで連れていく。

 そこにはすでに本日の日番である契約組の要といろはが待機しており、水分補給の飲み物を用意して待っていた。

 水晶は渡された飲み物を一気に飲み干していく。

 そんな水晶を見ながら、紅玉は呟いた。


「……毎日暑くなっていきますから、そろそろ暑さ対策をしないといけませんわね……」


 空を見上げれば、まだ皐月の半ばだというのに強い日差しが照りつけていた。

 紅玉もじんわりと汗ばんでしまう陽気である。


 帽子やら日傘やらを用意せねば――と思っていると――。


「うみゅ……暑い……お部屋入りたい……ちょっと休みたい……」


 水晶が弱々しい声でそんな事を言い出したものだから、紅玉は慌てて水晶の額に手を当てた――少し熱があるようだった。

 紅玉は慌てて水晶を抱え上げると、要に声をかける。


「急病です! 晶ちゃんを部屋に連れて行きます! 要様、先導してくださいまし!」

「わかったよ!」


 そうして、十の御社は一気に慌ただしくなった。


 契約組唯一の女神のいろはに水晶の着替えを手伝ってもらうようお願いをし、鋼には氷と水分を用意してもらうよう頼み、要と語には神術を使って、神子の寝室から暑さを取り覗くよう指示を出す。

 他の神々も屋敷中の窓を開け放ち、風通しをよくさせたり、神術を使ったりして、屋敷の中を涼しくさせ、空と鞠と紫は、紅玉の分の仕事を全て引き受け、紅玉が水晶に付きっきりになれるよう配慮した。


 その早い判断と行動と皆の協力もあったおかげで、水晶は大事に至らず軽い熱中症で済んだ。


 寝台の上で紫特製の熱中症対策用の水分をごくごくと飲み、その顔色も大分戻ってきていた。

 紅玉はホッとしながら水晶の額に手を当てて、熱を測る――もう大丈夫だろうと思った。


「明日からは神様の誰かと一緒に舞台に上がってもらって、しっかり暑さ対策をしてから儀に臨みましょう。太陽の強い日差しで倒れてしまっては元も子もありませんわ」

「うん」

「飲み物、おかわりします?」

「うん」


 水晶が差し出した杯を受け取ると、紅玉は紫特製の熱中症対策用の水分を注いでいく。

 そんな紅玉に水晶は声をかける。


「お姉ちゃん」

「はい?」

「……ありがと」

「ふふふ、どういたしまして」


 素直な妹が可愛らしくて、紅玉は飲み物を渡すと、水晶の頭を撫でてあげる。


 一口、二口、飲み物を飲むと、水晶は紅玉を見た。


「お姉ちゃん」

「はい?」

「すーさんのこと好きだよね?」

「へっ!?」


 突然の指摘に紅玉は動揺してしまい、持っていた水分を溢してしまった。

 傍にいた要といろはと一緒に慌てふためいてしまう。


 しかし、それでも水晶は言葉を続ける。


「好きなんでしょ? すーさんのこと」

「えっ!? な、なぜ……!?」


 紅玉は驚きに目を見開いているが――。


「うみゅ、ばれてないと思っていたの? バレバレだよ」


 はっきりそう言われてしまって、紅玉は誤魔化す事も出来ず、顔を真っ赤にさせて俯いてしまう。


「好きなら素直に好きって言っちゃえばいいのに」

「すっ、好きとか、そういうことではありませんわ……! わ、わたくしは、蘇芳様の事を尊敬しておりますの!」

「うみゅ、それが好きなんじゃないの?」

「尊敬と恋慕は似て非なるものですわ!」

「似たようなもんじゃん」

「ちっ、違います……!」


 しかし、紅玉自身、己の言葉に自信を失くしていた。

 実際、紅玉は蘇芳を尊敬してもいれば、恋慕もしているのだから――。


 そんな想いを振り払うかのように、紅玉は言い訳を口にする。


「蘇芳様にはわたくしなんかよりも、もっと相応しい方がいらっしゃいますわ。身体の大きな蘇芳様には、もっと儚げで可愛らしい人の方が似合いますわ」


 儚げで可愛らしい人――その言葉を聞いた瞬間、水晶は確信した。


「……やっぱり……」

「え?」


 水晶の声が凛としたものに変わったので、紅玉は目を剥いた。

 水色の瞳が真っ直ぐと見てくる事に紅玉は動揺する。


「お姉ちゃん、また遠慮しているんでしょ?」

「……な、にを?」

「すーさんの事――ともちんに」


 水晶の言葉に紅玉は息を呑んだ。


「ともちんに遠慮して、すーさんへの気持ちとか全部抑えているんでしょ?」

「わ、たくしは……」


 水晶の的確過ぎる言葉に、紅玉は何も返せなくなる。

 そんな紅玉に水晶は眦を吊り上げた。


「お姉ちゃん、いっつもそう。自分の事よりねーちゃん達のことばっかり優先して、自分の事は蔑ろにして、いっつも損ばっかり!」


 白縹の神力がぶわりと部屋中を駆け巡る。


「どうしてお姉ちゃんばっかり我慢していっつも苦しい思いをしなくちゃいけないの!? どうしてお姉ちゃんは自分が幸せになる事をそんなにも拒むの!?」

「――晶ちゃん!!」


 紅玉は水晶を抱き締めた――強く、強く、抱き締めながら、その柔らかな白縹の頭を優しく、優しく撫でる。

 水晶の呼吸はいつの間にかひゅうひゅうと荒くなっていた。


「……落ち着きなさい、十の神子……むやみやたらに神力を暴走させてはいけません……ゆっくり深呼吸をして……そう、良い子ですね……ゆっくり、ゆっくり……」


 大好きな姉のぬくもりに包まれながら、水晶は大粒の涙を零す。やがてしゃっくりを上げながら、紅玉にしがみ付き、泣き出してしまう。


「お姉ちゃんは〈能無し〉なんかじゃない……お姉ちゃんに幸せになって欲しいのに……どうしてみんなお姉ちゃんのこと悪く言うの……どうしてお姉ちゃんは不幸になる事を選ぶの……」


 水晶の言葉に紅玉は胸が締め付けられる――。


「ごめんなさい、晶ちゃん……貴女にも、てっちゃんにも、ずっと苦しい思いをさせてしまって……でも……」


 しかし、同時に嬉しくなる。


「ありがとう……こんな凡庸なわたくしを思ってくれる可愛い貴女がいてくれるだけで……わたくし、果報者ですわ」


 紅玉はぽんぽんと優しく水晶の背中を叩きながら宥めると、水晶を寝台の上に寝かせる。


「おねえちゃん……」

「さ、晩御飯までお休みなさい。ご飯になったらちゃんと起こしてあげますから」


 そう言って、紅玉は水晶の頭を最後に一撫ですると、後ろで待機していた要といろはを振り返った。


「要様、いろは様、申し訳ありませんが、あとはよろしくお願いしますわ」


「ええ、わかったわ~」


 いろははほわっと微笑んで答えると、水晶の傍に寄り、水晶の手を握った。

 要はしばらく黙っていたが、紅玉へ少し近づく。


「……神子の言った事、どうかきちんと考えておくれ、姉君」

「…………」


 囁くように言ったその声に紅玉は困ったように微笑むと、頭を深々と下げ、部屋を出ていってしまった。


 そんな曖昧な態度を示す紅玉に要は溜め息を吐いてしまう。


「……悲しいわね……」


 いろはがぽつりと呟く。


「大切だから……大好きだから……その人の為に自らの幸せを捨てるようとするなんて……」

「…………そうだね」


 しかし、それでも彼女は選び続けるのだろう――己が最も酷な選択を。


 そして、要も水晶に近づくと、寝台に腰掛けて水晶の頭を撫でた。


「神子……」

「……あきらめない……ぜったいに……」


 水色の瞳から涙が一筋零れ落ちる。


「ぜったいにっ、おねえちゃんをしあわせにしてやるんだから……っ」


 泣きながらも強い決意を口にする神子の姿に、要といろはは優しく微笑みながら言った。


「「我が神子の御心のままに」」




 紅玉は逃げるように自室に入ると、溜め息を吐いた。

 そして、自分の事で水晶を泣かせる程酷く心傷つけてしまっていた事に、神子補佐役として姉として、自分で自分が嫌になった――。


 紅玉はとぼとぼと机に近づくと、見開きの写真立に手を伸ばした。

 片面には両親と弟、水晶と一緒に撮った写真――そして、もう片面には高校の卒業式の時に幼馴染達と一緒に撮った写真だ。


 自分と一緒に並ぶのは、つり目の気の強そうな幼馴染、眼鏡をかけた勤勉そうな幼馴染、一際見目麗しい幼馴染、優しそうな雰囲気の幼馴染、そして儚げな可愛らしさを持つ幼馴染――そして、現世にいた頃の写真なので、全員漆黒の髪と瞳である。


 紅玉はその中に写る儚げで可愛らしい幼馴染を見つめた。

 写真の中の自分と腕を組み、笑顔を向ける写真の幼馴染に向かって紅玉は思わず呟く。


「貴女は今一体どこにいるの……? 灯ちゃん」


 そんな悲痛な問いかけに写真の幼馴染は答えてくれるはずもなかった……。




**********




「女の秘密が明かされたくなければ、大人しく指示に従え」




 そんな一文を胸に、蘇芳は一人、指定された場所までやって来た。


 そこはどこかの建物の裏口に面した場所だった。

 確かにここからであれば誰にも見られる事なく、敷地内に入る事が可能だ。


 用意周到な手紙の差出人に蘇芳は眉を顰めた。


 すると、裏口の戸が開けられ、一人の男が顔を覗かせる。

 その男は見覚えのある人物だった為、蘇芳は目を見開いた。

 そんな蘇芳に男はニヤリと不敵に笑う。


「本当に大人しく来るとはな。よっぽどこの女に惚れ込んでいるんだな」


 そう言って、男は懐から取り出した紅玉の写真をちらつかせたので、蘇芳は息を呑む。


「――おっと、黙って俺に従え。少しでも変な真似をすればどうなるかわかっているよな」


 蘇芳は黙って従うしかなかった。

 男に指示されるまま敷地内に足を踏み入れる。

 そこには更に二人の男が立っていた――この二人の男も蘇芳は見覚えがあった。


 すると、男の一人が蘇芳の背に短刀を突き付けた。


「……ついてきな」

「…………」


 蘇芳は大人しく指示に従う。


 そこは大和皇国伝統の方法で作られた平屋の建物だった。廊下と庭が面した構造で、庭を突っ切る形で敷地内を進んでいく。

 やがてやってきたのは建物の裏側にある場所――ここでようやっと庭から廊下へと上がる。

 そして、そこにあったのは、強固な鉄でできた扉――蘇芳はこの扉の先に何があるのか知っていた。

 頑丈な錠が開けられ、目の前に地下に繋がる階段が現われる。


「さっさと降りろ」

「…………」


 暗く冷たい石段を下りていく――背後で鉄の扉が閉められ、錠がかけられる音が響く。


 その音を聞きながら、蘇芳はこの先起こる未来を予想していた。

 何故ならこの先にあるのは、違反者や罪人を捕らえる牢獄――そして――。


 先導していた男が鉄の扉を開け、蘇芳を部屋の中へ導く。


 そこは尋問部屋――と言えば聞こえはいいが、要は容疑者に罪を認めさせる為に用いる拷問部屋だ。


 蘇芳は三人の男を振り返った。

 男達は悪い笑みを浮かべながら、蘇芳を見ていた。その手には鎖や手錠といった物騒な物が握られている。


「大人しくしていろよ。あの女の秘密をばらされたくねぇだろ?」

「…………」


 蘇芳は大人しく従った――しかし、男達を射殺さんばかりに睨みつける。


 一瞬、男達は蘇芳の眼光に怯むものの、蘇芳の手首に持っていた手錠をかけた。

 その手錠の重さに蘇芳は顔を歪める――そして、理解する。


(神力封じの手錠か)


 手錠に刻まれた術式で神力を無理矢理抑え込まれる不快感と身体の重さに、神域最強と言われる蘇芳ですら敵わなかった。

 そんな蘇芳の様子に男はニヤリと笑っていた。


 そして、蘇芳は男達に引き摺られるように部屋の壁に刻まれた身体拘束の術式の前で無理矢理跪かされ、鎖で縛られ、磔にされてしまった。

 両腕も両脚も鎖が固定され動かせない。唯一動かせるのは首から上だけ――蘇芳は襲いくる不快感を必死に堪えながら、男達を睨みつけた。

 しかし、そんな蘇芳の態度に男が蘇芳の顔面を蹴り上げた。


 視界が歪む程の衝撃に、蘇芳は「うっ」と声を上げる――ジンジンと響く痛みと口内から溢れる血液に、蘇芳はかつて祖父と父から受けた拷問を思い出していた。

 そして、蘇芳の前には自分を見下すように嗤う男達がいた――その手に鋭利な刀を持って――。


 目を見開いた蘇芳に、無慈悲にも男が刀を振り下ろされる――!




 それを影から見ていた三つの鬼火は慌てた様子で外へと飛んでいった――。




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