表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
102/346

事故……




 きっかけは他愛のない談話から始まった――。




 とある日の昼下がりの事、温かな日差しの入る食堂で、三人の男神が談話をしていた。


 一人は木の幹のような茶色の髪と黄色と緑の混じった瞳を持つ男神の槐。

 もう一人は鈍色の髪と氷のような薄青の瞳を持つ男神の鋼。

 そして、最後の一人は暗緑色の髪と瞳を持つ無口な男神の響。


 神子の好物である「いもにんチップス」を食べながら、先日の「恋愛成就作戦」の反省会をしていた。


 パリパリと良い音を響かせて、槐が切り出した。


「結局、どの作戦もうまくいかなかったのぅ……挙げ句紅ねえに作戦の事がバレて、神様まとめて説教食らったわい……」

「ま、あれが三年も続いているんだ。今日すぐにどうのこうのなったら、逆に今までのは何だったんだよ、とは殴ってやりたくなる」


 鋼もそう言いながら、菓子をパリパリと頬張る。

 すると、響も同じようにパリパリと菓子を食べていく。


「…………」

「ん、そうじゃな。またしばらくは見守るかのぅ……はあ、胃の痛いが続くのぅ」


 槐の言葉に響は首を傾げた。


「…………」

「響、槐にそんなものは必要ない。あまり余計な心配するな」

「…………」


 鋼の言葉に響は頷く。

 そんな響の頭を槐は撫でてやる。


「響はええ子じゃのぅ」

「おい待て、槐に鋼」


 そんな三人の会話に唐突に割り込んできたのは、まだらだった。

 まだらは三人の様子を見て、驚きを隠せないでいる。


 響は非常に無口の神で、その声を神子ですら聞いた事がない程の無口である。

 今も響は一言も話していないはずだ――にもかかわらず、槐も鋼も響と会話しているようだった。


「お前ら、響が言っていることわかるのか?」

「わかるぞい」

「響は無口だが、根は意外といいやつだ」


 然も当たり前のようにさらっと言う槐と鋼にまだらは目を丸くする事しかできない。

 そんなまだらを余所に、響は槐と鋼をジッと見る。


「…………」

「なんじゃい、照れるのぅ!」

「槐、響を殴るな」


 仲良しな三名の男神を残して、まだらはその場を去っていく。

 その足取りはややフラフラしている。


 無理もない。まだらは響と同じ石組の神なのだ。

 そして、石組の年長者の神として、弟のような存在の響を可愛がってきたつもりだ。例え何を言いたいのか分からなくても……。


 しかし、一緒に暮らし始めて三年目にして、まだらは衝撃を隠せずにいた。

 響の言葉を理解できる存在がいた事に……そして、響は決して何も考えていないわけではない事に……。


(……驚きすぎて、へこむ……)


 思わず階段の段に座り込み、項垂れる程にまだらは衝撃を受けていた。


 そんなまだらに駆け寄る姿があった。


「まだら兄様ぁ?」


 ふわふわとしたその口調にまだらは顔を上げた。


 そこには同じ石組の光沢のある白髪と虹色の煌めく瞳を持つ幼い容姿の男神の雲母が心配そうにまだらを見つめて立っていた。


「どうしたんですかぁ? まだら兄様ぁ。どこか具合でも悪いんですかぁ?」


 愛らしいその容姿と己を心配してくれるその優しさに、まだらは思わず涙ぐんでしまう。


「雲母、お前は良い子だなぁ……! はあ、石組の癒し……」


 まだらはそう言って、雲母の柔らかな髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

 撫でながら、まだらは響の事を考える。無口で何を考えているか分からないが、どことなく放っておけない可愛げのある男神だったなぁと思い返す。


「兄様、もっとお前達の事しっかり考えられるような神にならねぇとな」

「まだら兄様の事ぉ、ボク、すごく頼りにしていますよぉ」

「ははは、雲母は本当に可愛いなぁ」


 そして、まだらは、つい――つい思ってしまったのだ。


珊瑚(さんご)にもこんな可愛げがあったらなぁ……」


 珊瑚とは、石組の女神の事である。赤と桃を混ぜた色合いの真っ直ぐな長い髪を持つ少々勇敢で気の強い女神であった。


「珊瑚は雲母と違って、がさつだし、お転婆だし、気は強いし、腕っぷしもあるし。あれで女神っていうんだから驚きだよな。女神っていうかガミガミっていう方が合っているよな! なんつって! あはははははっ!!」


 その瞬間、雲母はまだらの背後を見て戦慄した。

 何故ならそこには、赤と桃を混ぜた色合いの長い髪を持つ女神が般若の顔をして立っていたからだった――。




「ぎゃああああああああああああっっっ!!!!」


 響き渡った叫び声を遠く離れた場所に居ても聞き取った蘇芳は、神子の執務室から飛び出し、騒ぎの元へと駆けていく。


「何事だっ!?」


 すると、涙目をした雲母が駆け寄って来た。


「蘇芳さぁん! 珊瑚姉様を止めてくださぁいっ!」


 叫び声と怒号と轟音が庭園の方から聞こえてきた為、蘇芳は慌てて庭園を目指して駆け出した。




 一方、食堂にいた槐と鋼と響は騒ぎに全く気付く事無く、菓子を食べながら談笑を続けていた。


「にしても、これうまいな」

「神子が常備する理由が分かったような気がするわい」

「…………」


 軽快なパリパリという音は一向に止む気配はない。


 すると、台所の方から紅玉がやって来た。

 辺りをキョロキョロとしながら、「ひより? ひより?」と己専用の小鳥の名を呼んでいる。


「あ、槐様、鋼様、響様、すみません。ひよりを見ませんでしたか?」


 紅玉の質問に三人は顔を合わせ、首を横に振った。


「見てないのぅ」

「呼べば来るだろう?」

「はい、そうなのですが……ひよりは少々好奇心旺盛のようで、わたくしが呼んでも気づかないことがあって……」


 ふと、響は窓の外が騒がしい事に気付き、窓の方へ視線を向ける。その瞬間、窓の外に淡い黄色の塊が飛んでいく姿を見た。


「…………」

「お、響が今、外を飛んでおるひよりを見たらしいぞい」

「まあ! ありがとうございます!」


 紅玉はお辞儀をすると、駆け足で庭園の方へ向かっていった。


 一方の響は窓の外の景色を見たまま、険しい顔をする。


「…………」

「なんじゃ? 響」

「…………」

「ん?」


 響の視線の先――窓の外に、槐と鋼もようやっと目を向けた。




 庭園は最早戦場と化していた。


 膨大な神力を凝縮させ、珊瑚が解き放つ――!


 庭園の地に美しくの鋭い珊瑚礁の棘が突き刺さる。


 その棘を紙一重で避けながら、まだらが神力を凝縮させる――!

 その顔は先程の焦りの表情とは打って変わって、怒りに満ちていた。


 鼠色の岩石が珊瑚礁を押し潰し、珊瑚を襲う。

 珊瑚もまた軽い足取りでそれを避けていく。


「こンの暴れ女神ぃっ!! 悪気があって言ったわけじゃねぇって言ってんだろうが!!」

「ならば謝罪の一つでもしたらどうだ!? この飲んだくれ!!」

「けしかけてきたのはそっちだろうがぁっ!!」

「貴殿に謝罪を要求しているだけだぁっ!!」


 珊瑚礁と岩石がぶつかり合い、破片が美しい庭園を荒らしていく。


 最早蘇芳は二人を止める事よりも、これ以上御社内を荒らされないように結界を張るの事に必死である。

 空と鞠も御社に被害が拡大しないよう、岩石や珊瑚礁の後処理をするので精一杯であった。


それでも二人の争いは収まらない。


「暴力女神!!」

「飲んだくれ!!」

「ちったあ品を学べ!!」

「神の威厳を覚えて来い!!」

「口うるさいガミガミ女神!!」

「二日酔いでだらしのないドロドロ男神!!」

「うるせぇっ!! 貧乳!!」

「――絶対息の根を止める」


 内容は非常に下らないものへ――しかし、神の争いは神の争いである。


「お止めくだされお二方!!」

「止めるっす!!」

「Stop!! Stopping!!」

「まだら兄様ぁっ!! 珊瑚姉様ぁっ!! やめてくださいぃ!!」


 必死の声も虚しく、戦火はますます激しくなるばかりだ。


 岩石と珊瑚礁が降り注ぐ庭園を見ながら、紅玉は理解できずに呆然と立ち尽くす。


「これは一体……!?」


 しかし、視界の端にそれを見た瞬間、紅玉は目を剥いた。


 荒れ狂う神術の中、ひよりが必死に逃げ惑っている――そして、運悪くまだらと珊瑚の神術が同時に発動する寸前だ――!


「ひよりっ!!!!」


 紅玉は叫んでひよりを呼ぶ。ひよりが紅玉の胸に飛び込んだ瞬間、神術は発動した。


 轟音を立てて、岩石と珊瑚礁の嵐が紅玉に襲いかかる――!


 ――と同時に、紅玉は自分の元に飛び込んでくる人影を見た。


「紅殿っ!!!!」


 ドガガガガガガガガガッッッ!!!!


 耳を劈くような轟音と衝撃が庭園に響き渡る――!


 やがて土煙が消え去ると、まだらと珊瑚は目を剥いた。

 何故なら自分達の身体には身動きが取れないよう太い植物が巻き付いていたからだ。

 そして、いつの間にか庭園には強固な結界が張られている。


 まだらと珊瑚が見ると、そこには槐と響が鬼の形相で睨みつけながら立っていた。


「このぉ、ばっかもーーーーーーん!!!!」

「………………」


 槐が怒鳴る横で、響も声は発しないが、あからさまに激怒していた。


「お前ら! 喧嘩で神術を使い、挙句御社の中を荒らすとは何事じゃ!?」


 槐に言われて、まだらと珊瑚はようやっと庭園の惨状に気付き、顔を青くさせていく。


「神子を連れてきた」


 そう言って現れたのは、水晶を抱え上げた鋼だった。

 鋼は元凶であるまだらと珊瑚の目の前に水晶を降ろす。


 水晶は白縹の神力を全身に纏いながら、水色の瞳を光らせていた。いつもぼんやりした表情も、凛と眦を吊り上げて、明らかに怒りの表情を見せている。


 その表情を見た瞬間、誰もが思った――この表情、紅玉が激怒した時とそっくりだと。


「まだら……珊瑚……あなた達、自分が何をしたのかわかっているの?」


 凛とした冷たい声にまだらと珊瑚はビクリと肩を震わせた。


「御社で起きた事は多少なりとも現世に影響するの。過去に神様同士の非常に下らない喧嘩のせいで、現世に急な大嵐が発生した事があるのを知っている? 幸い、響が結界を張ってくれたから影響はないと思うけれど……あなた達、神様としての自覚はあるのかしら?」

「「す、すみませんでした……」」


 白縹の強烈な神力の圧に、まだらも珊瑚も逆らう事ができず、ただただ平謝りするばかりだ。


「反省するのなら、この庭園をきちんと責任を持って修復しなさい」

「「はい」」

「あと迷惑をかけたみんなにきちんと謝る事……いいわね?」

「「はい」」


 その水晶の凛とした姿に、空と鞠は内心拍手喝采であった。


「晶ちゃん、すげぇ……神子様っす」

「マリ、カンドーヨー……」


 そんな中、雲母は岩石と珊瑚礁に埋もれて倒れている人影を発見し、慌てて駆け寄った。


「蘇芳さん! 紅ねえ! 大丈夫ですかぁ!?」


 雲母の声に蘇芳はハッと目覚めた。

 咄嗟に結界を張ったが、衝撃で少し頭を打ち付けていたようで、意識が飛んでいた。轟音がまだ耳に残っているが、徐々に音も戻ってくる。

 そして、気づく。

 腕の中に抱える人物が温かい事を。

 己がその人物を強く抱き締めてしまっている事を。


 唇に触れるぬくもりが酷く熱い事に――。


「――っ!!??」


 蘇芳は慌てて起き上がり、腕の中にいた人物を引き離した。


「すっ! すまんっ!! 紅殿! わっ、わざとではない!! 申し訳ないっ!!」


 蘇芳の言葉に、先程まで凍りついていた十の御社の神々が蘇芳の方に視線を向けた。


「………っ………」

「べ、紅殿? 大丈夫か? どこか打ったか?」

「……っ!? だっ、だいじょうぶです! 少しぶつかってしまっただけです……! お気になさらずに……!」


 真っ赤な顔で裏返った声で言う紅玉に、水晶と空と鞠は首を傾げた。


「怪我は無いか? 痛みは?」

「おかげさまでわたくしもひよりも無事ですわ。ありがとうございます。蘇芳様は?」

「俺も問題ない」


 そう言う蘇芳の腕には、酷い擦り傷があった。まだ流血をしている。


「蘇芳様! お怪我をしているではありませんか!?」

「かすり傷だ。すぐに治る」

「油断してはいけませんわ! きちんと手当てさせてくださいまし!」


 紅玉は立ち上がると、蘇芳の手を引いた。


「空さん、鞠ちゃん、晶ちゃんのことをお願いします」

「お、おっす」

「オ、オッケェ」


 そして、紅玉はまだらと珊瑚に氷のような怒りを秘めた笑みを向けて言った。


「まだら様、珊瑚様、後程お覚悟を……あとお互いのせいだと罪の擦り付け合いの喧嘩など決してなさらないように……」

「「…………はい」」


 まだらと珊瑚は真っ青な顔をして頷いた。

 ちなみに恐らく紅玉に言われなかったら、二人は喧嘩していただろうと予測される。


 そうして、紅玉は蘇芳の手を引いて、ボロボロの庭園を後にした。


 そんな二人の背を見送りながら、残された全員は呟く。


「うみゅ……漫画みたいな……?」

「展開が……?」

「おきたデースカ?」

「「「「「決定的瞬間を見逃したっ!!」」」」」


 そして、神々は地に打ち拉がれて悔しがった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ