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大和撫子さまのお仕事  作者: 小茶木明歌音
第二章
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神様による恋愛成就大作戦 後編

ここに神の威厳などございません。




 「砂糖に蜂蜜大量投入作戦」の立案者である日暮はとある本を読みながら、同じ時組の神三人に言った。


「要は皆、二人の甘酸っぱい雰囲気を見せつけられて参っているんだろう? だったら目には目を、歯には歯を。単純に更にその上をゆく甘い雰囲気を二人に見せつければいいんじゃないかなと思って。小説を読むと、人間は感化される心理を持つだろう?」

「なるほど! それで俺達時組の出番ってことだな!」


 日暮の意見に納得の声を上げたのは朱色の髪と快晴のような青い瞳を持った少年のような男神の真昼だ。


「フフフ、ご明察だよ、真昼君、何故なら我が時組には、朝陽さんと月影(つきかげ)さんの激甘仲良し夫婦がいるからね」

「朝陽姉さんと月影兄さんの甘さを紅ねえ達に見せ付けて、感化させる作戦だな!」


 日暮と真昼はそう言って、時組の残り二名を見た。

 淡い金色のたおやかな長い髪と旭光の彩りの瞳を持つ女神の朝陽と、真っ直ぐで艶のある紺碧の長い髪と月のような黄金の瞳を持つ男神の月影は、この十の御社唯一の夫婦神である。

 その仲の良さは折紙付きだ。


「わたくし達が紅様と蘇芳様の仲を取り持つきっかけに一役買えればよろしいのですが……ね、月様」

「ああ、そうだな」


 朝陽は真面目に作戦を聞いていたが、正直月影の方は上の空であった。それよりも愛おしい妻の朝陽の髪を撫でる方に夢中であるようで、日暮の話をほとんど聞いていないようだ。

 そんな月影の様子に真昼は呆れ顔である。


「……作戦の飛び火で俺の方が砂糖吐きそう……」

「フフフ、真昼君、がんば」




 そして、結果、真昼の予想は的中してしまったのだった。




 作戦は茶の時間に決行される事になった。


 麗らかな日差しの中、十の御社の住人達全員で庭園に出て茶と菓子を食べる。


 そんな中、今日の一際甘い雰囲気を撒き散らす夫婦がいた。

 一見すると、冷たさを孕んだ容姿の月影が至極柔らかい表情で朝陽に菓子を差し出す。


「朝陽、あーん」

「もっ、もう! 月様ったら一人で食べられますっ!」

「いや、俺が朝陽に食べさせたい。菓子を食しているあなたも愛らしいから」

「も、もうっ! 月様っ!」

「朝陽、はい、あーん」

「あ、あーん……」

「美味しいか?」


 もぐもぐと咀嚼しながら頷く朝陽を月影は蕩けるような笑みで見つめた。


「そうか」


 そして、月影は朝陽の口の端についた菓子を舐め取った。


 その瞬間――。


(((((砂糖吐くーーーーーーっっっ!!!!)))))


 十の御社の住人達の心は一つになっていた。


 ちなみに本日は作戦の為、通常であれば庭園の隅の方で繰り広げられるいつも通りの夫婦のやり取りを目立つ場所で行なっていた。

 そう、いつも通りなのだ……あれが。


「日暮兄さん、俺もう限界……!」

「がんばだよ~、真昼君」


 いくらいつも通りとはいえ、こう見せつけられては我慢の限界というものもある。もうすでに何人かは茶の席から立ってしまっている程だ。


 しかし、そんな中、標的であるはずの紅玉と蘇芳は至って平然としていた。

 紅玉は変わりなく給仕をしているし、蘇芳も水晶の横に立って周囲に目を光らせている。


 そんな二人のあまりにも変わらない様子に、真昼は思わず尋ねてしまっていた。


「な、なあ、紅ねえ」

「はい」

「紅ねえは平気なのか? あれ」


 真昼はそう言って、朝陽と月影夫妻を見た。

 今度は朝陽が月影に菓子を食べさせているところであった。月影に指まで食まれ、朝陽が顔を真っ赤にさせているのが見えた。


 紅玉はそんな夫妻の仲睦まじい様子を微笑ましく見つめて言った。


「神様が幸福でいらっしゃれば、我が大和皇国にも大いなる祝福がもたらされますもの。大変ありがたい限りですし、何よりも仲良しである事は微笑ましく存じます」


 偽りなど一切無い心からの言葉に、真昼は唖然とした。


「まじかー……」

「紅ねえは本当に神域管理庁職員の鑑だねぇ」


 そして、真昼は蘇芳にも尋ねた。


「なあ、蘇芳さんは、あれ見て何も思わないのか?」


 その時の夫妻はというと、丁度月影が朝陽の唇に己のそれを重ねているところだった。

 周囲の神々が居た堪れなさに席を立っていく。


 そんな光景を目にしながら、蘇芳はビシリと姿勢を正して言う。


「いかなる状況でも心を乱さず、御社内の警戒をするのが自分の仕事であるからな」

「蘇芳さんは本当に真面目だねぇ」


 日暮が感心する横で、真昼は思う。


(紅ねえ絡みは慌てているくせに……)


 まさにその通りである。




 結局、この作戦も功を奏さないまま、茶会はお開きとなってしまった。




*****




 そして、作戦は最後の「毒林檎事件作戦」へと移る――。


 発案者は遊楽で、担当は獣組だ。


「やっぱり恋愛の急接近と言えば事件だろう!」


 そう高らかに叫びながら、遊楽は台所に立って沸騰した鍋に薬草らしきものをどんどんと投入して煮詰めていく。ぐつぐつと煮え滾る鍋からは薬のような独特の臭いが立ち込めている。

 鬣のような黄金色の髪を持つ男神の真心は鼻が良く利く為、鍋から少し離れた位置に立って、訝しげに遊楽を見つめながら言った。


「遊楽さん、頼みますから変な事だけはしないように」

「わかってるって」

「……それで、我々は何するのですか?」

「舞いますか?」

「縛りますか?」


 孔雀石のような煌めく髪を持つ男神の万華は孔雀の羽根を持って待機をし、象牙色の長い髪を持つ白い肌の男神の深秘は麻縄を持って待機した。

 そんな二人を真心は睨みつける。


「あなた達には人の話を聞くと言う意思がないのですか?」

「まあまあ、真心。とりあえず俺の話を聞け」


 遊楽はそう言いながら、煮詰めている鍋に林檎を入れていく。


「いいか。俺達で事件を起こして、紅ねえ達をくっつける……そういう作戦だ」

「事件って……ほらやっぱり変なことをする……」

「安心しろ、真心。これは正真正銘本に書かれている安全なやり方だ」


 遊楽はそう言って、参考文献であるその本を取り出した。


 それは、白い肌と黒い髪と赤い唇を持つ姫が魔女の魔の手により毒林檎を食し、王子に救われるという、世界的に有名な西洋発祥の童話であった。


「この本には実に面白いことが書いてあってな、現世では、毒は口付けで目覚めさせることができるらしいぜ」

「なるほど。それで紅ねえに毒を飲ませて、蘇芳さんに口付けをしてもらって、紅ねえを救ってもらい、二人を急接近させるという作戦ですね」

「その通りだ!」

「じゃあ、僕は紅ねえが毒を飲むことを拒まないように縛り付けておけばいいかな……で、遊楽さんは今何しているんだい?」

「とりあえず文献を参考に、適当な毒草混ぜて煮込んで、林檎に染み込ませている」

「ふむふむ」

「ほうほう」

「おい待て馬鹿狐、今見ている参考文献、今すぐこちらに見せろ!」


 鍋から立ちこめる臭いの正体を知った瞬間、真心は慌てだす。


 すると、勝手口の扉が開かれ、慌てた様子で紫が入って来た。


「ちょっと遊楽さん!? 台所で一体何している……ごふっ!?」

「紫さん!?」


 台所の空気を吸い込んだ瞬間、紫は呼吸困難に陥り、その場に崩れ落ちた。慌てて真心が駆け寄る。

 そんな紫の様子を見ながら、遊楽はしれっと言った。


「おぉ、ゆかりん。今、毒草煮込んでいるから人間が吸い込むと危ねぇぞ」

「どっ、毒草!? ゲホッゲホッゴホッ!!」


 噎せ込む紫を見て、深秘は言う。


「これは随分と強力な毒草を煮込んだねぇ……」

「これは……紅ねえもイチコロなのでは……」


 万華の言う「イチコロ」とは本気の意味合いでの「イチコロ」である。

 流石の万華と深秘も鍋から距離を取り始める程、その毒草の危険性に気付いたようだった。


 そして、遊楽は煮詰めていた林檎を取り出す――林檎は赤から禍々しい紫へと色を変え、あからさまな危険性を主張している。


「おっし一個目できた! あと予備に何個か作っておくか」


 ドサリと林檎を箱ごと持ってきた遊楽に真心はありったけの力で叫ぶ。


「馬鹿狐ぇっ!! 今すぐその危険な鍋を捨てろぉっ!! 誰か止めなさぁいっ!!」


 その次の瞬間、遊楽は宙を舞っていた。万華と神秘の目の前を吹き飛び、真心と紫の上を越えて、勝手口の外へ放り出され、ドサリと地面へと崩れ落ちた。

 万華と深秘と真心は目を見開いてその光景を見つめる事しかできなかった。


 そして、全員が気付いた時には、いつの間にか台所の真ん中に憤怒の表情をした蘇芳が立っていた。

 万華も神秘も真心も、怯えた表情で蘇芳を見る事しかできない。


「さて、皆様……一体全体何故こんな事をしていたのか、一から十までご説明いただきましょうか?」


 氷のような冷たさを孕みながらも丁寧なその口調の声が響いた瞬間、残された獣組は「終わった」と思ってしまった。


 そして、恐る恐る振り返り、紫色の毒林檎を手にしながら黒い笑みを浮かべる紅玉を見た瞬間、思わず思ってしまった。

 「魔女だ」――と。




 そうして、獣組達は洗い浚い事の顛末を吐いてしまい、結局十の御社の神々全員が紅玉からお説教を喰らう羽目となってしまったのだった……。




**********




「――ということがありましたのよ」

「あはは、相変わらず十の御社の神様達は賑やかね」


 紅玉の話に雛菊は苦笑いを浮かべながらも、楽しそうな十の御社の様子を聞けて少し懐かしく思った。


 十の御社の神全員が起こした騒動の翌日、紅玉は雛菊を訪ねて茶屋よもぎに来ていた。実は紅玉と雛菊が会うのは結構久しぶりであった。

 相変わらず忙しく仕事に勤しんでいるのだろうな――と雛菊は思う。


「紅、また寝る間も惜しんで仕事してないでしょうね」

「大丈夫ですわ。先週しっかりお休みを貰いましたもの。しばらくは問題なく働けますわ」

(いや、そうじゃない)


 絶対この女、また徹夜しているに違いない――と雛菊は思う。


「雛ちゃんはお仕事の方はいかがですか?」

「ああ……実は、この間、初めて神獣連絡網でトラブルが発生して……」

「まあ! それは大変でしたね……」


 何せ神獣連絡網を管理する神獣連絡部は雛菊一人しかいない部署だ。問題が起きれば勿論対応するのは雛菊一人である。


「どういった問題だったのですか?」

「それがね、みたらしさんの分身の伝令役が激怒して、職員に天罰下したのよ」

「ええっ!?」


 みたらし――とは、神獣連絡網の要を担っている鳥の神獣の名前である。

 そして、ひよりやたまこや南高といった伝令役を担う小鳥達は全員このみたらしの分身だ。


 その伝令の分身が天罰を下すなど、よっぽどの事があったに違いないと紅玉は思う。

 何せ鳥の神獣は、見た目はただの小鳥でも立派な神の化身なのである。


「何があったのです?」


 紅玉の質問に雛菊は紅玉に近寄ると、小声で言った。


「どうもその職員、汚職しようとしたらしくて、連絡網使って賄賂を届けるつもりだったっぽいのよ」

「あらまあ……」


 そこまで聞いて、紅玉は察する。

 神の化身である神獣に、汚職の手伝いをさせるなんて――。


「天罰が下って然るべきですわね」


 「ふふふっ」と楽しそうに微笑む紅玉に雛菊もうんうんと頷く。


「ちなみにその職員は懲戒免職処分行きになったけど、結局この事は公表されなかったの。内緒にして欲しいって」

「まあ、そうですの?」

「実は幽吾さんが是非そうしてくれって」

「まあ、意外……幽吾さんなら絶対その職員を社会的に抹殺するでしょうに、何故?」

「なんか敢えて黙っていた方が、都合がいいからって。大人の事情ってやつ?」


 雛菊のその一言で、幽吾の不敵な笑顔が思い浮かび、紅玉はピンとくる。


「なるほど……ふふふっ、幽吾さんらしいですわ」

「うん?」


 紅玉が楽しげに微笑む一方で、雛菊は何故紅玉が笑っているのか分からず、可愛らしく小首を傾げるだけであった。

 紅玉は敢えてそれを指摘せず、曖昧のままにしておいた。どちらにしてもここだけの話なのだから――と。


「それじゃあ、雛ちゃん、また遊びに来ますわね」

「ちゃんと夜は寝なさいよ、紅」

「ふふふっ、わかりましたわかりました」

「もう……信用ならないなぁ」


 手を振って見送ってくれる雛菊を、紅玉も手を振り返しながら店を出た。


 そして、紅玉は辺りを見渡すと――徐に右手を上げる。


「ひより!」


 紅玉がそう呼べば、小さな風を巻き起こし、ひよりはすぐ紅玉の手に止まった。


「ふふふっ、可愛い子。それじゃあ、今日もお願いね――術式発動、天海さん」


 そう声をかけながら、紅玉は次の目的地を目指して歩き始める


「あ、もしもし、天海さん? 御機嫌よう、紅玉です。今、お時間よろしいですか?」


 そう会話をしながら、歩いていく紅玉――の背後に怪しく影が揺らめいていた――。




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