十の神子の真骨頂
※水晶のイメージが大きく崩れるかもしれません
※セク◯ラ表現があります
雛菊は目の前の光景に言葉を失った。
ここは、御社にある客人を迎える為に用意された応接の間。その広間の上座にいるのは、清廉な神力を纏った煌めく髪と透き通るような白い肌を持つ絶世の美少女ではあったが、問題はその格好だ。
目の前にいる美少女は、客人である雛菊の前だというのに、寝椅子の上に寝そべって、芋の菓子をバリボリと貪り食いながら、雛菊を見つめている。恐らく着る予定であった振り袖らしきものは、ただの羽織代わりになっており、身に纏っているのは浴衣である。いわば寝間着姿だ。美しく煌めく白縹の髪は軽く櫛を入れただけで奔放に散らばり、長い睫毛に縁どられている水色の瞳はやる気なさげにトロンとして半目である。
(なんだ!? この怠惰の権化のような美少女は!?)
雛菊は、目を見開いたまま、ギギギとなんとか首を動かし、紅玉を見る。
一方の紅玉は額に手を当て、項垂れていた。
「せめて……座ってお出迎えくらいして欲しかった……っ!」
「うみゅ、もう無理。昨日の式典で晶ちゃんのライフはもうゼロです。やる気なんてございません」
「……神々の皆様、何か言い訳は?」
紅玉の言葉に応接の間の両端で、整列し座っている神々が全員、紅玉から顔を背けた。
(あ、逃げた)
聞かずとも何となく分かってしまう。
(努力したけど、無理だったのね……)
雛菊は少し、紅玉に睨まれている神々が憐れに思えてきた。
(……そして、待って……このぐうたら美少女のお顔、見た事あるわ……! え、嘘、そんなまさか……!?)
雛菊は、軽快な音を響かせて菓子を食べている美少女を見た。その顔は一度見たら絶対忘れる事はない程、美しく印象的だったので、よく覚えている。しかし、心のどこかで雛菊は否定をしたかった。
だが、紅玉が諦めた面持ちで残酷な真実を雛菊に告げた。
「こちら十の神子こと、水晶でございます」
「嘘ですよねえええええええええっ!!??」
史上最年少で神子に選ばれ、清廉な神力の持ち主で美少女と名高い十の神子の真実が、ただのぐうたら娘だと誰が予想できたであろうか。いやできない、したくない。事前に顔写真を拝見していて、期待値が高かっただけに雛菊は目の前の事実を受け入れることができなかった。
(あっ! わかった! これは悪い夢! 夢なのよ!)
「残念ながら真実です。目を背けないでくださいませ」
「お願いですっ!! 少しでいいですから否定してくださいっ!!」
「……申し訳ございません。嘘を申し上げるわけにはいかないので」
追い打ちをかける紅玉を余所に、十の神子こと水晶は何事もないように芋の菓子をまだ貪り食っている。軽快な音が場にあまりにそぐわない。そして何より、未だに客人を前にしているという状況なのに、まだ寝椅子の上でごろ寝をしている。
(そのお顔、酷く美しいんですけど……ちょっとは……ちょっとは姿勢直して頂けると……! 未だにゴロ寝でゲームしてるって、どんだけ肝が据わっていらっしゃるの、あなた……!)
「……ごめんよ、雛っち、これが晶ちゃんだから今更改める気も全くないので」
(え、ちょ、なんで思った事に返事しているの!? 神子だから心読めたりするの!?)
「晶ちゃん別に人の心読めるわけじゃないよ~。てか、雛っち、心の声駄々漏れだよ」
「えっ!嘘!?」
「まあ、顔に出過ぎって意味なんですけど」
「…………」
そう告げて、水晶は再び芋の菓子をバリボリと貪り食い始める。
「晶ちゃん、せめて起き上がってお菓子を食べなさい。寝ながら食べるのはお行儀が悪いですよ」
「みゅ~~~晶ちゃんの至福の一時を邪魔するとは何という冒涜だ。我この御社の神子ぞ。神子ぞ。崇め奉れ~~~」
「晶ちゃ~ん、お説教されたくなければちょっとお黙りなさいね」
「みゅ~~~……お姉ちゃんの横暴~~~アラサ~~~」
二人のやり取りを見守っていた雛菊は目を丸くしてしまう。
(え、何この軽い感じ……ってか、お姉ちゃん? お姉ちゃんって、まさか……!?)
「お察しの通り、わたくしは水晶の実の姉でございます」
「似てないっ!!!」
思わず雛菊は口にしてしまったが、無理もない。それほどにまで平凡な顔で真面目な紅玉と麗しい顔でずぼらな水晶は何もかもが正反対なのだから。
(お二人のご両親よ、一体どこで育て方を間違えた!?)
「でも事実なのです。証拠が欲しいならいくらでも提出致しますので」
「あ、いえ、だいじょうぶです……」
そこまでしなくても、と思いつつ、正直やはり信じられない。
(あ、実は血の繋がりがない姉妹とか……)
「きちんと血も繋がっていますよ」
「疑って申し訳ありませんでした!」
「いえいえ、よく言われる事なので、慣れております」
それにしても、先程から思っている事に対し、次々と容赦ない反論が来るなぁ、と雛菊はぼんやりと思った。
(そんなに顔に出やすいのかしら……あたし)
雛菊は無意識に自分の頬を両手でふにふに触っていた。
「ところで、お姉ちゃん、もう雛っちにはもうバレバレだし、晶ちゃんもういつも通りにしてもいいんだよね」
「はあ……だからといって羽目を外し過ぎないように」
「わかった。雛っち、ちょっと近こう寄れ」
「え? は、はあ……」
何だろうか、と思いつつ、雛菊は水晶が寝そべる寝椅子に近づく。すると、水晶は徐に起き上がり、寝椅子に腰かけると、唐突に両腕を伸ばした。
「ひっ!!??」
「うみゅ~~~なかなかな触り心地。小さいけれど、それがまたよろし。」
「なっなっなっ!!??」
雛菊の頭の中は混乱通り越して完全に固まってしまった。
水晶が雛菊のささやかな胸の膨らみを両手で鷲掴みにしていたからだ。
「晶ちゃあああああんっっっ!!!!」
スパーーーンッ!!!!と乾いた音が鳴り響き、水晶の頭がハリセンで引っ叩かれた。
「貴女って子はあああああっ!!!! 言っている傍から何しているのですかあああああっ!!!!」
「紅殿! 待て! 落ち着け! 暴力はダメだ!」
「お放しなさい!! 蘇芳様!!」
ハリセン片手に大暴れする紅玉と、紅玉を羽交い絞めにして必死に止めようとしている蘇芳を、頭を擦りながら水晶は見守った。
「うみゅ~~~お姉ちゃんの乱暴者。すーさんはよくやった。褒めてつかわす」
「晶ちゃんっ! 雛菊様になんて事をっ! 謝りなさいっ!」
「いいじゃん、女同士だし、減るもんじゃないんだし」
「減るとか減らないとかそういう問題ではありません! 女性の身体に無闇矢鱈に触れてはいけません!」
「じゃあお姉ちゃん触らせてよ、魅惑のFカップ」
「姉のもダメに決まっているでしょうっ!!??」
「べっ、紅殿!」
ますます大暴れする紅玉を止めるのに蘇芳は必死だ。挙句、不可抗力ではあるものの、紅玉の身体に関する話を聞いてしまった為、心なしか顔が赤い。
(可哀相に……)
一方の水晶はしれっとしており、とてもじゃないが、ハリセンで叩かれて叱られたとは思えない。むしろ反省の色すら感じない。
(な、なんて豪胆なお嬢さんなの……! ていうか、紅玉さんFカップって何!? 見た感じそんな大きい気はしないけど……)
「……紅ねえ、晒し巻いているから」
「あ、そうなんだ」
雛菊がふと気づけば、隣にれながおり、そっと耳打ちしてくれていた。
(にしてもFカップって……う、うらやましい!)
雛菊は思わず紅玉のものと自分のものを比較してしまう。晒しを巻いているはずなのに、何故か紅玉のものの方が明らかに膨らんで見えた。
(す、すこしくらい、わけてくれたっていいじゃないか……!)
無いもの強請りをして打ちひしがれていると、れなの他に、真昼や雲母も近くに来ていた。
「雛菊さん、元気出せ」
「そうですよぉ『ちっさい方にも夢がある』って、神子様がおっしゃっていましたし~」
「……うん」
(……水晶様、いたいけな神様達に何て事を言ってるんですか! しかし、可愛い! 癒されるよう……!)
すると、水晶が改めて雛菊と向き合った。
「うみゅ、んじゃまあ、改めて自己紹介でもしますか。わたし、水晶。十三歳。この十の御社の神子。好きな食べ物はスナック菓子。嫌いな食べ物は多いから割愛。趣味はお菓子食べながらゴロゴロしてゲームすること。最近はアイドル育成ゲームにハマってます」
(予想以上の酷い堕落ぶりだ!)
「紅玉はわたしのお姉ちゃんで独身アラサーまっしぐら」
(その情報はいる?)
「ちなみに晶ちゃんはご近所でも美少女と結構有名でした。いやぁ、照れるなぁ」
(ちっとも照れているようには見えない)
「一応神子なんて呼ばれている者ですが、雛っちと仲良くしたいのでよろしく~~~。晶ちゃんって呼んでね、てへぺろ~~~」
「ノリ軽っ!!!」
あまりの軽さに最後は思わず口にして突っ込んでしまった程だ。
「仕方ないじゃ~~~ん。晶ちゃんはこれが晶ちゃんなんです~~~。神子らしい神子様求めるならよその神子様当たってくださ~~~い」
そう言いながら再びごろりと寝椅子に寝そべり、芋の菓子をバリボリと食い始める水晶の図太さに、雛菊はいっそ感心した。
(どんだけマイペースなのよ……)
「雛菊様――大変っ! 大変申し訳ございません!!」
「うええええええっ!!??」
実の妹の酷過ぎる挨拶に、ついに紅玉自身が土下座した。これ如きで土下座までされるとは思わず、雛菊もぎょっとして動揺する。
「あ、あああ、頭! 頭上げてください! あ、あたし、全然別に、怒っているとかそんなの全然ないのでっ!」
「いいえっ! 姉として神子補佐役としてきちんとご挨拶させるべき所を、このようなっ! このような醜態を晒してしまい、お見苦しい上に大変申し訳なくっ!!」
(いや、紅玉さん、あなたは一切悪くないでしょ。あ、身内? 身内の恥だからか?)
「晶ちゃん! 貴女も謝りなさい!」
「やじゃ」
「ゴロゴロしてお菓子を食べない! 晩御飯が食べられなくなりますよ!?」
「晶ちゃんの主食はお菓子です」
「お菓子だけでは栄養が足りないでしょう!? お魚もお野菜もしっかり食べなさい!」
「晶ちゃん、そういうの受け付けておりませ~~~ん。」
「もうっ!! 貴女って子はっ!!」
目の前でぎゃあぎゃあと繰り広げられる姉妹喧嘩に、それを止めようとする蘇芳。そして「最早名物です」という感じで見物しているたくさんの神々。
(なんか……十の御社って変わってる?)
新人で研修中の身であり、神子や神に対して少し不敬な物言いかもしれないが、逆にそれが雛菊にとって酷く安心した。
(なんか、ここが研修先で良かったかも)
未だに喧嘩して騒いでいる姉妹を見て、思わず自分の家族の事を思い出してしまい、雛菊は頬が綻んでしまう。
あのまま、邪な誰かの息のかかった場所への研修にされていたら、きっとこんなに落ち着いた気持ちで研修に臨めなかっただろう。もしもの時をそう考えただけで若干怖いくらいだ。
(運がよかったなぁ、あたし)
そんな事を思っていると、雛菊の袖を引っ張ってくる者がいた。雛菊が振り向けばそこには真昼が太陽のような笑顔で見つめていた。
「紅ねえの説教終わらなさそうだし、蘇芳さんも紅ねえ止めるので必死だからさ、代わりに俺達が御社のこと案内してやるよ!」
「えっ!?」
すると、雲母もうんうんと頷いて言った。
「紅ねえのお説教は長いですからぁ。時間がもったいないですし、行きましょ~」
「えええ……」
雛菊は戸惑う。研修担当の紅玉に何も言わずに勝手に動き回る事に抵抗があるようだ。せめて一言を告げるべきかと悩んでいると、れなが雛菊の前にちょこんと立ち、雛菊を見上げ、小首を傾げて言った。
「いこ?」
「行きます!!」
「よっしゃあっ!」
「行きましょう~!」
雛菊の了承を得た所で子ども達は雛菊の両手を引いて、駆けだす。
(紅玉さんごめんなさい! 研修初日から子どもちゃん達と遊びに行ってしまって! だって! だってだってだって! この子達が可愛すぎてお誘い断れないんですものーーー!!)
雛菊はせめて心の中で懺悔した。
「お前ら~、あんまりお客さん振り回さないようにじゃぞ~~~!」
「「「はーい!」」」
樹の幹のような柔らかそうな茶色の髪を持つ男神が子ども達に声をかけ、子ども達はそれに元気よく答えると、子ども達は雛菊を連れて応接の間を飛び出したのだった。
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