飯を食いに来てみたら、妙な連中ばっかだった。
風呂の後に訪れたノスの家は、豪華な屋敷だった。
広い庭に白い壁、という、一見しただけで高価とわかる家屋だ。
出迎えに来たノスに招かれて中に入ると、中の照明はなぜか暗めだった。
だが照らされた内装は、外同様にカネがかけられている。
「おお、ファイアーフォックスの絨毯か」
魔物由来の、足触りがよく丈夫な絨毯が家中に敷き詰められているようで、アラガミは玄関先で何度かそれを踏んだ。
「へー、ふわっふわ」
首にタオルをかけたスサビも、面白そうにアラガミの真似をする。
ちなみに礼服なんぞはアラガミもスサビも持っていないので、普段着だ。
そっちに関してはあらかじめ許可をもらっている。
「2人とも、少し大人しくしとこうよ」
ヤクモがため息を吐くのに、アラガミは言い返した。
「だってよヤクモ。耐熱属性もある高級魔物素材だぞ? これ使ったコートとか、魔導防具にしたら破格値なんだぜ?」
「そういう事をわざわざ口にするのをやめようよ、って言ってるんだけどねー」
中折れ帽に手をかけて、彼はやれやれと頭を振る。
が、アラガミにとっては他人の目よりも自分の興味だ。
そんなやり取りを見たノスが苦笑しつつ、口を開く。
「珍しいものではありますから、お客様にはそうした反応が大なり小なりあります。お気にならさず」
「申し訳ありません……」
「育ちが悪いもんで、すんませんね。羽振りが良さそうで何よりですな」
金持ちは、カネがあることを褒められたら嬉しいもんだろうが、と内心でヤクモに対して思いながら、謝る彼と一緒に頭を下げる。
「調度に関しては、家内の趣味でしてね……どうぞこちらへ」
なぜかノスの表情が少し陰り、アラガミは不思議に思った。
特に尋ねはしなかったが。
そのまま食堂に案内してもらえるようで、彼はこちらに背を向けて歩き出す。
「おら、行くぞクソガキ。いつまでやってんだ」
「いて! 何だよ、おっちゃんもやってたじゃねーか!」
まだ面白そうに絨毯を踏んづけていたスサビの頭を軽くはたくと、アラガミは足音もしない廊下を進んでいく。
着いた先の食堂も、廊下同様に照明は抑え気味だった。
その広い部屋に置かれているのは、これまたシミ一つない白いテーブルクロスをいっぱいに広げた長い卓。
右側に並べられた椅子に、3人の男女が腰掛けていた。
一人目は、全身を覆う赤いドレスに、真っ赤な紅を引いた口元だけを見せるヴェールをつけた、恐らくは妙齢の女性。
二人目は、ボンヤリとした表情で宙を眺める、お仕着せのような礼服がイマイチ似合っていない10代後半の青年。
そして最後の一人は、黒いレースの飾られたドレスに、真っ黒な髪と瞳を持つ美貌の少女だ。
「家内のエリー、息子のラトゥー、娘のカミュラです」
彼の紹介に、エリーと呼ばれた赤いヴェールの女性はゆっくりと頭を下げた。
ラトゥーは宙を見つめたまま反応がなく、カミュラと呼ばれた少女は興味深そうにこちらを眺めている。
妙な連中だな、とアラガミは思ったが……そんな内心はおくびにも出さず、ヘラヘラと営業スマイルを浮かべた。
「いやどうも、ご相伴に預かりまして。俺はアラガミ、こっちの男はヤクモ、そっちのクソガキはスサビっつー名前です」
「……相変わらず、気持ち悪ぃ笑顔だなオイ……」
一応場を弁えているつもりなのか、スサビが小声でぼそりという。
アラガミは、笑みを崩さないまま小さな動きでその足を踏んづけた。
「いっ……!」
場を弁えるならきっちり黙っとけ、というメッセージに、スサビは声を上げかけたが……その背中をヤクモがポン、と叩くと、そのまま口を閉じる。
「お座りください。まもなく食事が参りますので」
ノスは気づいているのかいないのか、特に表情を崩さずに一番奥の自分の席に向かった。
アラガミたちも、テーブルの左側に向かって動き始める。
すると不意に、プー、という間の抜けた音が聞こえた。
目を向けると、ぼんやり座った青年の手に子どものオモチャが握られている。
スライムに似た材質の、空気を穴から押し出して音を出すものだった。
彼はそれを、プー、プッ、プー、と一定のリズムで鳴らしている。
視線は相変わらずこちらに向いておらず、それを聞いたノスが唇を引き結んで低い声で言った。
「ラトゥー。お客様の前だ。静かにしなさい」
が、ラトゥーは反応もせずに、音を出すのをやめなかった。
ため息を吐いたノスが手を叩くと、無表情な執事と思しき老人がドアを開けて姿を見せる。
「食事の時間だ。ラトゥーからそれを取り上げておけ」
「……ぼっちゃま」
頭を下げて滑るように近づいた執事が、やんわりとオモチャを取り上げるのに、青年は抵抗しなかった。
ノスは、椅子に腰掛ける前に頭を下げる。
「失礼を」
「……いやいや、気にしてねぇですよ」
アラガミはラトゥーに目を向けながら、大人しく椅子に座って食事を待った。
運ばれて来た料理の数々は豪華なものだ。
「アラガミ様たちは、どちらからいらしたんですの?」
しばらくすると、上品にサラダを金製のフォークで口に運びながら、舌足らずな口調でカミュラが問いかけてきた。
声音には甘えるような色を含んでおり、目には生き生きと好奇心が輝いている。
両脇では、ヤクモが相手の一家よりも上品に、スサビは勢いよく料理を詰め込んでいた。
一応彼女には、食事は素材に感謝しながら取るもんだ、と叩き込んだので、口の周りにベッタリとソースをつけるような無様な真似だけはしていない。
自分も久々の柔らかい小麦のパンを半分食いちぎり、もっしゃもっしゃと飲み込んでから、アラガミは言葉を返した。
「様づけされるような身分じゃねーんで、アラガミで良いですよ。最近は中央での仕事が多かったですね」
この辺りは、ウェースト地方と呼ばれている地域だ。
アラガミたちのいる大陸は大体五つの大きな国に分かれていて、この街は大陸の西にある国に所属している。
だが中央の国に近い辺境だ。
西の検問からは一番近いが、輸送の拠点となるには少し外れた場所にあった。
「アラガミさんは、なぜ中央から西に?」
呼び方を変えたカミュラは、兄とおぼしきラトゥーと比べて、どうやら来客に対してフレンドリーなようだ。
「気分ですよ」
アラガミとしても、自分から話題を探さなくて済むのはありがたい。
「大陸中をブラブラしてるんでね。どうせ行くなら、やっぱ行ったことのない場所の方が面白ぇでしょう?」
ジャンクは、場所によって得られる種類が違う。
それにアラガミは、フルス・コアや【勇者の装備】に関する手がかりを探してもいるのだ。
もちろん、良く知りもしない相手にはいちいち言わないので、いつも通りに当たり障りのない返事をする。
「運送ギルド、というところに入っている人は、皆そうなんですの?」
「んなこたないっすよ。運送ギルドやジャンク屋ギルドってーのは、ただの仲介役ですからね。所属してる俺らは、その窓口で自分の仕事を選んでこなすんですよ」
ギルドというのは、同じ職についている者同士が寄り集まって作る協会である。
大体、生活に根ざしたギルドというのは小さい街にも支部があり、それ以外用がある時は大きな街に行く。
アラガミが主に仕事を受ける運送ギルドの中には、比較的安全な地域に自分のエリアを定め、依頼を長期で請け負ってグルグルと同じ場所を回る連中もいる。
『定期便』と呼ばれる、食料運搬なんかの仕事だ。
が、アラガミのようの気の向くままにその場限りの仕事を受ける奴もそれなりにいて、そちらは『臨時配達便』と呼ばれて区別されている。
定期便のほうが収入は安定するが、デカイものを遠くや危険な場所に運ぶ臨時配達便の方が実入りも大きい。
「楽しそうですのね」
「性に合わんとキツいですがね。魔導車で移動し続けるのは腰が痛ぇし肩が凝ります。魔物も出ますしね」
アラガミが肩に手を当ててグルっと首を回すと、カミュラは楽しげな笑い声を立てた。
そんな風に話している間も、エリーとラトゥーは反応もせずに食事をし、ノスだけがにこやかに口を開く。
「アラガミさんの道中のお話を聞くのは、面白そうですな」
「笑い話ならいくらでもご提供できますよ」
「ちょっとお父様! 今は私が喋ってますのに!」
ぷくん、とカミュラが頬を膨らませた。
ワガママな娘だ。
それに、笑顔のままノスが応じる。
「ああ、すまない」
あっさり謝ったところをみると、どうやら彼は娘に弱いようだった。
アラガミは談笑を続けながら、料理に舌鼓を打つ。
分厚いステーキは、ナイフを入れると柔らかに肉汁が溢れ出して湯気が立った。
頬張ればトロリと口どけのいい甘みと肉の旨味、それと同時に感じたコショウのツンとした感覚がたまらない。
続けて、別の小皿で供された二種類のソースで味わってみれば、片方はグッと肉の深みの増すデミグラスソースで、もう片方は肉の味わいを豊かにするフルーツソースだった。
「おっちゃん。これめちゃくちゃうめーけど……」
「俺もそう思う」
何かを続けかけたスサビの言葉に被せるように、アラガミは相槌を打つ。
スサビは妙な顔をした後に、また食事に集中し始めた。
次に口をつけたオニオンスープは、黄金色に輝いている。
特有の香りと柔らかな喉越しが、ガツンと濃いステーキの脂やソースのコクを押し流してくれた。
一緒に出された赤ワインは上等なもので、酸味の強いものだったが後味がさっぱりとしている。
どれもこれも、滅多に食えない一級品でバランスも考えられているようだった。
しばらくすると、スサビが腹をさすりながら背もたれに体を預けた。
綺麗に皿を平らげて満腹になったのだろう。
しかし、さすがに行儀が悪い。
「だらしねぇカッコすんな」
「おっちゃんこそ、ワイン飲み過ぎじゃね?」
言われて気づいたが、パッカパッカとグラスを空けて、気がつけば一本空になりそうだった。
アラガミはザルだ。
基本的に、いくら飲んでも正気を失うほど酔ったりはしない。
しかし、微笑んだままノスがさらりと告げた。
「いえいえ、見ていて気持ちがいいですよ。必要なら、もう一本持って来させましょうか?」
「いいんすか?」
「アラガミ……」
滅多に飲めねーモンなんだからいいじゃねーか、とアラガミがヤクモの苦言に肩をすくめる。
スサビまでもが、半眼で冷たくこちらを見ていた。
「わーったよ」
そう、アラガミがワイングラスを置き、両手を上げた時。
食事を終えたラトゥーが、断りもなく立ち上がってふらふらと出口へと向かった。