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飯の前に、風呂だ。


 街に入った日の夜。


 輸送車の生活スペースで、アラガミは吼えた。


「このクソガキ、さっさと準備しやがれ! 風呂に行くっつってんだろうが!?」

「ヤだ。めんどくせーもん」


 スサビはまるで堪えた様子もなく、そう言い返してくる。

 ビキビキと額に青筋が浮かぶのを感じながら、アラガミは寝転がっている彼女に指を突きつけた。


「テメェ、汗臭ぇまんまでいるつもりか!? これからノスの家に行くんだぞ!」

「オレ行かね。堅苦しいの嫌いだしー。眠たいしー」

「ンだとぉ……!?」


 あの後、荷下ろしをしている最中にノスからの連絡があり『ディナーに招待したい』と言われたのだ。

 アラガミ自身も、ようやく趣味の時間……スサビの目覚まし改造に入れる、と思った矢先だった。


「俺が我慢してんのに、テメェだけ逃すか!!」

「そんな理由だからヤなんだよー、バァカ」


 わざとらしくゴロンゴロンと床を転がるスサビに、アラガミは肩を震わせる。

 ついに手を出しかけたところで、ヤクモが風呂の準備を終えて会話に加わった。


「でもさ、スサビちゃん。ノスの覚えが良くならないと、吸血鬼退治出来ないかもよー?」

「う? ……それは困る!!」


 ピタリ、と転がるのをやめたスサビが、シャツがめくれてヘソを出したままヤクモに顔を向けた。

 彼の言う通り、明日以降の街への滞在許可と同意が得られなければ、調査には乗り出せない。


「3人招待されたのに2人しか行かなかったら、機嫌を損ねてすぐに出て行けって言われるかもねー」

「ヤだ! 吸血鬼と戦いてぇ!!」


 ヤクモはニコニコと、めちゃくちゃ胡散臭い顔で笑いながら続けた。


「なら、お風呂に入ってご飯を食べるくらいは我慢しようよー。僕、そこで話を切り出すつもりだしー」

「おっけー分かった!」


 ガバッと起き上がったスサビがいそいそと風呂の準備を始めるのに、アラガミはやり場のない怒りを持て余してしまう。


「このクソガキ……俺の言うことは聞かねぇクセに……!」

「アラガミはスサビちゃんの扱いがヘタクソすぎ。すぐに短気起こして怒鳴り散らすからだよー」

「頭の中身がガキ過ぎてムカつくんだよ!」

「アラガミも大して変わらないよー」


 この野郎、ぶん殴ってやろうか。

 アハハと笑うヤクモに苛立ちを募らせるが、時間もないのでグッと抑え込む。


 その間にスサビの準備が終わり、3人であらかじめ場所を調べておいた銭湯に向かった。


 『トランの街』という名前のこの街は、レンガ造りだ。

 近くに森がないので、土から魔導具で作り出したそれらが建材の主流になっているのだろう。


「でも、コウ君が吸血鬼に関係あったなんてねー」


 大通りで赤い街並みを眺めながら歩いていると、ヤクモがポツリと言った。

 吸血鬼のことを調べる前に、知っている情報を整理したいのだろう。


 ヤクモは自分の考えをまとめるために、人と会話するタイプだ。


「関係なぁ」

「事件の被害者だし、何か手がかりを知ってるんじゃないかな?」

「かもな」


 アラガミは、うなずきながらヤクモに応じた。


 コイツは、捜査や交渉に関する手腕が優れている。

 めざといのだ。


 なので、この件を迅速に解決するには、ヤクモに任せるのが一番速い。


「襲いやすかったのかもね。被害者は、街中の誰かよりもコウ君みたいな人が多いのかもしれない」


 あの後、コウに事情を聞いた。

 どうやら奴は独自に、家族同然の人々を殺した吸血鬼の調査をしていたらしい。


 そして、発見した吸血鬼を追いかけたところ、相手が逃げてジャンク山の辺りで交戦することになったのだそうだ。

 結果として、一撃を食らって振り切られたところにアラガミたちが通りかかった。


 今、コウは自宅に戻っている。


「昼間でも動ける吸血鬼か」

「厄介だねー」

「が、襲うのが外の人間とくりゃ」

「うん。ノスからしてみたら動く理由ないよねー」


 ヤクモが少し痛ましそうな顔をするが、仕方のないことだった。


「下手すると、吸血鬼自身も街の外に住んでいるかもしれない」


 壁外区の人間は街の住民ではない。

 街の中でも被害が出ているのかは分からないが、なければ本腰入れては動かないだろう。


「この街に、余裕がなさそうには見えねーけどな。ただビビってるだけじゃねーの?」


 冷めた目で立派な街並みを眺めたスサビの頭を、アラガミはぽん、と叩いた。


「人間、金がありゃ人助けをするってわけでもねーからな。ケチでガメついから溜め込んでるってこともある」


 アラガミにも、思うところがないではない。

 しかし自分勝手に生きている身であり、街の方針に口出しなどするべきではないしその権利もない。


「ま、オレは強い奴と戦えればなんでもいいんだけど」


 話にそこまで興味があったわけでもないのか、スサビはあっさりと言って頭の後ろで手を組んだ。

 着替えの入った手桶を、頭の上に乗せて器用にバランスを取っている。


 アラガミは、ふん、と鼻を鳴らして笑みを浮かべた。


「コウもノスに冷たくされたんなら、吸血鬼を殺せれば付いて来ることに納得すんだろ。そうしたら次の街だ!」

「そうだねー。少し気張って見つけようかな」


 ヤクモも話題を切り上げたので、アラガミはワクワクと、彼の持っていた【魔導の闘衣】を思い返す。


「コウの腕は腐らすには惜しいしな!」

「本当に気に入ったんだねー。そんなに凄いの?」

「おう! あの野郎はマジモンだぜ! ヤツが仲間になりゃ、もっとトツカを強化出来る……!」


 コウがいれば、アラガミの趣味は絶対にはかどる。

 もしかしたら、フルス・コアを作り出すための研究にも兆しが見えるかもしれない。


「でも、コウ君まで抱え込むにはちょっと余裕ないんじゃないかなー?」


 金の管理を担当しているヤクモが、大して深刻でもなさそうな口調で言う。

 が、わざわざ口に出したということは、少し苦しくなるのだろう。


「なーに、あいつにも稼がせりゃいい。働き手は増えるんだからな!」


 ヤクモのちょっとした苦言を、アラガミは笑い飛ばした。


 コウはついてくることに前向きに見えたし、あそこまでの闘衣を作り、吸血鬼を追う根性を見せたのなら、働くのを苦にするタイプでもないだろう。


「闘衣がもう一着ありゃ、魔物狩りもやりやすくやるしな!」

「それいいな。雑魚狩りは面白くねーから嫌いだし、コウの仕事にしよう!」


 スサビが口を挟んでくるのに、アラガミは眉根を寄せた。

 自分が楽が出来る、と思っているのなら大間違いだ。


「テメェのノルマは減らねーよ! 大体、魔物素材がなきゃ鎧の修復も出来ねーんだぞ!?」

「えー」

「えーじゃねぇ!!」


 魔物を狩って得られる魔物素材は、大事な副収入でもあり魔導具の補修材料にもなる。

 元々、ジャンク自体が植物系の魔物由来であることも多い。


 よほど切羽詰らなければやらないが、動物系の魔物の肉や油は、毒さえなければ食用にも代用できたりする。

 それにプチトレントのような植物魔物は、街の外で役に立つ薬になったりもするのだ。


 そもそも、細かな部品や材料までジャンク山で賄っていては、カネがいくらあっても足りない。

 許可をもらい、山を漁って目ぼしいジャンクを手に入れても、管理人に言って買い上げなければ自分の物にはならないのである。


 そうこうする内に、銭湯についた。


「風呂だ!」


 靴を脱いで靴箱に収めたスサビは、さっき嫌がっていたとは思えない勢いで番台がある待合室の中に入り……いきなりシャツをガバッと脱ごうとし始める。


「このクソガキィ!!! 脱衣所入ってから脱げやぁ!!」


 思わず思いっきり頭をはたき、めくり上げていたシャツを彼女の腕ごと下に降ろす。


「痛ぇなおっちゃん!! いきなり何すんだよ!」

「こっちのセリフだこのボケがァ! 周りの目を気にしろって言ってんだろうがッ!!」

「アラガミもねー」


 番台に料金を渡すヤクモが、なぜか諦めたような顔で茶々を入れてくる。

 銭湯で風呂上がりにくつろいでいた人々が、一斉にこちらを見ていた。


 が。


「関係あるか! 女湯はあっちだクソガキ! つべこべ言わずに中に入ってから脱ぎやがれ!!」

「別にどーでもいいじゃねーかよー」


 ブツブツ言いながら脱衣所に向かうスサビに、アラガミはタオルを巻いた頭をガリガリと掻く。


「あいつだけは本ッ当ーに自分が女だって自覚がねーな……ッ!」

「野生児だからねー。むしろ服を着るようになっただけ成長だと思うけど」


 最初拾った時、スサビは裸だった。

 魔導武具一つを手に、野山を駆け回るような生活をしていたのだ。


 会話は通じるので、最初から獣のような生活をしていた訳ではないはずなのだが。

 元々の暮らしのせいか、いまいち倫理観が薄い。


 アラガミと出会ったのも、ヤクモと休憩していた時に飯の匂いに惹かれて、食料を奪おうと襲ってきたのである。


 その時手にしていた【トツカ】があまりにも良いものだったので、思わず捕獲して解析してしまったのが運の尽きだ。


「あの時は、まさか懐かれるとは思わなかったがな……」


 実際、アラガミの『とっておき』がなければ殺されていてもおかしくなかったくらい、スサビは強かった。


 なのに『オレより強い奴、初めて見た!!』とかなんとかほざいて、くっついて来たのである。


「まぁ実際、素の状態ではアラガミの方が強かったんだから別に良いんじゃない?」

「隙を見て力で押さえ込んだだけだ」


 実際、本気でタイマンしたら素の状態でも負けるだろう。

 ヤクモに対して肩をすくめて見せると、ぽん、と背中を叩かれた。


「時間もないし、ちゃっちゃと風呂に入ろうよ。どうせスサビちゃんはすぐに出てくるし」

「おう。アイツ、ちゃんと体洗ってんのかって言いたいくらい早ぇからな……」


 アラガミはうなずいて、男湯に向かった。


 体があったまっている状態で待たせたら、どうせまた待合室で無防備に寝こけるに決まっているのだ。

 


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