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街の偉いさんに会ったが、どうにもきな臭いな。


 アラガミは、高い位置にある魔導車の運転席からハシゴを降りた。


 すると、迅速に手続き用紙に記入を終えたヤクモが紙を差し出してくる。


「ほい。後はアラガミのサインで終わりだよ」

「おう」


 アラガミは、見慣れたそれに自分の名前を記入した。


 魔導輸送車の持ち主も、運送の依頼を受けたのもアラガミだ。

 荷物運送を委託された本人だけが、街にとどまるための滞在許可書に最終的な署名が出来るのである。


 面倒くさいが、魔物や得体の知れない荒くれを街に入らせないために必要な手順でもあった。


「もうすぐ首長が来ますので……」

 

 依頼主が直接出張ってくる、という話にアラガミは眉を上げた。

 

「そんな待ちわびてたのか?」

「魔物に襲われて少し遅くなったしねー」


 ヤクモと話しながら待っていると、街の入り口から外套姿の男がこちらに足早に歩いてきた。

 アラガミはニコニコと営業スマイルを浮かべながら、近づいてきた男に挨拶する。


「いやー、どうも。随分お待たせしてしまったようで」


 言いながら、アラガミは相手を観察した。


 メガネをかけた、顔色がどこか青白い男だ。

 ピシッとした外套は、横のよれて古ぼけた相棒のものとは違って暖かそうだった。


「少し厄介ごとに巻き込まれましてね。しがない流しのジャンク屋やっとります、アラガミです」

「街の代表をしております、ノスと申します」


 男は、静かに一度頭を下げてからそう名乗った。


 ノスのほうも、どこか冷たい目でこちらを見ている。

 流れ者に対しては当然の反応なので、アラガミは気にしなかった。


 それでも彼は格好通り律儀なのか、すぐに愛想笑いを浮かべてみせる。


「ジャンク屋、ですか? 運送人ではなく?」

「ええ。運び屋稼業はついで仕事で、本職は魔導具いじりをしとるんですよ」


 ノスの疑問に、アラガミはタオルを巻いた頭に手を添えながら軽く応じた。


「どうせ街を転々としてるもんでね。稼げたら一石二鳥なんで、運び屋もやっとります」

「なるほど」


 ノスは納得したようにうなずいた。


 先の戦争によって一度文明が崩壊したとはいえ、世界各国の王やら首脳やらが全員死んだわけではない。

 人の住む地域は分断されているが通信の魔導具によって繋がっていて、現在ではそれなりに統制が取れている。


 この男も、一応西の国から街を預かる領主なのである。


 血筋で選ばれることも、能力で選ばれることもあるが、おそらく彼は後者だろう、と思われた。

 愚鈍そうには見えないから、というだけの理由だが。


 ノスは魔導輸送車を見上げてから、顔に笑みを戻して言った。


「しかし助かりました。たしかに待ちわびてはいましたが、本当にこれほど早くコアを運んでくださるとは。厄介ごと、というのは、道中で魔物など出たのでしょうか?」

「ええ。ですが、慣れてますんでね」


 アラガミは、腰の後ろにベルトで挟んでいたゴツいスパナを手に取って、おどけた顔をしてみせる。


「コイツでガツンと。荷物には傷一つついちゃいません」

「なるほど。向こうの街から優秀だという噂は聞いてましたが」


 褒められて悪い気はしないが、その噂はジャンク屋としてではなく運び屋としての腕前の話だろう。


 文明崩壊後、活動を活発化させたのは亜人種だけではない。

 危険だからと追いやられていた魔物たちも、同じように生息域を広げている。


 凶暴で強い魔物は多くいて、街から街への移送は安全が確保されていない。


 しかしアラガミは運送ギルドの依頼を受けるようになってから、数えるほどしか荷物を失ったことがなかった。


 アラガミが腕によりをかけた魔導輸送車は、現存する魔導具の中でも頑健さと巨大さは最大級のものだ。


 小さな魔導輸送車などはすぐに強い膂力を持つ魔物にひっくり返されたり、鳥獣やドラゴン系の魔物に持ち上げられてエサにされたりもする。


 ノスは雑談は十分だと思ったのか、話を戻した。


「では、コアを見せていただいても?」

「もちろんでさ。現品は丁重に運ばせていただきましたよ」


 こっちに、と輸送車の後部にノスを案内したアラガミは、ふてくされながらも言いつけ通りにそこにいたスサビに顎をしゃくる。

 

 剣を抱えてトラックにもたれていた彼女は、肩をすくめて真横のドアを開けた。

 実際に荷下ろしする時は『ウィング』という横開きの荷下ろし 部分を開けるが、この場では確認だけだ。


 輸送車の荷台は3つに仕切ってあり、一番手前が生活スペース、2つ目がアラガミの工房、3つ目が荷運び用の倉庫になっている。


「ふむ」


 ノスを促すと、彼は中を覗き込んだ。

 大型のコアは倉庫の奥に鉄の抑え棒で固定してある。


 この魔導輸送車に使っているものよりも巨大なそれは、倉庫の半分程度の大きさの黒い箱だった。

 

 アラガミは上がり込んで抑え棒を外し、コアを包む板を開ける。

 中には、複雑な魔法陣を刻んだいくつもの板が収められていた。


 真ん中には、青く透明な球体がはめ込まれている。


 これが魔力を湧出するコアだ。

 その球体を固定するはめ込み式の台座と、周りの魔法陣は魔力導線で繋がっていた。


「中身を見てもよく分かりませんが、動くものですね?」

「ええ。メンテも俺がやらせてもらっとります」


 そこに、ヤクモが口を挟んだ。


「代金に関しては、運賃は先に。設置料金に関しては動くことを確認してから、ということでよろしいですか?」

「構いません」


 ノスが答える間に、アラガミは箱を閉めて向き直る。

 

「んじゃ、街中への誘導をお願いしても? 一応、今日中に荷物だけは下ろしたいんでね」

「律儀ですね」


 先ほどアラガミ自身がノスに抱いた感想を口に出された。

 珍しい、とでも言いたげな顔をしている。


「運賃もらってからの持ち逃げを疑われるのは、日常茶飯事なもんでして」


 アラガミは三度の飯より魔導具が好きではあるが、ヘタれた真似をするのは嫌いなのである。

 

「それより、上手いことこのコアが動いたらジャンク山を漁る許可が欲しいですね。明日、仕事終わりにでも」

「構いませんよ」


 アラガミは、あっさりと了承されたので口もとが緩んだ。


 運んでいたコアを売り飛ばせば、たしかに運賃や設置よりも遥かに巨大なカネは手に入る。

 が、二度と運送ギルドの仕事は出来ないし、何よりお尋ね者になってしまうと何よりジャンク山を漁る許可が下りなくなる。


 長期的に見て、損しかないのだ。

 アラガミにとっては、ジャンク山に入れるほうがカネよりも遥かに嬉しい。


「よし、明日は一日山に籠るぞ……!!」

「それじゃ、僕とスサビちゃんはオフだね」

「好きにしやがれ」


 ニシシ、と両拳を握りしめてまだ見ぬ宝の山に思いを馳せていると、倉庫の奥にあるドアが開いた。


 コウだ。

 なんで出てきた、と思ったが、彼はノスを睨みつけながらさっさとトラックを降りた。


「おい」

「ここで降ります。街中に入ることを疑われても困るんで」


 目を伏せ、コウは語気の強い早口で言った。


「拾って運んでもらっただけなのに、そいつに勘ぐられるかもしれない」

「……なぜあなたがここに?」


 ノスのほうも、コウを見て目を細めていた。

 あまり仲の良くなさそうな雰囲気に、アラガミはヤクモと顔を見合わせる。


 スサビも、言い合いを聞きつけたのかひょいと顔を覗かせた。


「……理由は今聞いたでしょう」

「ジャンク山のとこで拾って、連れてきたんですが。お知り合いで?」


 刺々しいコウにノスがさらに何かを言い返す前に、アラガミは口を挟んだ。


「少し顔見知りでして。……客人の迷惑になりそうなことを、あまりしないことです」


 ノスがコウを見て言うのに、彼はギリ、と歯を噛み締めて吐き捨てる。


「あんたが真面目にやってれば、大人しくしとくさ」

「言いがかりも甚だしいですね。まるで私が故意に手を抜いているように聞こえます」

「抜いてるじゃないか」


 ノスは、呆れたように頭を横に振ると、さっさと目を逸らして会話を切り上げた。

 コウを無視するようにこちらに目を向け、淡々と告げる。


「アラガミさんの街への滞在許可はまもなく出ます。場所は言い伝えておきますので、そちらに荷物を運んで下さるようお願いいたします」

「はぁ……」

「では、私はこれで」


 ノスは最後にもう一度頭を下げると、コウを無視してさっさと街の入り口に向かった。

 その背中を見送ってから、アラガミは青年に目を向ける。


「アイツとなんかあったのか? コウ」


 コウはノスの背中を睨みつけて、今にも、着込んだ魔導の闘衣で襲い掛かりそうな顔をしていた。

 拳を握りしめて肩を震わせていた彼は、ふ、と力を抜いて目を伏せる。


 そして、ポツリとつぶやく。


「……俺を拾ってくれたジャンク屋家族は、吸血鬼に殺されたんです」


 また、長い前髪に両目を隠してボソリと呟いた一言は、思った以上に重かった。


「アイツは、いくら訴えても壁外だからってまともに捜査しない……だから、俺は……」

 

明日から1日一回投稿です。


17時更新になります。

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