誰でも、色んな事情があるもんだ。
「記憶がないのかぁ。それは大変だったねー」
街に向けて魔導車を走らせる間。
コウの事情を聞いていたヤクモが、同情を口にした。
風もかなり涼しくなったので、今はまたエアコンを止めて窓を開けている。
「そうですかね?」
「こんな時代だからねぇ。親切な人に拾われて良かったと思うよー」
座席にはいつも通り3人で座り、コウは通用口から顔を覗かせていた。
ヤクモの言う通り、人助けを益なく出来る人間はそう多くない。
自分が暮らすだけで手一杯な連中の多い世の中だ。
コウの境遇は、何も分からないまま浮浪者のような生活を送らなかっただけで、だいぶマシである。
「滞在許可を申請したら家まで送ってやる。道案内しろよ」
アラガミが、見えてきた街の門を眺めながら声をかけると、コウは少し声音を変えた。
「あ、いえ。街の前で降ろしてください」
「あん?」
意味が分からずに眉を上げるが、続く言葉で納得した。
「俺、『中』住みじゃないんです」
「なんだ、住民権がねーのか」
「……ええ。住んでるのは、壁外区です」
壁外区とは、壁で守られた街に住む権利がない人々が集まって作る区画の一般的な呼び方だ。
魔物に襲われる危険と隣り合わせであり、取り締まりをするのも自警団くらいしかないので、治安が悪い。
「すいません……」
「なんで謝ってんだ?」
「いえ、その」
コウは口ごもった。
おそらくは、壁外住みということで有形無形の差別があるだろうから、謝るのがクセにでもなっているのだろう。
門の前につくと警備を行なっている街の人間が出てきて、前に貼り付けたギルドの許可証を目に留めたのか手で誘導してくる。
それに従いながら、アラガミは言葉を続けた。
「卑屈になんなよ。俺も元は壁外住みだ」
「は?」
何が意外だったのか、コウがポカンとした声を上げる。
「魔導職人ギルドの管理人と仲良くなって、ちっちぇえ頃からジャンク山に入り浸って物作りばっかしてたなぁ」
「あ……」
アラガミの口にした言葉を知っているのだろう。
魔導職人は、魔導具部品……つまりジャンクを漁るので、元は壁外住みの人間が多い。
外に住む職人は自分たちのことをジャンク屋、と呼んでいるのである。
アラガミが壁外区に住んでいたのは、運送屋兼ジャンク屋として独り立ちする前の話だ。
だが別にそんな生活を辛いと思ったこともなければ、こちらを疎む連中から特別何かをされた覚えもない。
遠巻きに、うさんくさそうに見てくる目が鬱陶しかった程度の存在だった。
生まれた時から当たり前の光景だったし、卑屈になる理由もない。
壁の中に住んでるか外に住んでるかの違いだけで、街中にも仲良くしてくれる奴は多かった。
「僕も同じ。子どもの頃は外から来た人の道案内して小銭稼いでたよー」
今度はヤクモが懐かしそうにそう口にすると、スサビが八重歯を見せて、くぁぁ、と退屈そうにアクビをした。
「オレなんか、街の近くに住んだこともねーよ」
「そう……なんですか?」
「運送とジャンク屋のギルドには特に多いぜ。街から街に点々としてる、なんてのは、たいがい食い詰めた連中だからな」
それに元々、魔物が襲ってくるのが普通な生活をしているので、街中の連中よりもよほど肝が座っている。
「危険を犯してモノを運んだり、ジャンク屋してる人間がいるおかげでそれなりに生活できてんのに、それも分かんねー連中は、気にするだけ時間の無駄だ」
ふん、とアゴを突き上げたアラガミは、一時停車の指示を受けて停止魔法のペダルを踏んだ。
警備員が一度門の横に引っ込む。
滞在許可の書類を取りに行ったのだろう。
アラガミは通用口を見上げて、コウに片眉を上げてみせた。
「だから、気にすんな。テメェは外に住んでるのを故意に黙ってたわけじゃねーし、拾ったのは俺の意思だ。なんか文句あるか?」
「いえ、そんな……」
相変わらず歯切れが悪い奴だ。
もっとも、好き好んで危険なところに住みたい奴はそうそういないので、壁の中に住んでる連中を羨ましいと思う奴も多かった。
だからといって、壁外区からなかなか人を受け入れない街側の事情も、分からないわけではない。
全ての移民希望者を受け入れるだけの余裕など、基本的にはどこの街にもないのである。
「だがコウ、ジャンク屋としてそれだけの腕があんのにテメェは中に誘われなかったのか?」
「……そういう話も、なかったわけじゃないんですが」
コウは、特に街中に住みたいと思っているわけではなさそうな口調で言った。
新しい移民、は馴染むまで従来の住人との軋轢もあるだろう。
そうしたことが億劫だったのか、ともアラガミは思ったが。
「俺だけ誘われたんです。でも、拾ってくれた人たちが……」
「……そういう話か」
つまりコウの腕だけが欲しいので、彼を拾った連中はいらないと言われたのだろう。
「分かりやすいな、オイ」
アラガミは鼻を鳴らしたが、誰も反応しなかった。
欲しい人材の周りにいる人間まで無闇に受け入れていれば、治安も悪くなる可能性はたしかにある。
が、その打算には人情ってものが欠けている。
魔物の擬態や亜人との区別をつけられない、という理由で居住権の審査が厳しいのは分かるが、それにしても頭が固いことだ。
ーーー俺なら、何を妥協してもコウの腕は欲しいがな。
そんな気持ちは内心に収めた。
壁外区の人間も、一応高い頻度で街に入る手段がないわけではない。
朝、街中から現れる様々なギルドの仲介人を通して、街中で日銭を稼ぐことができるのだ。
しかし商売中は常に、人間以外には着用できない監視魔導具を身につけることが義務づけられていて、商売可能時間が終われば追い出されることになる。
「コウ、頭引っ込めとけよ」
警備担当が再びこっちに向かってくるのを見て、アラガミは車輪を魔法で固定した。
この魔導輸送車は、無才のアラガミでも『命じる』だけで特定の魔法を同時に使えるように作ってある。
おかげで、他の魔導輸送車よりも魔法陣がとてつもなく複雑で規模の大きいものになってしまったのだが。
「街に入る手続き済ませたら、降ろしてやる」
「あ、はい」
コウがようやく頭を引っ込めたところで、先にヤクモがトラックを下りた。
スサビを見ると、またウトウトし始めている。
ーーーあれだけ寝て、まだ寝たりねーのか。
アラガミは思わず眉根を寄せた。
スサビは、ズルリとだらしない姿勢で腕を組んであぐらをかいている。
腕で寄ったムダにデカい胸が、シャツの胸元からこぼれそうに盛り上がっていた。
「もうちょっとボタン閉めろ」
「ッ」
その頭を、アラガミは軽くはたいた。
ハッと飛び起きたスサビが、むくれて睨みつけてくる。
「おっちゃん、いちいち手ぇだしてくんなよ!」
「テメェが口で言っても大して聞かねぇからだろうが。後ろで一応魔物でも警戒しとけ」
アラガミはそう言い捨てて、自分もドアを開けた。