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魔物素材は、カネになるんだよ。


 外は、傾き始めた日差しの熱気で未だにむわっとしていた。


「どぅるぁ!!」


 アラガミがブン! とゴツいスパナを振るうと、群がっていた魔物たちが慌てて散っていく。


 魔導輸送車に群がっていたのは小型の魔物たちだ。


 無闇に殺すつもりはないが、素材として使える魔物はヤクモの方に追い込むようにして動いていた。


 待ち受けていた彼は、吹いてきた風に飛ばされないように中折れ帽に手を添えている。

 魔物が近づいてくると、反対の手で小型の魔導拳銃を撃った。


 パン、と軽い音を立てたそれは、捕縛魔法……通称『バインド』と呼ばれる魔法を発現する。

 銃口から放たれた光は、網の形で宙に広がって数匹の魔物を上から押さえつけた。


 キュイ! キュイ! と液体の体を震わせて鳴き声を上げるスライムたちと、一緒に捕まった小さな木の姿をした魔物……プチトレントを残して、残りの魔物が逃げていった。


「人様を襲うなら、相手見てから出てこいや!」


 遠ざかり、草むらに消えていく魔物達の背中に怒鳴ってから、アラガミはスサビに目を向ける。


「あー、かったるぃ……」


 彼女は、ぐったりとした数匹のマナイーター……こちらは微弱な魔力を食うネズミ型の魔物……の尻尾を持って、手にぶら下げていた。


 そこで、闘衣を着たコウがひょい、と顔を見せる。

 

「あれ? あ……もう終わったんですか?」

「おせーよボケ」

「なんかすいません……」

「闘衣を脱がしたのはアラガミでしょー?」


 ヤクモが、余計な口を挟んできた。

 バインドしたスライムたちに麻痺魔法『パラライズ』の効果がある粉を振りかけては、手袋をした手で掴んで大きな皮袋に詰めながら、こちらをちらりと見る。


 アラガミはふん、と鼻息を吐き、金属製の水筒を腰から抜き取った。


「バカ野郎。着替えなんか五分もありゃ充分だろうが!」

「別に被害もなかったんだからいいじゃない」

「少しでも大目にとっ捕まえりゃそっちのが得だろ!」



 余計な汗を掻かされたが、運動したので腰の痛みがマシになっている。

 首を回してゴキゴキと慣らしてから、アラガミは水筒に口をつけた。


 冷たい水が美味い。


 アラガミは、そのままプチトレントに水筒の水を掛けた。

 元々、水場を求めて移動する植物型魔物なので、水分を吸収する間は動きが止まるのだ。


 そうでなくとも、プチトレントはツル攻撃にさえ気をつければ動きが鈍いので、簡単に捕まえられるのだが、念のためだ。


「コウ。プチトレントの葉っぱむしって集めろ。そんで逃せ」

「え?  なんでですか?」

体力回復薬(グリーンポーション)の材料になるからだよ」


 この樹木型魔物の葉っぱは、乾かすとそうした効能を得る。

 粉にしたものを湯や水に浸けると、茶に似た味がするので回復薬の中でも人気があるのだ。


 その分、出回っているので買取額は安いが、カネはカネである。

 自分たちのストックとしておいても腐らないので万々歳だ。

 

「それは知ってますけど、そうじゃなくて……殺さないんですか?」

「あん? 殺したいほどの被害受けたか?」


 不思議そうなコウの問いかけに、アラガミはおざなりに言葉を投げ返しながら自分も葉っぱをむしり始めた。

 彼は魔導車とアラガミたちを見比べて、軽く眉根を寄せる。


 魔導車には、傷一つついていない。

 そしてアラガミたち3人も、怪我はしていなかった。


「受けてない、ですね……」

「なら殺さなくてもいいだろが。それよりテメェ、さっさと動けや」

「あ、はい」


 そうしてコウを働かせていると、マナイーターを縛り上げたスサビが不思議そうな顔をして近寄ってくる。


「なんであいつ、大人しく働いてるんだ?」

「魔物に襲われたら、全員で散らすのがルールだろうが。やらなかった奴は違うとこで働くんだよ」

「そりゃおっちゃんが勝手に決めたルールだろ」

「アホか。全ギルド公式ルールだ!」

「あの兄ちゃん、多分ギルド員じゃねーだろ」


 いちいちうるさいクソガキだ。


「どっちでもいいだろうが! 文句があんなら、テメェがその分働け!」

「ヤだよそんなの」


 スサビは胸を軽く揺らしながら面倒そうな顔で肩をすくめて、マナイーターをドサっと放り出した。

 そして、手にした剣でさっさとその尻尾を切り始める。


 マナイーターの尾は、魔力を食えば再生する上に無限に伸びるのだ。

 切り落とした尾は伸びる上に伸縮性があるので、ヒモやゴムがわりに使える。


 もっとも流石に劣化するので、これもストックを貯めておいて損がない。


 あらかた作業を終えた頃には、ヤクモが死なない程度に粘液を絞り終えてフラフラのスライムを逃していた。

 スサビも、切った尾を魔力水を貯めた箱に入れて魔導車の中に運んでいる。


「よし、終わったな」


 プチトレントを草むらに投げこんで、アラガミは両手をパンパンと払った。

 これで少なくとも、人間の怖さを理解した連中は二度と襲おうなどと思わないだろう。


「結構時間食ったし、行くぞ。日が沈むまでには街に入りたいしな」

「元はと言えばおっちゃんが闘衣で遊んでたんだろ」

「それはそれ、これはこれだ」


 魔導車から頭を覗かせたスサビに言い返してから、ふと気づく。

 ヤクモは動き出したが、彼はジッとアラガミの腰を見ていて動かなかったのだ。


「なんだ、街に行かねーのか?」


 声をかけると、コウが首を横に振る。


「いえ、家があるので行きますが……アラガミさんのそのスパナ、魔導具なんですか?」


 質問に質問で返されたアラガミは、魔物を殴りすぎて傷だらけの相棒を軽く手で叩いて答える。


「コイツはただのスパナだよ」

「魔導具は?」

「【魔導の闘衣】や【魔導の武具】の話なら、俺はほっとんど使えねーな。素質ねーからよ」


 あっさり言うと、コウがまた不思議そうな顔をした。


「使えない……?」

「おう。なんかおかしいか?」


 火を起こしたり水を作ったりする生活魔導具やヤクモの捕獲拳銃なら使える。

 だが、複数の魔法を同時に扱うような魔導具は、下位のものであっても扱うのには多少のセンスがいる。


「俺は複数魔法行使に関しちゃ、完全な無才だよ。別に珍しかねーだろ?」


 言うなれば、運動が苦手なのと同じだ。

 走ることは誰にでも出来るが、運動が苦手な奴は速くは走れないのにも似ている。


 魔導士は、言うなれば足が一番速い連中のことだ。

 魔導具操作の適正はそれとは違い、馬の乗り方が上手いようなものである。


 どっちも練習次第で多少マシになるが、アラガミは別にそうなりたいと思っている訳でもないので、それでいいのだ。


「使えないのに、作る……どうして?」


 軽く吹き抜ける風に、コウの前髪が払われた。


 どこか読めない瞳の色。

 アラガミへの疑問のように口にしているが、まるで本当は自分へ向けているような、独白に似た気配を感じる。


 ふと、そういえばコイツは記憶喪失なんだったな、と思い出した。


「コウ」


 声をかけると、彼は目を上げる。

 アラガミは腰に手を当てながら、空を見上げた。


 風に少しだけ涼しさが混じり始めており、今は青い空も後一時間もすれば赤く染まり始めるだろう。

 日が暮れると、街への門が閉まってしまう。




「ーーー作ることを楽しいと思うのに、なんか他の理由が必要か?」




「……!」


 アラガミは自分が一番になりたいのではなく、一番になりたい奴に品質の良い靴や手綱を作るのが好きなのである。


「俺が魔導具を作りてぇと思う、その気持ちが大事なんだよ。自分で使えるかどうかなんてどーでもいい」


 それが自分の芯なのだ。


 記憶喪失、というのがどういうものか、アラガミには分からない。

 もしかしたら、アラガミが思うような『自分の芯』がないような気持ちを、コウは感じているのかもしれない。


 ーーーだがコイツは、魔導具を作る。


 拾われた相手がジャンク屋じゃなくとも、きっとコウは魔導具を作っただろう。

 彼の闘衣を見れば、それはわかりきった事だった。


「世界は広ぇ。俺にゃテメェと違って記憶があるが、まだまだ知らねーこともいっぱいある。テメェと同じようにな」


 目を戻すと、コウが呆然とこちらを見ていた。

 まるで、思いがけもしないことを言われたかのような反応。


 無駄話はこれが最後だ、と思いながら、アラガミは大きく笑みを浮かべた。


「無理やり理由をつけるなら、作ったモンを使った奴が見せる笑顔も好きだ。だが、それは俺の本質じゃねぇ」


 アラガミは右拳を握ってゲンコツを作ると、それを反対の手のひらに叩きつけた。

 その音が気付けになったのか、コウがハッと目をまたたかせた。


「魔導具はよ、複雑なモンになりゃ扱うのも難しいが、優れた魔導具を作るのは同じくらい難しいだろ? ーーーそれが、楽しくて、燃えるんだよ!!」


 無才だから、自分に使えないから、作ることが無意味だなどと思ったことはない。


 『作ること』こそがアラガミの生きがいなのだ。

 そのまま両手を下ろして、コウにのっしのっしと近づく。


「で、いつまで無駄話に付き合わせるつもりだ? さっさと行くっつってんだから、いい加減中に入れや!」

「あ痛ッ!」


 横をすり抜けざまに、アラガミはコウの頭をはたいた。


「乗らなきゃ、このまま置いてくからな!」

「の、乗ります!」


 コウは頭をさすりながら、慌ててアラガミの後を追いかけてきた。

 

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