もうちょっとでオチるな。
コウは、アラガミの差し出した手を取らなかった。
「えっと……」
毛布で体を覆い直しながら、おずおずと言う。
「て、展開が急すぎてついていけな……」
「細けぇ事はどーーーーーでもいいんだよ!! こういうのはカンだ、カン!!」
「うぇ!?」
これほどの才能を逃すわけにはいかない。
アラガミは、ぐぃっとコウの腕を引っ張って無理やり立たせると、魔導具の中身を読み取る『水晶』の前に引っ張っていった。
「これを見ろ!!」
アラガミは空中の文字に触れ、それをコウの【魔導の闘衣】からスサビ用に調整した【魔導の武具】のものに差し替える。
そのままグイッとコウの後頭部を押して、画面を彼に見せつけた。
コウくらい精通していれば、中身だけ見ればどういうものか分かるはずだ。
「いいか、これでビビッと来たら、テメェは俺と一緒に来い!!」
「ご、強引過ぎる……」
そう言いながらも、コウはデータに視線を走らせ……すぐに目を剥いた。
【トツカ】と名付けたその魔導の剣は、アラガミが丹精込めて調整したものだ。
狙い通りのコウの反応に、思わずニンマリする。
「……どうだ?」
「スゲェ……まるでセオリーを無視してるのに、全体で見ると無駄が全然ない……でも、こんなピーキーな魔導の武具、使えるのか……しかも、展開して鎧に?」
「おう。テメェの魔法銀糸製の衣服型と違って黒剛硬鉱製の金属型だ」
それに、『記憶の魔法』と『変化の魔法』で武器と鎧を一つの魔導具にする術式は、アラガミの手によるものではない。
【トツカ】はスサビがボロい状態で元から持っていたもので、術式は編み込まれていた。
アラガミは、鎧を作って改良しただけなのだ。
ーーーだからこそ、コウが欲しい。自ら【魔導の闘衣】の術式を開発したコイツの頭が。
水晶の青い光に照らされて目を見開いているコウの肩を抱き、アラガミはニヤケたまま問いかけた。
「これを、使えるヤツがいるんだよ」
「……本当ですか?」
疑わしげなコウに、アラガミは大きくうなずいた。
「外にいるスサビってクソガキが、さっき持ってた剣がトツカだ」
「スサビ……」
案の定、コウは興味を持った。
エサは出来る限り撒く。
彼が興味を持ちそうなことは、一つ残らず交渉の材料にするのだ。
「コイツがまた中々イイ。どんな装備もすぐに使いこなす」
コウだけでなくスサビもまた、勇者の資質を持っている。
資質を持つ者は1人ではないのだ。
アラガミは彼女の持つ資質『だけ』は認めていた。
今まで出会った資質持ちの中でも、最高にイカした魔導の武具への適応性を持つ女なのだ。
普段はムカつくクソガキでしかないが、それでも捨てず別れず、一緒に旅を続ける理由がそれだった。
ーーー最近は、多少気に入っていなくもないが。
と頭の片隅にチラリと浮かんだ考えを、アラガミは即座にもみ消してコウとの話を続けた。
「他の誰にも使えねーような魔導具でも、あいつだけは使える。めちゃくちゃ技術ぶっこんだ、どんなにぶっ飛んだ代物でもな」
コウとスサビ。
そしてまだ見ぬ世界に散らばる素質持ち。
その中で真に『勇者』の称号を得るのは、勇者の装備身につけられるほどの資質を持った上で身を鍛え、魔王を倒した者だ。
だが、勇者が一人なんて誰が決めたのか。
【勇者の装備】一つしかないから、勇者が一人だというのなら、そのための武器を量産すればいい。
「伝説の装備ってのはな、コウ。俺は使える奴がほぼいないくらいピーキーだが、高い領域で使いこなすことが出来れば破格の安定性と性能を約束する装備のことだ、と思ってる」
前文明は、資質を持つ者の存在を軽視した。
誰でも使える【魔導の闘衣】に主眼を置いて量産した。
だから、たどり着けなかったのだ。
ーーー俺が【勇者の装備】を、必ず、もう一度作る。
そして使わせるために、資質を持つ奴は出来るだけ多く集めるのだ。
「……なぁ、テメェも魔導具作るのが趣味なら、再現してみたくねぇか?」
「え?」
「伝説の【勇者の装備】をよ。そして、それを必要な数だけ、作るんだ」
アラガミは再びそう口にしてグッと拳を握り、こちらを向かせたコウの眼前へ突き出した。
「ひ、必要なだけ……って?」
「もし本当に装備を作り出せたら」
意味が分かっていないらしいコウに、アラガミは言葉を続けた。
「【勇者の装備】を身につけられる連中、全員の分を再現できる。そうすりゃ全員が勇者だ。たった一人で魔王に立ち向かう必要も、勇者より弱い奴と一緒に戦う必要もない」
もしかしたら勇者パーティーと呼ばれる連中は全員、本当は『素質持ち』だったのかもしれない。
ただ、モノがなかっただけで。
もしパーティー全員が勇者の装備を身につけられたら……誰一人としてみたことのない、最強のパーティーが誕生するのだ。
「俺は世界平和だの何だのには興味はねぇ。だが、魔導具作りは面白いーーーそして誰もやったことがない事をするのは、最高に面白いッ!!」
コウに向かって満面の笑みを浮かべてみせると、彼は信じられないものを目にしたような顔をしていた。
「今は、勇者の鎧に絶対に必要な、魔力を生み出す源……【永久の魔導球】がねぇ。だからまずはそれを作るんだ」
今流通するコアを使った魔導の武具や闘衣では、【勇者の装備】足りえない。
現存するコア……パートス・コアと呼ばれるモノは、全開で使用し続けると貯蔵した魔力が枯渇するのだ。
生み出す魔力よりも消費する魔力が多くなってしまって、再充填まで一度武具の稼働が停止する。
それでは全力で魔王と戦い続けることが出来ない。
だから無限の魔力を生み続けるコア……フルス・コアが必要なのだが、それを作り出す工場は、文明崩壊前の戦争と魔王の襲来で軒並み破壊されてしまった。
だからまずは再現。
そして。
「フルス・コアが作れたら、次は【勇者の装備】だ。なぁ、コウ」
アラガミは拳を解いて、そのままコウの肩に手を添えて目を覗き込んだ。
「自分で生み出したそれが使われてるとこが、見たくねぇか?」
「伝説の装備を……作る……」
コウは、ひどく戸惑っていた。
まるで荒唐無稽な話を聞かされたように。
「【勇者の装備】ってのは、世界最高の魔導具だ。より良いものを追い求めるのは、俺やテメェみてーな奴の性だろ」
ーーー自分の手で、最強の魔導武具を作り出すんだ。
そう告げると、コウの瞳が揺れる。
「より良いものを……」
「そうだ」
アラガミは目を逸らさない。
興味があるはずだ。
テメェなら、同じ気持ちを理解出来るはずだ、と。
本当に、コイツが自分と同じ人種ならーーー。
「最高の装備を作って、使えるかもしれねー奴が、世の中にはいっぱいいるんだぜ?」
「……!」
テメェも勇者かもしれねぇ、とは、アラガミは口にしなかった。
「最高のもんを作って、最高の奴らに使われたら、職人としてはそれが一番……」
ドン、と左手で自分の胸を叩いて、はっきりと告げる。
「ーーー魂が震える、最高の瞬間じゃねぇか?」
アラガミの言葉は、コウに届いたようだった。
興奮を感じているのか、目を見開いたコウの口もとが緩みかけている。
そう、そうなるはずだ。
ーーーこれだけの【魔導の闘衣】を、一から作り出すコイツなら。
「トツカにも触ってみてぇだろ?」
エサにかかったコウに、駄目押しのように、さらに意地悪く問いかける。
触ってみたいはずだ。
骨の髄から、魔導具イジリが好きなのならば。
「俺と一緒に来れば、思う存分イジらせてもやっていいぞ?」
そう囁いて、グフフと悪どく笑いながら、アラガミは肩から手を離した。
「ここまで言ってまだ迷うなら、これ以上無理強いはしねぇがな」
コウはぐ、と喉を鳴らしてから、水晶の文字とこちらの顔を交互に見比べる。
やがて彼は諦めたような顔で……しかしそれとは裏腹に、目に強い好奇心を宿しながら言葉を口にした。
「……本当に、触らせてくれます?」
「俺はこういう事に関しては嘘はつかねぇ」
「嘘自体はつくんですね……」
「当たり前だろうが。商売やってたら本音と建前が大事だ」
依頼主に嫌われたらカネが稼げない。
それでは、【勇者の装備】を作り出す旅も続けられないのだ。
アラガミが体を起こして胸を張ると、それでもまだコウは迷う素振りを見せる。
「行ってもいいんですが……その前に俺、やっとく事が……」
コウが何か交換条件を口にしながらも、もう少しでオチかけた時。
「おい、おっちゃん。お楽しみのとこ悪いけどよ」
「あん?」
コンコン、というノック音と共にスサビの声が聞こえた。
いいところを邪魔されて、アラガミは舌打ちする。
後ろを見ると、開けたドアにもたれかかって、呆れたように噂のスサビが立っていた。
「なんだクソガキ。邪魔すんなや」
「だから謝っただろ?」
言って、スサビがふん、と鼻を鳴らした。
「止まってる間に、魔物の群れに囲まれたぜ」
「あん?」
彼女の言葉に、アラガミは眉根を寄せた。
「数は?」
「そこそこ。弱いのばっかだけど」
「しゃーねぇな……」
のそり、と身を起こしたアラガミは調整器に向かった。
その間に、スサビが相変わらずの軽口を放ってくる。
「急げよぉ。トシ食うと動きが鈍くなんのか?」
「デコピンするぞクソガキが。大体、俺のトラックがザコ程度の攻撃で壊れるわけねぇだろうが」
そこそこ強いドラゴンのブレスにすら耐える素材で作っているのだ。
この辺りに出る程度の弱い魔物では傷一つ付けられない。
アラガミは調整器から闘衣を取り出して、コウに放った。
「わぷっ!」
「着て出てこい。勝手に中のモンに触ったらしばき倒すぞ」
そう言い置いて、アラガミは首をゴキリと鳴らした。
腰からデカいスパナ……自分の前腕くらいある長さのそれを引き抜いて、笑みを浮かべる。
「素材集めの時間だ! 俺のお楽しみを邪魔しやがったからな!」