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ーーーテメェが着てるその闘衣、ちょっと俺に見せろ!!!


「お世話になりました」


 数日後、次の街に向かうために準備をしていたアラガミたちの前に現れたのは、ラトゥーとノスだった。


 今日はよく晴れていて、風も涼しい良い日和だ。

 旅立つには最適の日だった。


 深々と頭を下げる2人に、アラガミは積み込みの手を止めてタオルを巻いた頭をガリガリと掻く。


「よせよ。むしろ世話になったのはこっちの方だ」


 ポンポン、と、アラガミが自分の腰を叩くと、上着を脱いで積み込みを手伝っていたヤクモも、額の汗をぬぐいながらうなずいた。


「全くね。足止めされると出費も多くなるし」


 あの後。

 情けなくもスサビに魔導輸送車に運ばれてうんうん唸っていたアラガミに、治療を施してくれたのはラトゥーだった。


 わざわざ魔導車まで足を運び、回復魔法を一日一回、自分にかけてくれたのである。

 その効果は素晴らしく、初日にはどうにか動けるようになり、慢性的な痛みすら消えた腰に凄まじく感動した。


 いずれ、同じ治癒能力を持つ魔導具をどうにかして作ろうと決意したほどだ。

 一度、冗談交じりに一緒に来ないかと誘ったがそれは断られてしまった。


「結局、魔導師にゃならねぇのか? 勿体ねぇ」

「ええ。暇になれば考えますが、今まで勉強してこなかった分を取り戻さないと。街の皆に認めてもらい、父の後を継げるように頑張ります」


 ラトゥーは、少し照れたようにはにかんでみせた。


 自分が同じくらいのトシだった頃に比べて、相当素直だ。

 ツラもいいので、街の人間と関わるようになれば相当モテるに違いない。


 すっかり明るくなったラトゥーは、さらに言葉を続けた。


「それにボクのしたことは、あなた方のして下さったことに比べれば大したことありません」

「そうです。街の地下に巣食っていたマナイーターの退治も、最初の依頼だった夜間常備灯の設置も、この腕輪も」


 ノスがラトゥーの後を引き継ぎ、腕にはまったそれを示す。


 アラガミは、万一【均衡の腕輪】が壊れた時のためにできるだけのストックを作った。

 材料が空になってしまったので、もし残りが少なくなった時のために、作り方と必要な材料を書いた紙も渡してある。


 アルの分も必要だからだ。


「そしてなにより、この街の問題を解決してくれました」


 噛みしめるようにそう告げたノスの顔にも、笑みがあった。


「全部、ラトゥーがいなきゃ二週間は遅れてたとこだ」


 ドラクルアの件にしたって、ラトゥーが最初に助けを求めなければもっと解決が遅れていただろう。

 アラガミがぶっちょヅラで答えるのに、ヤクモが苦笑した。


「最後くらい素直になったらいいのに」

「うるせぇ」

「そういえば、カミュラは?」


 ヤクモに対して唸っていると、ラトゥーが尋ねてくる。


「中にいるよ。人が増えて、ちょっと片付けねぇと窮屈だしな」

「呼んだ?」


 後部ドアが開けっ放しなので、聞こえたのだろう。

 ひょい、と顔を覗かせた黒髪に美貌の少女は、ラトゥーを見て軽く首を傾げた。


「何か用?」

「今まで良くしてくれたんだから、お礼くらい言わせてよ。屋敷の中でははぐらかされたし」


 ラトゥーが言うと、カミュラはドアに手をかけたまま眉根を寄せた。


「別に何もしてないじゃない」

「しばらく顔も見れなくなるし。……家族なんだから、挨拶くらいいいでしょう?」


 カミュラは、母親の死にしばらく凹んでいたが、顔を見せたと思ったらアラガミたちについて街を出る、とノスに告げたらしい。


 彼女の腕にも、【均衡の腕輪】が嵌っている。

 そもそも彼女が吸血鬼になった理由も、ドラクルアが、母親を盾に『吸血鬼化して自分のために働け』と脅したからだった。


「……別に血も繋がってないのに」


 どこか拗ねたような顔で言うカミュラは、別に本心からそう思っているわけではないだろう。

 が、自分たちより遥かに長く生きている割に、ラトゥーの方が大人に見える。


「またね」

「うん、また」


 短くそれだけ言って首を引っ込めたカミュラに、それでもラトゥーは満足そうだった。


 さよなら、ではなく、また、と。

 それが、いずれ戻ってくるかもしれない可能性を感じさせる言葉だから、かもしれなかった。


 ノスが、アラガミに対してまた頭を下げる。


「カミュラを、お願いします」

「カネも貰ったし、面倒くらいはキッチリ見る。だからそんなペコペコ頭下げんじゃねぇよ」


 2人の相手をヤクモに任せてさっさと荷物を積み込んだアラガミは、軽く手だけを上げて運転席に向かった。

 

「じゃーな!」

「また立ち寄ることがあれば」


 ラトゥーとノスは、魔導輸送車が角を折れるまでずっとこちらを見送っていた。


 次は、コウの出迎えだ。

 アルと一緒に最後の夜を過ごして、コウもアラガミたちと共に行く。


「連結する輸送車を一台増やすか、居住スペースを広げるか。どっちか必要だろうな」

「今は材料もおカネもないよ。貯めないと」


 ヤクモがタバコを差し出しながら言うのに、ありがたくそれを受け取ってアラガミは呻いた。


「痛ぇ出費だよな……スサビとカミュラのスペース作るしかしゃーねぇけどよ」

「とりあえずは、貨物スペースで対応するんでしょ?」

「おう。寝るだけなら大して場所も取らねーだろ」


 助手席と運転席はフラットだが寝るには少し狭いし、アラガミ自身は自分の工房スペースでいい。

 大型コアも下ろしたし、この街で受けた荷運び依頼は、嵩張らない高級薬草の輸送だ。


 ヤクモとコウがそちらで寝起きすれば、しばらくはしのげる。


 ジャンク屋にはすぐに着いた。

 2人で降りると、アルが工房で魔導具の修理をしているのを、コウが手伝ってるのが見える。


「おい、準備出来てんのか?」


 声をかけると、コウがこちらを見てうなずいた。


「はい。アル爺と、最後に一緒に仕事がしたかったんです」

「コウは相変わらず熱心よの。ワシが教えることなんかもうほとんどないのにのう」


 すっかり回復した様子のアルが笑い、腕輪をつけた手をこちらに向かって上げる。


 アルは、屋敷に入ることも街中への移住も拒否した。

 代わりに今まで以上に壁外区への手入れを厚くし、やがて結界の中に取り込んで街の一部とすることを、ノスに約束させたのだ。


 そのための手間は惜しまない、と言っており、アラガミは直接相談できるように直通の連絡手段も作ってやった。


 順風耳の魔法『ソナー』を応用した魔導具【風の宝珠】を、お互い以外には聞けないように改良したものだ。


 報酬も支払われるので、アルはこのまま、趣味でジャンク屋を営みながら働くという。


 ーーーいきなり魔導具イジリをする者が居らんようになれば、困る人々もいるだろうしの。


 そう、アルは笑っていた。


「コウ。もしシェルベイルの5人に会えたら、よろしく伝えておくれ」

「はい」


 旅支度を終えたコウは、最後にアルと握手を交わした。


「記憶も戻るといいのう」

「記憶が戻っても、アル爺は俺の家族だよ。……行ってきます」


 コウはヤクモの横に乗り込んで、先に乗っていたこちらに頭を下げた。


「お待たせしました」

「おう」


 アラガミは、こちらに回り込んできたアルに、開けた窓から話しかける。


「情報提供ありがとうよ」

「何か、手かがりが見つかればいいがのう」


 アルは、以前に黒鎧の5人が研究に使っていたという場所を教えてくれた。

 これから、荷物を運びがてらそっちに向かって旅をするのだ。


 この街に立ち寄ったのは、無駄ではなかった。


「達者でな」

「武運を祈っておるよ」


 アラガミが魔導輸送車を走らせ始めると、アルもまた、こちらをいつまでも見送っていた。


※※※


「次の街は近いねー。ここから一週間くらいだってさ」


 街を出てしばらく走ると、ヤクモがメモを取り出してそう言った。


「コウくん、行ったことある?」

「いえ。街から出たことはほとんどなくて」

「カミュラちゃんは?」

「20年前くらいかしら……住んでたところよりは大きな街よ」


 通用口から顔を覗かせたカミュラが、遠い記憶を思い出すようにそう言う。


「って、何よそのカミュラちゃんって」

「おや、お気に召さない?」

「わたし、この中で誰よりも年上なんだけど?」


 気取るのをやめたカミュラは、外見も手伝ってどうにもワガママな子ども感の拭えない少女だった。

 アラガミは、そんなカミュラに鼻を鳴らす。


「母親べったりだったヤツが言っても説得力がねーな。それに、箱入りだったんだろ? 世間知らずさではスサビと大して変わらねーよ」

「失礼なこと言わないでくれる!?」


 こちらの頭を叩こうとカミュラが手を伸ばすが、力を封じられた状態では遅すぎる。

 軽く頭を傾けただけで避けたアラガミは、チラッと彼女に頬を上げて見せてから前に目を戻す。


「〜〜〜ッ! ムカつく!」

「はん」

「っていうか、スサビちゃんは?」

「あの野蛮な女なら、まだ寝てるわよ!」


 八つ当たりのように強い口調で、頬を膨らませたカミュラがヤクモの質問に答えた。

 屋敷の前でいいようにやられた事を、根に持っているらしい。


「どうせすぐ起きてくらァ」


 くくく、とアラガミは笑う。


 荷受けやらなんやらがあるのに起こさなかったのには、ちゃんと理由があるのだ。

 街を出ないと困る事情が。


 そこでちょうど、けたたましい目覚まし音と共に凄まじい振動が炸裂した。


「うぇ!?」

「ば、爆発!?」


 カミュラとコウが驚いた声を上げるのに、ヤクモが助手席のドアに手を添えながらこちらを見た。


「アラガミ……まさか」

「まさか、何だよ?」


 ニヤニヤしたまま問い返すと、カミュラを押しのけるようにして通用口から顔を覗かせたスサビが怒鳴った。


「おっちゃん、オレを殺す気か!?」

「なんだ、避けたのか?」

「当たったっつーの!!」


 顔を見上げると、寝癖頭だが特に怪我をした様子はない。

 もっとも目はシャッキリと冴えており、どうやら試みは成功したようだった。


「言っても初級の振動魔法だからな。食らってたところで別にゲンコツ食らったくらいの効果しかねぇだろ」


 目覚ましに攻撃魔法を備える、と宣言していたのを実行しただけである。

 部屋の中が壊れても困ると思い、ラトゥーと同化したヤクモが術式を知った遠隔操作補助魔法『オペレイト』を教えてもらっての追尾機能付きである。


「目ぇ醒めただろ?」

「ふざけんなよ!」

「だったら素直に音だけで目ェ覚ませや!!」

 

 スサビと言い合っていると、カミュラとコウが戦慄したように顔を見合わせた。


「め、目覚ましに攻撃魔法……」

「ぶっ飛びすぎ……」

「いやー、まさか本当にやるとはね」


 中折れ帽に手を添えて、呆れたように頭を横に振るヤクモに対して口を開いたアラガミは、ふと前方に見えてきたものに気づいて顔をしかめた。


「……最悪だ」

「「「え?」」」

「タールクラウドじゃん」


 こちらの呻きに、三つの疑問の声とスサビの楽しげな声が聞こえる。

 道の頭上に、真っ黒な雲の塊のようなものがいくつもあり、地面が同じ色の黒い液体で染まっていた。


 あの雲は、魔物の一種である。


「クソ、せっかく装甲をノスが手配した掃除屋に拭かせたとこだってのに……!」

「へへん、オレに向かって攻撃魔法なんか打ち込むからバチ当たったんだよ!」

「ウルセェクソガキ、どつき回すぞ!!」


 アラガミが防御結界を展開しながらぬかるみに突入すると、一斉にタールクラウドが黒い液体を吹き出した。


 ドロドロの粘液が防御結界の表面をべったりと染め、フロントガラスに防ぎきれなかった飛沫がかかった。

 本来なら溶解効果のある立派な毒液なのだが、魔導輸送車の装甲は余裕で耐える。


「クソ、最悪だ!」


 掃除に非常に手間のかかる粘液に、とりあえず聖水を吹きかけ風魔法で拭き取っておいた。


 タールクラウドの群れを抜けると、防御結界が黒い粘液を弾き始める。

 すると、ひらけた視界にさらに別のものが出現した。


「うおァ!?」


 上空に展開した魔法陣から、光とともに、真っ白な全身鎧に身を包んだ華奢な誰かが降ってきたのだ。

 慌てて停止魔法を行使するが間に合わず。




 ーーーガン! と音を立てて相手が防御結界にぶつかった。




 そのままゴロゴロと地面を転がって動かなくなり、魔導輸送車も止まる。

 シン、と静まり返る一同の中、スサビがのほほんと口を開いた。


「なんか見覚えのある光景だな……」

「言ってる場合か!」

「あ、生きてるね」


 ピクリと体を動かして、ノロノロと起き上がった相手が、再び光を放つと顔を覆っていた兜が消える。


 現れたのは、全体的に色素の薄い、ショートカットの茶髪に白い肌の少女。

 しかし、顔を起こした彼女はすぐに力尽きたように再び倒れ込んだ。


「っ助けなきゃ!」

「おい!」


 相手がどんな奴かも分からないのに、コウは飛び出していった。

 空いたスペースに飛び降りたスサビは、運転席の足元に置いてあった【トツカ】を拾い上げながら、ニヤッと笑う。


「おっちゃん」

「なんだクソガキ」

「あれのコア、スゲェ魔力の波動だったぜ。コウのとそんな変わらねーくらい」

「何だと!?」


 コウが駆け寄っていく相手にアラガミが目を向けると、スサビも魔導輸送車から飛び降りていった。

 そこで、カミュラも不思議そうにつぶやく。


「今の魔法陣って、転移魔法……?」

「勇者の兜に備わっていて、前文明で人類が優位に立った一因だっていう古代魔法……あの子が使ったのかな?」


 ーーー転移魔法。

 ーーー勇者の兜。


 それらの言葉に、二度、軽く肩を震わせたアラガミは、食い入るように少女を見つめながら魔導輸送車のコアを停止した。


 そのままハシゴを滑るように降りると、コウたちがこちらに目を向ける。


「この子、生きてます。怪我もしてません」

「おっちゃん、最近ツイてるなぁ。やっぱこれ、【魔導の闘衣】だぜ」


 しかも金属製、と肩に【トツカ】をかついだスサビの言葉には答えず、アラガミはズンズンと少女に近づいて、コウを押しのけた。


「おい、目ぇ覚ませ!」

「う……」


 呻いてうっすらと目を開ける華奢な少女に、アラガミは言い放った。




「ーーーテメェが着てるその闘衣、ちょっと俺に見せろ!!!」




End.

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