だから、カッコつけて締まらねーオチつけんなって言っただろうがよ……。
「アル爺」
夜分遅くに訪ねたにも関わらず、アルは起きていた。
ベッドの上で半身を起こした姿勢のまま、窓から月を見上げている。
「コウ。……終わったのかの?」
青年の表情と声音から何かを感じたのか。
こちらを振り向いたアルは、微笑みとともにそう問いかけた。
満月の青い光が差し込んで彼に降り注いでいる様は、どこか一枚の絵画のように感じられる。
独り。
もし仮に題を打つのならこれだろう、と思わせるような様子で、好々爺はこちらを見回した。
「随分と、派手に暴れたの。結界を超えて、途中までここにも魔力の波動が届いておった」
それ以降、魔力を感知出来なくなったのは、【マナブレイク】の影響だろう。
笑みを悪戯っぽいものに変えてアルが続けた言葉は、ヤクモの推理を裏付けるものだった。
「その様子を見るに、もう気づいておるのじゃろう?」
「じゃあ、やっぱり……アル爺が?」
先頭に立っているコウの顔は、アラガミからは見えない。
が、彼を見るアルの瞳が悲しげな色に染まった。
「その問いかけが『この街を最初に訪れた吸血鬼か』という意味ならば、その通りじゃ」
「真祖……」
ノスが、今にも跪きそうな様子で言葉を口にするのに、アルは首を横に振る。
「ワシはの、ノス殿。真祖ではない。……それどころか、吸血鬼としては不完全な存在じゃ」
意味深な返答を受けて、ヤクモが尋ねる。
「ご説明していただけますか?」
「ここまで来て、隠し立てをしようとは思わぬよ。何が聞きたいのじゃ?」
笑みは絶やさないが、それでもひどく気だるそうなアルは、少し動いてベッドのヘリに体を預けた。
ヤクモは、軽く首をかしげてさらに問いかける。
「先ほどの言葉の意味は? 真祖ではなく不完全だ、とおっしゃいましたが」
「そのままの意味じゃよ。ワシは日の光の下を歩ける。流水も怖いことはない。じゃが代わりに、魅了や服従の魔法を行使することは出来ん。そういう、不完全な存在だという意味じゃ」
ヤクモはノスに一度目を向けた。
「ノス。あなたも服従の魔法は使えないのでしょうか? 使わないのではなく?」
「……分かりません。私は、一度もその魔法を使おうと思ったことがないので」
吸血対象を魅了しなかったというノスは、アルの言葉に戸惑っていた。
「本能的に、それを使える感じはしたのですが」
「ワシの魂にも、やり方は刻まれておるよ。じゃが使えぬ。封印ではなく、使う権利を切り離されておる故にな」
権利の喪失は、血を受けた吸血鬼からの断絶を意味するのだと、アルは告げた。
「その代償を大きいと感じるか、小さいと感じるか。それは人によるじゃろうの。しかし、我らが人の意識を保ったままでおるのは、その断絶があるからこそじゃ。そういう風に、作られたからの」
「作られた? ……先ほどからの発言で、あなた自身も望んで吸血鬼になったわけではないことは察せられますが」
「左様」
アルはヤクモの言葉に深く息を吐きながらうなずいた。
彼は、先を話すのに少し間を置いた。
笑みを浮かべつつも眉根にシワが寄っているところを見ると、体調不良が深刻なのかもしれない。
食事を……吸血をしていないのが事実ならば、それは当然だろう。
彼はおそらく、動けないほどに飢えているのだ。
「ワシは、作られた吸血鬼なのじゃよ。……前文明の技術者、今で言う魔導職人によっての」
「魔導職人だと?」
思わずアラガミが声を上げると、アルは頷いた後に、何かを思い出すように目を細めた。
「【勇者の装備】を解析・模倣し、栄華を極めた前文明。ワシは、その栄華が人同士の戦争によって消え去り、魔王の脅威が現れた終末期に生まれたのじゃ」
人類側はまだ技術そのものは生きているが衰退の気配が濃く、誰も彼もが暗く沈んでいたそうだ。
そんな中、権力の中枢に近い魔導職人たちは、栄光を取り戻そうと新たな【魔導の闘衣】を研究していたらしい。
「あの当時はの、そりゃひどい状況じゃった。勇者が失われ、戦争によって人材も失せ、【魔導の闘衣】をまともに扱える者も少なくての」
だから、ワシのような者が生まれたーーーとアルは言うが、さっぱり意味が分からない。
「その話が、どう吸血鬼に繋がるんだ?」
「魔族に対抗できず、人類の版図を奪われることに焦った魔導職人の一部がの、暴走を始めたのじゃよ」
強くとも使える者がいないのなら、使う者を作り出せばいい、と前文明の魔道職人たちは考えたらしい。
性能が良すぎて誰も使えない闘衣を、誰でも扱えるようなものに改良するのではなく。
人の方を、闘衣を纏うための道具へ変える。
「結果として、ワシのように身寄りのない者や、戦災で焼き出された者たちが政府によって捕らえられた」
人の意識を保ったまま、亜人化を行い……魔族に対抗しうる超人を生み出す実験の材料として。
聞くだけで反吐が出そうな話だった。
舌打ちして顔を歪め、アラガミは吐き捨てる。
「……胸糞悪ィな。自分らの無能さを棚に上げて、他人に犠牲を強いたのか」
「おっしゃる通りじゃの、アラガミ殿。しかし、この話には続きがあるのじゃよ」
職人たちの中には、ある意味でさらに狂った者たちがいた、と。
「他人ではなく、自分を材料とした5人。彼らは【勇者の装備】と同等の闘衣を纏うことに成功し、その力で非道な同胞たちを粛清した」
アルは、その時に救われた1人なのだという。
彼は指を立てると、その指で闘衣を纏うコウを指差した。
「今では【魔導の闘衣】そのものを指す言葉になっているがの。その呼称は、本来ならば彼ら5人を示す言葉じゃった」
「そいつらの闘衣が、今に伝わる闘衣の元になったってことか?」
「ある意味ではの。彼らは、誰でも使える闘衣も開発していた。それが雛形となったのは間違いないじゃろう」
その5人の出現により、人類は一時優勢を取り戻したのだという。
「彼らは賛同者の協力も得て、魔王軍を押し返していった」
それは、昔習わされた歴史で聞いたことのない話だ。
アラガミは、ガリガリと頭を掻く。
自分が作ろうとしているものを、同じように作り出した人々がいたというのだ。
しかも彼らは成功した。
アラガミは、なんとなく悔しいような、あるいは歯がゆいような気分を感じていた。
その5人が【魔導の闘衣】ではなく【勇者の装備】を作り出したのならーーー話の中の人々は、自分の先駆者、ということになる。
「なぜ、そいつらの話が伝わってねぇんだ?」
「彼らは、権力の中枢にしてみればほとんど反逆者じゃったからの。活躍は黙殺され、手柄だけは時の権力者のもの。そんな状況を、特に栄誉も求めていなかった彼らは気にもしておらなんだが」
おそらくは、アルもその連中の賛同者として戦ったのだろう。
懐かしそうな語り口は、明らかに知り合いのそれに対するものだった。
「黒き鎧を身に纏った彼らは、ついに魔王と相対するところまで敵の懐深くに食い込んだ。じゃが、決して勇者とは呼ばれなんだ」
人のために生き、まぎれもなく救うために行動していた者たち。
『彼ら』の名を、ようやく、アルは口にした。
「勇者に代わる彼らの呼び名こそがーーー【黒の装殻】じゃった」
黒の装殻。
光の魔法を扱う魔導具にとって、最適な色をした鎧を纏う者たちの話とその名を、アラガミはしっかりと頭に刻み込む。
その話が真実ならば、それはアラガミが……あるいは、コウやスサビが目指すべき姿の一つ、と感じられたからだ。
「そいつらは、今どうしてるんだ?」
「さての。亜人どもの軍勢を押し返していた彼らは、魔王と対峙し、そして消えた」
他に誰も連れて行かず、5人だけで最終決戦に臨んだのだと。
「結果は誰にも分からず、魔王は健在じゃと言われておる。ワシは一度救われたが、庇護してくれた彼らが消えた時に、他の者たちからの迫害を恐れて逃げたのじゃ」
臆病者だったでな、とアルは我が身を笑ったが。
本当に臆病だったなら、英雄についていって戦おうとはしなかっただろう。
そして、正体を知られないように静かにフラフラしている内に、やがてこの街にたどり着いたのだと。
「ワシはの、アラガミ殿。血を分けてもらう代わりに、彼らの真似事をしていたに過ぎぬ。街の者たちはそんなワシに感謝し、さらに受け入れてもくれた」
アラガミは、彼の表情から話が終わりに近づいていると感じた。
自分の胸に手を当てたアルは、どこかスッキリとしたような顔をしている。
「じゃからワシは、ここを終の住処にしようと決めたのじゃ。……いずれこの関係が破綻した時には、そのまま責任を追って消えることを自らの魂に誓っての」
それが、今なのだと。
「アル爺さん。あんたに、どんな責任があるってんだ?」
「ドラクルアは、ワシの眷属じゃ。ワシが領主を吸血鬼になどしなければ、今回のような悲劇は起こらなかったじゃろう」
それは確かに、そうかもしれないが。
「ならなぜ、領主を吸血鬼なんかにしたんだ。アドバイスするだけでいいんじゃないのか」
「一方的な関係を望んでいたわけではないからじゃよ。あの当時、もしワシを街の者たちが何かの理由で恐れたとしても、ワシを殺す術はなかった」
だから、疎ましくなった時に自分を殺せるように力を与えた、と。
目の前の老人は、どこまでも他人本位だった。
誰よりも、目の前の彼自身が、自分を疎ましく思っているのかもしれない。
アルが飢えているのは、血を提供してくれるジャンク屋家族が消えた、ということだけが理由なのではなく、彼自身が、死を望んでいるのだ。
単に提供者がいないだけなのならば、他の者に自分の正体を明かして血を求めればいい。
あるいは、領主であるノスに、新たな提供者を差し出させればよかったのだから。
「かつて彼らの手伝いをしていたワシはの、コウ。お前を見つけた時に確信したのじゃ」
自分の話を終えたアルは、勇者の素質を持つ記憶喪失の青年を優しい目で見つめていた。
「……お前の持つコアは、彼らのものと同等。彼らは生きていて、今もなお、戦っているのではないかと……そう、思わせてくれるほどに、似ていたのじゃ」
「俺の持っていた、コアが……?」
「左様。限りなく【永遠の魔導球】に近いそのコアは、お前が彼らの系譜を継ぐ者であることの証明に思えた」
ゆえに、アルはコウを拾い、【魔導の闘衣】を仕立てさせたらしい。
いずれコウが旅立つことを疑ってもいなかった、と。
「それまで稽古もつけてやれれば良かったが、さて、ワシはさほど優秀ではなかったでな。アラガミ殿らが現れてくれて助かったというべきかのう……征くといい」
こちらから目をそらし、アルは再び月を見上げた。
彼の生きていた遥か過去から、変わりなくそこにあるものを。
「お前なら、きっといずれ、魔王を倒すこともできるじゃろう」
「テメェはどうすんだよ、爺さん」
「言うたじゃろう? もう、他人の好意にすがることは出来ぬ。迷惑をかけてしまったゆえな」
「アル爺……」
もともと口下手な青年だ。
死を決心した相手に、どう声をかけていいかも分からないのだろう。
だが、それでもアルを大切に思うのなら、コウ自身が説得しなければならない。
彼の背中をポン、と叩いたアラガミは、ムダと思いながら言葉を続ける。
「だったら、俺らと一緒に来りゃいい。街から出るだけでもいいだろう」
「コウが今に至った時に、ワシの役目は終わったのじゃ、アラガミ殿」
ーーーこのまま生きていては、枷になろう。
アルはそれきり口をつぐんだ。
やはり、アルの心に言葉を届かせることが出来るのは、コウだけだ。
しかし青年は口を開かない。
すると、黙っていられなくなったのか、ノスが次に話し始めた。
「真祖。私は若輩です。まだ、あなたの力を必要としています」
「ワシは大したことをしておったわけではない。今はお前が領主じゃ。人に命を分け与えてもらわねば生きられぬ生活にも、疲れたでの。そろそろ休みたい」
ーーー領主を継ぐ者として、今度はノス殿が人を育てるといい……そう言って、アルはこちらに目を向けなかった。
ノスは俯いてしまい、アラガミはガリガリと頭を掻いて今度はコウに話しかける。
「コウ。テメェはそれでいいのか?」
「……アル爺が、そう決めたんなら」
アラガミを見上げたコウは、まるで幼子だった。
口にするのと真逆の感情を抱いているのに、親に嫌われたくなくて何も言えない。
そんな様子に、思わず引っ叩きたくなった。
ーーーどいつもこいつも、ただ素直になりゃいいだけだってのによ!!
「ああもう、クソ! ふざけんなよ、爺さん!!」
アラガミは、また短気を起こした。
まだるっこしいのは昔から嫌いなのである。
「コウはテメェに生きて欲しいと思ってんだよ! ノスも爺さんを必要としてるじゃねぇか! こいつらのために生きてやってもいいと思えねぇのかよ!?」
「……アラガミ殿」
アラガミが怒鳴ると、アルは目だけはこちらに向けた。
少し困った顔をしているが、知ったことではない。
ノスの腕輪を指差し、アラガミはさらに吼える。
「人に牙を立てるのが申し訳ねぇってだけの理由なら! そいつを俺がいくらも作ってやんよ! この腕輪はな!!」
【均衡の腕輪】に関する説明をすると、アルは驚いたように目を見開いた。
「そんなものが……?」
「別に大したもんじゃねーだろ!! 爺さん!! 罪だの迷惑だのと言って、自分がくれてやったモンに感謝してる連中の気持ちから逃げんな!!」
「……いやおっちゃんがそれ言うか?」
それまで黙っていたスサビがこんな時だけ茶々を入れてくるが無視する。
後でシバけばいい。
だがアルは、アラガミの言葉よりも、腕輪の方が気になるようだった。
「吸血せずに済む腕輪……アラガミ殿。ワシもジャンク屋じゃ。そんなものを作り出せるとは、一体、何者じゃ?」
アラガミは、ふん、と鼻を鳴らして腕を組んだ。
「俺は、ただの通りすがりのジャンク屋だよ!! 【勇者の装備】を作りてぇと思ってるだけのな!!」
「【勇者の装備】を……?」
ポカンとした後に、アルはこみ上げる笑いをこらえるように、口元を震わせた。
「なるほどのう……」
「何がおかしいんだよ!?」
「いや、昔、同じ言葉を聞いたと思っての」
なぜかアラガミを見て、尊敬を浮かべた目をしたアルに、居心地の悪さを感じた。
別に、誰かを助けようと思ってそれを作ることを志したわけではない。
最初は、うじうじと暗い奴らに対する反骨心と好奇心から始まったことだ。
アラガミが言葉に詰まると、再びヤクモが口を開いた。
「アルさん。贖罪という意味なら、これからもノスを助けて街に平穏を取り戻すのもあなたが罪と感じている感情を注ぐ手段になる」
スサビを除き、アルを説得しようとしている者たちの中で、唯一冷静な彼は、指先で唇に触れながら理路整然と言った。
「まして人を育てろと言うなら、あなたもそれに手を貸してはどうだろう。コウくんに慕われ、ノスまで続く歴代領主を助けてきたあなたの手腕に、疑いはない」
そこでヤクモは、軽く微笑みを浮かべて、アラガミとは逆側に、コウを挟んで立った。
「……そして彼が、魔王を退治して戻ってくる日まで、待ってあげて欲しい」
自分のことを口にされたコウが、弾けるように顔を上げる。
「俺が、魔王を……?」
「そうだよ。【勇者の装備】を作るのがアラガミの目的なら、それを使う場も必要だ。最後に倒すべき相手が魔王なら、つまり闘衣を纏える君たちは、魔王と戦うことになる」
ヤクモは柔らかな口調で言いながら、コウを見て彼の肩に手を乗せた。
「君も、もう少し素直になろう。……守るべき者がいるから、戦える。君はそういうタイプに見えるからね」
コウはなよっちいが、それは優しさの裏返しだ。
激情も、遠慮も。
アル同様に、それは他人を想う気持ちに根ざしている。
コウは、深く息を吸い込んだ。
ようやく決心したようで、表情を引き締めてアルを見る。
「……アル爺。これは、俺のワガママかもしれないけど」
コウは、恐る恐る、アルに歩み寄った。
真祖と呼ばれた吸血鬼はそれを拒否しようとせず、話し始めたコウの顔を見返している。
「俺は、アル爺に……死んでほしく、ないんだ。アル爺が、魔王を倒すことを望むなら……きっと、期待に、応えてみせるから。だから」
それは、初めてコウがアルに対して口にした本心なのかもしれなかった。
ベッドのそばにたどり着くと、膝を床につき、アルを見上げる。
つたなくつっかえながらも、彼はきっちり、自分の気持ちを大切な相手に対して口にした。
「生きていてくれよ……アル爺は、たった1人だけ残った、俺の大切な、家族なんだよ」
アルはしばらく無言だったが、やがてコウを見つめたまま、じわりと瞳を潤ませた。
「ワシのような者を、まだ、必要としてくれるのか」
「アル爺の正体がなんだって、俺にとってアル爺はアル爺だ」
「私もお願いいたします、真祖」
彼の来歴を知ってなお、ノスもそう口にして、深く頭を下げる。
「あなたがどう思おうと。私はまだ、この街にはあなたが必要だと感じているのです」
アルは、小さく首を横に振った後に、何かを噛みしめるように目を閉じて……ポツリとつぶやく。
「アラガミ殿」
「おう」
「腕輪を、いただいてもよろしいかのう?」
「最初っからそう言ってんだろ」
内心ホッとしながら、アラガミは早口に告げる。
「どうせ、この街の地下にいるネズミどもの退治もまだ終わってねーしな。明日にでも、ちょちょいと作ってやるよ」
「……深く、感謝する」
「別に礼を言われるようなこっちゃねーよ」
アラガミはぶっちょヅラのまま、ヤクモとスサビに『行くぞ』と告げて、とっととその場を後にした。
※※※
「感謝は素直に受け取れ、ねぇ」
「うるせぇ!!」
帰り道でニヤニヤと笑うスサビの後頭部を、アラガミはスパン! とはたいた。
「痛ってーな! 何すんだよ!」
「シバかれたくなきゃ、その減らず口を閉じろクソガキが!」
ぎゃんぎゃんと言い合っていると、横でヤクモが自分の肩を自分で揉みながら首を回す。
「あー、終わった終わった。一件落着ってとこだねー」
古馴染みの言う通り、あらかた片は付いた。
仕事はまだ少し残っているが、手間がかかるだけで急ぎの用事ではない。
「腕輪だけは、さっさと作らねーとな!」
説得しました、その前に死にました、では困るのである。
もう夜も遅いが、とりあえずこれから徹夜で……と思いつつ、戦闘やらなんやらで強張った背筋を大きく伸ばすと。
ーーー腰の辺りで、グキリ、と嫌な音が鳴った。
「うぐっ!?」
「どうした? おっちゃん」
スサビの問いかけに、アラガミはダラダラと冷や汗を流しながら呻いた。
「ヤベェ」
「何が?」
「まさか、アラガミ……」
「……ぎっくり腰だ」
全くこの姿勢から動けない。
吸血鬼から二発もらったのは、やっぱり無茶だったらしい。
「ホント、なんかアラガミはアラガミだねー」
少し黙った後に、ヤクモが苦笑しながら中折れ帽に手を添え。
「だから、カッコつけて締まらねーオチつけんなって言っただろうがよ……」
スサビが、呆れた顔で腰に手を当てながら、そう言った。