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真祖の、正体は。


「ほ、本当ですか!?」


 ヤクモの発言に、ノスが食いつくように反応した。

 が、アラガミはその話を一度遮る。


「とりあえず後にしろよ。カミュラの治療が先だろ」

「うん」

「あ、そうですね……」


 アラガミは、カミュラを抱え上げた。


 小柄で軽い体は、先ほどスサビと死闘を繰り広げていたとは思えないほどに華奢だ。


 屋敷の中に運び込むと、操られたエリーとコウが随分と派手に暴れたようで部屋がいくつか壊滅していたが、大部分は無事だった。


 カミュラに包帯を巻いてベッドに寝かせた後に、アラガミたちは食堂に場所を移す。


「さて。じゃ、順番に説明していこうかな」


 ヤクモは椅子に座った面々を前に、ピ、と指を立てた。


「アラガミもカミュラと対峙して感じてたみたいだけど、僕もこの件には違和感を感じていたんだ」


 コウの事情、ノスの事情、そして領主一家の事情。

 それらを重ね合わせた時に、どうしてもそぐわない一つがあった、と。


「それが、コウくんの家族の惨殺だ」


 ヤクモが淡々と告げた言葉に、コウがグッと拳を握りしめる。

 最初に殺された少女は、エリーが殺した、と明言されていたが。


「結局コウの家族を殺した犯人は、あのクソジジイだったのか?」

「だと、僕は思うけど。それは少し置いておこう。今は殺された少女の話がしたい」


 小さく頭を横に振ったヤクモは、話を戻した。


「なぜ少女は殺されたのか。その理由が、ドラクルアの真祖に対する敵対の狼煙だったんだと僕は思う」


 約束をわざと破ることで、もうお前に従うつもりはない、と宣戦布告したのだと。


「同時に、ノスが吸血していた彼女を殺すことで、仲が良かったカミュラの敵愾心も煽ったんだろうね。ノスは領主だけど、屋敷の中では新参だ」


 最初から事情のあるノスを利用するつもりだったドラクルアにしてみれば、彼がコウを誘う動きをした時点で、裏切りを察してもおかしくはない。


 ノスとエリー、それにカミュラを殺させ、自分は逃げる。

 その時にヒントでも口にすれば、アラガミらの矛先が真祖のほうに向かうとでも考えたのかもしれない。


「あるいは単純に、真祖が上手く動かしていたものを潰したいと思ったのかもね」

「吸血鬼の事情か……」


 元来寿命がないと言われる種族だ。


「そりゃまぁ、誰も死にたかねぇだろうしな」

「生きるのに飽かない者ならば、運命に唯々諾々と従いたくはないだろうね。だからこそ、真祖は生きる期間を三代までとしたのかも」


 それは、長寿の人間の寿命に等しい長さだ。

 アラガミは腕を組み、うーむ、と唸った。


 真祖は、本当によく人間のことを考えているのかもしれない。


「人と同じ寿命、か。それを承知で領主になるんだよな……」

「まぁ、代を重ねれば、ドラクルアのように強い精神を持っていて、命を惜しむ奴が現れても不思議じゃない。吸血鬼になるとメンタリティが変化する、という仮説そのものも間違っている気がする」


 言われてみれば、たしかに。

 ノスもカミュラも、おそらくはエリーも、吸血鬼化する前から特に性格は変わっていなさそうだった。


「つまり、ドラクルアは最初からクソ野郎だったってことか」

「長く生きるうちに傲慢になった可能性もあるけどね。領主だった時は善政を敷いていたんだろう?」

「ええ。記録上では」


 ノスがうなずき、ラトゥーが難しい顔をした。


「吸血鬼だから、残虐、というわけではないのは……お父さんやカミュラを見ていても分かります」

「そうだね、だからこそ、コウくんの家族の惨殺が浮く。まして少女が殺されてから間を置かずに、だ」

「ドラクルアの性格ならやっておかしかねぇんだろ?」

「自分に刃向かう奴を、わざわざ増やしたい性格には見えなかったでしょ? だから、そこには意図がある」


 ヤクモは言いながら、コウを見た。


「コウくん。自分の家族が見せしめのように殺される理由に、心当たりはある?」

「ありません」


 即答だった。

 しかしそんなコウの返事に、ヤクモはあっさりとうなずく。


「そうだろうね。では、一つだけ確認だ。……君を拾ったのは、家族の中の誰だった?」

「それは……最初に俺を見つけたのは、アル爺だったと聞いてますけど」

「コアを良いものだと言ったのは?」

「それは親父さんです」


 コウは質問の意味が掴めないのか、戸惑った顔をしていたが、ふと、何かを思い出したような顔をする。


「でもその話をする前に、アル爺がコアを見て微笑んでいました。確か、俺がそれに気づいて、そしたら、親父さんが……」

「良いものだ、と言ったんだね?」


 念を押すヤクモに、コウは何か嫌な予感を覚えているのか、返事をためらった。

 しかし、古馴染みは構わずに先に話を進める。


「吸血鬼は、名に縛られる、と、僕は言ったね」


 おそらくは。

 この場にいる全員が、もうヤクモの言わんとすることを察していた。


 だが、誰も話を遮ろうとはせず、彼の顔を見つめている。


「アナグラムであれば偽名を名乗れる、とも。ノス。この街に現れた最初の吸血鬼の名は知っている?」

「確か……ダルアーク、です」

吸血鬼(ヴァンパイア)の名の縛り。おそらく最初の吸血鬼の名前の綴りはDaliarcだろうね。この文字列でアナグラムした名を持つ人物を、僕は1人知っている」

「嘘だ……」


 アラガミがチラリと見ると、コウの手が震え、額に脂汗が滲んでいた。

 顔が、ヤクモが口にする結末を聞きたくないと全力で拒否している。


 ヤクモは静かにコウを見つめてから、中折れ帽を深くかぶるように手を添えて、顔を伏せた。


「この街を救い、領主に手紙を出していた人物。壁外区に住み、惨殺された家族と関わりのある人物……」


 少女殺害による宣戦布告からの、殺される理由のない家族の惨殺事件。

 それの意味するところを、ヤクモはきちんと口にした。


「コウくん以外のジャンク屋家族の生き残りーーーアル・カードが、おそらくは真祖と呼ばれた吸血鬼だ」


※※※


「嘘だッ!!」


 ガン、と長テーブルを拳で打ち付けてから、コウが立ち上がった。


「なんでアル爺が!」

「事実を線で繋ぐと、その可能性が最も濃い。君は記憶喪失だ。アルさんがいつからこの街にいて、本当にジャンク屋家族と血が繋がっていたのか、それを知らないだろう?」


 ヤクモを睨みつけるコウに、ノスは青ざめた顔をして2人の顔を交互に見た。


「あの老人が……」


 ラトゥーは、直接の面識がないからか、コウの豹変に戸惑っている。

 アラガミ自身はスサビと目を見交わし、危険な様子になれば止めようと軽く腰を浮かした。


「アルさんの体調不良はいつからだい? 僕は、おそらくは血液の提供者だった家族を殺されてから……つまりジャンク屋家族が殺されてから、だと思うんだけど」

「ッ家族を殺されたら、誰だって辛くて当たり前だろう!!」


 コウは、ヤクモに掴みかかり、怒りの表情で襟首を締め上げた。


「それだけでお前は、アル爺が全ての元凶だって言うのか! 皆が殺された原因だって!!」

「コウくん」


 掴みかかられながらも、ヤクモの表情は動かなかった。

 そっとコウの腕に手を添えて、彼は冷静に、少し悲しげに言う。


「忘れてはいけない。アルさんは望んでこの街にとどまった訳じゃない。最初彼は、この街を救ったんだ。……原因があるとすれば、その好意にすがった街の人々と、彼に逆らおうとしたドラクルアだ」


 コウは、しばらくブルブルと肩を震わせていたが……やがて、力を抜いて肩を落とす。


「……俺の、最後に残った家族、なんだ」


 コウの声は震えていた。


「分かってる。アルさんが真祖で吸血鬼だからといって、君の家族だという事実に変わりはない。彼にもらった、君が街を離れたくないと思うくらいにくれた優しさも、嘘じゃない」


 ヤクモは、彼の肩をポンと叩く。

 青年はただ涙だけを流して、嗚咽も上げずに泣いていた。


「こうなることは必然だったとは言わないけれど。それでもアルさんは、責任を取ろうとしている。……吸血鬼が吸血をしないのは、緩やかな自殺だ」


 吸血しなければ、生命力が枯渇して死に至る。

 アルは、そんな状況にあるのだろう。


 アラガミは、頭を掻きながらコウに言葉を投げた。


「行くぞ、コウ」

「……?」


 言われた意味が分からなかったのか、黙っている彼に、アラガミは舌打ちした。


「アル爺さんが自殺しようとしてるってんなら、止めるのはテメェの役目だろ。……家族ならよ」

「!……はい!」


 アラガミたちは、そのままカミュラをラトゥーに任せて、アルの元へと向かった。

 



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