一発自分でぶん殴らなきゃ、気が済まねぇ。
「コウ、スサビ」
「はい!」
「あいよ」
アラガミの呼びかけに、2人が臨戦態勢を取った。
ドラクルアがスゥ、と前に腕を伸ばすと、彼の周りに先ほどエリーが扱っていたものの倍量、8つの鬼火が現れる。
しかしアラガミが告げたのは、まるで逆のことだった。
「俺1人でやる。テメェらはヤクモたちを守れ」
「1人で……?」
「おっちゃん、そりゃ無茶じゃね?」
戸惑うコウと、強敵を前に引く気のないスサビ。
分かりきった反応だったが、アラガミはさらに言葉を重ねる。
「あの野郎は一発、絶対に自分でぶん殴らなきゃ気が済まねぇ。引っ込んでろ」
アラガミが睨み付けると、コウは少し躊躇った後に素直に従って後ろに下がったが……スサビは、肩に剣を担いだまま、自らが纏う【スサノイクス】を解いて獣人形態になった。
こちらを見る彼女の口元には、不敵な笑みが浮かんでいる。
「……おい」
「アレ、使うんだろ? でもオレは、まだ暴れ足んねーの。こっちは勝手にやるからおっちゃんも勝手にやれよ」
アラガミは、憎まれ口の減らないお節介なスサビに舌打ちした。
子どもに心配されるほど、歳食っちゃいないつもりだ。
が、これ以上言い合いをしていても仕方がなかった。
「好きにしろや。ケガしてビービー泣くんじゃねーぞ、クソガキ」
「おっちゃんこそ、カッコつけるだけつけて締まらねーオチまでつけんなよ?」
ゴン、とスサビと拳を打ち合わせてから……アラガミは、合図もせずに走り出した。
「消えよ。身の程を知らぬ者よ」
「そりゃどっちの事だろうなァ!?」
ドラクルアの言葉と共に鬼火が動き始めるのを見て、アラガミは腰の【マナブレイク】を起動する。
ピィン、と澄んだ音が広がり、効果範囲に入った鬼火が一気に消滅した。
あの鬼火の正体は、おそらく火と闇の複合魔法である。
しかしこの魔導具は、魔法そのものの名前やどんな魔法を使っているかが分からなくとも、魔力を供給し、操り続けなければならない類のものであれば効くのだ。
「む……?」
鬼火のついでに手の中にあった闇色の剣も消え、ピクリと眉を動かしたドラクルアに、アラガミは勢いを弱めないまま突っ込んだ。
「ただの魔法で、俺の魔導具に勝てると思うなよロートルが!」
スパナを思いっきり叩きつけると、ドラクルアは羽を一枚前に出してそれを防いだ。
【マナブレイク】は、身体変化系の魔法については発動後だと効果がないのだ。
特に吸血鬼の羽は、スサビの獣人形態同様に発現そのものには魔力を使うが、成りきってしまえばそちらも本来相手に備わる肉体である。
ドラクルアは、アラガミの言葉に目を細めた。
「外見に関しては、老人の姿を取っているに過ぎぬ」
「どっちにしたって長ぇこと生きてんだろ!? 頭ん中がボケてるしよ!」
老吸血鬼は、さすがに【マナブレイク】を取り出して直接押し付けられるほどの隙は見せなかった。
別の羽が、こちらを切り裂くように動き始めるのが視界の隅に映り、アラガミは大きく腰を落として頭を下げる。
髪を数本薙ぎ切りながら、羽が頭上を通過した直後。
「せぇりゃぁ!」
横から回り込んだスサビが、ドラクルアを下から長剣で斬り上げた。
それも羽で防がれる、が。
「トツカァ! 〝伸びろ〟!!」
スサビの掛け声で、ギュルリ、と刃の先が変化し、蛇のようにうねりながらドラクルアの顔面を狙った。
本来、彼女の肉体の一部である【トツカ】は、魔力的に彼女と繋がっているゆえに、魔力の解放を遮断する領域内でも一部の魔法が行使出来る。
彼女が【スサノイクス】を解いたのは、単純に【マナブレイク】の効果範囲内では鎧が『重くなる』からである。
アラガミの足したダマスカス鋼製の鎧に付随する、筋力強化魔法や加速魔法が行使出来なくなるので、その分動きが鈍るのだ。
「……ッ小賢しい」
ドラクルアは、首を傾けて避けた。
しかし頬に一筋傷を入れられ、不快そうに表情を歪める。
老吸血鬼は背後に向けて体を捻りながら、左拳でスサビの頬を張り飛ばした。
そこに、隙が出来る。
「おるァ!!」
間髪入れずにドラクルアのふところに潜り込み、アラガミはスパナを振るった。
それを、体に染み付いた動きのまま飛んで避けようとした老吸血鬼の飛翔魔法は、発動しない。
紫色した魔力の余波が、ゆらっと体から立ち上って消えた。
そのままアラガミのスパナは敵の胸元に突き刺さったが……鋼鉄のような感触を感じた直後に、手からすっぽ抜ける。
ーーー硬ぇなクソが!!
こっちが攻撃したはずなのに逆に手に痺れを感じながら、アラガミはそれでもグッと踏ん張って今度は左フックを放った。
「……散れ」
しかし追撃はあっさり避けられ、ドラクルアが指先を揃えてこちらに刺突を放とうとするのが見える。
その腕に、まだ動きを止めていなかった【トツカ】が巻きついた。
大きく仰け反り、張られた頬が早くも腫れ始めているスサビが、顔を上げてニィッと笑う。
「ざぁんねんでしたァ!」
「雑魚が……!」
ーーーその雑魚に、テメェはやられんだよ!!
結局スサビに助けられた。
腰に手を伸ばしたアラガミは【マナブレイク】を引き抜くと、強く握り込む。
そして約束通りに、一発。
「ずぅうううりゃぁああああああッ!!」
ドラクルアの頭に、アラガミは渾身のアッパーを叩き込んだ。
完璧に顎先を捉えた拳が、メキィ、と骨にヒビが入るような硬さを感じる。
だが、魔導具の効果によって身体強化魔法が遮断され、顎はすぐに人体の骨程度の柔らかさになった。
「ーーーっらァ!!」
アラガミが拳を突き抜くと、弾け飛ぶようにドラクルアが天を仰ぐ。
同時に、アラガミは脇腹に爆発のような重い衝撃を感じた。
「ごぼッ!」
身体強化魔法が切れるギリギリのタイミングで、ドラクルアが一撃を放ったのだ。
先ほどのカミュラのようにアラガミ自身も吹き飛ぶが、【倍返しの腹巻き】はきちんと相手に手痛いしっぺ返しを加える。
「ガァッ……!?」
自分の一撃を倍の威力で食らったドラクルアの姿……は、アラガミには見えない。
「おっちゃんに、何しやがる!!」
スサビの声を聞きながらゴロゴロと地面を転がり、勢いが止まったところで、なんとか目を向けた。
「〜〜ッ!」
息ができないまま、かすむ視界に映ったのは……脇腹から奇妙にへしゃげたように傾いたドラクルア。
と、その胸元に伸びる、背中の方から突き抜けた【トツカ】の刃。
紫の血に濡れたそれがーーー吸血鬼の急所を、貫いていた。
※※※
ドラクルアが、奇妙な姿勢のままゴボリ、と血を吐いた。
「このような……下らぬ連中に……!」
「そうやって、人様をナメてっから、こうなるんだよ」
痛む首と腹を押さえながら、アラガミは膝が震えそうなのをこらえて立ち上がった。
やせ我慢しながら、へっ、と鼻で笑う。
チラリと地面に転がったカミュラに目を向けてから、アラガミは聞こえよがしに言った。
「道具は、大事にするもんだ。そして、仲間は……ゴホッ……それ以上に、大事にするべき、もんなんだよ!」
アラガミがタンカを切る間に、ヤクモが倒れた少女に近づき、様子を確かめてからこちらにうなずきかけて来る。
まだ生きているらしい。
アラガミの言葉に、ドラクルアは忌々しそうに口元を歪めた。
「崇高なる我に、並び立つ者なし……」
「はん。近くにいる奴を操り人形にしなきゃ安心出来ねー臆病者のセリフじゃねぇな」
もしスサビがいなければ、アラガミはドラクルアにやられていた可能性のほうが高かっただろう。
そして仮にカミュラやエリーが心からドラクルアの味方なら、自分たちは勝てなかったかもしれない。
「ジジイ。テメェは無様なマネをしなきゃ、今もって平和に過ごせていたかもしれねぇもんを、自分の手で破壊したんだ」
トツカに貫かれた胸元から、灰になっていくドラクルアは、アラガミの言葉を鼻で笑った。
「平和、だと……? 死を……座して受け入れることを、平和と言うか。笑止千万」
「あん?」
「真祖の話じゃない?」
意味が分からなかったアラガミに、答えたのはヤクモだった。
スサビは、長剣で貫いた相手が妙なマネをすれば即座に灰に帰そうとしているのか、柄から手を離さずに冷たい目でジッと見据えている。
「あぁ……」
アラガミは、素で忘れていた。
領主となった吸血鬼は、三代程度の間にこの街に最初に現れた吸血鬼に殺されるのだ、とノスが語っていたことを。
「さっき言ってた僕らが『駒』っていうのは、もしかして真祖を殺すための駒だったのかな?」
アラガミは、その言葉の意味を少し考えた。
つまり、ドラクルアは自分が真祖に殺されるのが嫌で、ノスの行動で現れた自分たちを利用し、真祖に対してけしかけようとしていた、ということだろう。
「エリーを殺しておきながら自分は死にたくねぇって、ワガママなジジイだな」
「ドラクルア。あなたは、真祖が誰なのか知っているのかい?」
ヤクモの問いかけに、最早体の半分以上が灰と化して消滅しかけているドラクルアが、嘲笑を浮かべた。
「我が、貴様らに答えてやる義理などなかろう……」
そのまま、灰化が顔まで進行して消え去るその瞬間まで笑みを浮かべ続け。
老吸血鬼は、呆気なく消滅した。
「……最後の最後まで、嫌な野郎だな、オイ」
「それに関しちゃ、おっちゃんに同感だ」
【トツカ】を肩に担いだスサビがうなずき、ノスに肩を借りたラトゥーがカミュラに近づく。
「生きて、ますか?」
「意識はないけどねー。このままだとさすがにヤバそうだ」
アラガミもようやく呼吸が整って痛みが引いてきたので、歩み寄る。
カミュラの首のケガは、吸血鬼同士のものだからか、塞がる様子がない。
人間なら即死だろうケガでも生きているのは、吸血鬼だからだろうが、それでもおびただしい量の血が流れている。
うつ伏せに倒れたカミュラの首に、膝をついたラトゥーがそっと手を添えた。
「〝癒しを〟」
小さなつぶやきと共に、ポウ、とその指先に淡い白光が宿り、傷は消えなかったがカミュラの出血が止まった。
「あの一回で、習得したのかい?」
「はい。体で、やり方が分かったので。でも、今はまだせいぜい、傷をちょっと塞ぐくらいみたいです」
ラトゥーの返事に、中折れ帽に手を添えたヤクモが呆れたように首を横に振った。
「君、本当に優秀な魔導師になれそうだねー」
「機会があれば、そっちの道も考えます」
そんなラトゥーの様子に、嬉しげにニコニコしていたノスがふと表情を陰らせた。
「しかし……結局、真祖の正体は分からずじまい、ですか……」
「知りたかったんですか?」
わだかまりが消えたのか、コウは戦闘形態を解いて普通にノスに話しかけた。
「出来ることなら、ですが。手紙をいただけなくなってからは、街の運営にかなり負担を感じていました」
領主になるまで、ノスは学者だったらしい。
経営などというものに関する手腕はからっきしだった。
なので、真祖からの手紙に書かれていたことが、かなり勉強になったのだと。
「……正直、謝って許してもらえるのなら、もう一度街の助けになっていただけないかと、思っています」
「壁外区の人々を犠牲にして、か?」
コウの声にトゲが混じる。
言葉に詰まったノスを助けるかのように、ヤクモは2人の会話に割って入った。
「それを責めるのは酷だね、コウくん。そもそもノスの始めたことではないし、血を吸われる本人は犠牲だとは思っていないだろう」
そして、彼はあっさりと言った。
「ーーー本当に真祖に会いたいなら、僕、多分正体が分かったよ」




