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俺は、テメェみてぇなヤツが一番気に入らねぇんだ。


「……もう少し、たばかれるかと思ったがのう」


 アラドは、自分の正体を指摘されたことに対して、特に何の感慨もなさそうな顔で古臭い言葉をつぶやいた。


「多少は、頭が切れると見える」

「あなたにとっては残念なことにね」

然程さほどでもない」


 ヤクモの皮肉に対して、老吸血鬼は軽く首を横に振りながら紫の(もや)を身に纏う。

 それは、エリーの鬼火の色によく似ていた。

 

 礼服の上にいかにも吸血鬼の伝承にありそうなマントが現れ、即座にその裾が大きく広がって3対6枚のコウモリの羽と化す。


「エリーを殺して、すべて解決……そのような筋で動いておれば、少しは役立つ駒と思えた。ただ、それだけの事よの」


 そのまま背筋を伸ばして立つだけで、彼はある種の威厳を身に纏った。

 薄く光っていた赤い瞳はさらに不気味で暗い紅に染まり、大きく太く、唇を割るほどに牙が伸びる。


 傲然と、冷酷にこちらを見るアラド……ドラクルアに対して、アラガミは問いかけた。


「コマってのは、もしかして俺らのことか?」

「他に誰ぞおるか?」


 老吸血鬼がつまらなそうに返事をすると、カミュラが口を開く。


「お父、様……」


 その呼びかけに対して。

 初めてその存在に気づいたかのように、ドラクルアは少女を見下ろした。


 道端にいる、興味のない虫を見るような目で。


「わたくしが、言うことを、聞けば……お父様のことを、秘密にしていれ、ば……」


 カミュラは涙を流していた。

 ボロボロと、頬からまだ柔らかい曲線を描く顎に幾筋も滴って、地面へポタポタと垂れ落ちる。


 ひざまずき、片方が黒炭と化した両手を地面に力なく垂らし、アラドの……ドラクルアを見上げる彼女は、まるで神を前にした幼子のようだった。


「お母様を、殺さないと……そう、おっしゃいましたのに……」


 絶望の滲む声で言うカミュラは、ドラクルアに問いかけているのか、独り言をつぶやいているのかも分からない様子だった。


 そんな彼女から足元に転がるエリーの死体へ目を移した後、老吸血鬼は煩わしいとすら感じていなさそうに淡々と告げる。


「なぜ我が、道具ごときとの約束を守らねばならぬ」

 

 彼は、無造作に腕を薙ぎ払った。

 その動作だけで、エリーの死体が瞬く間にボロリと腐敗して崩れ去り、骨だけになったかと思うと風化して消滅する。


「しばしの間、屍を残してやっただけありがたいと思うがいい」


 同じ腕で切り裂かれたカミュラの首から紫の鮮血が飛び散り、彼女も地面に倒れ伏した。


「カミュラ……!!」


 声を上げたのは、ラトゥーだった。

 力を失った体を起こして近づこうとするのを、彼を抱えているノスが抑える。


「いくナ、ラトゥー」

「お父さん!! でも、カミュラは……」


 迷いの滲む口調で言いながら抵抗を弱めたラトゥーは、目を伏せる。


「敵対は、しましたが……彼女は……!」


 その言葉を聞いて、アラガミはスパナを思い切り握り締めた。


「ラトゥー」


 アラガミが声をかけると、彼はピタリとノスから逃れようとしていた動きを止めてこちらを見る。

 彼が口に出来なかった言葉の続きを、推測しながら口にした。


「あの嬢ちゃんは……テメェの家族(・・・・・・だったのか?」


 その問いかけに、スサビと並んでドラクルアの前に立つコウの肩が、ピクリと震える。

 しかしそちらには気づかないラトゥーは、静かに頷いた。


「憎んでは、いません……信じることは、出来ませんでしたが……」


 過去を思い出しているからか、青年は苦しそうな顔をしていた。


「カミュラは……狂人のフリをしているボクに、優しかったんです。話しかけてきて、なぜかボクの世話を焼いて、『私たちは怖くないのよ』って……ボクは」


 ラトゥーは、まるで後悔しているかのように独白する。


「そのたびに、彼女が悲しげな顔をしているのを見てきた。お父さんと同じように、信じることは出来なかったけど……『正気に戻るといいわね』って」


 彼の目は、倒れて弱々しくもがくカミュラを見つめていた。


「そう言われるたびに、間違っているのは、ボクの方なんじゃないかって」


 今の状況に、様々な想いが吹き出しているのだろう。


 人は生きる。

 亜人もそれは同じだ。


 たとえ、お互いに隔りを持つ関係であったとしても、その相手と積み重ねる歳月は、ただの事実や記憶ではない。

 そこには、様々な感情が折り重なっているのだ。


 歩み寄ろうとしたカミュラと、歩み寄れなかったラトゥー。


 一括りでは語れない彼の想いは、そんなカミュラを家族と思う気持ちと、それでも自分の中にあったわだかまりゆえだろう。


「ラトゥーくんの話は……あるいは、あり得た可能性かもしれないね」


 感想を漏らしたのは、膝をついたまま指でアゴを撫でたヤクモだった。


「君がカミュラを受け入れていれば、狂ったフリをしなければ、ノスも思いつめなかったかもしれない。でもね」


 ドラクルアの足元に転がるカミュラとわずかに残ったエリーの塵に目を向けてから、古馴染みの情報屋は冷静に、はっきりと告げる。


「君がカミュラとノスを信じたとしてもエリーはとっくに死んでいたし、ドラクルアはコウくんの家族を殺しただろう」

「……!」

「ラトゥーくんは間違っていないよ」


 ヤクモは息を飲む青年の肩に手を起き、同じように話を聞いていたノスにも笑みを向ける。


「やり直したいと思うなら……これから(・・・・やり直せばいい」

「え……?」

「そうだろう? アラガミ」


 こちらに話を振ってきたので、待つ必要のなくなったアラガミは、ゴキリと首を鳴らした。


「おう。黒幕はあのジジイなんだろ?」


 カミュラの父親とは思えないくらい、胸くその悪い野郎だ。

 いい加減に我慢の限界だったアラガミは、コウとスサビの間を割って一番前に出た。


 ノス、ラトゥー、そしてカミュラ。

 それぞれの話を聞けば、ほんの少しのすれ違いがあっただけだと分かる。


 もう少し、話をしていれば、彼らはこんな状況に陥らずに済んだだろう。

 エリーも生きていれば、カミュラと同じように歩み寄ろうとするような女性だったのだろう。


「さて、予定は少し狂うた。……皆殺しにせねばの」


 彼らの歯車を狂わせたのは、目の前の老吸血鬼だ。

 それが都合のいい妄想だったとしても、コイツが原因の一端であることは間違いない。


「なぁ、無駄に生きてるだけのゴミ野郎ーーー」


 自分の額にビキビキと血管が浮き上がるのを感じながら。

 アラガミは歯を剥きながら、まるで感情の浮かばない目でこちらを見るドラクルアに対してアゴを上げる。




「ーーー俺は、テメェみてぇなヤツが一番気に入らねぇんだ」




 カミュラは殺させないし、ノスへの制裁も実行させないし、もちろん殺されてやる気などさらさらない。

 

 が、せめて一発、自分でぶん殴らないと気が済まない。

 何よりも、道具ごとき、とコイツは言った。


 道具は大事に使うもんだ。

 コイツがごとき呼ばわりした、魔導具(どうぐ)の力を見せてやる。


 アラガミはドラクルアに向けて、左手の親指で首を掻っ切る仕草をしてみせた。



「テメェは今すぐ、地獄の底まで叩き落としてやる。覚悟しろや」

 

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