君が、この事件の黒幕だ。
娘の悲鳴に……エリーはまるで反応を示さなかった。
鬼火の一つがアラガミの捨て身の反撃でカミュラに阻まれて動きを止めている。
ーーー無茶するよねぇ。
ヤクモは、指示の間を惜しんでラトゥーの肉体支配権を一時的に奪った。
どうせ、そろそろ時間切れだ。
三つに減った鬼火の一つを、まずは水針の拳銃で牽制した。
同時に魔力を貯めていた左手の魔導砲をエリーに向け、呪文を解き放つ。
『この一撃は、重いよ?』
十字手裏剣型の巨大な砲弾が、体が後ろに押されるような反動と共に、解き放たれた。
手裏剣は、緑に光る風の魔力を纏って巨大化しながら回転を始める。
真正面から迫るそれに対して、エリーは残り二つの鬼火、ノスが相手にしていたものまでを眼前に移動することで対応……しようとしたが。
『残念』
接触する前に、ぐにゃりと巨大手裏剣の弾道が曲がった。
前方で邪魔をする鬼火を避けて、回り込むようにエリーに襲いかかる。
先ほど読み取った魔導砲の複合魔法は、地の攻撃魔法『クリエイトアームズ』と、遠隔操作の補助魔法『オペレイト』だったのだ。
そこで、戦場に降り立って初めて、エリーが動いた。
手を軽くかかげて呪文を口にする。
「〝無駄です〟」
吸血鬼の強固な防御魔法と、手裏剣がその場で拮抗する間に、ヤクモはさらに魔導拳銃を正面の鬼火に向けて構えた。
『〝魔力の続く限り〟』
ヤクモ自身が魔導拳銃を行使する時のために覚えた、魔法陣連続起動魔法。
それらが、拳銃自体の補助魔法『ラピッド』と親和して、超高速で秒間数十発の水針を放つ。
熱と水針の相互反応によって凄まじい水煙が上がり、一つの鬼火が耐えきれずに破裂した。
そこにノスが突っ込む。
小さくなって残った鬼火を掴み、牙を立てた。
牙を使うことでしか発動できないのだろう、魔力吸収魔法『ドレイン』を行使して、口の周りを焼きながらも鬼火を破壊する。
ーーーさすが、ラトゥーの父親。
体を張るべき状況とはいえ、なかなかできることではない。
ヤクモは、ようやくできた隙を逃さなかった。
『今だ、コウくん!』
魔法の連続起動と斉射によって、ラトゥーもヤクモも魔力が枯渇している。
侵食が発生する前に闘衣への変化を解くと、体力が完全に尽きた青年が崩れ落ちた。
その横に元に戻ったヤクモも膝をつくのと同時に、背後でジッと待っていたコウが動く。
魔力を貯めきった状態で、彼は最大威力の攻撃魔法を起動した。
「〝攻撃術式全力解放〟……!」
コウの瞳と、闘衣の魔導導線が真っ赤に染まる。
彼はそのまま、右の脇腹あたりに拳を構えて左手をその上に被せ、体を捻った。
解放された魔力が、即座にギュォ、と凄まじい攻撃を予感させるほどに圧され、大気を震わせながら右の拳に収束していく。
コウが、その体勢のまま地面を蹴った。
両肩の魔導球が魔力の一部を跳躍力へと変え、ゴッ! とヤクモらの頭上をコウが疾風と化して駆け抜ける。
「行け……!」
ヤクモが中折れ帽を押さえて見据える先に、巨大手裏剣を弾いた代わりに防御結界を失った無防備なエリーの姿があった。
「おおおおおおおおおおおッ!!」
コウは捻り切った体をバネのように弾けさせて、拳をエリーに撃ち込む。
「ーーー《黒の拳打》!!」
完璧なタイミングで炸裂した攻撃魔法が、彼女の顔を覆うヴェールに突き刺さって閃光が弾けた。
※※※
「お母様ぁあああああああ!!!」
痛みに悶えていたカミュラが、吹き飛んだ母親の姿を見て悲鳴を上げる。
黒炭になった腕をぶら下げたまま翼を広げて母親に近づく少女に、誰も手を出さなかった。
「おっちゃん達も、甘ぇよなー」
アラドの剣を弾いたスサビは、そのままトドメを刺そうと大上段から【トツカ】を振り下ろした……が、ズブリと地面に沈み込んで避けられる。
「スサビ」
そのまま追撃を仕掛けようとしたが、アラガミの声が聴こえて動きを止めた。
「なんだよおっちゃん。さっきから邪魔ばっかして」
「もう十分暴れただろうが。それに、殺ろうと思えばいつでも出来るのは見えてんだよ」
振り向くと、アラガミは髭面に真剣な表情を浮かべていた。
腹を殴られていたが、デカい体のおかげでそんなにダメージは残ってなさそうな様子だ。
手を抜いているのがバレてないとは思っていなかったが、真正面から指摘されてスサビは肩をすくめる。
アラガミに対する憎まれ口は、これはもうクセのようなものだ。
構われるだけで嬉しいので、ついつい言ってしまう。
アゴをしゃくってからアラガミがヤクモたちの方に歩いていくので、スサビはアラドを警戒しながらそれについていった。
魔力を辿って視線を向けると、エリーがむくりと起き上がるのをカミュラが支え、老執事ががその背後に現れる。
「お母様、よか……」
ヴェールが焼け落ちているが、母親の無事を喜んでカミュラが浮かべた笑みが、中途半端に強張った。
「え……」
起き上がったエリーの顔は……明らかに、死人の顔だった。
ただ青白いだけではない。
まるで表情がないまま、虚ろに瞳孔の開いた顔。
施された美しい化粧は、さながら死に化粧だ。
本来ならば優しげで整った顔立ちをしているように見えたが、おそらくその顔が笑みを浮かべることはないだろう。
「なんだ、ありゃ」
スサビのつぶやきに答えたのは、ヤクモだった。
「屍を操る魔法、かな。どうやら、エリーは吸血鬼じゃなくて、使い魔……それも操り人形だったみたいだね」
「あん?」
眉根を寄せてヤクモを見ると、彼は吸血鬼たちの方を、膝をついたまま厳しい顔で見つめていた。
「エリーが……あやつりニンギョウ、でスカ……?」
倒れたラトゥーを抱え起こしたノスは、さすがに同じ吸血鬼からの攻撃は即座には再生しないのか、焼けた口元で不明瞭な言葉を発する。
その間に、こちらに向かってコウが下がってきた。
「黒幕は、エリーじゃねぇ、ってことか?」
首をひねるアラガミに、ヤクモがうなずく。
「おそらくはね。多分エリーは、いつからかは分からないけど操られていたんだろう。謎も解けたかな」
「謎?」
「そう」
ヤクモが、指を立てる。
「僕がずっと疑問だったのは、コウくんの家族の殺され方が今までと全然違ったことだ」
まるで見せしめのようにーーーとヤクモが口にした言葉の意味が、スサビには分からなかった。
「何でだよ。血を吸われたんだろ?」
「そうだけどね。でも、道端で一気に4人も惨殺するような真似を今まではしなかったんだろう?」
ヤクモの言葉を、誰も遮らない。
カミュラは呆然としており、アラドは静かに控えている。
その老執事を指差して、ヤクモが告げた。
「アラドの本名を、知っているかい、ノス」
「……アル・アラド、です」
ノスの答えに、ヤクモはうなずいた。
「エリーの夫だったという、二代前の吸血鬼の名前は?」
「ドラクルア……ですが、まさか……」
「吸血鬼は、真名の音に縛られる」
不気味なほどに静かなアラドは、ヤクモの顔をジッと見つめていた。
「アル・アラド……いや、ドラクルア」
まるで断罪するように、ヤクモは言葉を続けた。
「君が、この一連の件の真の黒幕だ」




