俺と一緒に【勇者の装備】を作ろうぜ!?
「うーむ」
ーーー魔導車内の工房で。
アラガミは唸りながら、アゴヒゲをもしゃりと撫でた。
目の前にある台座の上には、魔法水晶が置いてある。
魔導具に刻まれた呪文を読み取って浮かび上がらせるもので、中心から伸びる光が文字を空中に映し出していた。
青年の着ていた【魔導の闘衣】の中身をあますところなく読み取ったアラガミは、前のめりになっていた体を起こして唸る。
「……こいつぁ、かなりの逸品だ」
抑えきれない興奮に、思わずにんまりと笑みを浮かべた。
これは、勇者の鎧に非常に近い堅牢な術式を秘めた闘衣であり、攻撃や回復の魔法効果もきちんと揃っている。
つまりこの闘衣は、スサビの見立て通りに極上の……勇者の剣、盾、鎧という一揃いの【勇者の装備】に近い代物だったのだ。
アラガミはその世界最高峰の装備に関して、一つの仮説を立てていた。
ーーー【勇者の装備】とは『三つで一つ』の魔導具なのではないか、と。
過去の勇者に関する文献を読み解けば、『弓の勇者』や『槌の勇者』と呼ばれる、武器や防具の形状が違う者がいるのである。
だが複数、それらの装備が存在すると言う記述はない。
つまり、その時代の勇者が得意とする得物によって『姿を変える』性質を持っている可能性があるのだ。
用途に応じて大きさや形を変える魔導具は今も存在しており、アラガミも持っていた。
だが、性能を保ったまま複数の効果を持たせるのは難しく、作り出す為に必要な技量は並大抵のものではない。
「前文明によって作られた魔導具は破格の効果を持ってんのが常だが、それを加味したとしても、コイツはヤベェ」
そしてそれを身につけられる青年も、同じくらいレアだ。
アラガミが呪文から目を離して部屋に目を向けると、当の青年は寝床に置いてあった毛布に勝手にくるまっていた。
測定のために闘衣を引っぺがし、パンツ一枚でそこに転がしておいたのだが。
「うぅ……もうお嫁に行けない……」
「何がお嫁だアホタレ」
「あ痛ッ!」
なぜかどんよりした顔の青年に近づいて頭をバシッと叩くと、恨みがましい目を向けられた。
「……何するんですか」
「服引っぺがされたくらいで、いつまでもウジウジすんじゃねーよ!」
青年の態度は、全く勇者らしくない。
堂々としてやがれ、と思うと同時に、スサビにもこれくらいの恥じらいが欲しいもんだ、とも思う。
どっちにしたって恥じらう相手が男や体だけ育ったガキでは色気のカケラも感じないのだが……まぁそれは、今はどうでもいいことだ。
とりあえずでもこれだけの闘衣を身につけられる人材なら、ツバつけておいて損はない。
アラガミは【勇者の装備】の手がかりと同時に、勇者の資質を持つ者も探しているのだ。
勇者の素質のないアラガミでは、仮に作れたとしても使えない。
そもそも魔王に対抗する、しない以前に『道具は使ってナンボ』というのが、アラガミの信条だった。
「小僧」
アラガミが仁王立ちして呼びかけると、青年の顔が引きつった。
目が泳ぐ彼に対して、魔導具をイジるのに使う【調整用魔法陣】を親指で示す。
「テメェ、どこでコイツを掘り出しやがった?」
今、魔法陣の上には青年の闘衣を重ねてあった。
「ジャンク山か?」
アラガミの言葉に、青年は目をまたたかせた。
魔導具には、大まかに四つの種類がある。
一つ目は、魔物素材などでアラガミのような職人が一から作る工芸品。
二つ目は、ジャンク山から拾った状態のままで使われるジャンク品。
三つ目は、ジャンク品に職人が手を入れて直した修理品。
四つ目が、手直ししなくても完璧に作動する完全品……すなわち掘り出しモノだ。
今のところ、一般的には工芸品の性能が一番低く、順に繰り上がって完全品が一番高い。
「この闘衣は、どう見ても完全品だ。……こんな状態で掘り出せる『山』が、どっかにあるのか?」
もしあるのなら、是が非でも場所を知りたかった。
参考になるものは多ければ多いほどいい。
「もし、この街のジャンク山がそうなら……」
しかし青年は、期待を込めたアラガミのつぶやきに、首を横に振った。
ーーー違ぇのか。
少し落胆していると、青年は迷う素振りを見せた後に、目を伏せてボソリと言う。
「それは掘り出したんじゃないです。……作ったんです」
「あ?」
その言葉の意味が、一瞬分からなかった。
「作ったって、掘り出したジャンク品をテメェが修理したってことか?」
もしそうなら、青年には魔導具作りの腕前がある。
だが彼の口にした言葉は、アラガミの予想をはるかに超えていた。
「いえ。……俺、記憶がなくてですね。目覚めた時にその闘衣のコアだけ持ってまして……」
青年の長い前髪が目元を覆っており、その表情はうかがえない。
アラガミは、口をへの字に曲げてアゴを撫でた。
つまり、コアは手作りではない、ということだろう。
魔導具の心臓部とも言える最も重要な部品だし、実際にそれを作れるヤツはまれだ。
しかし青年が持っていたのが、元々コアだけだったと言うのなら。
「ガワはどうしたんだ?」
「だから、作ったんですよ……そのコアがどういうものかも覚えてなかったんですが、『良いもの』なんだって、俺を拾ってくれた人に言われたんです」
「……」
闘衣は、粗雑なものであれば現状でも一から作ることは可能だ。
しかし今のところ、普通の職人が作ったものでは『拾ったままのジャンク品』程度性能にしかならない。
青年は目を伏せたまま話を続けた。
「技術を習って、すぐそこのジャンク山とか行商人から服の素材手に入れて……俺を拾ってくれた人に手伝ってもらいながら……」
ボソボソとしゃべる青年が軽く首を動かして、闘衣を見るような仕草を見せる。
アラガミは、ぬぅ、と腕組みした。
後半になるにつれ何故か彼の声が暗くなったのが気にかかったが、別の疑問を投げかける。
「小僧。テメェ、名前はなんてーんだ?」
「え? コウですけど……」
「コウ」
アラガミは身をかがめて、バンッとおもむろに青年の肩を掴んだ。
「いっ……!」
ガチガチに体を強張らせた彼の顔に、アラガミは反対の手で指を突きつける。
軽く顔が上向いて目線が合うと、コウは眉をハの字に曲げた。
「あの……なんすか?」
「じゃ、あの闘衣に仕込んである魔力導線は、テメェが組んだのか?」
「あ、はい。でもそれが」
「闘衣発動の要になる圧縮魔法陣も、お前が描いたんだな?」
疑問の声を圧殺するように言葉を被せると、彼は諦めたようにうなずいた。
「……ええ」
「……」
アラガミは、コウを睨み据えたまま押し黙る。
魔導球は重要な呪物ではあるが、あくまでも魔力を作り出すモノだ。
それ単体では意味がない。
例えば、先ほど口にした魔力導線とは『魔導士の体に魔力が流れるプロセス』を模したものだ。
圧縮魔法陣は、『魔導士の組む呪印というプロセス』を代替するもの、である。
そうした幾つもの要素や素材を正しく組み合わせることで、魔法の効果を魔導士以外でも使えるようにする道具が【魔導具】なのだ。
「コウ」
「は、はい」
どもるように返事をした彼に、アラガミはわざとしかめていた表情を緩めて吼え猛った。
「テメェーーー気に入ったぞコラァアアアアアアアアアアアッ!!」
「…………は?」
コウがこちらの声に肩をビクッとさせて、体を仰け反らせる。
あまりの嬉しさに満面の笑みを浮かべながら、アラガミは二度、三度と思い切り彼の肩を叩いた。
「い、いた! あの、ちょ、痛すぎ……!!」
「コウ!! テメェすげぇヤツだな!!!」
「あ、え……?」
「ちょっと、俺にこれの作り方教えろ!!!」
本物の完全品でも、これほどのモノはほとんどお目にかかったことがない。
この惚れ惚れとするほどの完成度の闘衣を、目の前のコウが作ったというのだ。
おそらくコイツも、筋金入りの魔導具マニアだ、とアラガミは確信した。
勇者の装備を、自分で作れてしかも身につけられる素質持ち。
ーーーウジウジした態度を大目に見てもお釣りが来る、最高の逸材だ。
「もしかして、闘衣に刻んである見たことない術式も、お前が組んだのか!?」
立ち上がって大きく手を広げ、期待を込めてコウを見下ろす。
なぜかこちらのテンションについてこれない様子で、それでも青年は質問に対してうなずいた。
「み、皆が知ってたヤツだと荒すぎたんで……でも、これくらい誰でも作れるんじゃ」
「作れるかボケェ!!!」
「痛ッ!」
無自覚なことを言うコウの頭を、アラガミはもう一度思い切りはたく。
「もし作れたら、俺がこんなに興奮するわけねーだろ!?」
「いやねーだろって言われても……」
コウが情けない顔で、頭をさすった。
魔導具の中には、魔力と共に呪文詠唱の代わりをする魔導言語が走っている。
その『力ある言葉』の組み合わせで内部術式が形成され、発動の言葉で効果を現すのだ。
魔法の中身を作ることに関しては、本体となる装備を組み上げるのとはまた別の才能が必要になる。
「両方こなせる奴は稀なんだよ! そのくらいの事も分かんねーのにコイツを作ったってーのか!」
アラガミはガッハッハと気分良く笑いながら、大きく両手を広げた。
「闘衣が掘り出しモンかと思ったら、とんだ勘違いだ!!」
コウは闘衣以外に、剣などの目に見える武器は持っていない。
代わりに腕や足の部分に、衝撃を発生する近距離攻撃魔法の術式が仕込んである。
肉弾戦闘に特化した闘衣なのだろう。
【Alternate-0】という腕に打ってある金属文字が、おそらくこの闘衣の名前だ。
「なぁ、俺の助手にならねーか!? カネは弾むぞ!?」
「はぁ……」
興奮するこちらを見て目を白黒させるコウに、アラガミはオイルが染み付いた分厚い手のひらを差し出す。
「ーーー俺と一緒に、伝説の【勇者の装備】を再現しようぜ!!!」