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戦うのが好きじゃねぇんなら、やめとけよ。


 エリーは、軽く翼を広げて宙に浮いたまま、ピクリとも動いていなかった。


 薄い霧に包まれた中で動き回っているのは、紫に燃える複数の鬼火だ。

 コウが、加速魔法を発動させて女吸血鬼に接近するために地面を蹴るが、その進路はゆらりと動く鬼火に阻まれた。


「邪魔を、するな!」


 強引に突破しようと鬼火に拳を叩き込むが、鬼火は攻性結界の影響を受ける前に大きく広がってコウの体を包み込む。


「ガァア……ァア!!」


 全身を覆うミスリルファイバー製の闘衣が、熱を帯びてコウの体を焼いた。


 防御結界であっても遮断仕切れなかったのか、あるいは機動性を確保するために外殻にもある程度の感覚があるのか。

 感覚があるのなら、それはつまり痛みを感じるということだ。


 シュゥ、を白煙を吹き上げながらそれでも前進しようとする彼に、別の鬼火が砲弾のようにぶつかって吹き飛ばす。


「グァ……ッ!!」

『よし、行くよ』


 地面に叩きつけられたコウの後ろから、ヤクモの合図で今度はラトゥーが飛び出した。


『不用意に近づかないでね。まずは、右手の銃を使うんだ』


 ラトゥーが銃を構える動きに合わせ、ヤクモは照準を定めて引き金を絞る動作を補助した。

 銃口から放たれたのは、水の魔法『アクアニードル』だ。


 水針の数は、一度の発射で5つ。

 どうやらラトゥーから発現したこの魔導拳銃には、補助系の魔法が常に掛かっているらしい。


 おそらくは、補助魔法『ラピッド』。

 かつては『連続魔法』という特殊技能だと思われていた、一つの呪文で同じ魔法を複数連射する魔法である。


 こちらに向かってきていた鬼火にヒュドドド、と叩き込まれた水の針は、相性が良かったようで火の勢いを弱めることに成功した。


 楽々と避けたラトゥーに、ヤクモはすかさず指示を出す。


『いいね。次は左だ』

「はい!」


 ラトゥーは素直にこちらの言葉に従い、足を止めて左手と一体化した砲身を構えた。

 ヤクモが青年の中に秘められた魔力を引き出して砲身に流し込むと、複数魔法が起動する気配がする。


 地と風の複合魔法だ。


 しかし発射前に、三つ目の鬼火が右から迫ってきてラトゥーを狙った。

 動きを中断させられてヤクモが思わず舌打ちしかけたところで、その鬼火が横から殴られて吹き飛ぶ。


 目を向けると、火傷を無視して起き上がって来たらしいコウが、横から掌底を叩きつけて弾いたようだった。

 

『大丈夫?』

「いけ、ます……!」


 どう見ても行けるように見えない。

 なるほど、アラガミが気に入るだけの根性は認めるが、こちらはラトゥーと違って放っておいたら早死にしそうである。


 ぐらり、とかしいだコウをラトゥーが反射的に腕を掴んで支えると、今まで使っていなかった右手の魔法陣に魔力が薄く流れ込む気配がする。


『へぇ。ラトゥーくんは多才だね』


 読み取った魔法は、ちょっと珍しいものだった。

 魔力を意識的に流し込むと、コウの体が淡い白光に包まれる。


「痛みが……?」

『消えただろう? 回復魔法だよ。希少な才能だ」


 魔導具は数多くあるが、即効性の回復魔法を扱うものは伝説のアイテムであっても数が少ない。

 同様に、道具に頼らない回復魔法を扱う才覚を持つ魔導師も珍しいのだ。


 ラトゥーは、まじめに魔法を学べば優秀な回復術師になるかもしれない。

 この状況を乗り切れれば、だが。


『連携を取る気はあるかい? コウくん』


 目を向けたエリーは相変わらず一歩も動かないまま、自分のそばに置いていた鬼火までもこちらに振り向けていた。

 合計四つの鬼火が、こちらの周りをぐるぐると囲って回り始める。


「……あります」


 ラトゥーを狙った鬼火を攻撃した時点で気付いていたが、コウはようやく自分一人では敵わないと悟ったのだろう。

 視野が広がり、冷静になるのは良いことだ。


『じゃ、こっちで隙を作るから……君は、自分の持つ最大威力の攻撃魔法で突っ込んでね』


 ラトゥーの左腕を借りて、ヤクモは砲身をエリーの方に向ける。


『周りの鬼火は、こっちで防ぐ。出来るかい?』

「やります!」


 出来るかどうかではなく、やる。


 ーーースサビちゃんとアラガミに、思いっきり影響受けてるっぽいなぁ。


 それがいい影響か悪い影響か、は、今は考えないことにした。

 二人の緊張を適度に抜くために、なるべく軽く聞こえるように合図を口にする。


『じゃ、始めよっか』


※※※


「お母様……」


 ふらりと立ち上がったカミュラは、2人を……正確には3人を相手にしているエリーを見て不安そうな顔をしたが、頭を振ってこちらに向き直る。


「あなた達、もう許さない……絶対、殺してやる!」

「さっきから、口の割に手応えがねーけどな」


 スサビは、アラドと切り結びながらも、カミュラを煽る余裕があった。

 なるべく邪魔をしないように立ち回っていたアラガミは、なるべく意識をこちらに引きつけるためにカミュラに対してスパナを構えた。


「出来るもんなら、やってみろよ。ロクに戦ったこともないよーなお嬢様にゃ、荷が重いと思うぜ」


 アラガミも、スサビにならって言葉を口にすると、カミュラの赤い瞳がさらに怒りとともに輝きを増す。


 相手への攻撃を躊躇うことも、冷静さを欠くことも、どちらも戦場では命取りだ。

 その程度のことも理解出来ていないのに、なぜ彼女は戦場に立ったのかと、アラガミは疑問を覚えていた。


 見る限り、彼女自身が望んだというよりも、母親の影響が強いようだ。

 純粋にエリーを慕う気持ちを、慕っている相手自身に利用されているのなら、哀れだった。


「戦うのが好きじゃねぇんなら、やめとけよ」

「うるさいわね! 先に仕掛けて来たのは、そっちじゃない!」


 お母様は殺させない、と。

 飛びかかって来たカミュラの爪を、アラガミはなんとか避けた。


 ーーー事前に、向反応薬(こうはんのうやく)くらい飲んどくべきだったか。

 

 動体視力や身体能力を向上させるそうした魔薬も、あるにはあるのだが。

 副作用がキツイ上に、時間制限付きなのであまり使いたくなかったのである。


 効果が切れれば一時間以上全力疾走したくらい疲れを感じるし、翌日には全身筋肉痛と二日酔いが同時に襲ってきたような状態になる。

 限界を超えた動きをして、ただでさえ今は調子の悪い腰をこれ以上痛めるのも困るのだ。


 最悪、使うことを考えながら。


 アラガミは隙を見てカミュラの細腕を左手で掴み、外見に見合わない膂力で押し戻そうとするのを、グッと上から押さえつけた。


 体格は比べるべくもない小柄な少女である。

 そして右手にスパナを持ったまま、その手に嵌めている金属製の腕輪を頭に押し付ける。


「離しなさ……!?」


 無理やり引き剥がそうとしたカミュラの言葉が、バチリという音とともに途切れた。


 腕輪は、電撃魔法『ショック』を込めた魔導具である。

 不意打ち程度の効果しかないが、先ほど清塩の痛みすら嫌がった少女には効果があったようだ。


 意識を刈り取らないまでも、動きが一瞬止まる。


「ドルァアッ!!」


 気が引けるな、と思いながら、アラガミは腕を大きく引く。

 そしてヤクモ側の戦況に目を向けつつ、スパナをその腹に突き込んだ。


「うぐっ!」


 少女は息を詰まらせたが、そこは吸血鬼である。


 元々人間より頑丈な彼女は、体が浮くのを羽で制御しながら、即座に反撃して来た。

 距離が近すぎて、長い爪は使えない。


 案の定、自由な左手の爪をしまって拳で腹を殴りつけてくるのを、奥歯を噛み締めて受ける。


 ドン! という視界が揺らぐような衝撃と同時に、彼女の腕を離した。


 息が詰まり、勝手に涙が滲む。

 どうにか倒れるのはこらえたものの、即座には動けなかった。


 しかし、予想通りに追撃はこない。


 見ると、こちらのスパナに耐えたはずの彼女は、大きく後ろに吹き飛んでエリーの近くまで転がっていた。


 ーーーアラガミの腹巻は、これもまた魔導具の一つである。


 しかし防具ではない。

 込められている術式は、常時発動型の反射魔法『リフレクト』。


 自分が受けたダメージを倍返しする自爆型の魔法であり、試作品の一つだった。


 【勇者の盾】は魔法を反射する上位魔法『マジックカウンター』の効果が発動でき、【勇者の鎧】には物理攻撃軽減魔法『ショックアブソーブ』が込められていると言われている。


 【倍返しの腹巻】は、それらの研究の副産物だった。


 自分の攻撃を倍の威力で受けて吹き飛んだ彼女は、狙ったとおりにエリーの鬼火の一つにぶつかっていた。


 少女の左腕が、紫の炎に包まれている。


「ーーーキャアアアアアアアアッッ!!」


 今までの痛みなど比ではないのだろう苦痛に、カミュラが絶叫を上げた。


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