タネが割れりゃ、対策はあんだよ。
「ラトゥーくん」
臨戦態勢に入ったアラガミたちの後ろで、ヤクモはラトゥーと正面から向き合った。
演技をやめた彼はやはり利発そうな顔をしており、アラガミたちの方を気にしながらも、ヤクモの話に耳を傾けている。
重要な話だと分かっているのだろう。
「今のままの君じゃ、彼らと戦うことは出来ない。でも、僕は君にその力を与えることが出来る」
ヤクモは、胸に手を当てて、誠意を見せるように彼の瞳を覗き込む。
特殊な体となったのは、もう十年以上も前の話だ。
事故に近い……アラガミの言う通り、運の悪い出来事だった。
ヤクモは昔一度、『たまたまそこに居た』という理由で魔族に肉体を乗っ取られたことがあるのだ。
その時に【マナブレイク】を完成させて救い出してくれたのがアラガミであり、ヤクモは彼に恩を感じていた。
しかしそれなりの間、魔族に乗っ取られていた肉体は変質しており……ヤクモはただの『人』ではなくなった。
亜人ではない。しかし魔族でもない。
あえて呼称をつけるなら、半魔族、とでも言えるような。
「僕には力がある。でも、一人ではその力は振るえない。信頼できる誰かが、僕を必要としてくれなければ」
それがヤクモの枷だった。
魔族より与えられた力を自ら振るえば、ヤクモの体は変質し切っていずれ本当の魔族と化してしまうだろう。
魔族となっても、自分が人としての意識を保ち続けられるのかどうか。
それはヤクモ自身にも分からないことだった。
「君が僕の持つ力を必要とするのなら、これを」
ポケットから二本の腕輪を取り出し、ラトゥーへ片方を差し出す。
留め金を付けただけのシンプルなミスリルの鎖に、抵抗の魔法『レジスト』を刻んだプレート、そして埋め込まれた小さなコア。
ヤクモが人の意識を保ったまま戦うために、アラガミが与えてくれたものだ。
「この腕輪をつけて、僕の声に応え、共に戦って欲しい」
ヤクモの力は、契約さえすれば誰でも使える。
それでも相性はある。
何より、力を扱う肉体をほとんど相手に委ねるために、信頼できる人物にしか渡したくないものでもあった。
ラトゥーならば、今、この場限りの契約を結ぶに足る相手になれるのだ。
「どうかな?」
青年は少し考えた後に、差し出された銀の腕輪を手に取った。
「……それで、お父さんと一緒に戦えるのなら」
決意を秘めた顔を見て、ヤクモは笑みを浮かべる。
「ありがとう。何が起こってもジッとしておいてね」
お互いに腕輪を身につけて、ヤクモは再びラトゥーの目を見た。
「〝汝、力を欲するか?〟」
腕輪をつけた右腕で握り拳を作り、ヤクモは腕を差し出す。
その右腕に自分の腕を重ねるように促すと、彼は従った。
二人の腕で作った十字を前に、ヤクモはラトゥーに問いかける。
「〝欲するのなら、誓いの言葉を〟」
「……〝契約〟」
「《闘衣化》」
言葉を口にした途端。
ヤクモの体は、ギュルリと崩れてスライムのような形状になった。
「うぁ……!?」
驚くラトゥーを捕食するように添えた腕から彼に巻きつくと、その全身を覆っていく。
体を伝って怯えの感情が伝わってくるが、彼は言いつけ通りに動かなかった。
全身を覆った自分の肉体が、ラトゥーに合わせて形状を変えていく。
魔族は、人間としての姿の他に『本性』と呼ばれる姿を持っているものだ。
亜人である吸血鬼が牙と翼を生やすように、獣人であるスサビが竜の似姿を持つように。
その本性がまだ定まっていないヤクモは、人に合わせてその姿を変えるのだ。
ラトゥーの魂は、大樹のように静かなイメージだった。
枝ぶりは大きく、広く。
しかし地面に埋まった根は深く根付き、多少風に枝葉がさざめいたとしても、その幹はどっしりと重く揺らがない。
そうした彼に心を合わせたヤクモの体色は、ダークブラウンに変わる。
体に直接触れる部分は、柔らかく薄く、幾重にも重なって年輪のように。
その上に形成された硬質な部分は、美しく滑らかな模様を描くライトグリーンの鎧に。
頭部を、口元だけ残して覆った兜も鎧と同色で、目元を覆う部分だけがサンライトイエローへと。
肉体から離れたスライムの一部が、右手の中で魔導拳銃となり。
左手は完全に鎧と一体化した大砲のように大きな銃口を持つ銃へと変わって、銃身が長く伸びる。
ーーーラトゥーは、長短二種の銃を持つ全身鎧の戦士へと変貌を遂げた。
『聞こえるかい?』
鎧となったヤクモは、自分を纏う相手に語りかけた。
『驚いただろう? これは、僕だけが使える特殊な契約の魔法だ』
間違っていないが真実でもない、いつも自分を纏う相手に告げる言葉を、ラトゥーにも投げかける。
人に憑くために使用する魔法は、本来なら二種類だけ。
掌握魔法『コントロール』か憑依魔法『ポゼッション』だ。
本物の契約魔法『コネクト』は、召喚魔法の前段階として、精霊などと契約を結ぶだけの魔法だ。
ヤクモが今使用しているのは、本来上位魔族のみが使える支配の魔法『マリオネット』である。
『この鎧の扱い方は、僕が教えよう。君が動けば、その動きを僕が補助する』
そこで、ヤクモは言葉に力を込めた。
『ただ、時間はあまりない。本来なら別々の存在がお互いに意識を保ったまま一つになるというのは、世界の理から外れた状態だ。時間がくれば、僕は元に戻る』
この辺りも、物は言い様、である。
ヤクモに特化した形でアラガミの作った【抵抗の腕輪】は、支配の魔法にラトゥー側が対抗するために機能する。
同時に、魔族の本性にヤクモが抵抗するためにも使われているのだ。
が、万能ではない。
あまりにも長い闘衣化で腕輪の効果が失われた時、ヤクモの肉体はラトゥーを『眷属化』あるいは『擬態対象』として捕食し始めてしまう。
時間がくれば自然と同化が解けるのではなく、彼を捕食する前に自らの意思で解くのだ。
『本性』としての姿を自ら使うのではなく、支配の魔法によって間接的に顕現させること。
それがヤクモが人としての意識を保ったまま力を振るえる、唯一の方法だった。
『時間の許す限り。……君の望むままに、動くといい』
「……はい!」
ラトゥーは、こちらの言葉に応えて、目の前の戦場へと駆け出した。
※※※
「うらぁ!」
アラガミがスパナを振るうと、アラドはズブリと地面に潜り込むように消えた。
先ほども同じ方法を使っていた。
おそらくは潜伏の魔法だろう、が。
ーーータネが割れりゃ、対策はあんだよ!
アラガミは、自分の真上にテント球を投げて炸裂させる。
バチリ、と背後で魔力が清塩と反応して弾ける音が聞こえたので、グルリと振り向いてその辺りの地面をドン、と思い切り踏みつけた。
アラガミの履くハイカットの安全靴を補強する金属はミスリル製である。
実体がなくとも多少は効くだろう、という読みは当たった。
再びバチリと火花が弾けた後に、足の下から滑り出すように実体化した老執事は、無表情な口の端が切れて紫の血が流れていた。
「痛みを覚えるのなんか、久しぶりだろ? ジジイ」
挑発するように話しかけるが、アラドは無反応だった。
だが怒りくらいは覚えたのだろう、闇色の霧が右手の近くに発生して、漆黒の騎士剣に変わる。
外見に似合わず、吸血鬼は長大なリーチを持つ剣を片手で楽々と振るった。
当然スパナは届かないので、アラガミはこのままでは一方的に押し込まれる。
しかし、亜人相手に1対1でやりあってやる気などサラサラない。
「せぇりゃぁ!!」
アラドの背後、その頭上から掛け声が聞こえて、スサビに捕まってぶん投げられたカミュラがその背中に激突する。
衝撃でバランスを崩した執事に、アラガミは両手でスパナを握りながら助走をつけ、横薙ぎで思いっきりそれを振るう。
ゴッ! と風切り音がするが、手応えがなかった。
アラドの頭が風圧で霧散し、まだ空中に残る清塩がパチパチと弾ける。
霧化の魔法で避けたのだ。
カミュラよりは戦い慣れているらしい。
目の前に着地したスサビが、余裕しゃくしゃくの口調でこちらに話しかけてくる。
「へいへい、おっちゃん。空振りは恥ずかしいぜ?」
「うるせぇ。こっちは闘衣もねーんだから仕方ねぇだろうが!」
「だったらカッコつけて前に出てくんなよ」
ゴキリと首を鳴らしたスサビが、体勢直したアラドとカミュラに向けて【トツカ】を構える間に、アラガミはもう一つの戦いに目を向ける。
鬼火を操るエリーと、コウ、そしてヤクモを纏ったラトゥーの戦いは、女吸血鬼の優勢で進んでいた。




