大口叩いて、吠え面かくなよ?
「どう聞いてる、って、何の話よ?」
カミュラに睨みながら問い返されて、アラガミはボリボリとタオルを巻いた頭を掻いた。
「そのまんまの意味だよ。大方『ノスが自分が支配者になるために、よそ者を使って邪魔な自分たちを殺そうとしてる』とかって辺りだろ?」
「事実じゃない」
「事実じゃねぇよ」
アラガミが言い返すと、カミュラが軽く肩を震わせた。
「お母様が嘘をついているって言うの?」
どうやら彼女は母親を随分と慕っているようで、一気に声が刺々しくなる。
エリーが実の母なのか、彼女を眷属にした誰かなのかは知らないが、カミュラの時間は見た目相応で止まっているのだろう。
人の認識は、外見に縛られるものだ。
カミュラに対する他者からの扱いが、見た目通りの少女に対するもののままならば、彼女の精神も少女のまま、成長していないのかもしれない。
あるいは、吸血鬼自体の精神構造が本来は上位者に絶対服従するように出来ていて、ノスの方が例外なのか。
そういうのを考えるのが得意なのはヤクモだ。
相互に繋がった魔導具で、奴があっちに出てきたエリーから逃げているのは分かっている。
こちらに合流しようとしているのかもしれなかったので、アラガミはもう少し時間を稼ぐことにした。
「ってなると、アレか。コウの家族が死んだのもノスのせいにされてるか、テメェは知らねーか、のどっちかか」
「……コウ? って?」
カミュラは話に乗って来た。
夕食に招待された時もそうだったが、彼女はお喋り好きである。
「街のジャンク屋だよ。闘衣を持ってて、家族を殺した吸血鬼を見つけようとしてる」
「ああ……変装して外でお散歩してたら襲ってきた子かしら?」
どうやら、コウが見つけて逃したという吸血鬼はカミュラだったらしい。
素人同士の追いかけっこなら、彼女の方が魔力の扱いに長けている分有利だろうし、霧化と近接型の【魔導の闘衣】は相性が悪い。
取り逃がした理由も大体分かった。
アラガミはカミュラに、さらに別の疑問を投げる。
「なんでジャンク山まで追いかけられた時に殺さなかった?」
「しつこかったから、吹き飛ばしたら逃げれたし。そもそも、血を吸っても殺さないのがご先祖様との約束じゃない。それをノスが破ったんでしょ?」
アラガミがノスをチラリと見ると、彼は小さく首を横に振った。
先ほどの少女を殺したことに関するやり取りでも思ったが、ノスの話は全くカミュラの耳に入っていないようだ。
「テメェの母親が、殺しなんかするはずがねぇ、か?」
「そうよ。お母様はお父様が領主だった時も、ご自身が領主になった時もずっと優しいお母様だったわ」
ーーー『私たちに生きる糧を分けて下さる方々に感謝しなさい』、と。
カミュラに常にそう教えていたのが、エリーだったらしい。
随分と印象とかけ離れた話だ。
「ふん。……だそうだぜ、ヤクモ」
耳元から聞こえてくる足音と、脇から近づいてくるそれの音が重なったので、アラガミは呼びかけた。
「なるほどね。この件には、もしかしてまだ裏があるのかな」
軽く息を弾ませながら合流したヤクモに目を向けると、きちんとラトゥーを連れて来ている。
「相変わらずいい仕事ぶりだな」
「そう思うなら、もう少しボーナス弾んでよね。執事まで吸血鬼だなんて聞いてなかったよー」
「ノスからの報酬が増えたら考えてやるよ」
アラガミ自身も初めて聞いた話だ。
ラトゥーの姿を見てホッと肩から力を抜いていたノスは、こちらのやり取りを聞いて頬を引きつらせた。
「アラドが……? そんな話は私も聞いていません」
「領主のわりに、何も知らされてねーな」
「なんでもいいけどよ、おっちゃん」
どんだけ秘密があんだよ、とアラガミが毒づくと、黙って突っ立っていたスサビが【トツカ】を持ち上げた。
「あぶり出すぜ」
言いながら、一息で三連続の剣閃をスサビが放つ。
相手は、体を強張らせたカミュラ……ではなく、ヤクモたちが走って来た方角にある茂みの影だ。
そこから黒い何かが飛び出して剣閃を避けると、宙を走ってカミュラの横に着地した。
不気味なほどに静かな雰囲気の老執事が、瞳を赤く光らせてこちらを見ている。
「へへ。今度は2対1かァ?」
やる気満々でスサビが剣を構えると同時に、屋敷の窓が割れて中からさらに別のものが飛び出して来た。
甲高く耳障りな音とともに地面に叩きつけられ、こちらの足元までゴロゴロと転がって来たのは、コウだ。
【オルタ】に込められた変化魔法で、最大の速さと攻撃力を持つ形態を発現させてもエリーに敵わなかったらしい。
「ガ、ハ……」
息を吐き、仰向けで喉を鳴らしている彼を腕組みして見下ろすと、アラガミは呆れとともに言う。
「テメェはバカか。ヤクモの忠告を聞かねーからそういうことになんだよ」
「ぐ……」
呻きながらも体を起こして立ち上がったコウは、一度フラついて頭を押さえてから言い返して来た。
「まだ……負けてません」
「根性だきゃ一丁前だ」
腕組みを解いたアラガミは、その硬く変化した背中を強く叩いて、ニヤッと笑う。
「6対3、だ。足手まといにまらねーように、今度こそ気合い入れて戦れ」
「はい」
「おいおいおっちゃん、一人でやらせろよ!」
「私も数に入っているのはともかく……ラトゥーまで?」
スサビとノスの講義に、アラガミは鼻を鳴らした。
「ヤクモ。どうせアレ、使うんだろ?」
「うん。ラトゥーはいい子だからね」
「スサビ。この件は元々コイツらの案件だろうが。金を払う雇い主の意思は尊重しねーとな」
グルルル、とスサビは不満そうに喉を鳴らしたが、反論はしてこなかった。
アラガミはスパナを片手に足を踏み出すと、破れた窓からこちらを見下ろすヴェールの女に対して、地面を指差してみせる。
「降りてこいや。派手にやろうぜ」
今更静かにしたところで、先ほどの音を聞きつけた誰かが来ないとも限らない。
後はさっさと、邪魔が入る前に決着をつけるのだ。
エリーが無言のまま、フワリと窓枠をすり抜けると、カミュラのそれよりも巨大な漆黒の羽を広げて広場に舞い降りる。
両脇にカミュラとアラドを従えた狂気の女吸血鬼が、薄い白霧を発生させて口を開く。
「余所者が、身の程を知りなさいな」
凄まじい威圧感ではあるが、高位ドラゴンよりマシだ、と思いながらアラガミは笑みを浮かべる。
「第二ラウンドだーーー大口叩いて、吠え面掻くなよ?」




