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クソガキ、ちょっとこっち来い。


「ガァアルゥウウウウウッッ!!」


 獣の本性を剥き出しにしたスサビは、目で追うのがやっとの速さで屋敷の前広場を跳ね回っていた。


 横槍を入れられたことがよほど気に入らなかったのだろう。


 門から玄関まで、道や噴水の周りに生える並木のしなりや、立派な屋敷の支柱やオブジェ、それらを利用しながら文字通り縦横無尽に動いている。


「〜〜〜ッシャァ!!」


 が、それを始めた時の不満そうな雰囲気はどこへやら、今は非常に楽しそうな様子だった。


 スサビは基本的に暴れ回りたいだけなので、跳び回り始めた理由などすっかり忘れている可能性もある。


 その一方。


 制空権という圧倒的なアドバンテージを持っていると思われたカミュラは、スサビのあまりにも変則的な動きに対応できていなかった。


 斬撃や剣閃は避けるものの、それに加えて尾で打たれたり、グルリと巻き付けられて腕を引っ張られると、為すすべもなくバランスを崩す。


 それを立て直す隙をついて、スサビがまた跳び回り始めるのだ。

 

「もう、鬱陶しいわね!!」


 だんだんと砕けてきたカミュラの口調は、そのまま余裕のなさを表していた。

 そんな状況を眺めながら、アラガミは疑問を口にする。

 

「あの嬢ちゃん……肉体変化の魔法が得意ってより、肉体変化の魔法しか使えねーんじゃねーか?」

「え?」


 ノスがアラガミの言葉に意外そうな顔をするので、二人の戦いを指差してやる。


 先ほどから、カミュラはどうにかスサビの攻撃を爪で受けているものの、明らかに劣勢だった。


「今見てる限りじゃ、使った魔法は二種類だけ。しかもどっちも中級だ」


 炎や氷の魔法など、遠距離への攻撃的なものを使う様子もない。


 もし変化の魔法しか使えないのなら、アラガミ自身でも、やり方次第でどうにかなるだろうと思われた。


 自分が取りうる対抗手段の中で。

 一番有効なのは、魔法阻害の魔導具【マナブレイク】である。


 その効果自体は、すでに発動した肉体強化や変化の魔法には効果がない。

 あくまでも魔法の発現を一定時間阻害するだけで、相手の体内を流れる魔力を阻害出来る訳ではないからだ。


 しかし、実は直接体に押し付ければ効果がある。


 魔導輸送車の装甲材に使っている【抗魔の鎧】の素材と同じだ。

 魔力の流れに触れられないから効果が出ない、というだけの話なので、仮に霧化して直接触れたりすれば魔法そのものが全て解除される。


「他の魔導具も、モノによっちゃ効くのが分かったしな」


 カミュラが霧化の魔法を使う気配がないのは、予想以上に【テント球】が痛かったのかも知れなかった。


 が、それならそれで一瞬だけ霧化するとか、体の形状を維持したまま攻撃を透かすとか、やり方はいくらでもある。


 なのにやらないのは、出来ないのか、あるいは思いつかないのか。

 あるいは両方か。


「どっちにしろ、戦い慣れてなさそうだ」


 確かに魔力は強い……スサビの【トツカ】とやりあう爪の強度からもそれは分かる。

 しかしそれだけだ。


「ハーッハッハッハッハァ!! オラ、どうしたァ!?」

「ぐ、こ、こんなはずじゃ……」


 先ほどから、スサビとカミュラはどっちが悪役か分からないような状態になっていた。


 最初の【テント球】以外、どうにも手を出す必要もなさそうな塩梅に、アラガミはスパナで手のひらを叩きながら首をかしげる。


「慣れてねー理由は、格下しか相手にしたことがねーのか、そもそも戦ったこと自体がねーのか……」

「言われてみれば……カミュラはおそらく、街から出たことはない、ですね……」


 家の記録などは、当然ノスも見ているのだろう。


 彼女らが何か遠出をするようなことがあれば、お忍びでない限り領主一家の行動として記録される。

 しかしそもそも、奴らには安全な餌場のあるこの土地を離れる理由がない。


「吸血鬼に対抗できるような存在がいれば、この街は今の状況にもなってませんし……」

「だったら当然、深窓のご令嬢でしかねぇカミュラが格上相手の戦い方なんか知ってるわけねーな」


 まぁ、闘衣は強いがど素人のコウを対抗手段として、ノスが育てようとしたくらいである。

 一応領主まで勤めたエリーの方は実力が未知数なので、まだ警戒は必要だが。

 

 そこで、ポツリとノスがつぶやいた。


「私は……魔力の強さから、エリーと同じく彼女も強大な吸血鬼だと……」

「まぁ、普通に考えりゃ十分強ぇがよ」


 魔導具や準備もなしに正面からタイマンで殴り合ったら、カミュラには当然のごとくアラガミ自身も殺されるだろう。


 あの吸血鬼少女を現状押せているのは、相手がスサビだからだ。


 奴は魔導具の扱いと戦闘センスと頭の単純さだけは、ずば抜けている……しかしそれを差し引いても。


「魔力だけなら、テメェも大量にあんじゃねーか。だが、何でもアリのケンカは単純な腕力や魔力の強さだけで決まるほど甘くねーよ」

「あ……」


 ポンポン、と腰の魔導具を叩きながら言ってやると、ノスにはそれがよほど衝撃的な事実だったらしく絶句した。

 考えればごく当たり前のことなのだが、その辺りに関しても、恐怖心で目が曇っていたのかもしれない。


「ん〜……」


 眉根を寄せて唸ったアラガミは、続けて軽く舌打ちした。


「しかし、どうにも気に食わねぇな……」


 その時。


 カミュラはついにヒステリーを起こしたように、闇雲に爪を振るいながら絶叫した。


「あんたたち、何なのよ! なんで私たちに構ってくるのよ!!」

「あん? そんなモン、お前らがオレの敵だからだろーが!」


 単純すぎるバカの言葉に、アラガミは頭痛を感じて軽く頭に手を添える。


「おいクソガキ。テメェ、ちょっとこっち来い」


 アラガミが声をかけると、スサビがクルクルと宙を回りながらこっちに向かって跳んできて、目の前に着地する。


「今度は何だよ、おっちゃん」

「なんか気に入らねーんだよ。なぁ、カミュラの嬢ちゃん」


 アラガミが声をかけると、カミュラは肩で息をしながら地面に降りた。


 やはり戦い慣れていないのか、ひどく消耗している。

 人間なら、汗だくになっていそうなくらい疲れた顔だ。


 そんな彼女に、アラガミは問いかけた。


「テメェよ、エリーから俺たちのことをなんて聞いてるんだ?」


※※※


 ヤクモは、庭の中を走っていた。


「執事も吸血鬼とは、ちょっと予想外だねー」


 考えてみればあり得ることではあったが、領主一家でもない者が吸血鬼化しているのは違和感がある。

 横で同じように走りながら後ろを気にするラトゥーに、ヤクモは話の続きをした。


「もし覚悟があるなら、君自身の手でこの状況に決着をつけてみるかい?」

「ボクの手で……?」


 不思議そうに首をかしげるラトゥーに、ヤクモは頷いた。


「吸血鬼になった父親が迷惑をかけたなら、それに殉じる、と言った覚悟が本物ならね」


 どうやらアラガミの方は問題なさそうだと、ヤクモは魔導具から聞こえる会話を聞きながら思った。

 おそらくは、裏のはずだったこちらが本筋(アタリ)を引いたのだろう。


 残ったコウは心配だが、忠告を聞いた上での彼自身の選択である。

 彼が自分の目的を優先するのなら、こっちも同じようにするだけである。


「ラトゥーくんは、エリーたちを止めたいと思うかい?」


 執事は、確実にこちらを追って来ている。

 先ほどから姿を見せず音も立てないが、かすかな気配だけがずっと付いて回っていた。


 隠形(おんぎょう)に類する魔法を使っているのだろう。


 足を止めれば殺される。

 ヤクモは、このまま表に回ってアラガミたちと合流するつもりだった。


 敵がカミュラ一人に迎え撃たせた理由は、捨て駒か信頼のどちらか。

 彼女が捨て駒だろうとそうでなかろうとアラガミたちをナメていることに変わりはない。


 逃げたこちらを追った以上、カミュラに時間稼ぎをさせて逃げるつもりがない、ということなので、こちらを皆殺しに出来ると考えているはずだ。


 そんな事をつらつらと考えながら庭の出口に差し掛かったところで、ラトゥーからの返事があった。


「出来るなら……自分の手で決着をつけたい、とは思いますが……」


 歯切れの悪さは、その力がないことを十分に自覚しているからだろう。


 怯えているわけではない。

 肝の座った賢い相手は、ヤクモにとって最も好ましい人種だった。


 ーーー僕と相性が良い。


 ヤクモは微笑みながら、あえて問いを重ねる。


「それは本心から?」


 アラガミの方も、一度スサビを呼び戻して戦闘を中断しているようだ。

 自分たちが合流して、そのまま混戦になることはないだろう。


 もうすぐ正面に、アラガミたちの姿が見えてくる、そのタイミングで、ラトゥーはしっかり返事をした。


「ーーーはい」

「だったら、やろう」


 ヤクモは、自分に必要な話を続けて口にした。


「僕は後で、君の目を見てこう問いかける。『汝、力を望むか?』とね。そうしたら君は、こう答える……」


 息が上がって苦しくなって来たが、自分を信頼してもらうために声は揺らさない。

 ラトゥーに自分を信じてもらうこと、それがヤクモには必要なことだった。


「〝契約(コネクト)〟と。それだけでいい」

「……そうすると、どう、なるんですか?」


 屋敷の中だけで生活していたからだろう、ラトゥーも体力がそうあるわけではないようで、息が上がっていた。

 

 彼の問いかけに、ヤクモは小さく笑みを浮かべて片目を閉じる。


「ーーーそれが、君を強くする魔法の言葉なのさ」

 

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