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この程度の手助けは受けやがれ!


「ーーーハッハァ!」


 牙と爪を伸ばすカミュラに対し、長剣をかついだスサビは犬歯を剥き出しにした愉悦の笑みを浮かべた。


 ゾワリ、とこちらは熱気を帯びた魔力を放って、全身が魔導輸送車の中で見たのと同様に青い毛並みに覆われる。


 だが、今回の変化はそれで終わりではなかった。


「【トツカ】ァ! ーーー《天衣無縫(テンイムホウ)》!」


 彼女の呼びかけに、手にした【魔導の武具】が柄にはまったコアを輝かせた。


 だがその呪文は、魔法を発動するものではなく【トツカノツルギ】を本来の姿に……スサビ自身から分化した擬似魔導具(・・・・・)の力を解放し、肉体を獣人としての『在るべき状態』に戻すものだ。


 コブのようなツノが大きく伸びて、それぞれが長短に枝分かれした二本の竜角に。

 瞳が光彩を絞るのみならず、白目の部分が黄金色に輝く。


 毛並みの下には鱗が生えて、両手が第一関節から先が爪と化した異形の手と化した。


 その上から、アラガミが追加した鎧が肉体を覆う。

 青く染めたダマスカス製の竜頭を模した兜に、異形の肉体の重要な部分を覆う鎧。


 背骨の中ほどから蛇にも似た細く長い尾が伸びて、その先にも刃が形成される。


 おそらくは世界で唯一の、生体融合型の【魔導の鎧】ーーースサビにしか扱えない、アラガミの魔導具の中で最も勇者の鎧に近い最高傑作【スサノイクス】。


「ぶッッッッ殺してやるぜぇ!!」


 翼のない竜、とでも呼べる姿になったスサビは、愛剣を手に跳ねた。

 フワリと中空に浮き上がったカミュラに向けて、粉塵を巻き上げながら突っ込んでいく。


 しかし、振るった刃は硬い衝突音を散らしながら、格子状に交差させた彼女の両手の爪で受けられた。


「ッ凄い力ですわね!」


 軽く宙で跳ね飛ばされたカミュラは、クルリと踊るように身を翻して落下するスサビの背後を取ると、先を合わせた右手の五指で刺突を放つ。


 しかしその刺突も、スサビが備える尾によって受け流された。


「グゥルァ!!」


 獣のような吼え声とともに、体を捻ったスサビがトツカを振るうと、剣閃が放たれる。


 スサビのオリジナル魔法である、斬撃魔法アメノハバキリ筋力強化魔法アラシガミは、本来彼女が持つ風を操る力だ。


 全開状態のスサビは、呪文の助けなくそれを常時発動している。


「うふふ……惑いなさい」


 カミュラは、なすすべなくその剣閃を受けた、ように見えたが。

 ブワァ、と風圧によって笑みを浮かべた彼女の体が白い煙となり、形が崩れて霧の集合体になる。


 中級肉体変化魔法『イリュージョンミスト』だ。


「相性悪ィな、おい」


 アラガミは戦況を見極めながら、作業ズボンのポケットを探った。

 取り出したのは、小さな球体である。


「砕けろ!」


 使い捨ての魔導具であるそれを、アラガミは呪文を口にしながら霧と化したカミュラに向かってぶん投げた。


 当然霧である彼女の体に潜り込んだそれは、本能的に危機を感じたらしく文字通り霧散していく吸血鬼のど真ん中で弾ける。


 パン! と軽い音を立てて周囲に撒き散らされたのは、爆風ではなく、塩だった。


 だがただの塩ではなく、聖水の原料となる清塩である。


『キャァ!』


 甲高い少女の悲鳴とともに、魔力に反応した清塩がバチバチと火花を散らした。

 霧化を解かれたカミュラが痛みに顔を歪めながらアラガミを睨みつけてくる。


「痛いわね!!」

「邪魔すんな、おっちゃん!」


 着地したスサビにまで怒鳴られて、アラガミは青筋を浮かべた。


「このクソガキ、テメェとそいつは相性最悪だろうが!! 遊びじゃねーんだぞ!!」

「そんなもん《アラミタマ》使や一発で……」

「屋敷ごと叩き潰す気かこのボケが!!」


 あまり派手に暴れ過ぎれば、元凶の吸血鬼を退治してノスが工作するより先に、街の連中に気づかれる。


「いいから黙ってこの程度の手助けは受けやがれ!!」


 清塩を撒き散らすこの魔導具は、本来は自分の頭上に放り投げて野宿用の簡易結界を作り出す【テント球】と呼ばれるものだ。


 魔物除けの一種だが、聖属性を嫌う存在に対してはそれなりに有効な手段である。


 大したダメージにはならないが、霧化するたびに痛みを味わうとなればカミュラも躊躇するだろう。


「クソ、面白くねーな!」


 文句を垂れながら、スサビは再び吸血鬼の少女に襲いかかった。


※※※


「コウくん。さすがに状況が厳しい」


 【魔導の闘衣】を励起したコウに、ヤクモはささやいた。


「一旦、隙をついてアラガミたちのところに行こう」


 しかし彼は、首を横に振った。


「いいや。このままやる」

「……蛮勇は、彼女の言う通りに死を招くよ」

「蛮勇なんかじゃない」


 コウは、両腕を斜めの逆さ十字(アンチクロス)に構えると、腰の脇に向けて大きく振り払う。


魔力解放(オールレディ)! 《突撃形態(チャージジャケット)》!!」


 ジャイアントバットと対峙した時とは別の呪文を唱えたコウの闘衣ーーー【Alternate(オルタネイト)-0(ゼロ) 】が、コアから放出した魔力を受けて形を変える。


 頭部全体が、闘衣から魔力によって形成された漆黒の兜と鉄仮面に覆われた。

 邪悪さすら感じる尖った印象の頭部の中で、瞳のなくなった眼球がさらに赤く輝く。


 闘衣自体も、衣服のような質感から甲虫に似た装甲へと変質し、体に張り付いて人体を模したような形状に変化した。


 コアから走る魔力導線がより一層輝いて、装甲に変化した闘衣の隙間に赤い(ライン)が走る。


 攻性結界を形成する魔法陣を仕込んだ両拳のフィストガードがさらに分厚く、凶悪な形状になり、肩甲骨の辺りに短い装甲の翼とコアに似た赤い球体が一対形成された。


「こいつらが、俺の家族を殺したんなら……」


 勇者の鎧を模した魔導具とは似通うものなのか。

 どこかスサビの全力時に似た、しかしより禍々しい姿へと変わったコウが、低い声で言いながら足を一歩踏み出す。




「ーーー刺し違えてでも、殺す。今の俺の、全力で」




 もう逃がさない。


 そう告げながら、コウはエリーに向けて突撃した。

 全身から迸る魔力そのものは、目の前の彼女が放つ威圧にすら劣らない。


 が、ヴェールの女吸血鬼は、突き出された拳に対して静かに左手を上げた。


「〝無駄です〟」


 その言葉自体が呪文だったのだろう。

 濃縮された、目に見えるほどの魔力によってエリーの左手の前に防御結界が展開される。


 コウの攻性結界と衝突して、一瞬の均衡の後に魔力の爆発が起こった。


 ーーー拮抗してるのか。


 ヤクモは驚きを感じながらも、その余波に巻き込まれるのを避けるために、棒立ちのラトゥーにタックルした。


 押し倒して、中折れ帽が飛ばないように手で押さえながら、首を横に曲げて爆風の中に目をこらす。

 ふい、と音に紛れて動き出した老執事を見て、思わず舌打ちした。


「まったく。こっちの準備が整ってないっていうのに……」


 無茶するよねぇ、と思いながら、ヤクモは爆圧が吹き抜けた直後に体を起こして魔導拳銃を連射した。

 破邪魔法は本当に効くようで、こちらに迫っていた老執事が魔法弾を避けて後退する。


 回転式弾倉を持つこの魔導拳銃は、中の魔法を詰め替えることが可能な代わりに弾数に制限があった。


 麻痺銃と違い、対亜人用の装備としては聖属性特化の拳銃なんて使い道が限られるからだ。

 制作者であり調整士(スミス)でもあるアラガミに、いちいち一個一個無限銃弾のものを調整してもらうわけにもいかない。


 ーーーまぁ、喜んでやりそうではあるんだけど。


 今回はさすがに時間がなかった。

 破天荒な幼なじみの顔を思い浮かべたヤクモは、こんな時でも笑みを浮かべる。


 いついかなる時でもユーモアを忘れないこと……それが、常に冷静であるための条件だとヤクモは思っていた。


「リラックスリラックス。さ、立つんだ。窓から飛び降りるよ」


 状況についていけずに混乱しているラトゥーにあえて軽い言葉をかけて立たせると、ヤクモは彼の肩を抱いて窓の外に飛び降りた。


 二階とはいえ天井が高いので、登るのにも苦労したが降りるのもなかなかにスリリングだ。

 ほんの数秒にも満たない滑落感の後、地面に降りた衝撃を感じながらゴロゴロと転がる。


 着地の瞬間、自分が先に降りて回転に巻き込んだので、ラトゥーにはさほどのダメージはないだろう。


「げほっ! 大丈夫?」


 声をかけながら、翼を生やして降りてこようと窓枠に足をかけた老執事に向けて、さらに残弾を牽制として放つ。

 一度頭を引っ込めている間に、カラになった銃倉ごと拳銃から引っこ抜いて新しい弾倉を装填したヤクモは立ち上がったラトゥーを連れて走り出した。


 残弾も時間も、余裕はあまりない。

 それまでに、とっておきを使うための準備を終えないといけなかった。


「ラトゥーくん。走りながら少し話を聞いてくれるかな?」


 ヤクモの問いかけに、ラトゥーは背後を気にしながらも無言でうなずいた。

 

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