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そうと決まりゃ、さっそく行くか。

「この街に吸血鬼がいる、という噂が流れれば」


 ヤクモは指で唇に触れながら、ここではないどこかに目を向けていた。


「僕たちのような連中が来る。それが狙いだったんだね」


 ノスは、問いかけともつかないその言葉に沈黙で答えた。


 彼の額に軽く額に汗が浮かんでいるのは、この裏切りをエリーに知られることを恐れて、だろうか。

 聞かれていない、と分かっていても『親』に当たる吸血鬼のことが不安なのだろう。


 恐怖は人の心を縛る。

 自らが大きく育てた相手の影に、必要以上の怯えを感じるようになるのだ。


 吸血鬼になっても、正気を保っていればそれは変わらないのかもしれない。


「噂と同時に表向き、というか議会やエリーも納得するだろう『街の発展と、それに合わせた治安維持向上』の手段としての、夜間常備灯の設置依頼を出す」


 ノスのことを気にした様子もなく、ヤクモは物事の流れを暴く思考の渦に沈んでいた。


「実際に吸血鬼が光を嫌うかどうかはともかく、一般的には嫌うと言われている。噂を流したことと重ね合わせて考える奴がいれば、吸血鬼の噂に信憑性を持たせられる」


 しかも、とヤクモはさらに続ける。


「このやり方なら、バカはこない。依頼として直接的に出された訳ではない、ただの噂話だ。……魔物退治を生業にしている奴にとっても、報酬が約束されていない噂。そんな噂の裏をわざわざ調べる酔狂者がいて、その耳に届くかどうかは、随分と回りくどい賭けだっただろうけど」


 ブツブツとつぶやいていたヤクモは、ピタリと唇を撫でる指の動きを止めて、ノスに焦点を合わせる。


「あなたは、賭けに勝った」

「勝ったかどうかは、まだ分かんねーだろ」


 アラガミは、あえてそこで口を挟んだ。


「今の段階じゃ、俺らが逆に殺されるかも知んねーんだしよ」

「おっちゃん。オレが吸血鬼に負けるってのか?」


 寝かけていたくせに、そういうところだけ不満そうに反応するスサビに、アラガミはアゴを上げた。


「俺らにとっての勝ちと、ノスにとっての勝ちは違ぇだろうが。単に街から元凶を追っ払えばいいってもんじゃねぇ」


 完膚なきまでに叩き潰した上で、ラトゥーの生活が保証されること。

 それがノスにとっての勝ちだ。


「ムズかしーことはどうでもいいよ。オレは犯人の吸血鬼を殺せばいいんだろ? おっちゃん、流石に止めねぇよな?」


 好戦的な笑みを浮かべながら煽るように牙を剥くスサビに、アラガミは無精髭をザリザリと撫でながら鼻を鳴らした。


「そいつを判断するのは、ノスの話の続きを聞いてからだ」

「噂を流そうと思ったきっかけは、少女の死か、コウくんの家族の惨殺か……どっちかな?」


 思考の海から戻ってきたヤクモは、ノスに話しかけつつ、コウに目を向けて痛ましそうな顔をした。


「両方、ですね。二つの事件は、ほんの十日ほどの間に起こったんです。エリーはすでに、タガが外れている」


 ノスはそう言って、ほとんど手をつけていなかった紅茶のカップを手に取った。

 吸血鬼に血液以外の食事が必要なのかどうかは分からないが、夕食も食べていたし、嗜好品のような感覚なのかもしれない。


「最初に殺された少女は、私に血液を提供してくれていた子でした」


 喉を潤してカップを下ろし、少し怯えが収まったらしいノスが、先ほどよりも冷静な口調で言う。


「私は、魅了などで彼女に血を渡すことを強制はしませんでした。確かに若い女性の血は美味ではありますが、血であれば男性でも同じように糧になりますので」

「メシになる相手は、別に誰でも良かった、ってことか」

「……ええ」


 ノスが少し嫌そうな顔をしたが、自分を生かす糧になるものはメシである。

 相手が生きた人間だろうとそれは同じだ。


「殺された少女は、街のカラクリを理解した上であなたに血を吸われていたのですね?」

「はい。理由を説明し、納得してもらう。他の吸血鬼はしりませんが、私はいつもそうしています」


 ノスは、本来他人を尊重するタイプなのだろう。

 相手が年下の女性だろうと、必要なことを説明するその姿勢は好ましい。


「ですが、ある日の吸血の後……彼女は、死にました」

「それはテメェが殺したのか?」

「いいえ。私はいつも通りに血をもらい、見送られてその場を後にしました。なぜ死んだのか、を知ったのは、エリーにそう告げられたからです」


 『あなたの大事にしている子を、今殺してきた』と、笑いながら言われたそうだ。


 ノスの口から語られるエリーの悪意に、アラガミは怒りを覚える。


 ーーー人の命をなんだと思ってやがる。


 同じ吸血鬼でも、ここまで違うのだ。

 仮に魔物であったとしても無闇に殺すのが趣味ではないアラガミには、エリーがそれを愉しむ気持ちが全く理解できなかった。


「コウくんの家族を惨殺したのも、エリーかな?」

「だと、思います。そちらに確証はありませんが、私がコウくんを街に誘っていたことを、彼女は知っていました」


 その言葉に、アラガミは疑問を覚えた。


「コウ。テメェを誘ってたのはノスだったのか?」

「……そう、聞いていますが」


 ノスから目を逸らさないまま、コウがボソリと答える。


「実際に俺のところに来たのは、本人じゃなくて黒髪の女の子です」

「黒髪の?」


 アラガミがそれを聞いて脳裏に思い浮かべたのは、ノスの義理の娘だった。


「カミュラが……」


 同じことを思ったのか、ノスがその名をつぶやく。

 なぜかその顔に、不審そうな色が浮かんでいた。


「名前は知りません。ですが彼女はノスの使者だと名乗り、俺に『家族を捨てて付いてくるのなら街中に住ませてやってもいい』と、そう言ったんです」


 コウは、身を乗り出すようにギラついた目でノスを見る。


 悪い兆候だ。

 アラガミは、横に座るコウの肩を押さえた。


 彼は抵抗しなかったが、こちらを見向きもしない。

 対するノスは、戸惑った顔をしていた。


「あんたが、そんな交換条件を出さずに、家族ごと受け入れてくれていれば……あの人たちは、死ななくて済んだかもしれない……」


 声音こそ静かだったが、コウはノスの返答次第では止まらないだろう。

 アラガミは軽く腰の後ろに手を伸ばしたが、それに対してヤクモが目配せをして来た。


「?」


 その意味を測りかねていると、ノスが戸惑ったような顔のまま口を開く。


「少し待ってほしい。私はそんな言伝を頼んだ覚えはない」

「しらばっくれるのか……?」

「そうではなく、私が言伝を頼んだのは執事のアラドです。なぜカミュラが……それに私は、家族を捨てて、などと言った覚えもない……」


 アラガミは、それを聞いてヤクモに尋ねた。


「どう思う?」

「その辺りがキナ臭いね。コウくんに関しては、なぜ誘おうと?」

「壁外区で、腕の評判を聞いたからです。何度か家を訪ねて、人柄にも問題はなさそうでしたし。何よりも……【魔導の闘衣】が」


 歯切れ悪くそう返事をしたノスは、アラガミたちが黙っていると、諦めたように続きを口にした。


「素晴らしいもの、でしたから。もし戦闘訓練を受けて、コウくんが育ってくれたら、エリーに対する牽制になるかと思ったのです」


 エリーの狂気に関しては、これほど明けっぴろげになる前から分かっていたのだろう。


「カミュラは、エリーの娘だったな。吸血鬼なのか?」

「ええ。本当は母親同様、私より長く生きています。私の二代前の領主がエリーで、その頃はエイル、と名乗っていました。以前の当主は、エリーに殺されています」


 表沙汰にはなっていませんが、とノスが言う。

 先代当主は、エリーの逆鱗か何かに触れたのかもしれない。


「なんとなく流れが読めたな」

「領主としての権力を使って、好き勝手に遊んでいたんだね。その結果、真祖に見限られ、同時にタガも外れた、と。それ以降、事件が起こっていないのは気になるけど」


 アラガミが、肩から力の抜けたコウを見下ろすと、彼は俯いたまま小さくこう呟いていた。


「ノス、じゃ、なかった……」


 親しくしていた相手。

 家族を捨てろと言われ、吸血鬼だと発覚し。


 恨みの全てを向けた相手が、実は恨む相手ではなかった、という事実に、ついていけてないのだろう。


 アラガミは彼の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。


「だから、視野が狭ぇってんだよ。次に何かありゃ、まずは事実を確認しろ」


 青年の頭から手を離したアラガミは、右の拳を左の手のひらに打ち付けた。


「そうと決まりゃ、さっそく屋敷に行くか。グズグズしてても仕方ねーしな」


 吸血鬼退治だ、と告げると。


「待ち飽きたぜ!!」


 と元気に答えたのは、スサビだった。

 

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