なんでテメェは吸血鬼になった?
魔導輸送車に移動したアラガミは、居住区で輪になって【マナブレイク】を止めた。
「吸血鬼……は、大丈夫なんですか?」
「輸送車の装甲は抗魔綱製だからねー。透視の魔法が強力だと、完全に見えないってわけではないけど、話を聞かれることはないよー」
ヤクモが皆に振る舞う飲み物を準備しながら答える。
彼の説明に反応したのは、床に腰を下ろしたノスだった。
「レジスタイト……あの、魔法を阻害する効果を持つ伝説の金属ですか?」
「伝説ってほど大したもんじゃねーよ。抗魔綱に加工すんのは手順がめんどくせぇが、材料はそこら辺で手に入るしな」
アラガミはあぐらを掻き、工房から持って来た小さな腕輪型の魔導具を手でいじりながら首を横に振った。
破邪の魔法陣だの、抗魔の鎧だの、今は使い方や製法が失われた、と言われている上位結界や防具の素材なのは間違いない。
が、要は魔導導線と同じく、聖水から作れる魔力遮断素材なのだ。
ぶっちゃけ、そこいらの話は作れる奴が作り方を隠してたせいで誰も使えなくなってたり、役に立たないから作らなくなっただけである。
「スライムの粘液とただの鉄粉、それに聖水。抗魔綱の材料は、薬剤や生成の為の魔法陣を除けばそんだけだ。配分と製法さえ探り出せば、自分が使う分を作るくらいなら大した手間じゃねぇよ」
「そ、そうなんですか?」
「いや、製法を探り出すのが難しいんだと思うんですけど……」
「そうか?」
趣味で作ろうと試行錯誤してたら作れただけだ。
好きでやってたんだから苦でもなかったしな、とアラガミは肩をすくめた。
今は【永久の魔導球】や闘衣作りの技術が失われているから見直されているが、また作れるようになれば見向きもされなくなる技術である。
【魔導の闘衣】全盛の時代では、戦う連中は魔導具を使う素質持ちだったのだ。
相手の魔法を防ぐするにはそれこそ闘衣の強固な防御魔法を使えば済んだ話であり、わざわざ自分の魔法まで阻害するようなモノを使う意味がない。
魔法を使えない奴が前衛やって通じてたのは、その前の時代だ。
「少なくとも、こういうデカイもんを魔法から守るにゃ有用なモンではある。防御結界と同じで、防具として体にぴったり張り付いてりゃ問題だが今みたいな使い方なら影響ねーしな」
あくまでも、抗魔綱表面と、その周囲数十センチ程度の範囲にだけ効果が及ぶのだ。
アラガミは膝を叩いて話を戻した。
「まぁ、ンなことはどーでもいい。それよりスサビ、そろそろ見せてやれ」
アラガミは、後ろの工房につながるドア近くで腕組みしつつ、あくびをしているスサビに話を振る。
「はいはい」
頭を掻いたスサビが、自分を見るノスとコウに笑みを向けると、ざわり、と彼女の服の裾と髪が浮いた。
魔力の影響だろう、場の空気が鋭く引き締まる。
そしてすぐにスサビが変化を始めた。
ビキビキ、と音を立てて口元から犬歯が鋭く伸び、瞳孔が猫のようにギュッと細くなる。
両耳の上にボコリと鋭いコブのようなものが盛り上がって、さらに耳がエルフのように長く伸びた。
そして、腕や頬などが青い体毛に覆われてゆき……一瞬の変化の後、そこに立っていたのは人の形をした異形だった。
「おっちゃん、もっとやんの?」
「いんや、十分だろ」
アラガミが、コウとノスの反応を見て首を横に振ると彼女はすぐに元の姿に戻った。
「狼……ですか?」
「残念ながら、そいつはハズレだ」
アラガミは、ホッと息を吐いてから漏れた青年のつぶやきを否定した。
「スサビは、竜種の獣人なんだよ」
「竜……」
「今も昔も、ほとんどいないらしいけどねー」
紅茶を淹れ終えて、ヤクモがそれぞれにカップを手渡した。
自分も紅茶の香りを嗅ぎながらキッチンカウンターにもたれ、ニコニコと告げる。
「ただでさえ希少な獣人の中でも、竜人はほとんど情報すらないんだよねー」
そしてカップの紅茶を一口すすり、彼は話を続けた。
「それどころか、僕の知る限り、竜人が最後に実在を確認されたのは……それも確実じゃない話だけど……前文明に『勇者の装備』を提供した最後の勇者パーティーにいた、というところまで、だ」
そんな境遇からか、当然仲間もいなかったスサビは、物心ついた頃から持っていたという【トツカ】を手に野山を駆け回っていたらしい。
昔の話は、スサビに詳しく聞いたことはないのだが。
「一説には、竜種の獣人は天からの御使いとも言われてるけどねー」
「クソガキは、どう見てもただの野生児だろ」
「おっちゃん、一言余計じゃね?」
ーーーテメェに言われたくねぇ。
口を挟んだアラガミは、デカい胸を反らして下唇を突き出すスサビにそう言われて、鼻を鳴らした。
「てことで、こっちの事情はそんだけだ」
アラガミは手にした腕輪をイジるのをやめて、吸血鬼領主に指を向ける。
「次はテメェの番だ、ノス。事情を喋れ」
「言い方考えようよ……」
再び表情をこわばらせたノスを見て、ヤクモが苦笑しながら告げてくるが、無視する。
こっちは腹を割ったのだから、遠慮する必要などない。
「なんでテメェは吸血鬼になった?」
ノスは、一度深く息を吸ってから、再び確認を取ってきた。
「本当に、この中の話は外には聞こえないのですね?」
「少なくとも、上位の千里眼魔法でも中の人数くらいしか分からなかった、って程度には強力だよー」
知り合いの魔導師に協力してもらって、以前確かめたことがある。
ヤクモの探査魔法のように、一度外への繋ぎを作っていても、魔導輸送車の中では効果が下がる。
外では相手の居場所も分かるが、中だと動いたことくらいしか分からない、というところまで考えて。
「って、おいヤクモ」
「何?」
「テメェ、そういやマーキングしてやがったな。だったら、ノスがあの墓地に居たことも知ってやがったんじゃねーのか?」
アラガミが半眼で問いかけると、ヤクモは紅茶を飲み干して満足げな息を吐いてから、いつものヘラヘラ笑いを浮かべた。
「墓地に手がかり、あったでしょ?」
「このタヌキが」
「別に嘘はついてないよー。言わなかっただけで」
この腹黒は、一体何をどこまで考えて動いているのかと、アラガミは思わず眉根を寄せた。
ヤクモの軽薄そうな笑いを見ていると、今のこの状況ですら、彼の手のひらの上なのではと思えてくる。
が、そんなやりとりの間にどうやら覚悟を決めたらしいノスが、口を開いた。
「誰にも聞かれていないのなら……洗いざらい、お話します」
ノスの言葉に、コウが軽く肩を震わせた。
飲み干したカップを頭上に持ってきて、浅ましく残った水滴まで飲もうとしていたスサビも、チラリとノスに目を向ける。
アラガミは、ヤクモと目を見交わしてから話を聞く姿勢を見せた。
ノスは軽く目を伏せて、どこか暗い声音で話し始める。
「ーーーことの発端は、私が病気にかかったこと、でした」




