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跳ねた小僧が良いもん持ってた。


 しばらくすると、スサビが改めて顔を見せた。


「これでいいんだろ?」


 スルリ、とアラガミとヤクモの間に降りてきた彼女は、薄手の白いシャツをはおっている。


 礼服の中着だ。

 が、ブカブカな上に前ボタンを閉めていないので余計にエロくなっている。


 アラガミは、何も分かっていないクソガキにピクピクと眉を動かした。


「全ッ然意味ねぇ……ッ!!」

「スサビちゃん、それ僕の私物だよー?」

「一番近くにあったからな。別にいいだろ」


 ーーーそういう問題じゃねぇ。


 少しズレた文句を言うヤクモに、思わずハンドルを握り締める。

 それに気づいたのか、古馴染みはやれやれ、と言いたげな口調で話しかけて来た。


「まぁほら、よくはないと僕も思うけどさ。欲情してスサビちゃんを襲ったところで、返り討ちに遭うだけじゃない?」

「……」


 ヤクモの言いたいことは分かる。


 スサビは剣士であり、実は3人の中で一番腕が立つのだ。

 最初はひょんな事から拾ったのだが、今は荒事関係の用心棒としてきちんと雇い、金も払っていた。

 

 本来なら『服装に気をつけろ』だのと口うるさくするほうが、自分でもバカげている気はする。


 が、アラガミは言わずにいられない性分だった。


「それでもせめて、前くらい閉じやがれ!」

「おっちゃんが冷却の魔導具使ってくれたらなー」


 横目に見えるスサビは、ダラけきった態度でアグラをかいた。

 アラガミは舌打ちしてから、吸い終わったタバコを灰皿に押し込むと開けていた魔導車の窓を閉める。


 あまり魔法を使いすぎると大型魔導車を動かすコアの魔力が足りなくなるのだが、そろそろジャンク山だけでなく街も見えてくる距離だ。


 アラガミはハンドルの魔法水晶に触れて、冷却魔法の魔導具を発動した。


「……スサビ」

「はいはい。んで、次の仕事は何だったっけ?」


 スサビは、冷風の吹き出してくる場所に顔を近づけながら、大人しくボタンを閉じ始めたようだった。


「次は、今荷台に積んでる大型コアを取り付ける依頼だね」


 ヤクモが、手帳を取り出してめくる音が聞こえる。


「最近あの街は羽振りがいいらしくて、治安向上の為に、夜の表通りを照らす光魔法灯を付けるんだってさ」

「へー」

「というのは、多分表向きの話」


 パタン、と手帳を閉じる音がして、ヤクモの声が楽しげなものに変わった。


「それを付ける本当の目的は、もっと具体的なものだと僕は見てる」

「あん?」

「どういう意味だよ?」

「あの街は、吸血鬼が出没してるって噂なんだよねー。その対策に、夜間の明かりが欲しいんじゃないかな」


 スサビはその話に興味を示したようだった。


「ホントかよ、それ」

「噂だよ。でも、信憑性(しんぴょうせい)は高い」


 吸血鬼。

 それは過去に人類が世界の頂点から追いやったはずの亜人の一種だ。


 が、今の時代に亜人と魔物は隆盛を取り戻しつつある。


 魔族の力を増大させるという魔王の加護を受けた亜人たちは、人間たちへの反撃を開始したのだ。


 魔王と対になる存在を勇者足らしめる装備を失った人々は、文明の名残を頼りに、そんな亜人たちにどうにか対抗しながら暮らしている。


 だが、強大な力を持つ天敵の情報を聞いて、スサビはむしろテンションを上げた。


「面白そうじゃん!」


 彼女は腕が立つ。

 が、強い奴と戦うのが何よりも好き、という厄介な戦闘狂でもある。


「そっちもついでに退治して、金儲けになれば一石二鳥だね」


 ヤクモが軽く言うのに、アラガミもニヤリと笑いながらうなずいた。


 魔物や亜人は脅威だ。


 が、生まれた時からそういう状況でも生き残って来た自分たちにとっては、彼らに襲われるのはただの日常である。


「金を出す奴に話をしに行くか。なんせただの魔法如きじゃ、俺の作った魔導具にゃ勝てねーからな!」

「おっさんの魔導具好きは筋金入りだからなぁ……」


 アラガミが、なぜかげんなりとした声を上げるスサビにチラリと目を向けると、その向こうのヤクモがメモをしまいながら肩を竦める。


「そのお陰でアラガミは旅してくれて、スサビちゃんは用心棒料、僕は情報料をもらえるんだから、いいじゃない」

「おっちゃんは魔導具の話始めると長ぇのがなー……ん?」

 

 スサビが遠くを見るように前に向けた後、首をかしげた。


「なぁ、ジャンク山のとこに誰か倒れてねーか?」


 はるか先にあるそれを指差されて目を向けるが、何も見えない。

 アラガミはタオルを巻いた頭をガリガリ掻きながら、さらに目を細める。


「おっちゃん、老眼か?」

「テメェぶち殺すぞ。単純に遠すぎるんだよ!!」

「いやいや、衰えてるだけじゃね?」


 そんな彼女の横で、身を起こしたヤクモが双眼鏡を覗きながらうなずく。


「確かに、誰か倒れてるねー。よく見えるもんだ」

「若いからだよ」


 へへへ、と立てた片膝に肘を置いてこちらをさらに煽りながら、スサビが笑う。

 アラガミは手を伸ばし、彼女の耳を思い切り引っ張った。


「イテテテテ!! 何しやがる!」

「テメェはその胸や口や目に回してる栄養を、少しは口を滑らせたらどうなるかを考えるほうに回したらどうだ!? あァ!?」

「おっちゃんだって、頭の出来は大して変わんねーだろ!?」

「俺とテメェを一緒にするんじゃねーよ!!」


 ギャンギャン言い合ううちに、ジャンク山が近づいてきた。

 その麓に誰かがうつ伏せに倒れているのが、アラガミにもようやく見える。


「死んでるのか?」

「いや、動いたねー」


 ヤクモの返事に応えるように、その人物がピクっと動いた。


「おー、イテェ……」


 スサビは、まだ耳をさすっている。


 魔導車の振動でも感じたのか、倒れた人物が頭を上げた。

 黒い服に黒髪、特に際立った特徴もない幼な顔の青年。


 


 ーーーこちらを見て表情を引き締めた彼は、いきなり濃密な殺気を放った。




「……あ?」


 そのまま俊敏に体を起こして地面を蹴り、尋常ではない速度でこちらとの距離を詰めてくる。


「って、おい!?」


 このままだと正面から衝突するが、相手は速度を緩める気配がない。

 何考えてやがるんだ、とアラガミは慌てて減速魔法即時発動の専用ペダルを踏んだ。


「うわ!?」


 ヤクモがいきなり速度を緩めたせいで体が浮きそうになって、あわてて座席を掴む。


「間に合わねぇ……!! 小僧止まれやァ!!」

「えらい勢いだなー」


 焦るアラガミたちの間で姿勢も崩さないスサビが呑気に言い、横から手を伸ばして魔法水晶に触れた。


「結界はつどーう!」


 自前の音声案内とともに、魔導車の前面に備え付けの防御結界が展開される。

 突っ込んできた青年が目に見えないそれに無防備にぶつかり、ドガァン! と派手に吹き飛んで宙を舞った。


 地面をゴロゴロと跳ねながら転がり、仰向けのまま動かなくなる。

 そこでようやく、魔導車が停車した。


「おいおい、死んでねーだろうな……?」

「んー、多分それは心配ねーよ」


 好戦的な笑みを浮かべたスサビが、足元から魔導の武具を取り上げる。


 拾った時から彼女自身が持っていた、身長の半分以上ある長剣だ。

 その柄には、宝玉のような美しい【魔導球(コア)】が埋まっている。


「出るぜ?」

「ああ」

「どけよヤクモ。お前、いつまで転がってんだ」

「ぐふっ!」


 ヤクモを踏みつけるように助手席側から外に飛び降りた彼女は、近づいて青年を観察して一つうなずいた。

 そして、ハシゴを使ってトラックを降りたアラガミに悪戯っぽい笑みを向ける。


「やっぱりだ。おっちゃん、こいつが着てる服は極上の【魔導の闘衣(シェルベイル)】だぜ?」

「何!?」


 その言葉に、アラガミは目の色を変えた。

 青年が一体なぜ突っ込んできたのか、という疑問が頭から吹き飛ぶ。


【魔導の闘衣】は、前文明が作り出した魔導武具……それも勇者の鎧を模したものである。


 スサビが極上というからには『勇者の資質』を持つ奴にしか扱えない代物だろう。

 闘衣は、上質なモノになればなるほど効果の発動が難しくなる、と言われているが、それは違うとアラガミは思っていた。


 ーーー正確には勇者の鎧に近いものほど、勇者の資質を持つ奴にしか扱えなくなるのだ。


 故に前文明は完全な【勇者の装備】を量産できなかった……アラガミは、そう仮説を立てていた。

 仮に作れていたとしても、使える者のいない失敗作扱いだったのではないか、と。

 

「おい、小僧!」


 アラガミが駆け寄って両肩をガシッと掴むが、青年はまだ衝撃のせいかぼんやりとしている様子だった。

 が、そんな事には構わずに自分の要求を突きつける。




「ーーーテメェが着てるその闘衣、ちょっと俺に見せろ!!!」




「え……?」


 少し覚醒した彼の戸惑いに構わず襟首を掴み、片手で上半身を引き上げた。


「あれ? 一体、何がどうなって……」

「細けぇことはどうでもいいんだよ! さぁ来い!!」


 アラガミは、青年をズルズルと引きずってトラックに連行する。


「あーぁ、始まった。スサビちゃん、わざとでしょ?」

「おっちゃんも好きだよなー。ま、アレでオレも拾われたんだけど」


 ヤクモが呆れた顔で中折れ帽に手を添え、スサビがおかしげに喉を鳴らしながら剣を軽く撫でる。


 しかしアラガミは、どちらの言葉も気に留めなかった。

 頭の中は既に、青年の着ている闘衣を一刻も早くいじり回したい気持ちでいっぱいだったのだ。


「ガハハハハ、このお宝のコアは何だ!? 闘衣の素材は!? 補助呪文は上級か!? どんな攻撃魔法を内蔵してるんだ!? 見るために徹ッ底的にイジリ回さなきゃなァ!!」

「え、何で……と、闘衣が起動しないの……!?」


 なすすべもなく引きずられる青年は焦った声を上げる。

 闘衣に触れながら効果を発動しようとしているようだが、無駄なことだ。


 アラガミは、魔導球の発動を阻害する魔導具を使って、青年を無力化しているのだ。

 自分の半分程度しか腕の太さがない小僧など、闘衣がなければ赤子に等しい。


「あの、そこの人たち、見てないで助け……ッ!」


 青年が助けを求めてスサビらに手を伸ばすが、二人は目を見かわしてそれぞれに肩をすくめた。


「悪いけど、そうなったらアラガミは止まらないんだよねー」

「諦めなにーちゃん。殺されやしねーからよ」


 二人の声を聞きながら輸送車の後部ドアを開けると、悲鳴を上げる青年を中に放り投げる。


「一体何がどうなって……ッアー!!」

「さァ、お楽しみの時間だァ!!」


 アラガミは、そのまま自分もステップを踏んで中に上がり込み。


 バタン、とドアを閉めた。

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