その理屈は、テメェの敵と何が違うんだ。
「まずは俺らの話をしよう」
アラガミは、四人の顔を見回して話し始めた。
腹を割ると言った以上、始めは自分たちが腹の中を晒すべきだ。
自分の胸に親指を向けて、アラガミはコウを見る。
「俺は人間だ。魔力を扱う才能はカケラもねーが、魔導具作りだけは人よりちょっとばかし得意ではある」
まるで自己紹介のようだが、大体自分のことを簡単に説明しようと思えばそんなものである。
次にアラガミは、親指をノスの背後で銃を構えるヤクモに向けた。
「そいつは、事情があってちっとばかし人よりも特殊な野郎だ。が、亜人じゃねぇ」
3人の中では誰よりも魔族に近いが、彼もれっきとした人間である。
「子どもの頃から一緒に過ごしてたし、親も知ってる。どう特殊かっつーのは今は言えねぇが、まぁ、コイツは運が悪くてな。ノス、テメェと少し境遇が似てるかも知んねぇ」
「私と、ですか?」
「テメェは〝眷属〟だろ? 生来の吸血鬼じゃねぇはずだ」
「……ええ」
ノスは、少しためらった様子を見せてから頷いた。
当然の話で、息子のラトゥーと血の繋がりがあるのなら、少なくとも『人間だった期間』がないとおかしな話になる。
人間や獣から魔族の力を受けて異形と化したモノを眷属と呼ぶのだから。
そこで、詳しい生態を知っているヤクモがアラガミの話を引き継ぐ。
「本来、吸血鬼が『子』と呼ぶのは、血を分け与えて眷属とした者たちだよね。亜人の中でも、不死者と呼ばれるモノたちはかなり特殊だ。不老だけど、代わりに本当の意味では子どもを作れない」
ヤクモは、ノスから銃を離してホルスターに納めた。
それに気づいた吸血鬼領主は不思議そうな顔で振り向いたが、古馴染みの情報屋は軽く笑みを浮かべて人差し指を立てる。
「だが吸血鬼は、実際には死なないわけじゃなく、日光や流水が致命的に苦手な者が多い。あなたはその辺り少し違うみたいだけど、心臓と銀は伝承どおりに弱点なようだ」
それを確かめたから、ヤクモは抵抗する様子を見せないノスを脅すのをやめたのだろう。
あの拳銃は麻痺魔法を込めた【魔導の武具】であり、銀の銃弾など入っていない。
が、それを告げてやるには、ノスの目的などまだ分からないことが多かった。
「また吸血鬼は、肉体そのものは不老でも、魂の疲弊や、魔力の減衰などで肉体が維持出来なくなれば死に至る」
ちなみに【マナブレイク】の方は、正確には魔力を阻害するのではない。
魔力を魔法に変える流れに干渉するものだ。
つまり、強靭な肉体を維持する魔力の流れそのものを阻害しているわけではない、ということである。
そこらへんの理屈は、アラガミにも詳しいことは分からないのだが。
「あなた方が、吸血鬼でありながら代替わりをしている理由は、その辺りにあると思っているのですが、どうです?」
「ヤクモ」
そのまま、好奇心に満ちた目で質問を始めようとするヤクモをアラガミは遮った。
「まだ、こっちはスサビの話をしてねぇ」
「アラガミは律儀だよねー」
残念そうに首をすぼめたヤクモは、どうぞ、とでも言うように両手をこちらに向けて差し出す。
「次が最後だ。このクソガキだが」
「こんな時くらい名前で呼べよ、おっちゃん」
「うるせぇ、黙ってろ。……コイツは、ある意味では亜人だ」
アラガミは、ノスではなくコウに目を向けた。
彼は地面に膝立ちのまま、険しい顔を崩していない。
「しかし、コイツは魔族そのものでも、まして眷属でもねぇ」
そこで一呼吸置いたアラガミは、タバコを取り出しながらコウに真実を告げた。
「スサビは獣人なんだよ」
「獣人……っていうのは? 人間じゃないなら、魔族じゃないのか?」
コウは言葉を漏らしたが、どうやら彼は獣人について知らないようだった。
アラガミはタバコに火をつけて、ふー、と煙を吐く。
「獣人ってのはな、小僧。昔っから魔族と敵対してる亜人だ。数は少ねぇがな」
「例えば、吸血鬼と天敵同士の間柄の獣人というと、狼男なんかがいるね。昔から縄張り争いをしてるんだけど」
アラガミの言葉を、ヤクモが補足した。
魔力によって人以外の姿への変身能力を持つ種族で、中でも変身できるモノによってそれぞれに違う群れを形成している。
虎獣人や人魚、あるいは鳥人など、どれも魔物や魔族の敵対者なのだ。
「変身魔法を使える人間、ってことか?」
「ちょっと違うな。変身魔法『シェイプチェンジ』は、あくまでも人間が他のモンに擬態する魔法で、魔導師でも使える。獣人は、そもそも二種類の姿を持ってるんだ」
アラガミは、スサビにアゴをしゃくった。
「おい、見せてやれ」
「そいつがついてたら出来ねーよ、おっちゃん」
「おっと、そうだったな」
スサビが呆れた顔で魔導具を指差したので、アラガミはタバコを口にくわえてスパナをコウに向ける。
「今からほんの少しの間、マナブレイクの効果を解除する。暴れんなよ?」
「……」
無言のコウに軽く舌打ちしてから、アラガミは言葉を重ねる。
「いいか。もし暴れるそぶりを見せたり、効果が解除された瞬間にノスを襲おうとすりゃ、俺は即座にコイツを起動してスパナでテメェの頭をぶん殴る」
脅すのは趣味ではないが、コウは激情家な上に頑固だった。
はっきりと納得さなければ、まだまだ暴走しそうな気配がするのだ。
「家族の仇討ちもしねぇまま死にたくなけりゃ、事情を聞け」
「吸血鬼の事情なんか、聞いてどうする」
そう吐き捨てるコウに、アラガミは目を細めた。
「テメェはアホか。吸血鬼だって生きてんだよ。生きてりゃ、色々あるもんだ。……たとえ人間をやめてたってな」
「亜人を庇うなら、やっぱりアンタは俺の敵だ」
どこまでも頑ななコウに、アラガミはタバコのフィルターを噛んだ。
ーーー調子乗んなや。
思わず出そうになった悪態をこらえて、アラガミは顔を歪める。
「ほう。なら聞くがよ。吸血鬼だからっつー理由だけで、事情も聞かずに殺していいのか? あぁ?」
「亜人は人を襲う。俺の家族も、吸血鬼に殺されたんだ!!」
憎しみをむき出しにする青年に、思わずプツンと来た。
「ーーーその理屈はよ、小僧」
歯の隙間から押し出すように唸り、アラガミはスパナを握る手に力を込める。
「テメェの家族が『壁外区の人間だから』と捜査しなかった街の連中の理屈と、何が違うのか俺に教えてくれや」
「……!!」
「アラガミ。えぐり過ぎだよー」
「うるせぇ」
何を勘違いしているのか知らないが、ガキ過ぎるにも限度ってものがある。
「生きてりゃ辛ぇ事の一つや二つ、誰にだってある。望まずに人間をやめることも、生まれや性格のせいで他人に馴染めねぇこともな」
引き合いに出したのは、自分の仲間達だ。
旅にヤクモを連れ出したのは、彼の特殊な事情がある。
実際、旅に出るきっかけの一つにもなったのが、ヤクモだった。
だがアラガミもヤクモも、それを理由に故郷の連中を恨もうなどという気持ちはない。
「だんまり決め込んでんじゃねーぞ、オイ。壁外区に住んでりゃ悪ィのか。吸血鬼だったらそれだけで悪ィのかよ。答えろや」
「あ……」
息を飲んで青ざめるコウを、アラガミは怒鳴りつけた。
「辛ぇ辛ぇと、他人に八つ当たりしたって何も変わりゃしねーんだよッ! 必要以上に恨むなと、そう言っただろうが!!」
アラガミは手にしたスパナを、やり取りを聞いて目を丸くしているノスに向けた。
「俺はコイツの話が聞きてぇんだよ。別にそれでテメェの家族を殺した吸血鬼だって分かったんなら、その時はぶっ殺しゃいい。だがな、そいつは『殺すべき相手』だと確定してからの話だ」
今はまだ、そうではない。
「もしここで事情も聞かないままノスを殺して、そのせいでラトゥーのガキが殺されたり吸血鬼になっちまったら、テメェは責任持てんのか!?」
「ら、ラトゥー……?」
「ノスの息子だよー。その子はまだ、吸血鬼になってないんだ」
普段からバカのフリしながら、ラトゥーは辛抱強く助けを求めていた。
誰に届くかも分からない助けを、恐らくは何年も。
その根性に、アラガミは出来るだけ応えてやりたかったのだ。
ノス自身もそうだ。
「血の繋がった息子だ。コイツが本当に邪悪な吸血鬼なら、人間のまま放置しとく必要なんかねぇ」
そこには、何か事情があるはずなのだ。
「テメェはそれを聞きもしないまま、何も知らないまま殺すだけか。吸血鬼だってだけでよ。自分を思いやって欲しいなら、まずはテメェがそれをやれや!!」
シン、と沈黙が落ちた。
日はもうすぐ完全に沈むようで、空は黒く染まって星がまたたき始めている。
不意にノスが目を伏せて、顔を手で抑えた。
コウは唇を震わせながらまばたきもせずに黙り込んでいたが、やがて握りしめた拳から力を抜いて肩を落とす。
「……分かりました」
それを見て冷静になったアラガミは、タオルを巻いた頭をガリガリと掻く。
ーーーまたやっちまった。
コウに頑固だ、キレやすいといいながら、自分も大して変わらない。
「……クソが。ちっと遅くなったから場所変えるぞ」
「そうだね。グズグズしてると、ジャイアントバッドをやられた吸血鬼が、ここに来るかもしれないしねー」
「オレはそれでも構わねーけどな」
「不意打ちされるのは勘弁して欲しいねー、僕としては」
空気を変えるつもりか、スサビと軽口を叩いたヤクモがこちらに目を向ける。
「魔物が出たからノスの護衛がてら、魔導輸送車に向かおう。念のためにそれで、ノスの屋敷に送るってことで。そういう演技」
「どういう理由です?」
「あのジャイアントバッドを操ってた吸血鬼を欺くため。あなたじゃないんでしょ?」
ノスが小さくうなずくのに、ヤクモはコウに目を向けた。
「コウくんは、どうしようかな。アラガミと魔導具の話をするために、ノスに街に入る許可をもらったことにしようか」
コウはもう抵抗する気がなくなったようで、力なくうなずく。
その頭を、アラガミは手ではたいた。
「しょぼくれんじゃねーよ。テメェが悪いんだろが」
「はい」
「おっちゃんの口も悪いけどなー」
言いながら、スサビはニヤニヤと笑う。
その頬をつねりあげようと手を伸ばしたが、あっさり逃げられた。
「このクソガキ、今度はアラームと同時に攻撃魔法叩きつけるように目覚まし改造してやるからな!」
「殺す気かよ!」
「アラガミ」
逃げながら言い返して来るスサビを追いかけようとしたが、ノスを促したヤクモに呼び止められる。
「何だよ?」
「念のため、魔導輸送車に着くまでは魔導具を起動したままにしておいて」
「おう」
アラガミは手にしていた【マナブレイク】を起動したまま、再び腹巻の中に突っ込んで留め具に固定した。