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腹を割って話そうぜ。


「俺たちが亜人だと?」


 アラガミは内心の驚きを押し殺しつつ、コウの指摘をはぐらかした。


「何をバカなことを言ってやがる」


 しかしコウは、返事もしない。

 ジリッと一歩前に踏み出すのと同時に、その姿が掻き消えた。


 【オルタ】の持つ魔法効果の一つーーー短距離直線加速に特化した突撃。


 アラガミ自身の目ではその動きを追いきれなかったが……前に立つスサビは、あっさりと彼の拳を【トツカ】で受けた。


 長剣を片手で構えた彼女とコウのせめぎ合いで、魔力の余波が火花と化して辺りに広がる。


 スサビが風圧に軽く服や髪をはためかせながら、おかしげな笑みを含んだ声音で話しかける。


「人の話は聞けよ、コウ」

「お前らが『人』ならなッ!!」


 コウは、加速効果が消えると即座に拳を引いて、続けざまに上段蹴りを放つ。


 スサビが攻性結界を纏った足を手のひらで受けると、ドン、と重い音がして再び魔力のせめぎ合いが起こったが、彼女自身は微動だにしなかった。


「スサビ」


 アラガミが声をかけると、彼女は軽く首を傾げてみせる。


「この程度じゃ、まだつまんねーな。おっちゃんより全然弱ぇ」


 明らかに殺すつもりで攻撃してくるコウに対して、スサビにはまだ余裕があった。


 やはりいくら闘衣の性能が凄くとも、コウ自身に大した技量はないのだ。

 技量に見合わない殺気の濃さで見誤りそうになるが、スサビからしてみれば十分に対応できる範囲なのだろう。


「襲ってくるならせめて、オレを本気にさせてみろよ」


 アラガミが少し安堵している間に、スサビは受けたコウの足を握りしめ、挑発しながら足払いを仕掛けた。

 最小の動きによって軸足を刈られた青年は、避けることもできずにあっさりと姿勢を崩す。


「……ッ!」


 それでもコウは、体を捻って背中から倒れ込むのを避け……たように見えたが、その動きすらもスサビの手の内だった。


 あっさり足から手を離してスルリとコウの背中に乗った彼女は、闇雲に振り回された彼の腕を掴んで背中側にひねり上げる。

 そして、コウの体を地面に押し付けながら、【トツカ】をその顔の横に突き立てた。


「……!?」

「よぉし、いい子にしとけよ」


 ピタリと動きを止めたコウの耳元で、スサビがささやく。

 そしてポンポン、と彼の頭を手で軽く撫でてから、体を起こしてこちらを振り向いた。


「おっちゃん。コウに話すのか?」

「テメェらが良いならな」


 アラガミはため息を吐いてから、決断した。

 元々、コウには一緒に来るように誘いをかけていたのである。


 バレるのが早いか遅いかの違いだけだ。


 ーーー決めたことはさっさと済ますか。


 思いながら、アラガミは組み伏せられてなお戦意を失っていないコウの前に出た。


 チラリと成り行きを見守っているノスを見て、ヤクモがさりげなく彼の背後に待機しているのを確認する。

 古馴染みの手は、すぐに銃を抜き打ち出来るようにホルスターに添えられていた。


「なぜスサビたちが亜人だと思った?」


 コウは、質問に答えずに黙ってこちらを睨みつけている。

 敵愾心に満ちた目は、この上なく明瞭に『話すことなどない』という拒絶を示していた。

 

 が、アラガミは気にせずに続ける。


「最初に俺の魔導車に突っ込んできた理由と、なんか関係があんのか?」


 アラガミはあの時、単純にコウが吸血鬼にやられて錯乱していたのだと思っていた。


 意識が朦朧とした状態で、音のするものを吸血鬼だと誤認したのではないかと。

 だが、彼にはこちらの顔こそ見えていなかったが、もっと明白な理由があって突っ込んできたのかもしれない。


 そう……人間ではない(・・・・・・)魔力の波動・・・・・などを感じて。


「テメェの考えてることは、ある意味では正しい」


 アラガミは、答えないコウに対して自分たちの情報を明かすことにした。


「が、ある意味では間違ってる。俺は人間で、ヤクモも人間だ。スサビだけはちっと違うがな」

「嘘はつかないんじゃなかったのか」


 コウはそこで、組み伏せられてから初めて口を開いた。

 軽くアゴをしゃくってスサビを示し、歯を剥いて唸るように声を漏らす。


「コイツだけじゃない。あっちの中折れ帽の魔力も、人間のものじゃなかった」

「なるほど。やっぱりテメェは魔力が『視れる』わけだ」


 アラガミがニヤリと笑うと、彼は自分の失言に気づいたようだった。


 魔導師の中には、魔力を感じるのではなく明確に視る資質を持つ者がいる。

 それに似た力を、おそらくコウは【オルタ】が起動して魔力が体に満ちている間だけ、得ることが出来るのだろう。


 不意に、ノスがこちらの話に割り込んできた。


「あなた方は亜人だったのですか?」


 街の領主は厳しい顔をしていたが、アラガミは軽く肩をすくめる。


「違ぇよ。自分の正体を隠してるテメェと一緒にすんな」

「……」


 アラガミの発言に、ノスがピクリと眉を震わせた。

 同時に、静かに拳銃を引き抜いたヤクモが彼の背中、心臓の真裏辺りに銃口を押し付けた。


「動かないでねー。……銃の中身は、破邪印を刻んだ銀の銃弾だ」

 

 後半、声を低くして小さく告げるヤクモに、ノスの表情が諦めたようなものに変わる。


「気づいて……いたのですか」

「下手な演技はやめようよ。君も『僕たちが気づいている』ことに気づいてたでしょ?」


 それは初耳だ、と思いながらアラガミがヤクモを見つめると、彼は小さく笑みを見せた。


「あの時、ラトゥーと君の暗号会話に彼も気づいてた。多分、あれを息子に教えたのが、ノス自身なんじゃないかな」


 ノスは息子がSOSを発信し続けていることに気付きながら、見逃していたらしい。

 その話を知らないコウが、苛立たしげに口を挟む。


「何の……話だ」

「ノスは吸血鬼なんだよ」

「コウくんの家族を殺したのとは、別口だと思うけどねー」


 青年の目が、極限まで見開かれる。

 アラガミはその時点で再び腰の後ろに手を伸ばした。


「おっちゃん」

「分かってる」


 こちらに呼びかけたスサビが、【トツカ】を引き抜きながら立ち上がる。




「【オルタ】ァ……ッ!」




 コウの怨嗟に近い声音の後。

 ブワッと、彼のことばに反応した【オルタ】から爆発的な魔力が膨れ上がった。


 魔術師の資質を持つ者が感情を撃発させると、最も強い魔力を発現する引き金になる。

 ゆえに、負の感情を強く持ち続けることは『呪い』を呼び寄せるのだ。

 

 アラガミは腰の魔導具を起動した。


「落ち着けよ、小僧。テメェの家族を殺したのはノスじゃねぇって、ヤクモが言ってんだろうが」


 コウは、跳ね起きた瞬間に振り返ってノスに飛びかかろうとした。

 が、【オルタ】から供給される魔力の気配がブツンと途絶え、ほんの数十センチ跳躍したコウが無様に倒れる。


「なん……!? 何をした!」

「テメェとノスの力を奪った。少し落ち着けよ。オチオチ話も出来やしねぇ」


 アラガミは腰からその魔導具を取り出していると、コウに反応して魔法を行使しようとしたらしいノスが、自分の手を見下ろして呆然とつぶやく。


「……魔力が、使えない?」

「コイツの効果だよ」

 

 アラガミは、黒い四角錐を二つ合わせたような黒い魔導具をコウらに掲げて見せる。


 おそらくは世界で唯一の、アラガミオリジナルの効果を持つ魔導具は、起動状態であることを示す淡く青い光を放っていた。


「コイツの名前は、【マナブレイク】ーーー一定範囲内の『魔力の流れを阻害する』魔導具だ」


 その言葉にノスが軽く目をまたたかせ、コウが目を見開く。


「魔力そのものを……!?」

「そう。『聖なる波動』とかいう名前の、勇者の鎧の効果だ。が……コイツは敵味方の識別をしない代わりに、内蔵コアの魔力が枯渇しなければ永久に動き続ける」

「そんな、バカな……」


 コウが呆然と魔導具を見つめるのに、ふふん、とアラガミは鼻を鳴らした。

 伝説の装備を作ろうとする過程で作った試作品だが、正直、現時点でのアラガミの最高傑作である。


 スサビやコウを捕まえた時にも使ったし、先ほどジャイアントバッドと本体の吸血鬼の繋がりを遮断したのも、この魔導具だった。


「今、使い魔なんかでここをこっそり覗き見できる奴はいねぇ。……腹割って話そうぜ。ちんたらちまちまやんのは好みじゃねーんだよ、正直」

 

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