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俺は少し、甘く見ていたらしい。


魔力解放オールレディ! 《闘衣起動メタルジャケット》!」


 コウが身に纏っている闘衣【オルタ】を起動した。


 どうやら彼は、魔道言語をそのまま起呪にしているようだ。

 【オルタ】が黒い魔力を纏った後に、コウの瞳が赤く染まって輝き始める。


 高密度の魔力を身に宿した者特有の現象で、コアから供給される魔力が闘衣のみならずコウの肉体をも強化しているのだ。


 闘衣そのものも、布のように柔らかい質感から硬質で有機的な……昆虫の外殻に似た滑らかさに似たものに変化していた。


 魔導輸送車の中で読み取った魔法の一つ……上位防御魔法系である硬化魔法『ベイルド』の効果だ。


 【オルタ】を形成しているのは本来銀糸であるミスリルファイバーだが、黒く塗ってある理由はその魔法が理由だろう、とアラガミはアタリをつけていた。


 光の魔力を使用する魔法なので、光を吸い込む黒色と相性がいいのである。


「行きま……!?」


 と、声を上げかけたコウが、途中でピタリと動きを止めた。

 スサビたちを見て、大きく目を見開いている。


「おい、ボサッとすんな!」


 彼が動きを止めた理由が分からないまま、アラガミはコウを蹴り飛ばした。

 ジャイアントバッドが、こちらに向けて口を開いていたからだ。


 魔法が来る。


 アラガミは、コウの闘衣に先ほどまでとは違う重い感触を感じつつ、足の裏で押し出すようにその場から退かした。


 それとほぼ同時に、アラガミは強い目眩めまいを感じる。


「グッ……!!」


 立っていられないほど視界が歪み、足から力が抜けて姿勢を崩した。


「おっちゃん!」

「気に、すんな!」


 こちらに意識を向けているらしいスサビの声が、遠く聞こえたので、なんとか膝立ちのまま怒鳴り返す。


 原因は分かっていた。

 ジャイアントバッドが得意とする、目眩の魔法『ディジィ』だ。


 まばたきしても定まらない視界に気持ち悪さを覚えながら、アラガミはどうにか腰に手を伸ばした。

 

 ーーー手の内は、あんま明かしたくねぇんだがな。


 服の内側、痛む腰を支えるために巻いているコルセットの感触をまさぐり、それに縫い付けた魔導具をほんの一瞬だけ起動する。


 すると、キィンと耳鳴りが響いて、目眩が一瞬で消えた。


 同時に視界の先で、ジャイアントバッドが二体とも姿勢を崩して下に落ちかけ、すぐに復帰する。


「《アメノハバキリ》ィ!!」


 アラガミの『とっておき』に慣れているスサビが、魔力の途切れたトツカを即座に再起動した。


 彼女はグッと上体をかがめ、広げた両足に大きく力を込める。


「発現! 《アラシガミ》ッ!!」


 スサビが【トツカ】に込められた特殊な筋力強化魔法を行使すると、そのまま空中に跳ねた。

 ドン、と地響きすら伴いそうな音と共に、一瞬でジャイアントバッドのいる高度に到達する。


「お前らの相手は……オレだろうがァ!!」


 気合いの声とともに、スサビが半円を描くように長剣を一閃する。


 斬撃魔法アメノハバキリの効果が発動し、光の軌跡が空中を走った。

 カマイタチと化した剣閃が、軌道上にあった二匹の魔物の首を音もなく跳ねる。


 クルクルと空を舞う二つの頭と、血しぶきを吹き出した魔物の体が、今度こそ落下していく。


 一足先に着地したスサビは、ブン、と剣を振って血を払うと、肩に担いだ。


 魔物の巨体が、重い音とともに地面に落ちて動かなくなると、彼女はバツが悪そうにアラガミを振り向いた。


「……悪ぃ、おっちゃん。殺した」

「別に構いやしねぇよ」


 やれやれ、と結局出番のなかったスパナを腰に差しながら、アラガミは立ち上がる。


「俺は『無闇に殺すな』っつってるだけで、襲ってきた奴らはしゃーねぇこともある」

 

 確かにアラガミは、魔物といえど殺すのは好きではない。


 スサビはそれを気にしたのだろうが、アラガミ自身は自分の命を天秤にかけて手を差し伸べてやるほど、魔物に対して優しいつもりもなかった。


 ーーー普段人の嫌がることしかしねぇくせに、そういうトコだけ律儀に気にすんじゃねーよ。


 そう心の中で思いながら、アラガミは鼻を鳴らした。


「お疲れ様、スサビちゃん」


 ヤクモも銃をしまいながら、少ししょぼくれているスサビの頭に手を添えて笑顔で言う。


「正しい判断だよ」

「……うん」


 その様子を眺めつつ、アラガミは改めて残りの二人に目を向けた。


 ジッとスサビたちを見つめているコウと、こちらに目線を寄越すノス。

 二人はよく似た表情をしていたが、安堵の混じった顔をしている領主と違って、コウは先ほどよりも張り詰めた顔をしていた。


 冷たい風が吹いて、アラガミは軽く目を細める。

 コウの様子が少し引っかかったので声をかけようとしたが、ノスが先に話しかけてきた。


「いや、お強いですね……」

「飛んでる分、少し厄介でしたがね。別にさほど強い魔物でもないんで」 

 

 実際、ノスとコウが居なければあっさりとカタはついただろう。

 

「それより、ケガはねぇですかい?」

「おかげさまで。しかし、街中にあんな巨大な魔物が出るとは思いませんでした」

「壁外区ですからね」


 この地域は、結界で守られているわけではないのだ。

 それを嫌味と受け取ったのか、微妙な顔をするノスにアラガミはニヤリと笑いかける。


「別に、思うところはありませんよ。街には街の事情があるでしょうしね」

「そう言っていただけると、助かります……」


 コウを気にしてか、少し小さな声でノスが言う。


「しかし、ジャイアントバッドか……」

「どうやら僕たちのことがお気に召さないみたいだねー、吸血鬼さんは」


 近づいてきたヤクモが中折れ帽に手を添えて言うのに、スサビが手にした抜き身の【トツカ】をプラプラさせながら口を挟む。


「そりゃ正体がバレりゃ殺される運命だしな」


 ノスがかすかに顔をひきつらせるのに、アラガミ自身もヤクモらも反応しなかった。


 が。


「……勘違いじゃ、なかった」


 低く、剣呑な響きを帯びた小さな声が聞こえる。

 見ると、コウが少し離れた場所からこちらを睨んでいた。


 なにがだ、と問いかけようとしたところで。



 ーーーコウが、濃密な殺気を身に纏った。



 それは、最初に魔導輸送車に突っ込んできた時と同質のモノだ。

 ノスが軽く体を震わせ、スサビが反射的にコウに剣を向ける。

 

「おい。その殺意は、冗談にしちゃ笑えねーんだけど」

「黙れ……」


 コウは拳を強く握りしめた後、ゆっくりと両手の指を2本づつ立てて呪印を結んだ。

 両手を交差させて斜めに傾いた逆十字アンチクロスを作った後に、大きく両手を左右に振り払う。


魔力解放オールレディーーー《突撃形態チャージスタイル》」


 先ほどの硬化魔法『ベイルド』に加えて、加速魔法と攻性結界の魔法を行使したのだろう。

 再び赤く輝いた瞳と同じ輝きに、コウの全身が包まれる。

 

「コウ。……テメェ何考えてやがる」


 アラガミの前にスサビが進み出て剣を構え、ヤクモが後ろで銃を抜いたのか、チャキリ、と音が聞こえた。


「何を考えてるか、だって? よくも騙してくれたな……」


 こちらの問いかけに、コウが牙を剥いた。

 張り詰めた空気の中で強く吹いた風が、彼の前髪を払う。


 殺意に歪むその顔が、沈みかけた夕日に晒される。




「ーーーこの亜人どもめ」




 彼が呟いた一言に。


 アラガミは、自分が彼を、そして彼の作り出した魔導の闘衣をどこか甘く見ていたことを悟った。

 

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