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墓参りは、静かにしなくちゃな。

「この街のお墓って、どこにあるのかな?」

「墓、ですか?」


 後ろを歩いているヤクモの問いかけに、コウが首を傾げた。


「今から行く原っぱの近くにありますが……」


 訝しげな様子ながらも、コウが答えた。


 大体の街で、墓というものは人が住む場所からは少し離れたところにある。

 基本的には不浄とされているし、実際にあまりに管理されていない墓からはアンデッドが湧くこともあるからだ。


 ゾンビやスケルトンなど、かなりタフな魔物たちだが、元が人間であることが多いためあまり素材としては使えない。

 魔導具の材料に使えない魔物など、本当にただ迷惑なだけの存在である。


「でも、墓に何の用が?」


 コウが続けて、もっともな質問をした。

 死者が眠る場所は、戦地でもない限り外の人間が立ち入るような場所ではない。


 しかしヤクモは、特にやましいこともないからか……まぁ、やましいことがあっても表情や声音を変えるような可愛げは元々ないが……平然と答えた。


「死んだ女の子のお墓が見たくてね」

「はぁ……」


 それでも微妙に気の進まなそうなコウに、アラガミは口を挟む。


「墓には、墓守りがいるだろ? 俺らが直接行っても断られるかも知れねぇから、少し口添えして欲しいんだよ。別に何もしやしねーよ」

「そんな事はしないと思ってますけど……理由が、その」


 コウは、目的が分からないから渋っているようだった。

 ヤクモが『話してもいいか』と目線で問いかけて来たので、アラガミはうなずく。


「昨日、ノスから吸血鬼退治を請け負ったんだ。だから、少しでも何か情報のありそうなところには足を運んでおきたいんだよ」


 ヤクモの答えに、コウが表情を強張らせた。


「何であなた達が?」

「前見て歩けよ。コケるぞ」

「質問に答えてください」

「別にはぐらかそうとしてるわけじゃねーよ」


 睨みつけくるコウに、アラガミは片頬を上げた。

 吸血鬼の話題もそうだが、ノスに対して過敏になっているのが見え見えだ。 


「俺たちゃカネを稼ぐためにこの街に来た。荷運びついでに、最初から吸血鬼退治をするつもりでな」

「そして、街の領主に顔がつなげたから依頼を受けた。何もおかしいことはないよね?」


 アラガミとヤクモが口々に言うと、コウは納得できなさそうに苛立った口調で言う。


「でもアイツは、俺が何回言っても調査しようとしなかったのに……!」

「世の中ってのは、そう単純じゃねーんだよ。おおやけに人を動かせない状況ってモンがある」


 コウに、ノスの屋敷でのやり取りを伝えてやると、彼は軽く口を開けて間抜けな顔になった。


 当然『ノスや領主一家が吸血鬼だ』などということは伝えない。

 今のコウにそんなことを教えたら、一人で暴走するのが目に見えている。

 

 衝撃から覚めると、コウはどもりながら独り言のようにつぶやきを漏らした。


「り、領主なのに……好きに動けないんですか?」


 コウは、街で一番偉い奴の思い通りに物事が動かない、という状況を想定すらしていなかったようだ。

 若いとも言えるが、世間知らずである。 


「あのな。どんだけ偉かろうが、一個人で好き勝手にできることにゃ限りがあんだよ。なぁ、ヤクモ?」

「そうだね。事情があって兵士も街のカネも動かせないけど、街の外から来た連中にノスが個人的な調査を依頼する分には、誰かの許可は必要ないってことだね」


 アラガミがヤクモに笑みを向けると、彼も中折れ帽に手を添えておかしげに喉を鳴らした。


「で、でもそれだったら!」


 ノスが自分たちを見捨てた、という自分の考えが根本から崩されたからか、コウは感情的に反論して来た。


「お、俺に依頼でもしてくれたら!」

「アホかテメェは。対亜人のライセンスも持ってねぇヤツに誰がンなことさせんだよ」

「う……」

「それに、テメェ吸血鬼にいいようにやられてるザコだろ。だから今から【オルタ】の使い方を練習しに行くんじゃねーのか」

「うぅ……」


 ちょっと考えればわかることだ。

 それに気づいたからか、コウはうつむいて顔だけでなく耳まで真っ赤になった。

 

 コイツはバカではない。

 少し冷静になってみれば、自分がどれだけ子どもみたいなことを言っていたかも理解できたのだろう。


「だから、墓にゃ案内しろ。代わりに、吸血鬼退治する時はテメェも連れてってやる」

「本当ですか!?」


 コウが、アラガミの言葉にパッと顔を上げる。


「俺はこういうことに関しては嘘はつかねぇ」

「そうだねー」


 含みのあるヤクモの物言いを、アラガミは無視した。

 『ノスが吸血鬼だと伝えていない』のは、言ってないだけで嘘をついているわけではないのだ。


「てかよ」


 そこで、頭の後ろで手を組んだスサビが、こっちを見もしないまま口を挟んで来た。

 【トツカ】の柄をデコに立ててバランスを取りながら、特にこちらに遅れもせずについて来ている。


「コウと戦うのかよ? おっちゃん、そういう楽しそうなことは早く言えよ!」


 軽く頭を傾けたスサビは、後ろに組んでいた手を解いてパシッと長剣を受けると、ニヤリと笑った。


「テメェにはやらせねーよクソガキ」

「何でだよ!? オレの得意分野だろ!?」

「手加減しねーからだボケ! コウを殺す気か!!」


 冷水をかけるようにピシャリと言ってやると、スサビはぷっくー、と頬を膨らませた。


「そろそろらせろよぉ!! つまんねーつまんねーつまんねー!!」

「まだ我慢しろっつってから一日も経ってねぇだろが!?」

「おっちゃんとヤクモばっか楽しんでんじゃねーか! トシなんだから張り切りすぎたら腰いわすぞ!!」

「誰がトシだこのクソガキ! その減らず口、糸で縫い合わせてやろうかコラ!?」


 スサビはアラガミの脅しを無視して、ブンブンとトツカを振り回しながら喚いた。


「もう我慢できねー!! たーたーかーいーたーいーぃーッ!!」

「やかましい!! 街中で物騒なモン振り回すんじゃねぇ!!」


 ギャンギャン言い合いながら歩くこちらから、ヤクモらが少し離れていくのが見える。


「オイ、勝手に先に行くんじゃねーよ!」

「話しかけないでよねー。知り合いだと思われると恥ずかしいからー」

「ンだとぉ!?」

「いやちょっと……それに関しては俺もヤクモさんと同感です……」


 ふと周りを見ると、道を歩いている連中や家の中にいた住民までもが顔を覗かせていた。

 が、何見てんだ、とアラガミが睨むとそそくさと目をそらす。


「おっちゃんの声がデカいから目立ったじゃねーか!」

「テメェが、その胸に見合わねぇ空っぽの脳みそで、何にも考えずに駄々こねてるからだろうが!」


 スサビと悪態をつき合うと注目されるなんてことは、実際、特に気にするようなことでもなかった。


 大体いつも通りなのだ。


 ヤクモたちに追いついて墓に着くと、顔見知りらしきコウが墓守に話しかける。

 許可を得て中に入り、ついでに教えてもらった少女の墓に向かうと……そこに、礼服姿の男がいた。


「ノス」


 足を止めたコウを追い抜いてアラガミが声をかけると、ノスはゆっくりと振り向いた。


 青白い顔が夕日を受けて、今は顔に赤みが差したように見える。

 そういう顔色をしていると、ノスは優しそうな面ざしをした男のようにアラガミの目には映った。


「こんなとこで何してる?」

「……ただの墓参りですよ」


 コウを見て、ちらりとどこかバツの悪そうな顔をしたノスは、すぐにその顔を渋面に変えた。

 演技だろうか、と思っていると、彼は言葉を続ける。


「あなた方こそ、ここで何を?」

「殺された子の墓にきたら、何か手がかりが分かるかも知んねーだろ?」


 ノスの前にある少女の墓には、花が手向けられている。


 彼が置いたものなのだろう。

 ノスの手には別の花束も握られており、どうやらもう一つ彼には向かう先があるようだった。


 ヤクモが、彼が続けて何かをいう前に口を開いた。


「その手にした花束は、もしかしてコウの家族の?」

「あなた方に関係ないでしょう」

「そりゃそーだけどよ。ただの世間話じゃねーか」


 律儀な吸血鬼だ、と思いつつも、なぜ彼が被害者に花を手向けるのか、その理由は読めない。

 あるいは、ヤクモなら何か勘付いてるかもしれないが。


「この子の墓には、何もありませんよ。死者が眠っているだけです」


 ノスは、こちらに近づいて来た。

 そして横をすり抜ける時に、ぼそりとつぶやく。


「……墓暴きなど、なさらないように」

「そんな真似はしねーよ、依頼主どの」


 『必要がなければな』という続きは、心の中に収めておく。

 去っていくノスの背中をなんとなく目で追いながら、アラガミは余計な一言を付け加えた。


「その手の花束は、置いていかねーのか?」

「誰が置いていたかを知ったら、気分が良くない相手がいそうですので」


 コウのことだろう。


 そう言われた張本人は、先ほどの話と合わせてどういう態度を取ればいいかを決めかねているのか、黙ったまま唇を引き締めてノスを見ていた。


 そこで。


 ふい、とコウモリが一匹、木から飛び立ってこちらに向かってくるのが見えた。

 こんな時間に珍しいな、と思っていると……そのコウモリが、みるみるうちに巨大化して大きく牙を剥く。


「ッコウ!」


 身を避けたノスに気を取られて、後ろから迫る魔物に気づいていない青年にアラガミはタックルした。


「グッ!!」


 コウが息を詰まらせる声と共に、倒れこむ自分の背中をかすめる風圧を感じる。


 ゴロゴロと二回転がって頭を上げると、スサビが【トツカ】を引き抜いて、ヤクモが拳銃を取り出していた。


 その拳銃はスライムを捕まえたバインド用のものではなく、麻痺魔法『パラライズ』を込めたリボルバータイプのものだ。


 スサビが、目を輝かせながら魔物の名を口にした。


「ジャイアント・バッドか!!」

「吸血鬼が使い魔にする魔物の一つだね。空飛ぶ相手は厄介な相手だ」

「ハッ! 関係ねーな!!」


 彼女は笑いながら頭を振って、再び空に舞い上がってから急降下する魔物に対して両手で剣を構える。


「お楽しみの時間だぜ、トツカァ! 発現!! 《アメノハバキリ》!」


 スサビが起呪を口にすると、【トツカ】のコアが起動して刃に魔力の輝きが宿った。

 アラガミはその間に体を起こして、コウに問いかける。


「動けるか?」

「だ、大丈夫です!」


 再びスサビたちに目を向けると、彼女はちょうど刃を振るっていた。


「だらっしゃぁ!!」


 しかし、その一撃をジャイアント・バッドは再び上昇して避ける。

 ヤクモが、空中で停止した魔物に向かって麻痺拳銃を構え、撃ち抜こうとしたが。


「そっちじゃねぇ、ヤクモ! もう一匹来たぜ!?」


 スサビが声をかけると、彼は銃口の向きを変える。

 彼女のいう通り、もう一匹が木から飛び立ってヤクモに向かって行っていた。 


「狙いづらいなぁ」


 パン、と音を立てて放たれた雷撃弾はあっさり外れ、ヤクモがぼやく。

 しかし牽制にはなったようで、二匹のジャイアント・バッドは一度二人から離れ、空中で旋回しながら狙いを定めているようだった。


「なかなかやるな! 面白ぇ!」

「気をつけなよ、スサビちゃん。あの魔物、ずいぶんと動きがいい。遠隔魔法で吸血鬼本体に操られてるかも」


 そのヤクモの言葉を受けて、アラガミはノスを見た。


 彼は大きく目を見開いており『なぜ……』とその口元が動くのを、アラガミは見逃さなかった。

 が、その意味を問い詰めるのは後だ。


「コウ、やるぞッ! 【オルタ】を起動しろ!!」


 アラガミは、立ち上がったコウに言い放ちながら、自分もスパナを引き抜いた。

  

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