どっちにしたって、ヘドが出る話だ。
アラガミは、青い屋根の家に目を向けた。
「あの家族は、娘の状況を知ってたと思うか?」
そして自分たちがエサだと、この街の人間のどれだけが認識しているのだろうか。
「どうだろうね。でも、知ってた可能性が高い、とは思うよ」
アラガミの問いかけに、ヤクモは軽く首を傾げた。
「あの奥さんの反応や、女の子が血を吸われていた状況を考えるとね……」
「状況ってのはなんだ?」
どうやら死んだ少女は家の中で血を吸われていたようだが、それが何か関係があるのだろうか。
「家の中に、喜んで吸血鬼を招き入れてたって話かよ?」
「まぁ、家族自身が進んで血を提供していた可能性はないとは言い切れない」
「自分の娘を、殺されるつもりで生贄にしてたってぇのか……」
アラガミが顔をしかめると、ヤクモも自分のタバコを取り出しながら肩をすくめた。
「でも、僕が言いたいのはそういうことじゃない、アラガミ。…魅入られて吸血される女性はね…官能を覚えるんだ」
ヤクモは博識だ。
アラガミ自身は亜人のことを通り一遍しか知らないが、コイツは様々な文献や人の話を聞いて、亜人について深く様々なことを理解している。
「吸血の際に、声を殺すことが出来ないくらいの恍惚に酔いしれる。そういう声に、同じ家に住む家族が気づかないとは考えにくい」
本来なら、昼日中から話すようなことでもないのだろうが。
特にそうしたことに劣情を覚える気質でもないアラガミは、普通に話を続けた。
「だから、知ってはいただろうね」
「なんの為だ」
亜人は、人類の敵だと言われている。
恐怖に縛られていた、というのなら話は別だが……と思いながら、アラガミは続きを口にした。
「あの様子からすると、脅されてるわけでもなさそうだぜ?」
先ほどの女性は憔悴していたものの、何かに怯えているようには見えなかった。
するとヤクモが苦笑しつつ、魔導具で火をつけたタバコの煙を、ふー、と吐き出す。
「アラガミには分からないかもね。信仰や刷り込みってのは、一歩間違えば怖いものなんだよ」
「普通の人間が、亜人を崇めてるってのか?」
「まぁ、この場合は亜人全体というよりは、吸血鬼かな」
眷属を作れる、というその特性が、人に崇められる理由になる。とヤクモは言った。
「生まれた時から身近な存在で、眷属になれば老いからは解放される、強くもなれる。ましていい生活をさせてくれる張本人で、しかも長く生きている」
悪戯っぽい光を目に宿しながら、ヤクモは反論してくる。
「尊敬される理由としては十分じゃない?」
「歳食って体が痛むのから解放されんのはいいな」
別に本心からそう言っているわけでもないのだろう、と思い、アラガミは軽口を返した。
「だが、日の光には当たれなくなるよな、普通は」
「ここの吸血鬼は、どうしてか日の光の下に出てこれるみたいだからね。まぁ、魔王を崇拝するような連中の噂も聞くし【狂信者】と呼ばれるような連中なのかもよ」
あの家族がここに住んで長いなら、そういうこともあり得るのだろう。
納得はできないが、理解はできる。
「まぁ、どっちにしたってヘドが出る話だな。そんなくだらねぇモンのために、娘を生贄したんだったらよ」
「生贄ってほど大仰なつもりはなかったのかもしれない。そう、税金とかに近いかな」
ヤクモの瞳を見ると、こちらをからかっている様子ではなかった。
むしろ、今は自分の好む『謎』を解いている最中の、深い知性と下世話に近い好奇心を宿した目をしている。
だが、アラガミはその言葉に片眉を上げた。
「税金だァ?」
「吸血行為は、そのまま奪命ではないからねー。そして眷属化は吸血ではなく、逆に吸血鬼の体液を飲んだ時に起こる。そしてその瞬間から、名に縛られるようになる」
「意味がわからねぇな」
「そのままの意味さ。真名以外の音で、自分を呼べなくなっちゃうんだよ」
アラガミは知らなかったが、吸血鬼というのは『呪文の縛り』を受けるらしい。
魔導文字に名前を置き換えた時の音、を変えられなくなるのだと。
全く意味がわからなかったが、ヤクモはきっちり例え話をしてくれた。
「要はアラガミならAragami、という文字の音を変えれないってことだよ。ImagaraとかGam-Ariaと名乗ることは出来るけど、ヤクモやスサビって名前は名乗れない」
「なるほどな。で、それがどうした?」
「吸血行為は本来、吸血鬼側が命を分け与えてもらうのが目的なんだ。せっかくの良質な血をくれる相手を殺したり、眷属にしたりっていうのは、吸血鬼本来の目的じゃない」
ヤクモの言い方はいちいち焦れったい。
「俺に考えさそうとするんじゃねーよ。結局どういうことなんだコラ」
「短気は損気だよー。……もし仮に、犯人がノスなら、二つの事件には不可解な点がいくつかあるのさ」
ヤクモがそう言うので答えを待ってみたが、彼は口を開かなかった。
コイツがだんまり決め込むということは、不可解な点とやらからは、まだ答えを口にできるような状況ではないのだろう。
アラガミは舌打ちした。
「喋れねぇなら、勿体つけるんじゃねーよ」
「僕も頭を整理したかったからね。助かるよ、アラガミ」
アハハ、とヤクモが笑ったのを皮切りに、アラガミは短くなったタバコを携帯灰皿に押し付けた。
古馴染みの情報屋も、まだ残っているタバコを潰して差し出したそれの中に吸い殻を放り込む。
「しかし、代々続く吸血鬼の街か……なかなか、クセェ事になってきやがったぜ」
単純な吸血鬼退治。では終わらなそうな塩梅だ。
代々領主を務めているというのなら、吸血鬼はこの街に深く根ざしている。
下手をすると、首を突っ込んだ自分たちが、事情を知っている住民の反感を買う可能性もあった。
「しかし、ならなんで今更ウワサが漏れた?」
ヤクモの話では、他の街に届いているウワサは、以前からされていたモノという感じではなかった。
つまり、つい最近まで完全に秘匿されていたのだ。
アラガミの疑問に、ヤクモは曖昧に首を傾げる。
「故意か、事故か、偶然か……それに関しても、考えはあるよー」
「ふん。まぁその辺のややこしい話はテメェに任せるけどな」
元々、裏を探るなんて真似は苦手なのである。
他人が隠してる事情なんざ、基本的にはロクでもない。
仮にヤクモの情報蒐集に付き合ったところで、イライラしたあげくに真正面から話を聞きたくなるに決まっている。
アラガミは、そういう自分の気質を十分にわきまえていた。
探るのが大好きなヤツにやらせておけばいいのだ。
「なんか失礼なこと考えてない?」
アラガミの目線の意味に気づいたのか、ニヘラ、と笑うヤクモに堂々と言い返した。
「いつものことだろ」
「それはそうかも」
休憩は終わりだ。
アラガミは、ドアを開けて工房の中を見る。
すると、窓にアゴを預けて涼しい風にウトウトしているスサビと、ちょうど魔導具を組み直し終えたコウの姿が見えた。
「終わったか?」
「ええ。お待たせしました」
コウは、二個の魔導具を丁寧に『修理済み』と書かれた大きな箱に仕舞って鍵をかける。
「じゃ、行くか」
アラガミはスサビの頭をはたいて叩き起こすと、残りの三人を連れて工房を後にした。
「おっちゃん! いちいちいちいちシバくのやめろよ!」
「だったらどこでもここでも寝るんじゃねーよクソガキが!!」
「……あの二人は、いつもああなんですか?」
「うん、大体そうかなー」




