テメェも気づいてるか?
「なるほどね……最初の被害者、か。話を聞きにいってみようかな?」
コウに話を聞き終えたヤクモは、軽い足取りですぐそこまで出かけていった。
スサビはそれを見ながら、アラガミが昼メシにと買ってきた白身魚フライのサンドイッチに勝手に手を伸ばす。
「おい、やめとけ」
「ケチケチすんなよー。カネ払うから!」
制止を聞かずに思い切りパンにかぶりついたスサビは、もぐもぐと美味そうに頬をいっぱいに膨らませていたが……突然、顔色が変わった。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!??」
「バカかテメェは。だからやめとけっつっただろ」
スサビの手から食いさしごとサンドイッチを奪い返すと、スサビは鼻の頭を赤くして涙目で咳き込んでいた。
が、流石の食い意地で口からモノは出さずに飲み下している。
「な、何だよこれぇ……」
「ワサビナだよ」
鼻にツンとくる独特の辛味がクセになる山菜が、白身魚フライと一緒に挟んであった。
この辛味が、かなり強烈なのだ。
マヨネーズが和えてあって後には残らないが、スサビは辛いモノが全然ダメな人種だった。
「さ、先に言えよぉ!」
「だから止めただろうが!!」
聞かなかったのは自業自得である。
アラガミは、スサビの食いさしを口の中に放り込んだ。
ワサビナの辛味とまろやかなマヨネーズの濃厚な味わいに、淡白な白身とサクサクの衣の食感がたまらない。
軽く満足の吐息を吐いたアラガミは、2個目を頬張りながらテーブルに置いた魔導具を見る。
早めに修行をつけるために、コウに舞い込んだ修理依頼の処理を手伝っているのだ。
故障した魔導具は、単純に中の魔法陣とコアを繋ぐ魔導導線が切れていただけなので、片手間でも余裕で直せる。
アラガミはさっさと導線を変えながら、窓の外に目を向けた。
「お、出てきた」
すぐに復活したスサビが、ひょいと同じように窓の外を見てつぶやく。
ヤクモが、細くドアを開けた相手に何かを喋っていた。
どこか憔悴したような顔の女性で、おそらくは吸血鬼に殺されたという少女の母親だろう。
黙って聞いていた彼女は、やがてボソリと何かを呟いてドアを閉める。
中折れ帽に手を当てた古馴染みは、やれやれと首を横に振りながら戻ってくるようなので、アラガミは目線を外してコウに呼びかける。
「なぁ、コウ」
「何ですか?」
真剣に魔導具に向き合ったまま、こちらに目を向けないコウに逆に好感を覚えながら、話を切り出した。
「テメェが一緒に来るのを渋ったのは、あのじい様がいるからか」
「それもあります」
どうやらコウは厄介なほうの依頼を自分で引き受けたようで、魔法陣を描いた板や呪玉を次々に取り外しながらうなずいた。
「アル爺は、一人で動けない……もし俺がついて行くにしても、どこか、世話をしてくれるとこを見つけないと」
「別に家族を見捨ててまでついてこいとは言わねーよ」
アラガミの言葉に、コウはチラリとこちらに目を向ける。
「家族じゃないですよ……」
「血が繋がってねーからか? 家族同然だから見捨てられねーんだろ」
それに対するコウの返答はなかったが、アラガミは気にしなかった。
強引に誘ったが、事情があるのなら仕方がない。
ヤクモが再び工房の中に戻ってきて、肩をすくめる。
「断られちゃった」
「何言ったんだ」
「別に普通のことしか言ってないよ。依頼受けて吸血鬼のことを探してるから話を聞かせてくれって言っただけ」
「そしたら?」
「お引き取りください、ってさ。何か言う隙もなくドア閉められちゃった」
さして気にした様子もないのは、それくらいは日常茶飯事だからだろう。
壁外区に住む人間は危険の匂いに敏感で、中に住む人間は排他的なものだ。
どっちにしたって、外から来た人間に好意的に話を聞かせてくれる者のほうが少ない。
普段接するのがギルドや宿の人間ばかりだと忘れがちだが、自分たちは街に住む者にとって、どこの馬の骨とも知れないヤカラなのである。
「その手に持ってるのはなんだ?」
ヤクモがぶら下げているものを見て、アラガミは話題を変えた。
「これ? 店の前に落ちてたんだよ。看板じゃない?」
トランプカードの絵柄と『ジャンク店』の文字が見える質素で細長い木の板だ。
上部に穴が開けられて、ヒモが通されている。
コウに目を向けると、彼は小さくうなずいた。
「よく風で飛ぶんです。ドアの金具に引っ掛けといてもらえますか?」
「そのくらい、飛ばないように直せよ……」
アラガミは、言われたとおりにかけ直そうとするヤクモを手で制して、カナヅチ片手に近づいた。
看板を受け取ると、裏面には『closed』と書かれている。
「なんでトランプなんだ?」
「カードっていうのが、元々このジャンク店を経営していた家族の苗字なんです」
その返答に納得して、アラガミは外に出た。
単に引っ掛けるだけになっているドアの金具に試しに掛けると、なるほど飛びやすくなっている。
道を吹き抜ける砂交じりの風はそれなりに強い。
アラガミは、少しだけカナヅチを振るって金具を内側に曲げた。
少し角度をつけるだけでこの手のものは外れにくくなるし、なんなら最初に、金具の曲げを円形にすればいいだけなのだが。
「飛ばされて何回も拾いに行くより手間がすくねーんだから、考えりゃいいのによ」
どうすればより良くなるか、とは思わないのだろうかと、アラガミは昔から数多くの人々に対して感じるのである。
日常の困りごとを変えるのは、ほんのちょっとした工夫でいいのだ。
アラガミは、ヤクモが外に出たのでちょうどいいと思い、ドアを閉めて腰のスパナを取り出した。
再び看板を外して金具の形を少しずつ変えながら、雑談のように言う。
「ヤクモ。テメェここ見てどう思った」
よく相手のことを知っている仲だ。
壁外区の印象に関する話だと、ヤクモは特に言わなくても気づいた。
アラガミの考えたことが印象通りならば、あまりコウには聞かせたくない話だ。
「だいぶ、『街』の人間の手が入ってるね」
ヤクモの答えは、アラガミの予想通りだった。
「チラッと話を聞いたんだけど、特に自警団に関しては街からカネが寄付されてるみたい」
「……」
「道も整備されてるよね。地面のならし作業してる人に聞いてみたら、わざわざ街中から金を払って依頼が来るんだってさ」
ここを訪れた時刻は大してアラガミと変わらないだろうに、相変わらずヤクモの情報収集は早い。
「妙な話だよな」
壁外区は、元々浮浪者の集まりだ。
そこまで街中の連中が金をかける、なんてことは、少なくとも今まで見てきた限りでは他にない。
「妙だね」
「……ノスは、領主になって長ぇのか」
金具を整形し終えて、アラガミはヤクモに向き直った。
いつもの笑みを浮かべて中折れ帽に手をかけた彼は、街のあるほうに目を向ける。
「ノス自身はそうでもない」
アラガミは話を聞きながら、タバコを取り出して火をつけた。
「でもあの一族は、下手するとここが『街』になった頃から、代々領主をやってる、てさ」
「信頼が厚いってぇことか」
領主は世襲制ではない。
だが、領民にいい生活を約束してくれるのなら変える必要もない。
たまたま初代から優秀な人間が続いた、と考えることも出来るだろうが、そうではないだろう。
「ノスはさ、壁外区に結構来るらしいよー。視察というか」
「そういうので、コウとも顔見知りだったか」
「じゃなけりゃ、彼はあそこまで敵意を剥き出しにして噛みつかなかったんじゃない?」
よく知りもしない相手に、期待はしない。
コウにしてみればよく見かける、あるいは話したこともあるような相手が、事件を調査しなかったことが、余計に我慢ならなかったのだろう。
「で、結論は?」
「アラガミなら気づいてるんじゃないの?」
「俺は、テメェの口から聞きてぇんだよ」
アラガミがスパナを腰に戻して鼻を鳴らすと、ヤクモは手と帽子のつばで目元を隠すように軽くアゴを引いた。
「ノスは入り婿らしい。エリーの前の夫が死んで、ラトゥーは彼の連れ子なんだって。カミュラとは血が繋がってないらしい」
新たな情報を口にしてから、彼は笑みだけを消さないままに、密やかに告げた。
「ーーーここはエサ場…なんだろうね。本当の領主である吸血鬼一族の」




