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テメェにその闘衣は、宝の持ち腐れだ。


「あん?」


 ジャンク山への立ち入り許可が無事に降りたアラガミがいそいそと向かった先に、見知った背中が見えた。


 積み上げられたジャンクの中、ど真ん中にある一番デカい山の裾で、ゴソゴソしているそいつに声をかける。


「おい、コウ」


 青年は、ビクリと肩を震わせてから振り向いた。

 相変わらず【魔導の闘衣】を身につけていて、こちらの顔を見て体の力を抜く。


「あ、おはようございます……」


 コウが、相変わらずボソボソとした声で言ってから、また顔を山に向ける。

 アラガミは、彼に近づいてその手元を覗き込んだ。


「何を探してんだ?」

「補助魔法系の魔導器です。なんか良いものないかと思って」

「ほぉん?」


 アラガミは片眉を上げて、無精髭の生えたアゴを撫でる。


「なんに使う気だ? 新しい魔導具でも作んのか?」

「いえ、闘衣を強化しないと……昨日、負けたんで」

「強化だァ?」


 その発言に、アラガミは眉を片方跳ね上げた。

 負けた、というのは昨日の吸血鬼に関する話だろう。

 

「せっかく見つけたのに、相手が速すぎて捉えきれなかったですし……」


 意味が分からなかった。

 アラガミは呆れ、フン、と鼻息を吐いてから言ってやる。


「それ、闘衣強化しても意味ねーぞ」

「え?」


 意外なことを言われたように、コウが顔を上げる。


 やはり何も分かっていない。

 アラガミは肩をすくめて浮遊板をジャンク山に立てかけると、自分も横にしゃがみ込んでジャンクを漁り始めた。


 案の定、中央とは種類が違うものが多く、少し気分が良くなる。

 ベロリと唇を舐めて口もとを緩めたアラガミは、お宝の山に没頭しようとした……のだが。


「意味ないって、なんでですか?」

「あん? そのまんまだよ」


 アラガミは山を探る手を休めずに、コウの問いかけに口だけで答える。


「テメェの闘衣は、今の時点でもスゲェ完成度だ。もちろん改良しようと思えば出来るだろうが、それ以上の強化は闘衣がデブになるだけの可能性が高い」

「デブ……ですか」

「そうだよ。テメェの闘衣は、そのままでも十分なバランスが取れてる代物(シロモン)だ。今と変えるなら、速度や攻撃に特化してくか、特殊な魔法を付与するかくらいしかねぇ」


 しかしそれにはデメリットもある。


 新たにバランスを取る必要が出てくるため、他の魔法……例えば防御の魔法や回復の魔法などを扱う魔導系を取り外す必要が出てくるだろう。


「魔導具ってのは、闇雲にただ魔法を足したって良いもんが出来るわけじゃねぇんだ」


 速度に特化するなら、下手すると攻撃手段が犠牲になる可能性もある。

 そうなると、闘衣とは別に【魔導の武具】が必要になってくるかも知れないのだ。


「使える魔法が多くなるだけ、闘衣そのものが重くなったり膨れたりする。そうなりゃ動きづらくなるし、コアにも負担がかかる」


 そうなると、そもそも強化するべきだとコウ自身が思った速度が犠牲になるのだ。

 本末転倒もいいトコである。


「それは……そうかもしれませんが」


 コウはアラガミの説明に、どこか納得出来ない様子だった。


「でも、今の闘衣のままじゃ対抗出来ない……闘衣は、亜人に対抗できる力を秘めているものではないんですか?」

「そうだよ。しかもテメェのそれは最高級の激レアだ。だからそのまんまで良いって言ってんだよ」


 ひょいひょいとジャンクを山から丁寧にどけていたアラガミは、自分のお目当てだった丸いものを見つけた。


「お、あったあった」


 アラガミは、コウと話しながら目当てのジャンクを見つけた。


 魔物祓いの魔剤を生成するのに必要な魔法玉『マラカイト』である。

 緑色の石で、強い魔除けの効果を持つジャンクの中ではごく一般的に手に入る。


 元々、天然で取れる石ころだ。

 

 これに霧の魔法を発生させる魔法陣と呪玉、コアを組み合わせて設置すると、簡単な結界魔法の魔導具が出来上がるのだ。


 コアの魔力が続く限り使えるので、アラガミはその魔導具で魔剤の霧を作って、地下の巣穴や下水道に大量に流そうと考えていた。


 下水の排水口は基本的に街の外に向かっているため、しばらく効果の持続するこれをいくつも設置しておけば、街中からマナイーターは消えるだろう。


 後は、魔導師にでも頼んで出口に魔除けの魔法陣でも刻んでもらえばいい。


「他にはっと……」


 ウキウキしながら、めぼしいものや粗悪なコアを仕分けつつ、他のマラカイトを探す。


 魔導具の欠点は、基本的にコアがないと魔法を発動できないことだ。

 結界文字を魔導師に頼むのは、彼らの作る結界石の方は年月が経って刻みが薄れるまで、魔除けの効果を持続できるからである。


 効果範囲は狭いが、下水口程度なら問題ない。

 得意な分野が魔導具と魔導師では違うだけの話で在り、その辺りは適材適所だ。


「別の場所も探すか」


 アラガミが立ち上がると、コウが慌てたように顔を上げた。


「あ、あの!」

「ん?」

「俺には……何が足りないんですか?」


 ずっとそんな答えを待っていたらしい。

 バカか、と思いながらも、アラガミは答えてやる。


「そんなモン、テメェ自身の技量に決まってんだろうが」

「技量……ですか?」

「テメェもしかして、自分がそいつを使いこなせてるとでも思ってんのか?」


 コウは、まるで考えてもみなかったことを言われたように、ポカンと口を開けた。

 アラガミはため息を吐いてから、コウを見下ろす。


「いいか小僧。よく聞いとけ」

 

 こんな下らない話をするのは一度だけだ。

 アラガミは耳をほじりながら、何も分かっていないコウに向かって目を細める。


「テメェは確かに、魔導具を作るのは上手ぇ。闘衣のこともよく知ってて、複数魔法を使う才能もある。でもな、仮に闘衣なしの素でやり合ったら、テメェは俺にも負けるんだ」


 吸血鬼に負けたのも、至極当然の話である。

 コウの技量はスサビはもちろん、下手をすればそこら辺の喧嘩慣れした連中以下だ。


 現に、いくらぼんやりしていたとはいえ、軽くアラガミに引っ張られて闘衣を剥がされている。


「テメェはな、その程度なんだよ」


 記憶喪失で拾われ、ジャンク屋の手伝いをしていたのなら、戦闘の訓練なども受けていないだろう。

 まして、魔物自体もこの近隣の弱いヤツくらいしか相手にしたことがないはずだ。


「そもそも本当に【魔導の闘衣】を使いこなして突撃してきたんなら、最初会った時に、魔導輸送車の防御結界に吹き飛ばされていることがおかしいしな」


 コウの闘衣に秘められた強化魔法は、そのポテンシャルを完全に引き出していたら下手をすれば高位ドラゴンの突撃にすら耐える。


「テメェが吸血鬼にやられたのはな、コウ。決してその闘衣のせいじゃねぇーーーテメェ自身が、弱ぇからだ」


 闘衣の名誉のために、アラガミははっきりと告げた。


「俺が、弱いから……」

「ただ使えるのと、使いこなすのには天地の隔たりがあんだよ。考えりゃ分かんだろうが」


 アラガミは、腰のスパナを引き抜いて、コウに突きつける。


 魔導具でもなんでもない、ただのスパナだ。

 だが、それなりに重たい代物であり、人の頭をぶん殴れば殺せる凶器にもなる。


「こいつはな、持って振るだけなら多分子どもでも出来る。だが、片手で何百回もぶん回したり、動き回る魔物の急所を一撃で殴りつけることは、持ったばっかの子どもにゃ無理だ」


 いかに優れた道具であろうと、使い手がど素人なら本来の力など微塵も発揮出来ない。


「テメェとその闘衣の関係は、そういう状態だ。本当に使いこなせてりゃ、その闘衣は普通の亜人程度、片手でひねり潰せるだろうよ」


 アラガミがそう締めると、コウはジッと何かを考え始めたようだった。

 その先を聞いてくるかどうか、アラガミは答えを待つ。


 ーーーもしもう一度バカみてぇなこと聞いてきたら、ぶん殴ってやる。


 闘衣づくりの腕前に惚れた分、トンチンカンなことをしている今の状態が余計に腹が立つのだ。

 そう、思っていたが。


「……使いこなせば」

「あん?」


 ポツリ、とコウのつぶやいた言葉には、どこか力がこもっていた。


「こいつを使いこなせば、今のままでも、吸血鬼に勝てるんですね?」


 コウは顔を上げて、アラガミに質問してきた。


 だがそれは先ほどまでの質問とは違う、ただの確認だ。

 どうすりゃいいのか、というひ弱な発言ではない。


 そうすれば勝てるのなら、いくらでもやってやろう……そういう気合いの入った目で、コウはアラガミを見ていた。


 ーーー良い負けん気じゃねぇか。


 アラガミは思い、大きく笑みを浮かべてスパナを肩に担いだ。


 ーーー最初っからそうしてりゃいいのによ。


 心の中で吐き捨てながら、グッと拳を握りしめる。


「おお。そいつは俺が保証してやらァ。その最高にヤベェ装備に見合うくらいテメェがマトモになりゃ、ただの吸血鬼ごときに遅れを取るわけがねぇ」

「じゃあ……あの、こんなこと頼むのは、気が引けるんですが」


 コウは一瞬目を伏せたが、すぐにまた目線を合わせてくる。


「俺に、どうやったら強くなれるか、教えてくれませんか」


 アラガミはスパナをしまい、コウに手で立て、というジェスチャーを示した。

 大人しく立ち上がったコウの肩に、バァン! と思いっきり掌を叩きつけてやる。


「い……ッ!?」

「テメェは、本当にフヌケが抜けねぇな!」


 痛みに竦みあがるコウに、アラガミは大声で答えた。


「何ぁにが、気が引ける、だこのボケ!! 持ち腐れのお宝が泣かねーで済むようになんなら、いくらでも付き合ってやらァ!!」


 魔導具は、使われてこそ意味がある。


 そして使って使って使い潰すくらいに熟達した奴に使われるなら、それは魔導具職人にとって……まぁこの場合はコウ本人なのだが……それが、最高の使われ方なのだ。


 アラガミは、魔導具なら何でも好きなのである。


「テメェが良い使い手になったら【オルタ】も喜ぶだろうよ! やる気になるのはいいことだ!」

「お……オルタ……?」


 肩を押さえながら、コウは少し涙目になっていた。

 アラガミは気にせず腕を組み、ふふん、とアゴを上げる。


「【Alternate(オルタネイト)-0(ゼロ)】ってんだろ? その闘衣」

「あ、はい」


 陽の光に照らされて肩にきらめく金属文字は、まるで主人の決意を喜んでいるようだった。


「守られてるだけのヒヨッコから卒業すんなら、しっかり名前で呼んでやれ!」


 アラガミは【オルタ】に対してうなずきかけてから、コウを見る。




「ーーーそいつは、今からテメェの相棒になるんだからなァ!!」



 

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