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今日は一日、趣味の時間! ……のはずだったんだが。


「明かりがつかねーだと?」


 アラガミは、ヤクモの報告に眉をひそめた。


 さっさとジャンク山に向かうために朝早くから大型魔導球(コア)の設置をしていたのだ。

 しかし表通りに明かりを確認しに行ったヤクモが、タバコを吸いながら待っていたアラガミに告げたのは予想外の一言だった。


「つかないねー」

「何でだ」


 思わず不機嫌になり、アラガミはタバコのフィルターを噛む。

 先ほど、自前の光魔法灯で試した時は何も問題はなかった。


「手順間違えたとか?」

「俺がンな間抜けなマネするわけねーだろが」


 魔導具と人間で、魔法発動の手順が異なるわけではない。


 身の内で魔力を練り、呪印を組んだり、魔法陣や杖を使ったりで呪文を詠唱して、発動する。


 魔導具はその動きを再現するものなのだ。

 ゆえに組み方を間違えると不発するのだが、何度も確認するのはクセになっている。


 ちなみに魔導具と魔導師の違いはいくつかある。


 力加減や発動できる魔法の種類など、柔軟性に勝るのが魔導師。

 発動速度と効果継続時間に勝るのが、魔導具である。


 上位魔法や複数魔法の行使など、魔導具は大型化したり高出力のコアが必要になったり、逆に魔導師は魔法の行使を体力や才能に大きく左右されたりなどの細かな違いを挙げればキリがない。


 が、大雑把にはそういう違いがある。


「でも、原因が分からないなら調べるしかないじゃない」

「……しゃーねぇな」


 アラガミは、腰に両手を当てて大きく伸びをした。

 長距離移動で使いすぎた腰の調子は、一日休んだくらいでは戻らない。


「少しは寝なよー。眠気覚ましでごかますのも限度あるし」

「これと吸血鬼の件が片付いたらな」


 ふー、とハッカに似た香りのする煙を吐いて、アラガミはトラックの外に運び出した水晶球が浮かべる図形を見た。


 変動する数字の上にある円の中を、時計の秒針に似た青い光がグルグルと軌跡を描きながら回っていて、動きは安定していた。


「コアは問題ねぇな」


 アラガミは水晶球に手を添えて、一度魔力供給を止めた。

 そのまま、地面に引いた魔力導線を眺めながら歩いていく。

 

 大型コアを設置したのは、ノスの屋敷の裏手にある住民共同で管理する敷地だった。

 原っぱを柵で覆っただけの場所だが、表通りからは少し外れた場所にある。


 導線は後で地面に埋めるつもりだが、今はむき出しで地面の上を伸びていた。

 継ぎ目などが外れていないか、一つずつチェックしていると原因はあっさり判明する。


「あー! このネズミどもッッッ!!」


 アラガミが声を張り上げると、導線に群がっていた数匹の魔物……マナイーターがビクリと震えてこちらに顔を向けた。


 腰のスパナを引き抜いてブン! と振ると、マナイーターたちは慌てて逃げて行く。


「おう待ちやがれゴルァ!!」


 草むらに飛び込んだ一匹を追いかけたが、魔物はアラガミが捕らえる前に、地面に空いた大きめの穴に逃げ込んでしまった。


 腕を突っ込んで齧られても困るので、スパナで入口を掘り返す。

 しかし少し掘り返してもマナイーターはおらず、穴はかなり深くまで続いているようだった。


「巣穴か……厄介なことになりやがった」

「原因分かった?」

「おう。ネズミだよ」


 捕まえるのは諦めて、アラガミは掘り返した穴の縁を踏みながらヤクモを振り返った。


 マナイーターは街の外でも出たが、どうやらそれが街中に侵入しているらしい。

 この魔物は微弱な魔力を食うだけで生きられる魔物だが、別に濃厚な魔力が嫌いだというわけでもないのだ。


 前文明の廃工場などに行くと、生きている魔導球の断線などを狙って侵入したマナイーターの住処になっている、ということもよくある。


「結界壁はどうなってんだよ、ったく」

「弱い魔物は防げないんじゃないかな。田舎ではよくあることだよね」


 マナイーターは弱い魔物だ。

 噛まれれば痛いが毒もなく、スライムと同程度の強さで、体躯もせいぜい猫より一回り小さい程度のもの。


 しかし繁殖力が高く、今のように魔力導線を喰いちぎるので非常に迷惑な魔物でもある。


「駆除する?」

「するしかねーだろ。カネにもなんねーってのに……」


 これが一匹二匹なら、魔力水製屠殺団子でも作れば解決する。

 しかし深い巣穴があることを考えると、侵入してからの時間も長く繁殖もしているだろう。


 最悪、下水道に潜って根こそぎにすることになる。

 その手間を考えてうんざりしたアラガミは、ガリガリとタオルを巻いた頭を掻いた。


「……『ネズミ避け』だけ撒いてうっちゃるか?」

「信用落ちるよー。2、3日で効果切れるじゃない。あの魔薬」


 ネズミ避け、というのは、魔力が外に漏れだすのを防ぐ役割を持つ導線塗布剤の一つを応用したものだ。


 線をつけて乾かすことで魔力漏洩防止の効果を得られる液体だが、代わりに液体自体が持つ、魔力を好む存在を避ける効果がなくなる。


 要は昔、聖水と呼ばれていたものの一つだ。


 液体のまま撒くと、マナイーターを代表とする魔物が嫌がる。

 それで近づかないようにすることは出来るのだが、この状態だとすぐに揮発するので定期的に撒かないといけないのだ。

 

「大型コアだからな……絶対寄ってくるよなァ……」

「結構遠くからでも、発動を察知出来るからねー」


 濃密な魔力を生成する上に、四六時中見張っているわけにもいかないシロモノだ。


 家庭用魔導具ならば家屋内で短時間使用するだけで済み、不用心にさえしなければマナイーターに荒らされることもないのだが。


 野ざらしにして夜通し稼働するコアでは、むしろ夜行性に近いマナイーターの格好の餌である。


「壁立てて、コアに近づかないようにする?」

「何日かかんだよ。そんなモンは契約の範囲外だ」


 魔除けの効果を持つ建材など、それだけでも高額になる。

 ノスが立てる分には問題ないが付き合ってられるわけもなかった。


 そもそもブラフとして設置している可能性も高いし、吸血鬼退治の依頼を渋る程度の議会が余分なカネを出すとも思えない。


 ヤクモも笑みを浮かべながら中折れ帽に手を当て、巣穴を見下ろした。

 

「これは貧乏くじだったかな?」

「ニヤニヤしてんじゃねーよ、クソ面白くもねーのに」


 アラガミは短くなったタバコをもみ消すと、吸い殻を携帯灰皿に入れた。


「ノスに別途料金を請求できるか交渉しろ。魔力寄せしてから、一斉駆除だ」

「ああ、例の呪殺連鎖爆弾使うの?」

「誰がそんな物騒なモン街中で使うかァ!! 使うのは魔物祓いの散布魔剤だよ!」


 まれにこの古馴染みの情報屋は、物騒なことを平然と言う。


 爆弾も作れはするが今は材料もほとんどない。

 屠殺団子より確実だが、そこそこ量が必要になり、壁を立てるくらい設置の手間もかかるしカネもいる。


「せめて半分、出来りゃ全額負担させろ!」

「簡単に言うよねー」


 肩をすくめたヤクモは大きく手を広げてから、芝居掛かった仕草で胸に片手を当てた。


「オーライ、ボス。君が雇い主だ。なるべくご意向に沿うように話を持ちかけてくるよ」

「……スサビ、連れてけよ」


 アラガミがぼそりとそう告げると、ヤクモはからかうような表情に変わった。


「心配してくれるの?」

「うるせぇな。死なれたら寝覚め悪いからだよ!」


 ラトゥー一人の情報であり確定ではないが、ノスは吸血鬼だ。

 一人で行ったらヤクモに牙を剥かないとも限らない。


 少なくとも昨夜は襲ってこなかったので、こちらの読み通りならノス自身はまだ自分たちを排除するつもりはないだろう。


「設置まで引き受けなきゃ良かったぜ……」

「今更言っても仕方ないね。情報収集はどうするの?」

「終わってから行けよ」

「ほんと人使い荒いよねー」


 やかましい、という気持ちを顔に浮かべながら、アラガミはアゴをしゃくった。


「ボーナスは弾んでくれる?」


 アラガミは手を差し出すヤクモに舌打ちしてから、ポケットに手を伸ばした。


 受け取ったばかりの運賃からプール金を抜いた分のカネを、ハダカのまま突っ込んでいる。

 その紙幣を二枚引き抜くと、ヤクモの手の上に乗せながら内約を告げた。


「必要経費、二万イェンだ。余った分はテメェの取り分でいい。それと、全額引き出せたらもう一枚やる」

「まいどあり」


 ヤクモは畳んだ紙幣を胸ポケットにしまうと、さっそく出かけていった。

 アラガミも、噛みちぎられた魔力導線を一旦回収すると、ネズミ避けを大型コアの周りに撒いてからジャンク山に向かうことにした。


 どうせ、居残っていてもやることはないのだ。


 アラガミは、一度トラックに戻って小型の足……【魔導の浮遊板】と呼ばれる低空浮遊と移動の魔法だけが使える板に乗り、悠々と目的地に向かった。

 

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