領主の息子は、音の出るオモチャがお気に入りらしい。
「ラトゥー」
立ち上がった息子に、ノスが厳しい顔をしながら声をかけた。
荒げてこそいないが語気が強い。
「お客様の前だぞ」
「ああいや、良いっすよ」
アラガミは、ノスが苦い顔になるのを手で制した。
そして手でオモチャを指で押す仕草をしながら、彼に問いかける。
「それより、さっき息子さんが持ってたオモチャ、見せてくんねーっすか?」
「オモチャ、ですか?」
「ええ」
不審そうな表情に変わったノスに、アラガミはニヤリと笑いかける。
「ああいうの、結構好きでしてね。見たことのないモンだったんで」
アラガミはノスに対して嘘をついた。
ガキの頃はあの手のオモチャをよく作って、友達と鳴らして遊んでいたのだ。
そして、少し気にかかることがあった。
「魔物素材でしょう? ああいうの好きでしてね。どんなモンか、じっくり見てみたいんですよ」
「構いませんが……」
そんなアラガミの内心など知らないノスが、執事にオモチャを持って来させると、動きを止めていたラトゥーが執事に手を伸ばした。
が、アラガミは彼より先にそれを手に取る。
相変わらず、ぼんやりとした顔でこちらを見上げてくる彼を無視して、アラガミはヤクモに目配せした。
「そう言えば、ノス殿。実はこの街に来る前に、一つ噂を聞きましてね……」
ヤクモがこちらの意図を察して、ノスに話を切り出す。
「この街に、吸血鬼が出るというものなのですが」
「それですか……」
ノスがその言葉に苦い顔をした。
「コウですね?」
「ええ、確かに彼から、街の外に住んでいる者たちが襲われていると聞きましたが……それ以前に、ほかの街でも噂になっているのですよ」
「ほう……」
アラガミは話を聞きながら、オモチャを軽く鳴らしてみた。
やり方を思い出すと、一つ頷く。
このオモチャは、押す強さと時間で音の長さが変わる単純なものだ。
「街中での被害は?」
「今のところ出ていませんね。……退治はしたいのですが、街の者に直接的な危機感がなくて、ですね」
「手が出せない?」
「そうです。私もこの街を預かる身ではありますが、公費でギルドを動かすには街議会の承認が必要ですから」
中央との繋がりがある以上、一人の裁量で街の統治は行われない。
議会というのは、街に住む人々から選出された代表者の集まりで、彼らの話し合いによって集めた税金をどう使うかが決まるのだ。
ノスに対してうなずきながらヤクモが同意を示す。
「街の外に住む者は税を払っていませんからね。難色を示すのも分からなくはない……」
「ですが、放置していてはいつ街中での被害が出てもおかしくはないのです。しかし中々、賛同は得られません」
アラガミは二人を横目に見ながら、ラトゥーに対してオモチャで長短織り交ぜた音を立てて見せた。
すると、青年が最初に不思議そうな顔をして、次にポカンと口を開く。
「面白ぇよな、これ。坊主もやるか?」
ラトゥーは、どう見ても十代後半の青年だが、まるで幼児のようだった。
オモチャを受け取ると、先ほどの単調な音色ではなく、アラガミのように音を立て始める。
ノスが、チラチラとこちらを気にしながらヤクモの話に相槌を打ち、カミュラはつまらなそうに足をブラブラさせていた。
妻だというエリーは、全く動かずにヤクモの話を聞いているようだ。
「スサビ。テメェもこっち来いよ」
「ヤだ。眠てぇ」
今にもまぶたを閉じそうな様子のスサビに断られて、アラガミはしばらく彼とオモチャをやり取りしながら遊んだ。
「……ということで、我々は一応、正式な魔物駆除や対亜人のライセンスを持っていまして」
説明を終えたヤクモが、ニコニコとノスに告げる。
「いかに亜人が出るのが壁外区とはいえ、夜間常備灯を設置する方には同意を得られたご様子。つまり退治はしたいが金を使うのが嫌だ、という話なのでしょう?」
「ありていに言えば、そういうことですねl
浅ましい話だ。
費用を必要以上に値切る連中はロクでもない。
ヤクモは我が意を得たりとばかりに軽く身を乗り出した。
半分は演技だろうが、彼はこうしたやり取りが好きなのである。
「では、いかがでしょう? ノス殿ご自身の私財で、個人的にでもご依頼いただけないでしょうか? もちろん費用に関しましては、傭兵ギルドを通すよりも割安で承ります」
傭兵ギルドは、街の戦力で対応できない魔物・亜人退治や、戦争での戦力などを提供するギルドである。
基本的には大きな街にしかないが、ギルドが内容に合わせてきちんと別れる前は冒険者ギルドと呼ばれていた組織だ。
「安く引き受けてくれるのなら、渡りに船ですが……」
ノスはチラリと妻のエリーに目を向けた後に、ひそやかな声で言う。
「……よろしいので?」
「もちろん。我々は少々、亜人に興味がありましてね」
ヤクモが手を差し出すと、ノスは少しためらってからその手を握り返した。
※※※
屋敷を出た後。
「あー、食った食った」
腹をさすったスサビがけっぷ、と口から音を立てるのに、アラガミは眉をしかめる。
「汚ぇな」
「なんだよ、おっちゃんだってするだろ」
「俺はいいんだよ」
「意味わかんねー」
連れ立ってすっかり日の暮れた道を歩きながらスサビと言い合っていると、ヤクモがポツリと料理の感想を漏らした。
「肉は、なかなか素材の味が強かったねー」
「美味かったな。よく考えられてら」
「オレは、物足りねー感じだった」
スサビの言葉に、アラガミはニヤリと笑う。
彼女が、肉を食った時に失言しかけたのを遮っておいて正解だった。
「んで、ヤクモ。俺があのガキとオモチャで遊ぶの、聞いてたか?」
「ヒヤヒヤしたよ。誰か知ってたらどうするつもりだったのさ」
「そん時はそん時だろ」
クック、と喉を鳴らしながら、ラトゥーとのオモチャ遊びを思い出していると、ヤクモが呆れた顔を向けてきた。
自分とラトゥーの鳴らしていた長短音。
あれは外を出歩くギルドや、冒険家連中の使う合図の一つだった。
『ーーー助けて。』
ノスの息子は、そう音を鳴らしていたのだ。
幼い様子は演技。
一体いつからそうしていたのかも分からないが。
『なんで助けを求めてる?』
アラガミが音でそう聞くと、彼は目に知性の光を宿した。
『この信号の意味がわかるの?』
『当然だ』
そうしたやり取りを繰り返すうちに、彼は事実を告げた。
『ーーーお父さんは、吸血鬼になった。』
と。
「……ノスの手は、たしかに冷たかったよ」
「妻が後妻、か。そこまでしか聞けなかったが、あの女房が黒幕かねぇ」
ニンニクの効いていない肉に、銀製のものが何もない屋敷。
世間話のような口調で言いながら、アラガミは頭の後ろで腕を組む。
「日の下に出てこれる吸血鬼、ってとこは、街の連中は知らねーんだろうな」
「ノスが故意に隠してるのかもね。夜間じゃなくても動けるなら常夜灯の意味はほとんどない」
吸血鬼は強い光を嫌うもの。
そうしたことは広く知られているが、表面的な部分だけだ。
「意味のねぇ仕事……か」
常夜灯の設置をするだけ無駄だと言われて、アラガミは眉をしかめる。
「吸血鬼に対しては意味がない、ってだけだよ。夜の明かりがあれば治安は良くなる。まるっきり無駄な仕事じゃないさ」
ヤクモの言葉に被さるように、夜まで開いている酒場兼宿屋から賑やかな笑い声が聞こえて来た。
「……そうだな」
外から来る者たちも、街中には普通にいる。
それこそ傭兵ギルドや運送ギルドの人間は宿の大切な収入源であり、金さえ払えば泊まれるのだ。
荒くれ者が多く、問題を起こすことも多々あるので煙たがられもするが、暗い夜道が少しでもなくなればバカな気を起こそうという連中も減るかもしれない。
ヤクモの言葉に気を取り直したアラガミは、話を続けた。
「吸血鬼は、光に強くなる類の前文明の遺産や魔法でも使ってるのかもしれねーな」
「亜人の生態には謎が多い。生来、光に強い吸血鬼もいないとは言い切れない」
スサビがつまらなそうに道ばたの小石を蹴りながら、こちらの会話を遮る。
「てかさ、何であの場で殺らせてくれなかったんだよ?」
「当たり前だろうが」
彼女も信号の内容を知っている。
ラトゥーにノスの正体を告げられた瞬間に、スサビは脇に置いた【トツカ】に手を伸ばした。
それを、アラガミが声をかけて牽制したのだ。
「あんなところでいきなり証拠もなしに襲いかかったら、俺らが賞金首になるだろ」
アラガミは鼻を鳴らして言い、グッと拳を握りしめる。
「心配しなくても、逃がしゃしねーよ。きっちり捕捉したんだろ? ヤクモ」
「当然。エリーにも、礼を装って手を触れたからね。逃げたとしても魂の波長を追跡できるよ」
ヤクモが生身で二つだけ使える、探知の魔法『サーチ』と、それの発動を隠蔽する魔法『コード』だ。
彼の得意技で、2人にはマークを付けた。
一両日中、魔法を解除されない限り二人の動きはこちらに筒抜けになる。
「んじゃ、明日は常備灯のコアを設置して、ジャンク山を漁るか!」
「先に退治しねーのかよ……」
「それは証拠を固めてから、だよ。スサビちゃん」
明日一日は、ヤクモの情報収集の時間だ。
その間、アラガミには特にすることがない。
頭を、そういうややこしいことに使うのは苦手なのだ。
「スサビ。テメェはヤクモについていけよ」
「げ。めんどくせー」
「ついでにコウに会いに行け」
コウは、吸血鬼を家族の仇だ、と言っていた。
やる気があれば、証拠固めてブッコム時に一緒に連れて行ってやろうと思っていた。
言わずともそれを察したヤクモが小さく笑い、スサビが、大きくアクビをする。
「おっちゃん、人使い荒ぇんだよ!」
「やかましい。後で思いっきり暴れさせてやるから我慢しろや」
「ヤだ」
「じゃ、テメェだけ吸血鬼退治から外すぞ」
スサビが八重歯を剥いて、ぐぅう……と唸り、捨てゼリフのように吐き捨てた。
「なるべく早くしてくれよな!」
そしてこっちの返事も聞かないまま、見えてきた魔導トラックに向かって走り出した。
駆けていく背中を見ながら、ヤクモが中折れ帽を手で押さえる。
「……自分たちのことなのに、随分あっさりと依頼を承諾したよね、ノス」
「もし罠じゃねーなら、思い当たる理由は一つしかねーな」
それも、仮に、だが。
彼は街に住んで領主になっている以上、外の人間ではない。
おそらくは成り上がりの吸血鬼だ。
ノスが意に染まず吸血鬼に成らされ、息子のラトゥーや娘のカミュラが吸血鬼ではないのなら。
そしてまだ彼に、正気が残っているのだとすれば。
「子どものため、かなぁ……エリーが一番怪しいし、排除するために自分が退治されても仕方がない、とノスは思ってるのかも」
「もしくは、流れのジャンク屋をナメてタカをくくってるか、だな」
人間は弱い。
普通の人間では、亜人の高い身体能力や強力な魔法には対抗できないのだ。
「ま、答えのでねーことを今考えたって仕方がねぇ。どうするかは、蓋を開けてみてのお楽しみだ」
アラガミが大きく体を伸ばすと、背筋と腰がゴキゴキと鳴る。
「ギックリ腰とかにならないでねー」
「そう思うなら明日揉めよ」
「今日は?」
「今から趣味の時間だ」
アラガミの返事に何を思ったのか、ヤクモが小さく笑った。
「何だよ?」
「あの吸血鬼が、血を吸わなくても済むようにする魔導具でも作るのかな?」
アラガミは、ヤクモの言葉に返事をしなかった。
ノスの対応が演技の一つなのか、何らかの理由があってのことなのかは分からなくとも。
もし仮に、人を殺すような襲い方をしていない場合には、殺すべき吸血鬼は一匹だけなのだ。
ヤクモはアラガミが何も言わないのを気にもせずに、話を続ける。
「無駄になるかもよ?」
「はん」
アラガミは、その言葉をせせら笑った。
「無駄になったら、どっか他の吸血鬼でも探して売りつけるさ。人が死んでなけりゃな」
魔導具は使われなければ意味がない。
だが、もしかしたら必要になるかもしれないものを作っておくのも、アラガミにとっては楽しいことだった。