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大型魔導車の運ちゃんだが、本職は魔導職人だ。


 ―――ツイてねぇ日だ。


 草原の中をまっすぐに伸びる田舎道で、アラガミは大型魔導車を走らせながら眉根を寄せた。


 住居にもなっている連結した輸送車のほうから、けたたましい目覚まし音……マンドラゴラの悲鳴を少しマイルドにした音が鳴り響いている。


 しかし、一向に止む気配がない。

 

 アラガミは、その音を聞き始めて2分が過ぎたところでついにブチギレた。


「スサビぃッ! テメェ、この目覚ましで起きねぇってどういう事だコラァッ!」


 運転席と輸送車を繋ぐ通用口を振り向き、40うん年間、鍛え続けたしゃがれ声で寝こけている相手を怒鳴りつける。


 すると少し間を置いて、ピタリと音が止んだ。


「クソガキが……」


 ふん、と鼻息を吐いて前方に目を戻しながらそう吐き捨てて、眠気ざましの効果がある魔草タバコを口にくわえる。


 アラガミはイライラしていた。


 もう秋口だというのに、今日は妙に蒸し暑い。

 開け放った車窓から吹き込む風は生ぬるく、頭に巻いたタオルは汗でぐっしょりと濡れている。


 その上ガタゴトと振動のキツい土の道を長時間走り続けているせいで、いい加減ケツと腰も痛い。

 トドメに、目覚ましで起きないスサビだ。


 アラガミが不機嫌をタバコの吸い口と共に嚙み殺していると、視線より少し上にある通用口から日焼け肌の少女がひょいと顔を覗かせた。


「おい、おっちゃん。せっかく気持ちよく寝てたのにうるせーよ」


 明らかに寝起き声のナメた文句に、アラガミは再びブチンと弾ける。


「そりゃこっちのセリフだァ!! あの爆音で寝れるってテメェ、耳クソが栓みたいに詰まってんじゃねーのか!?」

「もしそうだったらおっちゃんの声も聞こえねーだろ、バァカ」

「ああ!?」


 アラガミは、さらに言い返しかけた矢先に、道のど真ん中で呑気に雑草を食んでいるスライムの群れを見つけた。


「轢かれてーのかチビども!」


 魔導車のハンドルに埋め込んだ魔法水晶を軽く手で叩くと、警戒音の魔法が発動する。


 威嚇されてこちらに気付いた魔物たちが、慌ててピョンピョンと逃げていった。

 同時に、道の両脇にある草原から一斉に小竜が飛び立つ。


「おっと、悪ィ」

 

 快晴の空を舞う連中に巻き添えを食わせたことを謝ると、スサビがさらに減らず口を叩いた。


「オレにもそのくらい気を使えよ……。あー、眠てー」


 アラガミは目を上げて、くぁあ、とあくびしているスサビを睨み付ける。


 整っているが、幼く生意気そうな寝ぼけ顔。

 そして青い下着に窮屈そうに押し込んだ不似合いにデカい胸と、ショートパンツから伸びる健康的な足。


 ありていに言って半裸だった。


「このクソガキ……! 人に文句垂れる前に、テメェがまず服装に気ィ使えや!!」

「ヤだよ暑いのに」


 歯を剥いて怒鳴ったアラガミは、話を聞かずに後ろから這い出てこようとする彼女のアゴを掴み上げる。

 そのまま、腕力だけで輸送車の方に押し戻した。


「うぎゅ。何すんだよ!」

「暑かろうが寒かろうが、下着姿は女が人前に出る格好じゃねぇ!!」


 そこで、クックック、と横手からおかしげな笑い声が聞こえる。


「スサビちゃん」


 名前を呼んだのは、もう一人の旅のツレだ。


 よれた外套を身につけた平凡な顔立ちの彼は、前に備え付けの小物入れに足をかけて、先ほどからイスに寝転んでいた。


 本人は情報屋だと言い張っている銃使いで、スサビよりも長く一緒に旅をしている。

 彼は笑いを含む声音で続けた。


「アラガミがうるさいと思うなら、大人しくいうことを聞くといーよ。僕も同じ意見だしねー」

「服装なんかどーでもいいじゃんかよ、ヤクモ。ったく、めんどくせーな」


 スサビは悪態をついてから、奥に頭を引っ込めた。

 そのやり取りにイライラとハンドルを叩きながら、アラガミは唸る。


「いちいち腹の立つ……」

「君がちょっと短気すぎるんだよー。目覚まし用の時計型魔導具を改良するの、そろそろやめたら?」


 こちらの呻きに対して、ヤクモが律儀に答えた。


「やめねぇよ。だが、マンドラゴラの悲鳴でも起きねぇとはな……あいつの図太さは本気でありえねぇ」

「あれを採取するって言い始めた時は、ついに殺そうとしてるのかと思ったけどねー」


 再び含み笑いをしたヤクモは、手を伸ばしてポンポンとアラガミの肩を叩いた。


「意味ないからやめなって。結局、アラガミの怒鳴り声がスサビちゃんには一番効くんだからさー」

「それが余計に腹立つんだよ!」


 アラガミは、物作りが趣味だ。


 それが高じて魔導具を作る職人を生業としている。

 旅のついでに荷運びもするが、本職はそっちなのである。


 魔導具とは、魔力を生み出す水晶球……通称【魔導球(コア)】と呼ばれるモノを使って魔法を発動する道具の名前だ。


 その専門職人であるアラガミは、よほど複雑なものでない限りは作れるし、壊れた魔導具を直せるだけの腕前もあった。


 この仕事場と居住を兼ねている大型の魔導輸送車も、自作したものだ。

 だが、同じくらい腕を振るって改良を重ねている愛しい目覚まし魔導具は、未だにスサビを起こせない。


 アラガミは、その事に対していつからか意地になっていた。


「その内、絶対目ェ覚めるヤツを作ってやる……」

「それだけが目的なら、わざわざ危険な魔物素材を使わなくても君の声を記録したほうが早いよー、多分」


 中折れ帽を被り直しながらヤクモが言うが、それはなんだが負けた気がするので嫌だ。


 彼は、無断でアラガミの目覚ましタバコに手を伸ばした。

 残っているのは最後の一本だ。


「おい。俺のだぞ!」

「ちょうどさっき、僕の分もなくなっちゃってさ。それにこないだの賭けカードの勝ち分、まだ貰ってないし」

「たった50イェンじゃねーか!」

「うん。だからこれでチャラね」


 アラガミは、舌打ちして押し黙る。

 次の街に着くまでの貴重なタバコを、ヤクモは容赦なく奪い取っていった。


「いい天気だねぇ」

「もうちょっと曇れば、この暑さも多少はマシになるんだがな」


 やがて視界の向こうに『山』が姿を見せ始める。


 ただの山ではなく、壊れた魔導具や素材の集積場……通称『ジャンク山』と呼ばれるものだ。

 人の住む街の近くには必ずあるので目印になる。


「もうちょっとで着くな」

「次の街には、何か手がかりになりそうなものがあるといいねー」


 ヤクモがぽつりとつぶやくのに、アラガミはうなずいた。

 彼の言う手がかりとは、この旅の目的に関する話だ。


 かつて幾度となく現れた魔王を、その度に退治し続けた勇者たちがいた。


 彼らを勇者たらしめていたのは、その技量もさることながら伝説の【勇者の装備】があったからだ。


 その時代の勇者に合わせて形を変える最強の装備の秘密を、ある時、魔導職人たちが解明しようと試み……そして成功してしまった。


 それまでは、自力で魔法を発動できる魔導士たちの方に分があった『魔法』という技術への優位性を、コアを使って魔導具を作り出す魔導職人が逆転させた瞬間だった。


 勇者の装備には、魔力を〝無限〟に生む【永久の魔力球(フルス・コア)】が埋め込まれていたのだ。


 人間たちは、先を争ってそれを研究・模倣・量産し、【勇者の装備】のまがい物である【魔導の闘衣】や【魔導の武具】を作り出して、天敵である魔物や亜人を駆逐した。


 しかし今現在、闘衣を生み出す技術や【勇者の装備】は失われてしまっている。


「ふん。どうしても手かがりが見つかんなきゃ、そん時ゃ自力でどうにかしてやるよ」

「アラガミは、本当にしそうだから怖いよねー」


 それらの装備が失われたきっかけとなったのは、人間同士の戦争だった。


 亜人や魔物という外敵を駆逐して繁栄を極めた人間は、今度は同じ力を使って同族争いを始めたのである。

 国家は疲弊し、文明の恩恵と技術の多くが失われ、【勇者の装備】までもが戦争の最中に破壊された。


 その最悪のタイミングで、再び魔王が復活したのだ。

 

 勇者はもういない。

 装備は失われてしまった。


 そんな絶望の声を、アラガミは生まれた時からさんざん聞かされていたが、そのたびにこう思っていた。


 ーーーバカじゃねぇのか。


「勇者候補はどっかにいるんだから探しゃいいじゃねーか。んで装備がねーなら作りゃいい。なんでそんな簡単なことも分かんねぇんだろうな」

「普通は、簡単なことだと思えないからだよねー」


 完全な【勇者の装備】は、フルス・コアを量産し、そして愚かさゆえに崩壊した前文明でも作れなかったらしい。


 だが、そんな過去はアラガミには微塵も関係がない。


「作んのは簡単じゃねーが、作ろうと思うのは簡単だろうが」

「それはそうだけどねー」

「んじゃ、嘆いてる暇があったら作る手かがり探す方が、百万倍有意義だろ」


 物事は、自分から動き出さなければ、何もいい方向になど変わらないのだ。


「今日はツイてねーからな……今から運が回ってくるぜ」

「だといいねー」


 ーーーそれが、これから行く街にある【勇者の装備】の手がかりかもしれねぇ。


 そんな期待に胸を躍らせながら、アラガミは大型魔導車をさらに加速させた。

 

 

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