Take off
客室乗務員のアナウンスが機内に響く。離陸の最終確認だ。私は手元でシートベルトのチェックをした。飛行機が重たく動き出し、滑走路の真ん中へと入っていく。
滑走路に進入した機体は一時停止する。これから離陸するのだ、と思い、私の身は強ばる。ふ、と一拍置いて、飛行機がゆったりと走り出す。と思えば直後、自由落下を水平に行うように、猛然と走り始める。シートベルトを締めた体が、ぐうっとシートに張り付けられる。私は窓の外の景色を見る。二枚の翼に揚力が溜まっていく、溜まっていく、溜まりきった時、機首が上がる。浮遊感が激しく全身を支配する。これは龍だ。私たちは龍の背中に乗っているのだと錯覚する。物凄い勢いで回転していた足は、体が宙に飛び出すと、唸るのをやめる。騒々しい音は半分になる。エンジンはこの龍を空へ舞い上がらせようと吠える。風を巻き起こし、より速く、一層疾く、この大地から浮き上がり体を飛ばそうと全力で吠える。この轟音は龍の象徴である。龍が吼えるのである。
飛び上がったばかりは心許ない。ふわりふわりと体が落ちる感覚がする。彼が羽ばたくのだ。翼を曲げるとふわりとする。翼を伸ばして羽ばたくとまたふわりとする。そうして体が空中で安定すると、姿勢を維持するために精一杯伸ばしていた翼を軽く縮める。その翼は自由自在に細かく動かすことが出来る。そして鋭く、風を切る事が出来る。切り方によって体が傾くのだ。傾くと、その方向に旋回を始める。右へ右へ旋回し、それに伴って眼下に広がる世界も回転する。ゆっくりと視点がズレていく。向かう先を睨んだ龍は、体の傾きを元に戻し、まだ昇り続ける。雲を越え、昇り続ける。これは昇り龍だ。空の中にいるのが大好きな龍だ。だから早くそこに辿り着きたくて、空気を、風を、大気を貫いて、勇ましく翔け昇る。
眼下には雲が広がる。ぐっと下を覗き込むと、雲に、私達を乗せた龍の影が映る。龍の影を中心にして、影の周囲に何重もの虹色の輪を作り出している。影に映るその誇らしい翼と、真っ直ぐ伸ばした体が勇ましい。この昇り龍は、空でしか見られない景色を私達に贈ってくれた。私は息を飲んでそれを見ていた。雲を上から見下ろし、幾重にも重なった虹とともに、自分の影を眺める。これが彼の好きな光景なのだろうか。この広い大空を、全て自分の庭にして、飛翔する。これ程気持ちのいいことは無いだろう。
高度約三千七百メートル、シートベルトサインが消える。機内アナウンスが巡航状態に入った事を告げ、私の意識は現実に引き戻された。機内サービスのコーヒーを一杯頂く。
飛行機に乗った時は、こうやって窓の外の景色を見るのがたまらない。私はそう思って、コーヒーを一口飲む。