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5. 転生の恩恵

「あなたはヴァンパイアとして転生したのです!」


 一寸先も見通せぬ完全な暗闇の中で、シャントと名乗った小さな少女は得意気に宣言した。


 ヴァンパイア。闇の眷属。


 おとぎ話にもよく登場する、有名な怪物である。夜に生き、蝙蝠を使役し、人の生き血を啜り自らの眷属とする。不死である上人ならざる力を持つが、反面銀、聖印、日光、流水、果ては大蒜と、妙に弱点が多い種族ともされる。


 もちろんレオンは実際に遭遇したことはない。種族としてのヴァンパイアは知られている闇の眷属としても最上位の存在の一種であり、その不死性からも個体数が非常に少ないと言われている。


 そんな通り一遍の知識を思い出していると、人差し指を立てていた少女が、その姿勢のまま小首をかしげる。


「あんまり驚いてないですね?」

「邪神に転生させられた時点で、もう驚き尽くしたさ。闇の眷属なら、暗闇を見通せるのも納得がいく」


 レオンは肩をすくめた。


「闇の眷属の中でも最上位クラスと謳われる存在に転生させてくれただけでも御の字と言ってもいい。あんなのにさせられるよりはな」


 言いながら、シャントの頭の上を指さす。


「あんなの?」


 シャントはレオンの指し示す先を追って肩越しに振り返る。

 そこには人骨が立っていた。何故かシャントと同じように胸を張り、小首を傾げている。それを見て、シャントがさっと青ざめた。


「すっ、スケルトンですよ!」

「ああ、知ってる」


 その時には、レオンはとうに立ち上がっていた。先ほどからなにかが小さくカラカラと音を立てているのが気になっていたのだ。


 周囲には無数の人骨が転がっている。その内の一組がスケルトンとなったのだろう。


「わわ、わたしを地面に置いてかないでください! 踏まれちゃいます!」

「使えん使い魔だな」


 言いながら、つま先を差し出す。


「遣い魔ですってばー!」


 シャントが律儀に訂正しながらレオンのつま先にしがみつく。なんで使えないの方は否定しないんだと思いながら、レオンはシャントがしがみついているつま先を跳ね上げた。


「うっひゃああああ!?」


 反動で空中に跳び上がったシャントを掴むと、肩に乗せる。


「扱いが雑ですよ!?」

「逃げるぞ。しっかり掴まっていろ」

「どうして逃げるんですか?」


 意外そうな声に、思わず肩に座るシャントへ振り向く。彼女はきょとんとした表情を見せていた。


「だって、ヴァンパイアは闇の眷属の中でも最上位種の一角です。ご主人さまも言ってたじゃないですか。スケルトンなど恐るるに足らず! です」


 話している間にも、スケルトンは緩慢な動きでこちらへ歩き出している。レオンは焦燥を覚えて早口で反論した。


「だが、こちらには武器もないぞ」

「素手で問題ありませんよ」

「…………」


 力が強くなった実感はあまりない上、一般的にスケルトンには物理攻撃はあまり有効ではないはずだが……


 しかし議論する暇もなく、レオンは仕方なく構えを取った。


 スケルトンは先ほどの緩慢な動きはどこへやら、右腕を鋭く振り下ろしてくる。レオンはその攻撃をあっさりかわすと、側頭部へ拳を叩き付ける!


 べしっ。


「痛て」


 慌てて距離を取る。彼の鼻先を、スケルトンの第二撃が掠めた。左手がずきずきと痛む。


「おい!」


 思わずシャントを怒鳴りつける。シャントは慌てたように手を振った。


「いやいやいや、なんで魔力を込めないんですか!?」

「素手でいいと言っただろう!」

「魔力を込めるなんて当たり前のこと、いちいち言わないですよ!」

「聞いたこともないぞ! どうやってやるかもわからん!」

「闇の眷属ならできて当然です!」

「俺は人間だっ!」

「現実逃避したって事態は改善されませんよ!」


 馬鹿な言い合いをしている間にも、スケルトンはじりじりと距離を詰めてきている。ぼんやりとこちらを向いている眼窩を見据えながら、レオンはシャントを見ずに声をかけた。


「とにかくだ――その魔力を込めるってやり方を教えろ。俺ができなければ、逃げるしかない」

「えいっ、て感じで」

「はたき落とすぞ」


 あっけらかんとした物言いに冷たく返すと、シャントが泣きそうな声を上げる。


「ええっ、そんなぁ……。だって、ええと、そう。体内の魔力の流れを拳に集中させるイメージ? です?」

「くそっ、自信なさげな」


 毒づきながら、体内の魔力とやらが拳に集まるように念じる。すると、途端に自らの身体に流れる魔力を感じた。拍子抜けするほどあっさりと、その感覚が理解できる。


 レオンは先ほどと全く同じ大振りの攻撃をかわすと、魔力を込めた拳をスケルトンのこめかみの部分に突き入れた。


 ぱぁん!


 先ほどと全く同じ攻撃だが、結果は大きく違った。なにかが破裂するような音を立て、スケルトンがもんどり打って倒れ込む。倒れたスケルトンへ素早く踏み込み、レオンは魔力を込めたつま先をスケルトンの頭に叩き込んだ。


 再び破裂音と共に、背骨から頭骨が外れて壁に叩き付けられる。陶器が割れるような音を立てて、頭蓋骨は粉々に砕け散った。びくびくと跳ねていた胴体も動きを止める。


 レオンはスケルトンを殴り倒した拳を見下ろした。先ほどは分厚い壁を殴ったような痛みがあったのに、魔力を込めた今回は傷ひとつない。


「闇の眷属ならできて当然、か……」


 今なら、その真意が理解できるような気がした。「体内の魔力を操る」ことは、闇の眷属であればまるで人が呼吸をするかのごとく当たり前にできることなのだろう。


 考えてみれば、レオンは転生前にはできなかった暗闇を見通す能力を意識せず使いこなしていた。「見よう」とした結果「視えた」のだ。それは後天的に身に付ける技術ではなく、本能や体質といったものの類いのもののようだった。


 魔力の操作も同じなのだろう。シャントの曖昧な説明も、意識せずそれを行える闇の眷属としては無理もない感覚なのかもしれなかった。


「ん?」


 ふと肩に座っている彼女を見やると、何やら難しい顔をしていた。


「どうした? なにか問題か?」

「ご主人さまは、生前格闘家だったのですか?」


 問われてレオンはかぶりを振った。


「いや、俺は剣士だったが――なるほど。拳では威力が出ないということか?」

「察しが良すぎてなんか腹が立ちますが、ご認識の通りです」


 つまり、習熟している行動の方が魔力を込めた際、より威力が増すということらしい。


「素手ならば……」


 手刀を作り、魔力を込めてみる。確かに先ほど拳に魔力を注ぎ込んだ時よりスムーズに魔力を集中できる実感があった。


「魔力の集中は、自身の意思に強く影響を受けます。自分にとってより強いと心から思える攻撃には、自然と魔力も強く込められますし、それ以上に発揮する影響も大きくなります」

「剣に魔力を込めることもできるのか?」

「基本的には、できません。自分以外の存在、特に物質(モノ)に対して魔力を込めるのは、自分の一部に魔力を込めるのとは比べものにならないほど多くの魔力が必要で、その上影響は限定的です。だから多くの闇の眷属は武器を持たないか、自分の一部と言えるほどに使い込んだ武器しか使わないんです」


 すらすらと説明するシャント。レオンは少し、彼女を見直した。


「よく知っているな」

「遣い魔の仕事は、主人を導くことですから!」


 その言葉を引き金にしたように。

 広間中にに無数に転がっている人骨が、一斉に動き出した。


「なっ――!?」

「ええええ、全部スケルトンですか!?」


 揃って驚愕の声を上げる。


「これはご主人さまの闇のオーラに影響されて、不浄なる魂が活性化しているに違いありません!」

「そんな厄介な特性があるのか!?」


 慌ててレオンは尋ねた。そんな面倒な体質では、今後墓地に寄り付けなくなる。シャントは重々しい口調で続けた。


「知りませんが、ありそうじゃないですか?」

「知るかっ!」


 一瞬前に見直したことを後悔しながら吐き捨てると、レオンはカラカラと音を立てながら人の形を作る人骨達に向き直る。


「いいだろう――試し斬りだ」


 レオンは不敵な笑みを浮かべると、下ろした両の手刀に魔力を込めた。

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