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エンドリア物語

「wash」<エンドリア物語外伝98>

作者: あまみつ


 大音響で目が覚めた。

 壁が消えていた。

 明るい朝日が部屋に差し込み、ベッドからキケール商店街が一望できる。

 隣の部屋と仕切っている壁も半分消えていた。

 ハニマン爺さんがベッドで気持ちよさそうに寝ているのが見えた。

「爺さん、朝だ」

「……年寄りは、朝が遅いことを知らんのか」

「結界壊れて、部屋の中が丸見えだぞ」

 爺さん、飛び起きた。

「こっちにきて、手伝え」

「へいへい」

 爺さんの部屋には、毒薬や毒草など黒魔法に使うアイテムが置かれている。アイテムに光が当たらないよう、遮光結界が張られている。この結界、目隠しの役割もしていて、普段はオレの目には見えない。

 壊れた壁をのりこえて、爺さんの部屋に移動した。爺さんが結界を修復の魔法文字を壁に書いて間、オレは床に落ちたアイテムを拾っていた。

「ムーのやつ、何をしたんだ」

 これだけ派手に壊れるとなると、魔法実験か異次元召喚の可能性が高い。

「その赤い瓶は棚のそこだ。草の束は壁のフック……」

 オレは爺さんを抱え込んで、床に転がった。オレ達の上を何かが通り抜けた。

「どけぇーー!」

 爺さんが被さったオレに怒鳴った。

 オレは横に転がった。

 爺さんが外に向けて、魔法を放った。何かに当たって、魔法が弾けた。

 爺さんの身体が浮きあがった。

「ムーを出せ!」

 オレに怒鳴ると、外に飛んでいった。

 オレは飛び起きると、隣のムーの部屋に飛び込んだ。

 部屋はあちこち煤けており、真ん中にムーが転がっていた。

「起きろ!」

 襟を掴んで、ムーを引きずり起こした。

 完全に気絶している。

 頬を叩くと、薄く目を開けた。

「行けぇーー!」

 窓から、外に放り投げた。

「ひえぇーーーしゅ!」

 落ちたムーをチェリースライムが受け止めた。

「何をするしゅ!」

 下からオレに向かって怒鳴った。

 オレはキケール商店街入口アーチ付近を指した。

「爺さんが、ひとりで頑張っている」

 激しい戦いが、繰り広げられていた。

 アーチの真上に浮いた爺さんは、モンスターとモンスターによる魔法攻撃を商店街の外に出さないために、結界魔法陣を次々と作っている。大きさはどれも直径1メートルほど。だが、その数が半端じゃない。雨の日の池に現れる波紋のように、次々と絶え間なく、重なりあるようにして、モンスターとモンスターの攻撃を封じている。

「こっちにくるぞ」

 オレの言葉が終わらないうちに、モンスターが向きを変えた。商店街の逆側にある出入口を目指した。

「はぅーーーしゅ!」

 ムーの巨大結界が出現。モンスターの行く手を防いだ。

 モンスターはいままで見たことがない形状だった。異次元召喚モンスターだろう。だが、モンスターと呼ぶのには、あまりにも人間に似ていた。大きさも、形も。

 首から下だけ見れば、人間の男性とほぼ同じ形だ。服は着てない。体表面はくすんだ白色の石膏のようなもので覆われている。頭部だけが鳥の頭のような形をしている。鶏冠のような突起がつき、顔の正面にクチバシのように延びたものがついている。黒い目が、左右にひとつずつ付いているが、白目も瞳孔もない。極端にデフォルメされた鳥の頭だ。

 モンスターがジャンプして、フローラル・ニダウの屋根に飛び乗った。裏手に降りようとして、見えない壁にぶつかった。

「ブッヒョィ」と、ムーが笑った。

 キケール商店街が頻繁に戦闘の場として使われるのを憂慮した超生命体モジャが、キケール商店街の建物だけでなく、建物の上空まで含めて特殊結界を張ってくれた。

 お陰で、キケール商店街での戦闘は、他の場所に影響を及ぼさない。だが、商店街の両サイドだけは開いているので、キケール商店街で撃った魔法が商店街の入口を抜けると、多大は被害をもたらすことになる。

 モンスターは屋根から、商店街の通りに飛び降りた。

 ハニマン爺さんとムーに挟まれたことは理解しているようだ。

 シュデルが桃海亭から飛び出した。一緒に魔法の鎖モルデも道に出た。モルデにモンスターを捕縛させるのだろう。

「ハニマンさ……………」

 最後まで言う前に、モルデがシュデルを縛り上げた。クネクネと移動して、フローラル・ニダウの扉を器用に開けると店内に消えた。

 フローラル・ニダウの店内でシュデルが鎖から抜け出そうとしているが、モルデは解く気はないようだ。おそらく、モルデが拘束できない種類のモンスターなのだろう。大切なシュデルが怪我をしないよう、フローラル・ニダウで保護する気だ。

 白いモンスターがムーの巨大結界に向かって跳び蹴りした。結界が揺らいだ。

「ほよっしゅ!」

 ムーが目を見開いた。

 モンスターは前動作なしに、手から魔法弾を放った。ムーの結界は大きく揺れはしたが、壊れはしなかった。

「いくっしゅ」

 ムーが爺さんと同じように、小さな魔法陣をいくつも空中に作り始めた。完成した魔法陣から、次々と魔法弾が発射された。爺さんのが防御の魔法陣ならばムーのは攻撃の魔法陣らしい。

 モンスターはムーの攻撃を避け、飛び上がった。そのまま空中に停止した。ムーが作った魔法陣が一斉に向きを変えた。魔法弾の集中砲火。モンスターは上昇して、魔法弾を避けた。商店街から横に抜けようとしたが、モジャの結界で抜けられないとわかると、身体を反転させアーチが設置された入口から抜けようとした。

 アーチの真上に浮かんでいたハニマン爺さんが動いた。

 既に設置されている魔法陣はそのままに、爺さんが高速飛翔でモンスターに近づいた。モンスターと爺さんはぶつかることなく、すれ違った。勢いのままに、モンスターは拳による打撃で防御魔法陣の破壊を試みた。

 ズゥーーン。

 地面にモンスターがめり込んでいた。

 すれ違った爺さんが、モンスターを後方から魔法弾で攻撃したのだ。

「はうーーしゅ!」

 アーチの上空に魔法陣が浮かび、光の棒がモンスターを取り囲んだ。

 モンスターが立ち上がった。

 無造作に腕を振る。

 ベキッ!

 光の棒が四散した。

「いくぅーーしゅ!」

 モンスターのいる地面が軋んだ。

 重力発生。

 だが、かかっているGを物ともせず、グラビデがかかっている地面から歩いて移動した。

 空中に黒い玉が無数に出現した。

 上空にいる爺さんが手を振った。玉から細い糸が飛び出した。モンスターをからめ取る。途切れることなく吐き出せる糸に、モンスターは糸に包まれ繭玉のようになった。

 ブチッ!

 内側から、いとも容易く糸を切って出てきた。

「まずいな」

 異次元モンスターは傷つけることが出来ない。危険な失敗モンスターは、元の世界に戻るまでの3日間、拘束しておかなければならない。

 その、拘束ができない。

 キケール商店街をでて暴れられたら、大変なことになる。

「あ、やべっ」

 モンスターと視線があった。

 モンスターがオレに向かってジャンプした。オレは部屋から飛び降りた。すれ違うとき、モンスターが身体をひねり、オレに顔を向けた。

「ハクシュン!」

 モンスターの顔に、もろに唾がかかった。

「あ、悪い」

 言葉が通じるかわからなかったが、一応、謝った。

「風邪気味で…………」

 屋根に着陸するはずのモンスターは、屋根に身体をたたきつけ、そのままの屋根から滑り落ちた。

「おっと、危ないだろ!」

 大音量をたてて、モンスターは地面に落ちた。仰向けで大の字だ。

「おい、大丈夫か?」

 ピクリともしもしない。

 試しに身体を指で突っついてみた。

 感触は強く固めた海綿に近い。人の皮膚とは違う。

 石膏のような見た目だが、ほんのりと温かい。

「おーい、起きてください。ここは通行の邪魔です」

 身体を掴んで揺さぶってみたが動かない。

「店長」

 フローラル・二ダウからシュデルが出てきた。魔法鎖のモルデも一緒だ。

「こいつを桃海亭に運んでくれないか?」

 モルデが持ち上げようとしたが、持ち上がらなかった。重量ではなくモンスターに何か特性がついているらしい。

 オレも挑戦したが、背面が地面に張り付いている感じで、持ち上げることは出来なかった。

 困ったが、いい方法が思い浮かばない。

 しかたがないので、そのまま放置した。



 昼食の時間になっても、ムーと爺さんが食堂に現れないので、オレは2人を迎えに行った。

「おい、やりすぎだろ」

 仰向けに倒れている鳥頭モンスターの周りにはムーの魔法陣がいくつも書かれている。様々な魔法陣を発動させて、モンスターのデータを取っているようだ。異次元モンスターだから傷は負わないが、痛みまではわからない

 爺さんはもっと非道だ。モンスターの身体に、指で何やら怪しげな魔法文字を書いている。最初は筆でトライしたが、文字が書けなかったのだ。それからは、直接指でなぞって魔法を発動させている。

 爺さんが、すくっと立ち上がった。オレを真剣な顔を見た。

「こやつらが、もし、この世界に攻めいってきたら、どうなる。いまのままでは、戦うすべがない。だからこそ、わしは心を鬼にして、データを収集しておるのだ。皆を、この二ダウを、この世界を守りたいという、わしの気持ちがわからんのか!」

 モンスターと爺さん達を取り巻いている見学人から、拍手が一斉に舞いおこった。

 爺さんが歓声に片手をあげて応えている。

 見学人の輪をかき分けてアーロン隊長が姿を現した。

「怪しげなモンスターがあると………これか」

「遅かったですね」

 早朝の戦闘、それから、モンスターはずっと放置してあった。

「色々足止めをくらった」

 アーロン隊長はジロリと爺さんを睨んだ。

 爺さん、モンスターを調べるために、裏で手を回したらしい。

 爺さんの腹の中身が、黒いから、どす黒いに進化している。

「通行の邪魔だな」

 アーロン隊長が断言した。

「そうなんですが、動かせないんですよ」

 オレは簡単に説明した。アーロン隊長も、自身で持ち上げようと試してみた。動かなかった。

「3日間、放置するわけにはいかないぞ」

「このままでいいしゅ」

「わしが見張っておこう」

 ムーも爺さんも、目がキラキラしている。

 アーロン隊長が腕を組んだ。

「通行を邪魔する物を放置で出来ない。警備隊で動かす方法を模索する」

 ムーと爺さんを手で、シッシッと追い払おうとした。

 ムーも爺さんも、モンスターのところから動かない。

「アーロン隊長、あたしが試していいかな?」

 人垣の向こうから、フローラル・二ダウの店員、リコの声がした。

「リコちゃん、いい方法があるのか?」

「ちょっと、そっちにいくね」

 人をかき分けて現れたリコは、ジョウロを持っていた。

「これで、どうかな」

 モンスターの顔にジョウロの水をかけ始めた。

 ジョロジョロ………。

 モンスターが顔を振った。

「うわぁーーーー」

「きゃぁーーーーー」

 見学していた人々は近くのフローラル・二ダウやデメドさんの店に飛び込んだ。

 リコが屈み込んだ。

「綺麗になったよ」

 にっこりとモンスターに微笑んだ



「リコさん、頑張りますね」

 外を眺めていた、シュデルが感嘆した。

「まだ、いるのか?」

「いいえ、またいる、です」

 フローラル・ニダウの前に、白い鳥頭モンスターがいた。その隣には店員リコ。ジョウロで、モンスターの右足に水をかけている。

「デメドさんの猫、ミーちゃんになめられたみたいです」

 モンスターが意識を取り戻すと、アーロン隊長が立たせるために左腕をつかんだ。モンスターが、右手で光線が撃った。アーロン隊長は身体を反らせ、紙一重で避けた。にらみあったモンスターとアーロン隊長。その間に割って入ったのがリコだった。『隊長、少しだけ待ってください』そう言うと、持っていたジョウロの水を、モンスターの左腕にかけた。モンスターが落ち着きを取り戻した。

 この時点で全員が気がついた。

 鳥頭モンスター、唾や汗が苦手らしい。

 言葉は通じなかったが、手振りで簡単な意志疎通はできたので、アーロン隊長が詰め所に連れて行った。だが、モンスター、入ることを拒否した。詰め所が汚いと手振りで訴えた。同じ理由で桃海亭に入ることも拒否。しかたなく、桃海亭の向かいの空き家を高性能雑巾キノチョにピカピカになるまで掃除をしてもらい、入ってもらった。

 3日後には帰るのだからおとなしくしてればいいものを、知能の高いモンスターは好奇心も強いらしい。商店街の中を歩き回り、色々と見て回る。ちょっとでも汚れると、フローラル・ニダウに飛んでいき、リコに水で流してもらう。

 唾や汗だけでなく、泥や油、食べ物などにも反応する。

 足を水で流してもらったモンスターは、リコから離れ、金物屋の方に歩いていった。

「今日は、10分おきくらいに洗いにきています」

 シュデルが憐憫の眼差しをリコに向けた。

 店に戻ろうとしたリコが足下をふらつかせ、扉に頭をぶつけた。ポシェットからヒトデがでてきて、ぶつけた頭をさすっている。

「リコさん、寝てないのかもしれません」

 昨夜、空き家に入ってから、すぐにモンスターが飛び出してきた。手振りでは自分の身体を指している。ハニマン爺さんが、指で直接魔法文字を書いたことに気がついたらしい。

 リコがジョウロをシャワー代わりに、何度もモンスターの身体を流していた。オレも、フローラル・ニダウの奥さんも、モンスターにシャワーを進めたのだが、拒否された。シャワーだとダメらしい。

 その後もキケール商店街をうろつき、汚れてはリコのところに戻って洗ってもらっていた。

 リコがオレの視線に気づいたのか、こっちを見た。

 目の周りが真っ黒で、眼差しがうつろだ。

「よし、大丈夫だ」

「何が大丈夫なのですか?」

「あの様子なら、リコは桃海亭に怒鳴り込んでこないだろう」

「リコさんが可哀想だとは思わないのですか?」

「思わない」

 オレは何もしていないのに、何度か殺されかけた。明るい笑顔の女の子という皮を被った、馬鹿力の謀略家だ。

「鳥頭はリコに任せて、シュデル、お前はあっちを何とかしてくれ」

「何かありましたか?」

 オレは食堂を目で指した。

 食堂ではムーと爺さんがテーブルの上に、たくさんの紙を広げていた。モンスターからとったデータというそれらの紙を見ながら「グゥヒィ」「グフグフッ」と、楽しそうに笑っていた。





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